第135話「冒険者ギルド・ザーリダーリ火山支部(5)」
ル・カラジャ共和国を発った俺とテオとムトトは、ザーリダーリ火山近くに位置する宿場町を訪れた。
ここで予想外の状況を目にした彼らは、宿屋の一室にて夜遅くまで今後の方針などについて懸命に話し合ったものの、これといった解決策を出すことはできず仕舞い。
とはいえダンジョンと化した火山を浄化するまでに時間をかけ過ぎてしまった場合、ニルルク村や村に残っている人々を救うのが遅くなってしまうだけでなく、街の住民達や冒険者達に渦巻く欲望や期待がおかしな形へとふくらみ暴走してしまう可能性も時間が経てば経つほど高くなる。
宿場町に長居したところで事態を好転させられる目処はないし、これ以上事を大きくしないためには、なるべく早いうちにザーリダーリ火山へと向かい浄化を完了させるほうが賢明だろうとの意見でまとまった。
リミットは、勇者の協力者を選ぶ選抜大会が行われるという『1週間後』。
大会に参加したいと希望する者が続々と集まり、街がひさびさに活気づいているという現状をみる限り、選抜大会当日は盛り上がること必至。仮に大会での熱狂を経験したあとで、それが“無意味”となってしまった場合、不満の爆発はさらにえげつないものとなるであろう。
完全なる解決策ではないものの、開催前に火山浄化を終わらせることで選抜大会を中止などに追いこめれば、少しはましな事態になるかもしれないと考えたのだ。
これでいいのかと葛藤する不安な気持ちもあるにはあったが……今はただ、できることをやるしかない、そう割り切ることにしたのだった。
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そして翌朝。
他の冒険者達の姿が街中にちらほら現れだした頃合いを見計らい、彼らに紛れるよう、なるべく目立たぬよう気を付けつつ、俺達は宿場町を後にした。
街を出て数十分も歩いたところで、ザーリダーリ火山東側の登山道入口前に到着。
とりあえずは装備などの最終確認がてら、軽く休憩を取ることにしたのだった。
ザーリダーリ火山は、遥か昔からこの地にそびえている。
『火山』という名前の通り、過去にはたびたび大きな噴火があったとの記録は残されているものの、少なくともここ数百年に目立った火山活動は確認されていない。
山中には草木は全く生えておらず、ゴツゴツした岩だらけ。
見渡す限り黄土色であるこの大陸の他の地域と違い、火山および火山周辺の岩肌が黒っぽいのは、かつて噴火が起きた際に噴き出した溶岩流の名残だと言われる。
決められた登山道を歩くだけならば魔物に出会う心配もほぼ無い上、標高1500mほどの頂上からの見晴らしが素晴らしいことなどから、ザーリダーリ火山は観光地としてもそれなりに有名だった。
観光の定番は、1泊2日の登山ツアー。
1日目の朝にはザーリダーリ火山の西側登山道入口前の指定テントに集合し、地元ガイドの案内でなだらかなハイキングコースを歩いていく。
途中休憩を何度か挟み、日が沈みはじめるまでには山頂付近の宿に到着。
夕食としてハーブやスパイス効いた名物料理や地酒を楽しんでから、なるべく早めに就寝する。
2日目はまだ暗いうちに起きて宿前の広場に集合、ここからがツアーのメイン。
真っ暗な中、宿のスタッフから配られた温かい野菜スープをちびちび飲みつつ、飛び出た岩にこしかけ待っていると。
地平線の境目からゆっくりとのぼって来る太陽――いわゆる“ご来光”――と、オレンジ色が照らしだす壮大な景色という、ここだけの絶景を拝めたのである。
観光客だけでなく、冒険者や商人らにとってもザーリダーリ火山は非常に魅力的な場所であった。
火山ではほとんど魔物が出現しないのだが、例外として山中に点在する洞窟に限ってはクセ強めな魔物が生息。これらを討伐することで高額にて売却可能なレア素材アイテムを入手可能なのだ。
観光客向けのルートは西側スタートで狩場を避けた安全な登山道、冒険者達が好んで通るのは東側スタートで狩場を結ぶ上級者向けの登山道ということで、同じ山の中でもうまく住み分けができていた。
そんな冒険者達の山中での簡易拠点となっていたのが、火山中腹ほどにある獣人達の集落・ニルルク村。
いくつかの人気な狩場のすぐ近くにある上、冒険者向けの割安な宿泊設備も整っていたことから、いちいちふもとの宿場町に帰るよりニルルク村で宿をとったほうが効率よく泊まり込みでの狩りを行えたのだ。
またニルルク村には魔導具生産技術の最高峰とされる魔導具工房が存在していたことから、村には世界中から訪問者が絶えることが無かったという。
しかし3年前、ちょうど世界各地で魔物の動きが活発になり始めた頃。
突然ザーリダーリ火山の頂上から霧があふれ出て、一帯は恐ろしいダンジョンへと変貌してしまった。
洞窟内の魔物は、輪をかけて凶暴化。
さらに魔物が観測されていなかったはずな登山道や集落内なども含め、山のあちこちで強力な魔物が大量発生するようになってしまったのだ。
