第3話「はじめての、光魔術」


 自身のステータス項目を“任意の内容”に見せかけることができる【偽装LV1】。


 このスキルの試用も兼ねて、エレノイアに相談しつつ試行錯誤を重ねた結果、俺のステータスは何とか『一般人レベル』へと【偽装】することができた。



「さて……これでタクト様は、どなたがどう見ても只の見習い剣士でございますわ。ステータスの問題は無事に解決いたしましたね」

「ありがとうございます!」




 念のため、ステータスを再確認しておこう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

名前 タクト・テルハラ

種族 人間

称号 見習い剣士

状態 健康

LV 1


 ■基本能力■

HP/最大HP 54/54

MP/最大MP 28/28

物理攻撃 20

物理防御  8

魔術攻撃 10

魔術防御  8


 ■スキル■

剣術LV1、収納アイテムボックスLV1


 ■装備■

布の服、革のブーツ

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 エレノイアいわく、俺が持つ『勇者』『世界を渡りし者』『神の加護を受けし者』という称号はどれも希少過ぎて、下手すれば悪者に目を付けられる可能性があると。


 よって見合った実力が身につくまで称号は『見習い剣士』のみに【偽装】し、それに合わせて能力値やスキルを調整する形はどうだろう。一般的な称号の中で、最も俺のスキルと噛み合うのは『見習い剣士』ではないか、というのが彼女の提案だった。



 見習い剣士であれば【剣術LV1】というスキルを持つのが自然。

 また所有アイテムを1m³収納できるスキル【収納アイテムボックスLV1】を隠してしまうと、人前で使った場合に怪しまれる。珍しいスキルではあるものの、所持者自体は割と存在するということで、隠さず残しておいた。



 LVや他の能力値については迷ったが『現能力値の実数値』つまり『全能力値が2倍になるスキル【能力値倍化】での増加値と、本来の能力を合わせた数値』へ調整。

 エレノイアもLV1でこれぐらいの能力値は普通だと太鼓判を押していた。


 さすがにLVが上がってきたら調整を変えないと不自然らしい。

 だけど先の事は、実際に直面してから考えたって遅くないと思うんだ。





「そしてタクト様、剣についてなのですが――」


 エレノイアによると普段『原初の神殿』には神官らがもう数名いるが、現在はちょうど出払っていて、数日中は彼女とイアンのみだそうだ。幸いイアンは多少剣の心得があり、着用を手伝う程度ならできるけれど、人に教えるほどの自信はないと。


「――この近くの街の冒険者ギルドに、信用できるベテラン剣士様がいらっしゃいます。その剣士様にしばらく弟子入りなさってはいかがでしょうか?」

「弟子入り、ですか……」



 剣士弟子入りルートは、ゲームでは戦闘バトルのチュートリアルに当たるイベントだ。

 戦闘の基本を一通り教えてもらえるという点では、実戦経験が全くない俺にはぴったりだろう。架空ゲームと現実の違いを知るという意味でも、今後の戦闘の安全性を高めることができるに違いない。


 しかも弟子入りルートを選べば、メインストーリーに沿って進む形になる。

 ゲームではなんだかんだメインの物語通りに行くのが1番安全ということで、現実でも色々な危険を避けられる確率が高いと思う。



 だけど、ここで問題が1つ。


 メインストーリーに沿って進むと発生しなくなるイベントが結構あるんだよね。

 他にも今しか会えないキャラとか、今しか手に入らないレアアイテムとかもあって、弟子入りルートに進むと自動的にこのあたりを諦めざるを得なくなってしまう。


 でもどっちみち1周目でイベント全部を見るのは無理だし、何より今は安全第一。

 色々もったいない気もするけど……安全にはかえられないよな。



「……エレノイア様。弟子入り、希望します」

「承知しました。それでは弟子入りに必要な紹介状はわたくしにお任せくださいね」

「よろしくお願いします」


「出発はどうなさいますか? 今夜お泊りになるようでしたら、神殿内の客室でよろしければお休みいただけます。もし本日中に出発なさりたいようでしたら、すぐに諸々ご用意いたしますが」

