第137話「ザーリダーリ火山の、初見殺し(2)」
宿場町を出発した俺とテオとムトトは、ザーリダーリ火山の東側登山道の入口前に到着。少々休憩をとった後、薄墨色の霧に包まれた登山道へ足を踏み入れていった。
ザーリダーリ火山を登る場合は、それぞれ山の西側と東側に1つずつある登山道のうち、どちらかのルートを選ぶのが常識だ。
ふもとのどこからでも登ろうと思えば登れなくもないため、「絶対に人と会いたくない理由がある」「近道したい」「登山道じゃなくても登れる自信がある」などの理由で、登山道以外のルートから山へ入っていく者も居なくはない。
だが火山の中には、もろく崩れやすくなっていたり、崖が切り立っていたりというような危険エリアも少なくないことから、比較的足場が安定しているとされる登山道を通るほうが安全性が格段に高いのだ。
俺達が東側登山道を選んだ理由としては、ニルルク村が東側登山道の途中に存在しているから、ということに尽きる。
なだらかではあるが遠回りな西側登山道と違い、東側登山道は全体的にやや傾斜がきつく行程が短い。
というのも東側登山道は本来、冒険者達が効率的に狩りを行えるようにするべく、“明らかに歩いて通れないレベルの危険な足場”のみを除き、火山山中に点在する狩場などを比較的最短ルートで結んで作られたルートだからだ。
今回の登山の目的は、山の頂上近くに待ち構えているはずのダンジョンボスを倒し、ダンジョンを浄化すること。
1週間という期限――ふもとの宿場町で起こりうる
立ち込める霧のせいで、山の外から火山内の様子をうかがい知るのは難しい。
だがいざ山の中に入ってみると、ゲームと同様、そこまで見通しは悪くない。
さすがに上空や数十m以上先ともなると、ぼんやりとした灰色の霧に隠されてしまっているものの、前後左右はそれなりに視界を確保できている。
また火山の表面はほぼ黒っぽい岩で覆われていて、淡い色の霧の中でも足場が見やすいことから考えても、現状はそこまで霧について心配する必要もないだろう。
見回しても草木の影などなく、ただ岩場が広がっているばかりという辺りの風景も、ゲームにおけるザーリダーリ火山とほぼ同じだ。
岩場のところどころには、“棒状でボロボロな銀色の物体”が刺さっている。
これはかつて登山道沿いに設置されていた柵の
登山者たちが迷わないよう、金属製の丈夫な柵は登山道の入口から頂上付近までまんべんなく設置されていたのだが、3年前に火山一帯に魔物があふれた際、あっさりと破壊されてしまったらしい。
黒い岩場に映える銀を道しるべに、俺達は慎重に
俺とテオは横並びに近い隊形で、それぞれ【気配察知――近くに生き物や魔物がいるかどうか何となく分かるスキル――】を展開しつつ左右に注意を払っている。
そのすぐ前を歩くのは、狼型獣人のムトト。
この火山で生まれ育った彼には土地勘があるため、率先して案内役を務めている。
鋭く長い3本爪の
――キラキラッ
右側に、うっすらと輝く粒子が集まり出した。
俺とムトトは武器を手に力強く身構え、テオは素早くタタッと後方に下がって無詠唱魔術での支援を始める。
「……
テオが前衛2人に向け『
現れたのは、非常に骨太な巨人型の魔物1体。
身長は軽く3mほど、横幅も同じぐらいはあるだろう。
全体的に真っ黒でゴツゴツした岩のような感じで出来ていて、周りに広がる岩場と似たような質感をしているようにも見える。
だけど、体のあちこちの隙間から鈍く光る“赤い何か”がうっすら見えているなど、明らかに普通の岩とは違う雰囲気をかもしだしていた。
「……ヒートゴーレム、LV29。作戦通りいきましょう!」
「はいよっ」
「承知……フンッ!」
【鑑定】で相手のステータスを確認した俺の号令に、テオとムトトが簡潔に返事。
即座にムトトが魔物へと飛び掛かる。
――ガゴッ
ヒートゴーレムは生まれたばかりでまだ戦闘態勢すらも取れていなかったこともあり、
その瞬間。魔物の瞳が激怒したかのように赤く燃え上がり、体から漏れ出ていた赤い光も輝きを強めた。
「くるゾ!」
攻撃後すぐに軽やかな動きで魔物から距離を取っていたムトトが短く叫ぶと同時に、ヒートゴーレムから物凄い熱風が放たれた。
――ブオォォーッ!!