魔物に驚き慌てたニルルク村の大半の住民達も、迷わず住処や店を捨てダンジョンからの脱出を試みた。
運悪く命を落としてしまった者もいたものの、その多くは何とか無事に逃げ出すことに成功。生き残った者達は火山から遠く離れたル・カラジャ共和国へと移り、新たに仮の村および魔導具工房を設立し暮らしているのである。
だが逃げることを
そのため村自体が、『本来のニルルク村――ザーリダーリ火山中腹に存在――』と『仮のニルルク村――ル・カラジャ共和国内に存在――』とに分裂した状況となってしまったのだ。
なお火山内の村が“村”として全く機能していない現状、一般的に『ニルルク村』と言った際は『ル・カラジャ内の新しいニルルク村』のほうをさすとされている。
だが村の住民達にとってル・カラジャはあくまで“仮の住まい”であり、戻れるものなら1日でも早く火山へと帰りたいと口を揃えているのだ。
ゲーム開始時も、ニルルク村およびザーリダーリ火山はほぼ同じような状況となっている。
そしてストーリーを終盤まで進めた段階で火山を浄化せずに放置していた場合、なんと噴火イベントが発生。噴火後は中腹に残されているニルルク村はもちろんのこと、ふもとの宿場町も甚大な被害を受けてしまうのだ。
噴火が起こる少し前から、火山やその周辺では前兆のような現象――地響き・地形の変化・ガスの噴出など――が頻繁に観測されるように。
前兆が発生し出してから火山に入ると、火山浄化が完了する前に必ず噴火が起き、
よって、「噴火前兆の現象が起きたらザーリダーリ火山浄化は不可能。できることなら早い段階で火山を浄化したほうがよい」というのがゲームにおけるセオリーなのであった。
旅人の
照りつける日差しの中、霧に包まれている黒い火山。
ふもと辺りほど薄く、頂上に近付くほど徐々に濃さを増していくという霧の様子も含め全てがゲームで見たままの姿ではあるものの、やはり実際に訪れてみると想像以上に圧巻であり、雄大な存在感が「これでもか!」と言わんばかりに主張してくる。
特に前兆のような現象は見られないため、ゲーム通りならば噴火の可能性は考えなくてもよいはずだが……。
もし、
そんな考えが不意に、俺の頭をよぎる。
ゲームはいくらリアルなグラフィックだったとはいえ、全ては画面の向こうの出来事だった。
だがここは現実世界。
全てがゲーム通りとは限らない。
万が一、ザーリダーリ火山が噴火してしまったら…………。
「タクト、どうかした?」
テオの言葉が、考え込んでいた俺を我に返した。
「……いや、なんでもない」
「なんでもないってことないって顔にかいてあるぞ?」
「うム。私の見解も同様であル。もしや奇異な物でも
「そういうわけじゃないんですけど――」
「じゃなに?」
「これより危険地帯へと入るにあたり、懸念を残すのは良くなイ。早めに打ち明けるべきであル!」
「えっと……」
口ごもる俺だが、何かを感じ取ったらしいテオとムトトとに左右から詰め寄られて観念。言える範囲の言葉を選んでぼかしつつ、説明することに決めた。
「あの……ザーリダーリ火山って過去に何度も噴火したって記録があるんですよね。今は大丈夫なのか、いきなり噴火したりしないよな、とか考えだしたら心配になってきて――」
「それは心配いらないのであル。現在のところ、噴火が起きるわけは無いのだかラ」
「どうして断言できるんですか?」
「なぜなラ! 私が、ニルルクの民だからであル!」
ムトトは自信たっぷりに答えるものの、俺は首をかしげてしまう。
彼の回答には根拠がないようにしか思えなかったのだ。
「やっぱそういう反応になるよねー、ザーリダーリ火山やニルルク村をあんまり知らないタクトなら」
「うム。村に着けば
「……分かりました」
テオとムトトの笑顔には嘘が無いような気がする。
そう感じた俺は、状況がつかめないながらそれ以上の質問はいったん諦めた。
ひと区切りついたところで、テオが話を切り出す。
「にしてもさー、なんでタクトはこの段階で急に噴火の心配しだしたんだ? ル・カラジャで作戦会議してる時、そんなこと言ってなかったじゃん?」
「この段階だからだよ。いざ火山の姿を目の前にしたら、思ってた以上に存在感が凄くて、圧倒的なまでのパワーを感じるっていうか……なんか気迫に押されてさ――」
「当然であルッ!!」
ムトトがバッと立ち上がった。
きょとんとする俺をよそに、ムトトは真っすぐな瞳で言葉を続ける。
「火の精霊王様が
「いや、そういうわけじゃ――」
「謙遜の必要は無イ! 流石は勇者! 伝説とされるのも納得であるほどの非凡な才を持つのであル!!」
「は、はぁ……」
ひたすらに褒めちぎりまくるムトト。何が何だかよく分からないうちに感心され、ただただ戸惑うことしかできない俺だった。
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