第151話「受け継がれし、ニルルクの加護(3)」


 見透かすようなネグントに気まずくなった俺は、ぬるいビールを一口含んで喉を潤す。

 心が少し落ち着いたところで話を変えた。



「それにしても、まさか生産系スキルで戦えるだなんて……俺、初めて知りました」


 これまで旅してきた3ヶ月の間に、そんな話を聞いた記憶はない。

 そもそもゲームの生産系スキルは戦闘中使用不可だった。『生産系スキルで戦う』という戦法自体が存在できないわけだから、もちろんゲーム内でも攻略サイトでも関連情報を見かけたことはない。


 だが現実のネグントは戦闘中に生産系スキルで防御や支援を行ったという。かつてゲームにどっぷり浸かっていた俺にとって、まさに “目からウロコの戦い方” だったのだ。





「ふム……」


 ネグントは、手元に展開しっ放しな球形の生産空間アトリエに目をやると、難しい顔のまま口を開いた。


「……世界が広イ以上は断言できヌガ、僕が知ル中で【生産空間アトリエ】によル戦闘を極め活用せシ者は、我が工房の代々のおさぐらイのものだロウ……余談だガ、こノ戦法の存在自体は我が村の民に周知であル。しかシ習得を希望すル者は滅多に居らンかラナ」


「何でです? あんなに強力なら、皆が使いたがる戦法じゃないんですか?」

「極めれバたぐいまれなル強き戦力、そレは事実。しかシ当戦法にはが存在するのダ」

「欠点っていったい――あッ!」



 急に【生産空間アトリエ】を無言解除するネグント。


 球が消えると同時に、せっかく作った精巧な石製ミニチュア模型もサラサラ崩れ、一瞬にしてただの砂山へと変わってしまった。

 あんなに出来が良かったのに……即席の説明用だったとはいえ、ちょっともったいない気もするな。






 特に気に留める様子も無く、ネグントは話を続ける。


「こノ戦法における第1の欠点は『術者の行動がいちじるしク制限されル事』ダ」

「制限というと?」

「【生産空間アトリエ】展開時、空間維持および空間内操作に多大な集中が必要であル。そノ為、発動中は術者自身が自ラの肉体を動作させル事が困難でナ……『ここゾ!』といウ時に使ウ位が丁度良イ」


 集中力が必要となると、連続使用も難しいだろう。

 そういや今朝ボスの住処へ向かう道中、ネグントは全く戦闘に参加していなかった。あれは集中力を温存してたってことかもな。


「さラに展開時は原則、支援およビ回避に特化すル事かラ、使用法を誤れバ魔物討伐効率はかえッて悪化すル。戦闘でハ、活用が難しきスキルだロウ」

「相手によってはガンガン攻撃しまくったほうが早く倒せますもんね!」


 思わずウンウンうなずきまくる俺。




 パーティ構築および役割分担は、ゲーム『Braveブレイブ Rebirthリバース』の攻略における重要な要素だ。攻略サイトでも頻繁に議論されていたし、俺も色んな組み合わせパターンを試しまくってきた。


 ゲームには「パーティメンバーは5人まで」という制約があったため、「盾役1~2人、攻撃役2~3人、支援・回復役はいても1人」というのが基本構成だった。

 魔物が弱いダンジョンの場合、「5人とも攻撃役」で攻めまくったほうが早くクリアできる場合もある。


 俺の経験上、“支援特化ユニット”は使いどころが限られてしまう。

 そのかわり状況にハマるとピンポイントに活躍できるオンリーワンスキル持ちってことも少なくない。

 やたら尖ったスキルの活用法を考えるの、めちゃくちゃ楽しいんだよな~。「こんなのいつ使うんだよッ」ってスキルの使い道を思い付いた瞬間とか、脳汁ドバドバ出まくりだしな!




