第129話「火山対策と、ベイグオル金属防具店(3)」


 『ベイグオル金属防具店/中立区画支店』カウンター横の螺旋らせん階段を上って行った俺とテオとムトトは、やがてお目当ての6階に到着した。


 6階フロアに広がっていたのは、無人の狭い廊下。

 そして廊下沿い数m置きに配置された、木製の扉がいくつか。


 扉にはそれぞれ番号がふってあり、まるで日本のカラオケ店のような雰囲気だ。

 ただし廊下は、よくあるタイプのカラオケのそれよりも細かく曲がりくねっている。これはル・カラジャ独自の変わった形の建物フロアに合わせ、各部屋が配置されているためなのだ。




 念のため受付で渡された札を確認してから、『3番』と書かれた扉をコツコツとノックすると、すぐに中から男性店員が顔を出した。


 モジャモジャの茶色いひげをたっぷり蓄え、がっしり小柄な体型に地黒肌と、と言わんばかりな外見の、愛想のかけらも感じさせない中年男性。

 彼もまた、1階の店員達とお揃いのゴツゴツした金属兜と胸当てを装備していた。



「らっしゃい、番号札は貰ってるよな?」

「あ、はい」


 不機嫌そうな店員の言葉に何となく気圧けおされつつ、札を渡す。


「6階3番……確かに。んじゃ、入って座んな!」


 ドワーフ店員は扉を少し乱暴に開けると、ぶっきらぼうにあごで俺達を室内へ招き入れた。





 8畳ほどの日干しレンガ造りの部屋の中には、簡素な木のテーブルと椅子だけが並んでいた。あとは閉め切った大きなガラス窓が1つと、窓にかかった生成りっぽい薄手カーテンだけ。


 ほこりっぽさは感じないあたりからして、掃除はちゃんと行き届いているんだろう。


 ドワーフの店らしく部屋の中に飾り気は一切ないものの、カーテン越しに柔らかな太陽の光が差し込んでいるためか、不思議と温かみある雰囲気だ。


 

 俺を挟むようにして3人が奥の席に並んで座ったところ、中年ドワーフも対面の席に腰かけ、そして間髪入れずに話を切り出してきた。


「受付でも聞いたと思うが、お前さん達、今日は何を探してるんだ?」

「あのー、俺の鎧と盾です。両方とも手持ちはあるんで、持ち込みでの加工を見積もってもらいたいのと……あと新品にも興味がありまして、その場合の見積もりも出してもらえたらと思ってます」

「とりあえず持ち込み希望の品を見せてくれ」

「はい!」



 俺は【収納アイテムボックス】から愛用のミスリルメイルミスリルバックラーを取り出し、テーブルの上に並べる。

 ドワーフは眉をしかめたような表情のまま、ゴツい片眼鏡型のルーペをかけて品物を手に取り、何やらブツブツ言いながら念入りに調べ始めた。


 俺もテオもムトトも無言でその様子を眺めていると、やがてドワーフ店員が片眼鏡を外し、大きくフゥッと一息ついた。



「……まぁこれなら十分、うちの店で加工できる部類か……」



 ここでちょっと首をかしげたテオが、興味深々な顔でたずねる。


「ちなみにさー、どんな部類なら加工OKなの?」

「基準は、うちの職人共が加工する気になるかどうかだ」

「例えば?」

「そうだな……」




 店員によれば、ベイグオル金属防具店の職人達は皆よくも悪くも典型的なドワーフ――保守的で頑固――揃い。アイテム生産や加工の腕前こそ大変優れているものの、自分が気に入らない仕事は頑として引き受けないのが当たり前らしい。


 そのため質の良くない素材が使われていたり、下手な者が作っていたりなどの『出来が悪い防具』や、ドワーフ視点で“無駄”に見える装飾が多く施された『見た目重視の防具』などは、どんなにお金を積んだとしても加工不可能なのだとか。




「……ここだけの話、特にエルフ共が手を加えたような痕跡が残ってる防具はな、絶対うちじゃ加工できねぇよ。どんなにごまかしても、職人共が目ざとく見つけちまうからな」

「へー、種族差別厳禁なル・カラジャ中立区画でも、やっぱそういうのってあるんだ?」


 テオの質問に「まぁな」と答えたドワーフ店員は、溜息を交えつつ言葉を続ける。

 

