第136話「ザーリダーリ火山の、初見殺し(1)」
目的地であるザーリダーリ火山の前に到着した俺とテオとムトト。
現在火山は魔物だらけのダンジョンと化しており、ひとたび入山してしまえば、しばらくは気を抜けない状態が続くことが予想される。
そのためダンジョン突入前に短めのティータイム休憩を取って、少し体を休めたり、装備や作戦の方向性などの最終確認を行ったりなどすることにした。
俺は今回の火山ダンジョン探索に備え、先日まで訪れていたル・カラジャ共和国にて防具を調達してきた。
着用予定の装備一式はこちら。
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勇者の
ミスリルバックラー:物理&魔術防御力+15、軽くて丈夫なミスリル製、【放熱加工LV3】【防熱加工LV3】
ミスリルメイル:物理&魔術防御力+20、軽くて丈夫なミスリル製、【放熱加工LV3】【防熱加工LV3】
戦士の服:鎧の下に着ることを想定し作られた布製の服、【耐久加工LV3】【防汚加工LV3】【消臭加工LV3】【速乾加工LV3】
登山者のブーツ:登山者向けに作られた丈夫な革製ショートブーツ、【耐久加工LV2】【防汚加工LV2】【防水加工LV2】【防燃加工LV2】【軽量加工LV2】
ある旅人のマント:物理&魔術防御力+16、ある旅人が、自分好みにこだわり製作したマント、【耐久加工LV3】【防汚加工LV3】【防水加工LV3】【防燃加工LV3】【防護加工LV3】
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足元にはムトトの勧めで、登山用の靴を新しく購入した。
彼いわく「山を甘く見るべきではなイ。山においては、自身に適合する専用靴を履いているか否かで安全度や疲労具合が大きく変わル」のだという。
山登りの経験なんてほとんど無いに等しい俺――日本にいる時に、学生時代の遠足でなだらかな山に何度か登ったことがある程度――は、ムトトやテオにコツを教わりつつ、専門店を何軒も回って靴を探した。
その甲斐あって少々時間はかかったものの、自分の足にしっくりなじむものを買うことができたのだった。
俺が選んだ『登山者のブーツ』は、岩場などでも歩きやすいよう靴底が滑りにくくなっていたり、怪我をしにくいよう分厚めに重ねた革――部位により硬めの革と柔らかめの革の2種類を組み合わせているらしい――で足裏から足首までをしっかり覆うようになっていたり、長時間歩いても疲れにくいよう【軽量加工――重さを軽くする加工――】が施されていたりする、まさに登山をする人達のためだけに作られた革製ショートブーツである。
かなり厚みがあって全体的にゴツい印象だが、実際に履いてみると【軽量加工】のおかげで見た目ほど足に負担はかからないようだ。
『戦士の服』はたまたま目に止まった服飾専門店で注文して作ってもらったもの。
ル・カラジャ共和国の中立区画には大通りを中心として多数の店が立ち並んでいるんだけど、店の数が多ければ多いほど、どうしても似たような商品を扱う店が並ぶことになってしまう。
よって手頃な金額で買える値段設定にしたり、品揃えを豊富にしたり、特殊な分野に特化した商品を多く取り扱ったりなど、どの店舗も独自の戦略を展開してしのぎを削りまくっていた。
ぶらぶらと大通りを歩いていた俺達は、“暑くても過ごしやすい布服に特化した服飾専門店”という看板が気になった1軒に、試しに入ってみることにしたのだ。
狭い店内では、ちょうど実演を行っていた。
実演内容は「汗をかいてもすぐに乾く!」という【速乾加工――乾きやすくなる加工――】を施している布服と、そうでない布服との乾き方比較。
普通の布服にバチャッと水をかけても、ただ濡れるだけで終わってしまう。
だが【速乾加工】を施した布服に同じように水をかけると、かけた瞬間は濡れるものの、なんと数秒で乾いて“水をかける前の状態”へと戻ったのである。
他の先客達の後ろから実演をのぞきこんだ俺は、思わず「おぉー!」と声を上げて感心した。
【速乾加工】自体はゲームにも存在するスキルだったが、プレイヤーからいわゆる“死にスキル――使いどころが無い部類のスキル――”扱いをされてしまっていた。
俺は実演を見て、【防汚加工――汚れにくくする加工――】などと同様、【速乾加工】も