俺はあらかじめ練習していた通り体勢を低くし、ギュッと目をつぶって
破壊的な熱さが吹き付け、そして体の横を通り抜ける。
今まで感じたことがないほどの熱さに驚いた俺は、思わず「うっ」と小さく声を出してしまったものの、装備している
完全に熱さが過ぎ去ったところで目を開けると、さっきまで黒かったはずのヒートゴーレムは、まるで高温の焼き窯の中で加熱されたかのように、全身が灼熱色に燃え盛っていた。
ヒートゴーレムは、1撃でも攻撃を食らった時点で、赤く変身をとげるという習性を持つ。これはゲームにおいても同様であり、プレイヤー達からは「だから“ヒート”――英語で“熱する”というような意味――なのか」などと噂されている。
また変身後のヒートゴーレムは“怒り状態”と呼ばれている。
理由としては、変身自体がまるで怒る時のように見えることや、変身後は変身前よりも格段に攻撃力が上がり、かつ狂暴性を増すことからとされているのだ。
「……みんな大丈夫ですか?」
「もちろんっ」
「あァ」
「それじゃ、改めていきましょうっ!!」
念のため全員の無事を確認してから、俺は作戦続行の号令をかけた。
事前情報が正しければ、怒り状態になったヒートゴーレムの攻撃パターンは、力任せに単調なパンチを繰り出すのみ。攻撃力が破壊的であるため、食らってしまうと絶大なダメージを受けてしまう可能性が高い。
だが幸いなことに、重量級なヒートゴーレムは動きが極端に遅い。
そのため全員が素早さ高めな現在の俺達であれば、ヒートゴーレムのパンチを避けるなど造作でもないはずなのだ。
諸々の状況をふまえて、事前に話し合った結果。
対ヒートゴーレム戦では、俺とムトトが直接攻撃および回避に専念。
そしてテオは簡単な支援のみ行うものの、基本的には
真っ赤な怒り状態のヒートゴーレムは、大振りな動きで左右の腕を振り回す。
そのゆっくりで重いパンチと、体から常時小さく吹き出している蒸気に直撃しないよう、俺とムトトは確実に回避。
合間合間で、俺は背後から、ムトトは正面からと挟み打つ形をとり、着実に攻撃を叩き込んでいく。
なおゴーレムは魔術全般に対する耐性が異常に高いため、基本は物理攻撃でダメージを与えていくのがセオリーだ。
今回使っているのはそれぞれ“切り裂く”のがメインな武器――俺は愛用の剣を、ムトトは長い爪がついた
そしてテオはといえば、ほんの少々離れた位置に立ってゴーレム討伐の様子を見守りつつ、険しい表情で周囲を警戒。
時折、前衛2人の『
しばらくそのような状態が続いたところで、俺が振るった剣が大型ゴーレムの左の足首に当たった。
するとゴーレムの左足の岩が、剣がぶつかったあたりからバラッと砕け散る。
左足が無くなりバランスを崩したゴーレムは大きな音を立てて倒れ、砕けた箇所に端を発するように少しずつ粒子へと戻っていった。
無事に戦闘を終えたかに思えた瞬間。
空の遥か高い場所から、“何か”が現れた。
――ビュウッッ!!
恐ろしいまでの勢いの“それ”は、パーティ後方に立つテオを目掛け、一直線に降下してくる。3人とも急襲には気付いたが、あまりの速さにとっさの反応が遅れた。
だがすんでのところで、テオが横に跳ぶ。
不格好にゴロゴロと転がるような形になってしまったものの、何とかギリギリかわし切ることができたのだった。
――ダンッッ!
テオにかわされたことで勢い余り、岩の地面に突き刺さる“何か”。
一瞬の沈黙のあと。
「……いってぇ」
「テオ!」
「大丈夫かっ?!」
辛そうなテオの声をきっかけに、ムトトと俺が急いで駆け寄る。
「まぁ何とか……それよりさー、早くアイツにとどめささなきゃマズくない?」
苦笑いのテオは身を起こしつつ、“襲撃者”を指さした。
襲撃者の正体は、鳥のような魔物『ファイアレイヴン』。
ゲームにおいてプレイヤー達からは、“
“
そして“ザーリダーリの初見殺し”は、初見のプレイヤーはほぼ間違いなく、空からの即死攻撃を食らってやられてしまうことに由来。
というのもファイアレイヴンは常時スキル【隠密】で自らの気配を消しているため、【気配察知】などのスキルで存在に気付くことは不可能な上、通常時は霧に隠れるように上空を飛んでいるため目視での発見も厳しい。
しかも人へ攻撃を仕掛けてくるのは、先程のように他の魔物との
このことはムトトはもちろん、ダンジョン化した後のザーリダーリ火山に足を踏み入れた経験がある者にもよく知られている情報だ。
よって俺達は、パーティの中で一番回避能力が高いテオを、あえて『誰がどう見ても唯一の後衛』という位置に置いてファイアレイヴンに狙わせた。
かつ、テオには基本的に待機および回避に集中してもらうことで、回避の成功率を上げるという作戦に出たのだ。
現在のファイアレイヴンは、地面に刺さってしまった鋭いくちばしを抜くべく、羽根をバタバタさせている状態。
一見間抜けな光景だが……くちばしが抜けてしまえば、再び俺達を襲ってくる可能性は高いだろう。
「あっ――」
「私が
テオが言うとおり確かにヤバいと思った俺が慌てかけたのとほぼ同時に、凄い殺気で飛び出したムトトが
いつになく鬼気迫るムトトにたじろぎ、息をのむ俺とテオ。
倒された
最後にコトッと音をたてて、赤黒い金属の塊のようなドロップ品が落ちてきた。
ムトトはおもむろにドロップ品を拾い上げると、苦虫を噛み潰したかのような顔でにらみつける。
そして、腰に付けた
「「……?」」
いまいち状況が掴めない俺とテオは、顔を見合わせ首をかしげる。
だが今の険しい表情のムトトに話しかけるのは、雰囲気的に厳しそうな気がする……そんなことを何となく悟った俺達2人は、ひとまず急ぎ足で彼の後を追うことにしたのだった。
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