「……国の法律じゃ一応、『この中立区画において、種族差別とみなされる行為は厳罰対象』ってぇことになってるが、うちの店の場合は実際に加工を請け負う工房がドワーフ族の自治区画にあるもんだから、ちょっとした治外法権と言うか、グレーゾーンみたいなもんでよぉ……にしても全くうちの職人共ときたら、仕事ができるからってすぐに我儘ばっか言いやがって、めんどくせぇったらありゃしねぇ……」




 ドワーフ店員の話を聞きつつ、ゲームでもアイテム持ち込みに関して店ごとに様々な基準があったことを思い出す。


 ベイグオル金属防具店に限らず、特にドワーフ達の店では持ち込みアイテムの加工に関しては、受付できるかどうかのチェックがかなり厳しい店が多かった。


 ゲーム内では「なぜこのアイテムがOKで、そのアイテムがNGなのか」という明確な理由説明は無く、ただ「加工OK」「加工NG」という判定がアイテムごとに行われウィンドウに表示されるだけだったが、おそらくこの店のようにその裏には色んな人の思惑があったのだろう。


 そしてやっぱりエルフとドワーフは共存が難しい種族なんだな……と俺がぼんやり考えていると、ドワーフ店員が話を変えるようにテオへと言葉を投げかけた。



「……ところでよ。お前さんは結構、エルフの奴らが作ったアイテム好きだろ」

「あれ、分かっちゃう?」

「当たり前だ。お前さんが付けてる首飾りも耳飾りも、昔ながらなエルフ製の装飾品そのものじゃねぇか! 服装備一式もエルフの系統に見えるが……いや、作った奴は人間族だな」


「「おぉ~!!」」


 思わず声を揃えて感心する俺とテオ。

 そしてムトトもまた、驚いたように目を見張っていた。




 ドワーフ店員が言うとおり、テオが装備しているロゼリアーナハット&コートセットは『ロゼリアーナ』こと『エレノイア――原初の神殿にて神託の巫女を務める、人間族の少女――』がこっそり作った服装備である。


 だが例え鑑定スキルを使ったとしても、さすがに説明欄には掲載されない情報である『対象アイテムを製作した者の種族』までは分かる訳が無いはずなのだ。




「どうして分かったんですか?」

「そーだよ、特に人間族作成のアイテムって、他の種族に比べたら特徴薄くない?」

「伊達に長年この仕事やってねぇよ!」


 俺達がたずねると、中年ドワーフは初めてニヤッと笑顔を見せた。


「お前さんの装備の場合……エルフが作った装備品の模倣をベースにしつつ、デザインをアレンジしてるってぇとこか?」

「当たりっ! 俺この服作ってもらった時、参考資料でエルフを描いた絵も一緒に渡したぜ!」


「だろうな、いかにもエルフ共が好みそうな布の切り替え方だ! デザインに関しちゃ、他にも各所にエルフっぽさがにじみ出てるな……だが実際にアイテムを作り出すってぇ段階になると、特に上着の縫製あたりに人間族特有のクセが強く出てやがるぜ!」

「クセですか?」


「感覚的なもんだから、具体的に説明するのは難しいんだが……ざっくり言うと、同じデザインを元にしてエルフ族が製作する場合、縫い目や素材加工にはもっと見た目の美しさだけを追求するはずなのさ。お前さんの装備も一見エルフ特有の芸術性を重視した服っぽく見えるが、よくよく観察すると強度や防御力や動作適応性といった実用性もしっかり兼ね備えるよう緻密に計算され尽くした造りになっててな……実によくできた逸品だ!」

「へぇー……確かに丈夫で全然破けないし、すっごく俺の動きになじんでるんだよね、これ」


「人間族は良いとこどりが上手いからな、他の種族じゃこうはいかねぇ! 惜しむらくは製作者自身の生産系スキルの腕が、ちっとばかり足りてないとこか……そいつ、まだ職人経験が浅いんじゃねぇの?」

「はい、そうだと思います」

「だねー。まだまだ若いし、本業は全然ジャンル違うことやってるし」


「頭で思い描いてる物を具現化するってぇのは、単純に見えて一筋縄じゃいかねぇからな……ま、若いうちにこんだけの物が作れるなら、経験さえ積めば、将来は凄い職人になれるんじゃねぇか?」