加工費は少し高かったものの、「これさえ買えば、汗まみれになった時の不快感が無くなるんじゃないか?」と考えるとどうしても欲しくなってしまい、思い切って服を注文することにしたのだ。
店員と相談した結果、鎧を装備する方のために素材や加工プランを考案したという『戦士の服』の製作を依頼。好みの色やデザインを選び、採寸も行ってサイズぴったりに作ってもらった結果、俺は仕上がりに大満足したのである。
なお「同時に加工を依頼すれば安くなる」ということで、服製作依頼のついでに、愛用の『ある旅人のマント』に【防燃加工――燃えにくくする加工――】および【防護加工――防御機能を持たせる加工――】を追加してもらえるよう依頼。
これにより、火山によく出現する火の魔物が放つ火属性攻撃への耐性と、物理&魔術ともにかなりの防御力上昇という効果が付加された。
既に施されている【耐久加工――壊れにくくする加工――】【防汚加工――汚れにくくする加工――】【防水加工――水を弾きやすくする加工――】もふまえると、マントは“なかなかの品”へ進化しつつあると言ってもよいだろう。
そして同じく愛用し続けているのが、
直射日光が照りつける灼熱地獄なこの大陸では、金属装備は火傷しそうなほど熱くなってしまうため、身に付けるのは基本的には難しい。
だが生産系スキルで熱対策となる加工を加えることにより、暑い環境であっても装備可能な金属防具を作り出すことが可能となるのだ。
俺が身に付けている鎧と盾は、ル・カラジャ共和国のベイグオル金属防具店に依頼して【放熱加工――溜めこんだ熱を放散しやすくする加工――】【防熱加工――外からの熱を防ぎやすくする加工――】を施してもらったばかり。
加工依頼品の受け取り後すぐ、ひさびさに金属鎧と盾とを試着してみた俺は、その出来栄えに非常に驚いた。
この大陸に来た直後は燃えるような高温となり、俺を苦しめたはずの鎧。
太陽の照りつけ具合はあの時とそこまで変わらないのに、熱くなりそうな気配は少しも感じない。加工前と鎧の着用感はほぼ変わらないため、下手すると自分が暑い環境の中にいるということすら忘れそうになってしまうぐらいだった。
実はこの着用感の変わらなさというのも、技術力の凄さを物語っている。
防具などの加工を行う際は、『コーティング材』となる素材アイテムを、『
よって加工後のアイテムは、使用した素材アイテム分だけ重さを増したり、加工前と質感などが大きく変わってしまったりすることとなる。
布製アイテムを加工する場合は、布自体が『
だが金属製アイテムの場合、『
中でも高温になりやすいという特性を持つ金属に対し、その特性に相反する【放熱加工】【防熱加工】のような加工を効果的に施すためには、通常は大量のコーティング材アイテムを塗りつけなければ実現できないはずなのだ。
それなのにこのミスリルメイルもミスリルバックラーも、パッと見ただけでは加工前との違いが分からないにも関わらず、しっかりと加工の効果が現れている。
加工依頼を引き受けたベイグオル――ベイグオル金属防具店
1つは、腕利きのドワーフ職人が加工を担当していること。
もう1つは、使用しているのが『数種類のアイテムを特別な割合で配合した、特製コーティング材』であること。
この2つにより、出したい効果に対するコーティング材の使用量を最低限に抑えることができているのだとか。
ベイグオルによると、特製コーティング材の配合および材料となるアイテムの種類は、ベイグオル金属防具店でも限られた一握りの者しか知らない“秘伝レシピ”なのだそうだ。
とはいえ日夜プレイヤー達による様々な研究が行われていたゲームにおいては、ベイグオル金属防具店に伝わる“秘伝”も当然解明済みであるため、攻略サイトを見ればそのレシピの詳細が分かってしまうのだが……。
誇らしげに「秘伝だからよぉ、こればかりは教えらんねぇぜ!」と胸を張るベイグオルを前に、俺は申し訳なさを覚えたのだった。
さて、元々
テオの装備はいつも通り、お気に入りのロゼリアーナハット&コートセットだ。
ただし靴だけは、登山向きの物へと履き替えていた。
かつて世界中を旅していたテオは、こういう時のために備えて念のため、予備装備も色々と持ち歩いているらしい。
そしてムトトが装備しているのは、ニルルク魔導具工房のユニフォーム――レトロっぽい大きなゴーグル、生成りのシャツ、