「できれば本日中なるべく早めに出発したいんですが」

「そのほうが良いと思いますわ。今ならまだ日は高いですし……暗くなる前には十分到着できますものね」




 なんだかんだ俺はうずうずしていた。


 大好きなゲームの世界を訪れるというのは、ゲーマーなら誰も1度は思い描く夢。

 俺はいうなれば、普通ならあり得ない貴重な体験の真っ最中だ。


 アクションRPG『Braveブレイブ Rebirthリバース』の醍醐味だいごみは色々あるけど、やっぱりスピード感のある戦闘バトルが1番だと思う。


 しかも手元には、神様から貰ったばかりの本物の剣。

 これまで味わったことない新鮮な握り心地が、せっかくなら早くフィールドに遊びバトルに行きたい、実際に剣を振るいたいって気持ちを否応いやおうなしにかき立ててくる。



 もちろん安全性は凄く大事だけど、それについてはおそらく心配ない。

 ゲーム通りなら神殿近辺の魔物はとても弱く、初期装備&LV1で十分余裕を持って倒せるはず。特別な称号やスキルを持ってる分、今の俺はゲームより有利だろう。


 深入りしないよう気を付けて……ほんのちょっとだけ試し斬り。

 それぐらいだったら、危なくないと思うんだよな!





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 エレノイアが紹介状を用意するのを待つ間。

 神殿内の一室を借り、イアンに教えてもらいながら、まずは神様に貰ったベルトと剣とを装備してみることにした。


 革のウエストベルトは俺が普段使ってるのよりも幅広で丈夫にできている。剣を吊り下げるための同色革部品や金具が幾つも縫い付けてあって、少し複雑な構造だ。

 元々着ていた布の服の上からベルトをしっかり装着し、さやに収まったままの剣を腰から斜めに吊るす。


 部屋に置いてある大きな鏡をチラッと横目でみると、初期装備のみの割にはさまになってるんじゃないかと思った――のだが、その直後、なんだか恥ずかしくなったのは内緒だ。




「タクト様。紹介状の準備が終わるまでもう少しかかると思いますし、せっかくですから今のうちにスキルを試してみてはいかがでしょうか?」

「それもそうだな……」




 今のところ、俺が持っているスキルはこの9つ。


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光魔術LV1:光属性の魔術を使える

剣術LV1:剣技に補正がかかる

能力値倍化LV5★:常時全ての能力値が2倍

収納アイテムボックスLV1:所有アイテムを1m³収納できる

技能スキル習得心得LV1:スキルを習得しやすくなる

鑑定LV1:対象のステータスを解析できる

神の助言LV1:神の一言メモを見られる

言語自動翻訳LV1:人が扱う言語の意味を理解し、書いたり話したりできる

攻略サイトLV1:Braveブレイブ Rebirthリバース攻略サイトを閲覧できる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 さて、まずはどのスキルから試そうか。


 自動的に発動するスキル・既に試したスキル等を除くと、【光魔術LV1】【鑑定LV1】あたりが無難だろう。


 手始めに、装備したばかりの剣に向かって「鑑定」と念じてみる。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・

名前 手作りの片手剣

種別 片手剣

売却目安価格 非売品(売却&譲渡不可能)

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「もしかしてステータスみたいに、【鑑定】にも詳細って出るのか?」



 即座にウィンドウが更新される。



「お、出た」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・

名前(対象アイテムの名前)

   手作りの片手剣

種別(アイテムの種類)

   片手剣

売却目安価格(売却時の買い取り目安価格)

   非売品(譲渡・売却不可)


 ■説明(一般的な解説)■

物理攻撃力+10

製作者の愛がたっぷりこもっている

とても丈夫で軽く、初心者に最適な剣


 ■神の一言メモ■

ここだけの話、普通の剣と見せかけて、実はワシがこっそり作った1点物の特別な剣なんじゃっ!

軽くて絶対に折れることはないでのう、練習にはちょうどいいじゃろ。

心行くまで剣の道を極めるがよい!


ちなみに売るのは禁止じゃ。

せっかくワシがお主のためだけに作ってやったんじゃからのw

・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 アイテム鑑定時も一言メモがつくのかよっ!

 ってかこの剣、神様が作ったとか初耳なんだけど?!