「なりそー!」

「そうかもしれませんね!」



 いつの間にかドワーフ店員はすっかり笑顔になり、そしてまるで古くからの友人同士であるかのように、俺やテオと意気投合していた。

 なおムトトは口こそ挟まないものの、時々小さく相槌を入れつつ興味深げには聞いていた。





**************************************





「あ、もうこんな時間じゃん!」


 しばらく経ったところで、何気なく腰の銀時計に目をやったテオがハッと気づく。

 同じく腕時計を見たドワーフ店員は苦笑いし、脱線した話を元に戻していく。


「ちっとばかり無駄話が過ぎちまったな……そういえば今日は鎧と盾の見積もりってぇことだったが、一体どんなのが欲しいんだ?」

「えっとですね……」




 時々テオやムトトに補足してもらいながら、俺はこれからザーリダーリ火山へ向かう予定であり、そこに出現する『火の魔物』に対抗できる装備がほしい旨や、その他の細かい希望を伝える。



 懐から取り出した紙にメモを取りつつ、ひと通り説明を聞き終えたドワーフ店員いわく「それならば新品を買うより、この持ち込み品を加工を依頼するのをすすめる」とのこと。


 俺が持ち込んだ装備は物としてはそこそこのランクなため、熱や炎にさえ対策できる加工さえ施せばザーリダーリ火山であれば十分通用するだろうというのが1番の理由らしい。

 そして今の鎧と盾が俺の戦い方にしっくり合っているということだったので、下手に装備を新調せず、愛用品を大事にしたほうがよいのではないかとも。




「新品を買うってなると持ち込み品加工の何倍もかかるし、費用的な意味でも加工依頼のほうがいいと思うぜ? そんで、これが加工プランおよび料金の見積もりだ」


「あ、はい……えっ?!」


 ドワーフ店員から差し出されたメモを見た俺が、思わず固まった。

 左右から見積もりメモをのぞき込んだテオとムトトもまた、驚きの声をあげる。 


「どうしたタクト? ……って! これ安過ぎじゃない?」

「あァ、この加工内容でこの価格は有り得なイ……」



 戸惑う俺達の反応に、ドワーフ店員はニヤッと笑う。



「うちの店で勉強できるギリギリってとこだ。これ以上の値下げは勘弁しろよ?」

「いやいやいや、むしろこんなに安くて大丈夫なんですか?」

「そーそー、どう考えても安過ぎだって――」

「いいんだよ、俺がいいって言ってんだから!!」

「でも――」

「こう見えてこの店じゃ俺は結構偉いほうでな、この程度の融通なんざ朝飯前なんだよっ!!」


 ドワーフ店員の強い口調に戸惑う俺達。



 少し迷ったものの、店員が提示した加工プラン自体はよく練られた申し分ない内容だった上、見積もり金額は相場よりも非常に安い金額だったこともあり、素直に礼を言って提案を受け入れることにした。



「……ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだよ、久々に楽しい時間を過ごさせてもらったぜ! そうだ、もし今度うちの店に来る機会があったら、1階の受付で俺の名前を出してくれ。そしたらまた特別に、俺が直接担当してやるからよ!」

「ありがと! ちなみにおじさんの名前は?」

「あぁ、そういえば言ってなかったか……俺はベイグオルってんだ」


「「「ベイグオル?」」」


 顔を見合わせる俺・テオ・ムトト。




 そして俺とテオは恐る恐る疑問を口に出す。


「あのぅ、もしかしてですけど……」

「おじさんってこの店の――」

「ああ、経営者オーナーだ!」


「「「……」」」


 さらっと答えるベイグオル。

 絶句する俺達。




 ちなみにベイグオルによると、彼は普段は経営の中核にいるため、接客はほとんどしないのだとか。

 ただ本日はたまたま中立区画支店の人手が足りていなかったため、経営者であるベイグオル自らも店に出ざるを得なかった。

 そして慣れない接客に少しイラついていたところ、たまたま俺達がベイグオルの担当部屋を訪れたのだということ。



 長年ル・カラジャの地で栄え続ける『ベイグオル金属防具店』は、国内では知らない者がいないと言っても過言ではないぐらいの超有名店。

 その経営者であるベイグオルは、政治的にも経済的にも、ル・カラジャ共和国に非常に大きな影響力を持つ人物なのである。


 俺達は期せずして、そんな大物から気に入られることとなったのだった。

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