ニルルク魔導具工房のユニフォームは本来、ニルルク村――ザーリダーリ火山中腹の村――に古くから伝わっている、由緒正しき伝統衣装なのである。
高LVの【防護加工】等がきちんと施されており、防具としてもかなり高性能。
それだけではなく、岩だらけで足場が不安定な山道を駆け回ったり、接客中に面倒な客と小競り合いになったり、火山地帯の狩場で魔物らと戦ったり……などといった火山で起きうる様々な状況を想定。
装着している獣人族――身体能力が高い種族――が自らの素早さなどを最大限活かせるよう、動きやすさを重視した設計になっていると、まさに“ザーリダーリ火山に暮らす獣人達の安全を守るため”に生み出されたものなのだ。
なおひとくちに獣人族といってもムトトのような狼型獣人だけでなく、猫型獣人・熊型獣人などがおり、他の種族以上に個体差が大きいのが獣人族の特徴でもある。
よってニルルク魔導具工房のユニフォームには、一応『基本となる型』こそ存在しているものの、着用者個人の体格や好みや戦闘スタイルなどに合わせる形で調整を加えていくのが普通であり、1人1人のデザインにはかなり個性が出るのだ。
ちなみにムトトが着用しているのは、男物の工房ユニフォームとしては基本型に限りなく近いデザインとなっているらしい。
本人いわく、唯一こだわった点は『生成りシャツの袖』。
彼の近接戦での使用武器は手の甲に装着するタイプの
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「……よし、大丈夫そうだな」
装備している鎧や靴・所持アイテムの点検をひと通り終えた俺がつぶやく。
特に登山用の靴は、普通の靴以上に履き方にコツがいる。
購入時にムトトに教わって試着はしたものの、誰にも手伝ってもらわずに1人で履くのは今日が初めてである俺。
履き方を間違えるとかえって怪我をしやすくなってしまうため、教わったことを思い出しつつ、きちんと履けているかどうかの確認を念入りに行っていたのだ。
先程まで履いていたレザーブーツを脱いでから、登山用ブーツへと履き替え、少々手間取りつつも、納得がいくまで靴紐をほどいては締め具合を変えて結び直すという作業を何回も何回も繰り返した結果。
「たぶん正しく履けたんじゃないだろうか」との手応えを感じた俺は、事前に言われていた通り、ムトトに最終チェックを頼むことにした。
隣に座るムトトは、何やら飲み物が入ったグラスを手に持ったまま、火山のほうをぼんやり見上げていた。
おそらく自分の点検はとっくに終わっているのだろう。
「ムトトさん、ブーツのチェックお願いします」
「……うム。任せるがよイ」
俺が声をかけると、ムトトはグラスを脇に置き、おもむろに点検を始めた。
右足から順に片足ずつ、つま先からかかとまで少しずつずらして触れるようにしながら、真剣な表情で各所の締まり具合を確かめていく。
俺は黙ってその様子を見守る。
最後に靴紐の結び方を確認したところで、ムトトが大きくうなずいた。
「……完璧であル」
「え、本当ですか?」
「本当ダ。この出来ならば、次回以降に履く際、いちいち私が確認する必要は無いと思われるほどであル」
「ムトトさんが教えてくれたおかげです」
「ただし唯一気になるのは、履くために要した時間が長すぎる事であるが……回数をこなしさえすれば、自然と迅速に履く事が可能となるはずであル。暇を見つけて練習しておくがよイ」
「はい、ありがとうございます!」
返事を聞いたムトトは、優しい笑顔を見せた。
「無事に合格もらえたみたいだねー。はい、これタクトの分っ!」
横からぴょこっと顔を出したテオが、飲み物のグラスを差し出した。
グラスの中に入っているのは、ムトトが飲んでいるのと同じもの。
鮮やかで透き通った赤い色のジュースに、たっぷりの氷が浮かべられている。
テオの動きに合わせるように氷がたてた「カラカラッ」という涼し気な音を聞いた俺は、そこで初めて自分の喉が渇いていることに気が付いた。
「サンキュー」
礼を言ってグラスを受け取り、1/4ほどを一気にグイッと流し込む。
キーンと冷えた甘酸っぱいジュースは、乾き切った俺の体に、しっかりと染み渡ったのだった。
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