 ……待てよ。


 そういえばゲームでも『手作りの片手剣』は譲渡・売却不可って設定だったな。

 魔王討伐ゲームクリア転生強くてニューゲームのたびに1本ずつ追加で強制入手させられる上、譲渡も売却も不可で手放せずアイテム欄インベントリにどんどん溜まっていくもんだから、プレイヤー達には「邪魔くせぇ」「誰の手作りだよw」「愛が重い!」「呪いのアイテム」等、散々な言われようだった。


 それがまさか、勇者のために神様がわざわざ作った特別製だったなんて……。



 神様の気持ちを考えたら、なんか、ちょっと切なくなった。




 


「あのぅタクト様……」

「ん?」


 イアンが声をかけてくる。


「えっと……その、ですねぇ……」


 どうやら言いたい事があるようだが、うつむいてモジモジするばかりのイアンからはなかなか本題が出てこない。


 というか。なんかお前、顔が赤くなってないか?

 そんな意味ありげにもったいぶられると、聞くのがちょっと恐い気もするんだが。




 警戒しながら恐る恐るたずねる。


「……何だよ?」



 イアンは一瞬ためらってから、思い切ったように俺の目を見た。



「あのタクト様っ! 僕、【光魔術】を見てみたいんですっ!」

「え?」


 予想外の言葉に毒気を抜かれる。




「その……僕は小さい頃、勇者様と魔王の戦いを描いた物語の本が大好きで、祖母にせがんで何回も何回も読んでもらってました。特に勇者様が【光魔術】でキラーッと剣を作って、悪い魔物をバッタバッタ倒していくところなんか、すっごくカッコいいんですよ! それがまさかホントにお会いできるなんて…………お願いします、勇者様! 【光魔術】を見せてもらえませんか?」


 イアンは目をキラキラさせながら、身振り手振りを交えて頼み込んできた。


「見せるっていっても……そもそも俺、魔術の使い方自体よく分かってないぞ?」

「だからこそ試しましょう! スキルを覚えたての時なんて、使いこなすまで時間がかかって当たり前なんです。属性は違えど魔術自体は僕も少し使えますから、今なら何かお力になれるかもしれません!」

「ちなみにイアンは、どの属性の魔術を使えるんだ?」

「僕は水属性の回復魔術を少々」



 ここは設定通りのようだ。

 ゲームのイアンはストーリー中盤に仲間にすることができるキャラで、経験さえ積めば優秀な回復士ヒーラーとして活躍してくれる。


 ……ただし育てるまでが物凄く大変なんだけど。

 



 イアンはさらにたたみかける。


「それに魔術を試すんだったら、と思うんです!」

「どういう意味だよ?」

「タクト様は勇者であることを隠したいんですよね?」

「ああ」

「なら今後しばらく、魔術を使うのは無理なはずです」

「どうして?」

「タクト様が使える魔術は光属性のみです。もし人前で【光魔術】を使おうものなら、タクト様が勇者だってバレちゃいますからね!」

「あ……」



 【光魔術】を使えることはすなわち勇者の証である。『勇者』という称号を隠したいのであれば、イアンの言う通り、当面の間は封印せざるを得ないだろう。



「……確かに、試すなら今しかないかもな」

「やったぁ!」


 イアンは無邪気に喜ぶのだった。





**************************************





 イアンの案内で、神殿の中庭へと場所を変える。

 ここは彼がいつも魔術の練習に使っている定番スポットらしい。

 そういえばゲームのイアンもこの中庭にいるのをよく見かけた気がする。





「まずは……あの術式がいいかな?」



 手始めに選んだのは、【光魔術】の初歩とされる術式。


 ゲームでキャラが魔術を使っていた様子を頭に浮かべる。

 その記憶に従いシャキッとポーズを決め、勢いよく術式名を唱えた。




光球ライトオーブッ!!」



 

 ……しーん。



 しかし なにも おこらなかった!





