第117話「耐性スキルと、毒鼬の穴蔵(6)」


 『毒鼬どくいたち穴蔵あなぐら』へと潜り始めた俺とテオ。

 穴蔵に潜り始めて数分で1戦目をあっさり終わらせた俺達は、程なくして次の魔物達ターゲットを発見したのだった。




 長い長い穴蔵あなぐらの中は、岩壁の通路が入り組み、所々が少し広めの部屋状と複雑な構造をしている。

 魔物達はそんな部屋状エリアの1つに固まっていた。



 部屋の入口部分の手前に身をひそめつつ、俺とテオは用心深く辺りを観察する。


 自然にできたのであろうデコボコした部屋の広さは10畳ほど。

 細身の大人1人が何とか立って通れるぐらいと部屋入口は小さめで、部屋の天井も通路同様そこまで高くない。


 魔物達は3体とも部屋の奥にのんびりリラックスして寝転がっている状況で、おそらく俺達の存在には気付いていないのだろう。




「……毒イタチ3体……LVは21、23、26……」


 【鑑定】で魔物のステータスを調べた俺がボソッと言った。

 


「行き止まりの部屋かぁ……まさに今回にぴったりな場所だね~っ♪」


 テオが嬉しそうにつぶやく。



「なんかテオ、妙にテンション高くないか?」

「んなことないさ! それよりタクト、いけそうかい?」

「ああ」

「なら状況が変わんないうちに、サッサとやっちゃおうぜっ!」

「そうだな……じゃ、終わったら合図するから」

「OK!」



 小声での話がまとまると、俺はふうっと大きく息を吐いた。

 そしてゆっくりと剣を抜き、足音を消すように毒イタチらのほうへ近づいていく。


 部屋最奥に転がっている魔物達は、まだ起き上がりそうな気配が無い。

 あと数mの距離まで近づいたところで、俺はちらっとテオのほうを見る。




 テオは打ち合わせ通り、入口近くで静かに【水魔術】の水障壁ウォーターバリアを展開済みだった。


 これは障壁バリア系と呼ばれる術式で、対象を囲むような半球形の壁状に属性魔力を具現化するもの。

 水障壁ウォーターバリアはその名の通り透明な水を具現化するのだが、いつものテオの障壁バリア系術式魔術――スキルLV1――よりもバリア部分が遥かに分厚い。おそらく【魔術合成ハーモナイズ】あたりを使って効果を倍増しているんだろう。


 毒イタチの放つ攻撃は全て火属性で攻撃力も高くないはずだし、あの水障壁ウォーターバリアの中にいてくれさえすれば、テオがダメージを食らうことも無いはずだ。




 これなら自分が攻撃に専念しても問題なさそうだと確信できたところで、俺は改めて剣を構え直した。

 今度はあえて音を気にせず毒イタチの中へ走り込み、わざと大袈裟に斬りかかる。


「たっ!」



 剣が当たる寸前、固まって寝転がっていた毒イタチ3体がバッと一斉に起き上がる。そして慌てたように逃げ出そうとしたのだが……。




――ぼふぉっ!(×3)


 毒イタチらは逃げ出す際、文字通りの『最後っ』を俺へかまし、一目散に部屋の出口方向へ駆け出していった。



「くッ……」


 こんなにクサイ&痛いなんて聞いてねぇぞっ?!


 あまりに酷い悪臭と、体を襲う刺すような痛みに思わず叫びかけた俺だが、「大きな音禁止」という暗黙の掟を思い出し必死にこらえたその時。



――スキル【毒耐性LV1】を習得しました。



 俺の脳内に流れ込んできたのはお馴染みの無機質音声。

 どうやら目的は無事に達成できたようだ。





 俺達が毒鼬どくいたち穴蔵あなぐらを訪れたのは、この【毒耐性】というスキルを習得するためである。


 争いを好まない部類の魔物である毒イタチは、他種族の魔物や生き物を見つけると、すぐに逃げ出す習性を持つ。

 普通であれば他種族を見つけた段階で毒イタチのほうから距離を取る上、彼らは動きが恐ろしく素早いので接触自体が難しい。よって毒イタチを討伐するには、1戦目のテオのように遠距離から一撃で仕留めるのが最も有効な戦法だ。


 だが先程の俺の不意打ちのように中途半端な攻撃を仕掛けた場合、毒イタチは敵をひるませるべく、得意技の『屁攻撃』を放ち逃げ出してしまう。

 屁攻撃は毒性を持ち、普通に食らうとステータスが『状態 毒』へ変化するのだ。



 状態異常の1種である毒状態はゲームにも存在し、毒イタチ以外にも様々な魔物が放つ毒性攻撃・毒薬服用などでかかる可能性がある。

 毒状態になると一定時間毎にゴッソリHPが減少してしまうため注意が必要だ。 


 対策としては解毒薬を飲んだり回復魔術を使ったりで即座に状態回復するのが一般的なのだが、戦闘状況などによっては難しいことも。



 そんな時に役立つのがスキル【毒耐性】。


 【毒耐性】は毒によるダメージを軽減するスキルで、事前に習得しておきさえすれば、いざという時に生き残る確率が高くなることからゲームでも有用なスキルと言われている。


 習得条件は『毒性攻撃を食らう』だけではあるものの、他の耐性スキルと同様に条件を達成した際に行われる習得判定のなため、習得が難しいとされている。


 だけどスキルの習得成功確率を大幅にアップする【技能スキル習得心得】を持つ俺にとっては、これもむしろ易しい条件と言えるってわけだ!