「ちなみに【生産空間アトリエ】の展開中、行動はどれぐらい制限されるんですか?」

「多少の会話や視線移動を行ウ程度なラ可能。しかシ、走行や歩行まデは不可能であリ……当然ながラ、こノ様に酒をたしなむ事すらままならン」


 ネグントは再びジョッキ――生産空間アトリエ発動前にいったん脇に避けていた――を持つと、ぐびぐび美味そうな音を鳴らしつつ、酒を喉へと流し込んでいく。




 ゲームで『生産モードアイテム生産』を始めると、専用画面に切り替わる。

 そして生産完了後は、開始前と同じ位置から冒険が再開される。

 この意味ではネグントの説明――生産空間アトリエ展開中は動くのが難しい――とも矛盾しないと言えるだろう。


 フレイムロックバード戦のネグントも、その場からほぼ動いてなかったな……。




「……あれ? もしかしてネグントさんが【燃天降石バーンメテオ】を避けなかったのって、それも理由だったりします?」

「まア、そウだナ。仮に僕自身が移動してノ回避を行ウなラ、まズ生産空間アトリエを解除せねバならヌ……そノ度に状況を整備し直ス手間を考えれバ、隕石の軌道修正を行ウ方が圧倒的に効率が良イ」


 から、


 ネグントには、その選択ができるだけの手札があった、ってわけだ。






「こノ戦法における第2の欠点は『高LVの【生産空間アトリエ】スキルが要求されル事』ダ」

「確かに物体を瞬時に正確に移動させるとなると、低LVじゃ厳しいですね」

「しかモ【生産空間アトリエ】が作成可能な空間容量はスキルLVに応じて変わル。あル程度の容量が無けれバ、魔物や戦場を収められヌかラナ」

「なるほど……」



 アイテムを生産するための空間(生産空間アトリエ)を生み出すスキル。

 それが【生産空間アトリエ】。


 以前テオに聞いた話では、LVが上がれば上がるほど「展開できる空間サイズ」が広くなり、「空間内の物体を移動できる速度や精度」の自由度が高まる、とのこと。

 その仕様だけはゲームも現実も共通のようだ。



「それにスキルって、使いこなすまでも大変ですしね」

「大変なんてもンじゃないゾ……僕はこノ戦法を物にすルまデ、軽く5年は必要であッタ」

「5年も……!」




 先の戦闘では、ボスのフレイムロックバードが巨体で飛び回る鳥型魔物ってこともあり、戦場フィールドが凄く広かった。

 さらにボスだけじゃなく、奴が繰り出してくる隕石の落下スピードも、俺達の攻撃魔術の飛行スピードも凄まじかった。


 何が起きてもおかしくないあの状況に、正確無比に対応し続けてみせたのがネグントだ。彼は世界屈指の職人達を束ねる『ニルルク魔導具工房』の工房長を継ぐだけあって、生産系スキルの腕は確かである。


 だがどんなに凄い素質があったとしても、よっぽど訓練していなければ、あそこまでの成果は出せないだろう。



 スキル習得。

 それは、あくまでスタートだ。


 架空ゲーム現実リバースを通しての俺の経験上、スキルは習得すれば終わりってわけじゃない。習得後に練習を重ねて、何度も何度も実戦で試して、また練習して……それを繰り返して初めて安定して使いこなすことができるのである。


 元々素質が凄そうなネグントさんで5年ってことは、普通の人ならもっと長くかかるはずで……そりゃニルルク村の人たちが覚えたがらないわけだよ!