「…………」


 ポーズを決めまくったぶん、怒涛の恥ずかしさが襲ってくる。







「だ、だいじょうぶですよっ! 僕なんて何回失敗したことか――」



「…………」



「……そうだ! 今の『光球ライトオーブ』の、詠唱呪文は分かりますか?」

「え? 『光よ集え』、だけど……」

「なるほど。シンプルで効果をイメージしやすくて、初めて使うにはぴったりな詠唱ですね!」


「……そうなのか?」

「はい! 僕のお師匠様は『魔術はイメージであり、イメージこそ魔術と言っても良いだろう。イメージを明確に固めることは、詠唱時において最重要事項だよ』って口癖のようにおっしゃってました。今度は……発動する魔術をしっかりイメージしながら、できるだけゆっくり詠唱してみてはいかがでしょうか?」



 イアンの師匠である『』の顔を思い出す。

 何かを極めるキャラには少々変わり者が多かったが、その魔術師も例外なくそうだった。だが魔術の腕だけは確かだった。そんなアイツが言うなら間違いないだろう。


 納得とともに気を取り直し、もう一度挑戦してみることにした。






 イアンが固唾かたずを飲んで見守る中。

 まずは手のひらを前に向け、右腕を真っすぐ正面に伸ばした。



 落ち着いて瞳を閉じ、集中力を高めていく。


 とにかく集中して、集中して。

 辺りが静寂と暗闇に支配されたのをようやく感じ取れたタイミングで、ゆっくりと詠唱を開始した。



「…………光よ、集え…………」



 何もない静かな闇だけが広がる中。 

 自分の手のひらに、真っ白な光が集まってくる様子をイメージする。


 イメージの中の光が、だんだん丸く小さく、1つになってゆく……。



 ……今だ!

 カッと目を見開き詠唱を仕上げる!



光球ライトオーブ!」




――ぽぅ 



 俺の手のひらの前に静かに現れたのは、優しく輝く白い光球。


 


「これ……成功だよな?」


 目の前の光景が信じられない。



「せ、成功ですよタクト様っ!」

「おっしゃーーーッ!!」



 魔術の成功は本当に嬉しくて、俺達は2人して飛び上がって歓喜した。



 だが間もなく、俺は1つの事実に気づいてしまった。

 気まずいながらもイアンに話しかける。


「イアン、あのさ……」

「何ですか?」

「確かに魔術は成功したんだけど、よく考えたらオーブ系の術式って魔術術式の中じゃ1番地味なんだよな。イアンが見たがってたのは魔物を倒せる光の剣みたいな派手なヤツで……伝説みたいにかっこよくなくてごめんな――」

「何言ってるんですか!」


 すかさず強く否定するイアン。


「考えてもみてください。タクト様は本物の勇者で、あんなにすごいスキルをいっぱい持ってるんですよ? そのうち絶対に強くなります」

「でも俺は――」

「むしろ感動してます!」

「え?」


 予想外の返しに、ちょっと驚く。

 熱っぽく語り続けるイアン。


「タクト様は魔術を使うの、初めてだったんですよね?」

「ああ、そうだけど――」

「じゃあやっぱり、あの憧れの勇者様の【光魔術】を見たのは、僕ってことになりますよね? これってすごくないですかっ!」



 なるほど、そういうことか……。



「……それだけじゃないぞ。俺が別の世界から、この世界リバースにやってきて初めて会った人間って、誰だか分かるか?」

「……あ、もしかして――」

「そう。お前だよ、イアン」

「すごい!」

「さらにいうと、剣の装備方法や魔術スキルの使い方を初めて教えてくれたのもイアンだな。正直すごく助かったよ。俺1人だけじゃどうしていいか分かんなかったし」

「!!!」


 目を輝かせたまま、イアンは言葉を失った。



「でもさ……今の俺じゃまだ一般人レベルだし、正直さっきの光球ライトオーブもショボかったと思うんだ。だから俺はこれから弟子入りして、剣を修行してくる。魔術だって練習して、スキルレベルを上げまくってやる。そんで伝説の中の勇者みたいに、悪い奴らを光の剣でバシバシ余裕でやっつけられるぐらい強くなってやる! そしたらもう1度……お前に、【光魔術】を見せてやるよ!」

「……絶対に?」

「絶対だ」

「約束ですよ!」

「ああ、男の約束だ!」


 拳をぶつけ合う俺達。



「僕も【水魔術】の練習とか、これまで以上にもっともっと頑張って、次にタクト様にお会いする時には『僕も強くなった』って言えるようになります!」


 その言葉にゲームでのイアンを思い出し、思わずニヤッとしてしまう。


「イアンは……絶対強くなれるよ」

「ホントですか!」

「おう! お互い、頑張ろうな」

「はいっ!」

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