 まぁゲームと違って、毒イタチの屁は鼻が曲がりそうなぐらい臭いし、毒のせいか体中がビリビリ痛むしと、ここまで酷い状況は想定してなかったけどな……。





 さっさとこの悲惨な状態を回復てもらい穴蔵を脱出しようと、事前に決めていたとおり、俺は右手に握った剣を高く掲げて合図を送った。

 合図に気づいたテオが、透明な分厚い水の障壁バリア越しに両手で大きく丸を作る。



「これでやっと脱出できるな……」


 俺がホッと一息ついた瞬間




――ボワッ




 満面の笑みを浮かべるテオの指先に生まれたのは、赤く輝く火球ファイアオーブ

 それと同時に、それまでモノクロだった視界が一気に色づく。



「え? この穴蔵って明かり禁止なんじゃ――」





――ぶほっ!

――ぼふぉっ!

――ばひっ!



 パニックになった3体の毒イタチが、毒性の屁攻撃を延々放ち続けながら、狭い部屋を縦横無尽に走り回る。




「う、嘘だろ――」




――ぼへッ!!

――ぶばふッ!!

――べほォーーーッ!!!!



「ぐォァ★%;△#◇?◎……」





 実はこの穴蔵に「明かり禁止」「大きな音禁止」という暗黙の掟が存在するのは、毒イタチが光や音に大変弱く、もし少しでも刺激してしまうと、このように混乱して毒を巻き散らし手に負えなくなってしまうからなのだ。


 先程とは比べ物にならないほどの壮絶で濃密で耐え難い悪臭が空間を覆いつくし、全身は痛みを飛び越えた何かに襲われ、俺は声にならない叫びをあげた。



 そこはまさに、



 薄れゆく意識の中。

 極限状態となった俺が最後にぼんやり考えていたのは、「ゲームでも【暗視】発動中は視界が全てモノクロに見えるから知らなかったけど……毒イタチの体毛って、全身淡い赤色だったんだな……」という初めて気付いた事実についてだった。





**************************************





 数時間後。



「だからタクト、ごめんってばー」

「…………」

「サプライズでスキルLV上がったほうがタクトも喜ぶかなって思って、事前に言わなかったんだよーっ」

「…………」

「一応ギリギリを見計らって回復はしてたわけだし……そろそろ許してくれてもいいじゃんかっ、な?」

「…………」



 先と同じ穴蔵の部屋の隅。

 膝を抱え無表情で黙り込む俺の機嫌を直そうと、テオが明るく話しかけていた。





 

 気絶してしまった俺が目を覚ましたのは、つい先程のこと。

 訳が分からず混乱している俺に、笑顔のテオが状況を説明していった。



 テオが言うには、スキルLV1の【毒耐性】では60%しかダメージをカットできないため、肝心な時に頼るには心もとない。スキルLVが1上がるごとに10%ずつダメージ軽減量が増えるので、なるべく早めにスキルLVをアップしておきたいところなのだと。


 スキルLVを上げるには、とにかくスキルを発動――【毒耐性】の場合、毒性攻撃を受けた場合に自動発動――し、熟練値を溜める必要がある。


 そこで毒イタチらをパニックにして毒性攻撃を連発させ、水障壁ウォーターバリアに守られている状態のテオが、死なない程度に俺を回復させ続けることで、手っ取り早く俺の【毒耐性】のスキルLVをアップしようと図ったのだ。



 なお【土魔術】の土壁ランドウォール――土属性の魔力を圧縮して具現化し、硬い土壁を作る術式――をさらに【魔術合成】で分厚くした物を使って、部屋の入口は一時的に塞いでおいた。

 そのため光も音も部屋の外に漏れておらず、他の冒険者らには一切迷惑はかけていないのだという。



 俺が気絶した後も、テオは根気よくスキルLV上げの補助作業を続けた。


 程よいタイミングを見計らって毒イタチをサクッと倒す。

 そして俺のHPや状態を全回復したり、空間に残った毒を念入りに除去したり――毒イタチの毒は水に弱いため、【水魔術】を使えば洗浄可能――を終えてから、俺を起こしたのだそうだ。

 





 確かにテオの言うとおり、俺の【毒耐性】のスキルLVは、何と5まで上がっていた。これはスキルLVの最大値である。

 【毒耐性LV5★】は毒によるダメージを100%、つまり完全にカットする効果があるため、今後、毒を脅威に感じるような事態は無くなると思ってよいだろう。





 だが俺にとっては、の衝撃があまりにも大き過ぎた。


 そのためしばらくは無言の放心状態が続き……俺がようやく貴重な【毒耐性LV5★】の有難みに気付いたのは、もう少々時間が経過してからのことだった。





 あ。

 そういえば気絶していた間、何か夢を見たような気がするけど……。


 ……内容を思い出せないや。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る