「となると、どうしてネグントさんはマスターしようと決めたんですか? 正直、“生産空間アトリエでの戦闘支援”って使い処が難しいですし。5年もあれば、もっと汎用性の高いスキルをいくつも練習できますよね?」

「うム。だガ僕の選択肢ハ、他に存在しなかッタ……何故なラ、|こそガ『ニルルク魔導具工房のおさ』を継ぐ試練そのものであッタかラダ」


「……へ?!」


 何気ない顔のネグントの言葉は、俺にとって寝耳に水の情報だった。





**************************************





 ネグントによれば、ニルルク魔導具工房長の後継者になるには、以下の4点が必要との事だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1、スキル【生産空間アトリエ】を習得していること

2、優れた魔導具を製作できる職人であること

3、生産空間アトリエでの戦闘支援をマスターすること

4、1~3を満たした上で『火の精霊王』に認定を受けること

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 そもそも「工房長はニルルク魔導具工房を率いる職人」とされているので、『1』と『2』は必須項目だろう。


 さらに『3』を満たした段階で、火の精霊王の元へと向かう。そこで認定を受けることができれば、晴れて『ニルルク』という姓を受け継ぎ、工房長の後継者となることができるというのだ。






 説明を聞き終えた段階で、俺は疑問に思った。


「でもなんで“生産空間アトリエでの戦闘支援”が工房長を継ぐための必須資格なんですか? 工房を運営するには関係ないですよね?」

「逆ダ。工房のおさとノ称号と工房運営はオマケであリ、真に後継されルべき本質は『火山の守護』といウ“使命”なのだかラ」



 そういや昨日ネグントが話していたな。

 初代工房長は火の精霊王から「火山を守る」っていう使命を与えられ、そのための魔導具『究極魔導炉アルティマストーブ』の作り方を教わったと。



「ってことは、この戦い方が火山を守るために必要だった、ってことですか?」

「うム。火山の守護に何よリ必須な『究極魔導炉アルティマストーブ』を防御シ、ひいテは偉大なル火山を守護すル為の最終手段としテ、初代ニルルクが編み出した戦法なのダ……こレは代々の工房長に継承されタ。182代であル僕も例外でハなク、先代の教えを受けつツ、血の滲むよウな努力を重ねた事デ、火の精霊王様の加護を賜ル事ができタのであル」



 究極魔導炉アルティマストーブは、火山が噴火しないよう、この地で増え続ける火の魔力の暴走を防ぐための魔導具なのだという。


 代々の工房長や村人たちは、火山が噴火しないよう、他の何よりも優先して魔導炉ストーブを守ってきた。火山を守るために物凄い努力を続け、危険を承知で村に残ったネグントもまたその1人なのである。


 ニルルク村というのは、世代を超えて使命を受け継ぎ続けた彼らの歴史が重ねられてきた場所なのだろう。建物が大半崩壊した現在は、その積み重ねをうかがい知るのが難しくなってしまったが……。




 ……ここまで考えたところで俺は気づいた。


「もしかしてで魔導具工房が無事なのって……?」

「その通リ、我々が守護しタ結果ダ。忌まわしきダンジョン化直後、村は多数の魔物に強襲されてナ……当初はそノ場で村を守ろウとしタ。だガ魔物共は強力な上、倒してモ倒してモ湧き出てきタ。戦えヌ者を逃がス為、大半の者は下山したのダ。そノ上で村の全てを守護できれバ完璧だッタガ、我々だケでハ、工房の守護が精一杯であッタ…………しかシお前達の尽力で火山は平和ヲ奪還すル事が出来タ。我々は使命を果たしたのダ! そしテこれからも果たし続けルであロウ……我々は誇り高きニルルクなのだかラナ!!」 


 そう語りながら、村の広場の中央で歌い踊る獣人達を眺めるネグントの瞳は、希望の炎で燃え上がっているようだった。





 現在、村の建物は大半無くなり、ほぼ更地状態だ。


 無事に残っているのは魔導具工房だけ。

 それ以外は崩壊し、ところどころに土台だけが点々とあるだけとなってしまった。


 当然ながら失った命は戻らない。

 0から建物を建てるのはどんなに腕利きの職人だって大変だ。

 生活や商売の基盤だって作り直さなきゃいけない。

 逃げ延びた村人達が帰ってきても、しばらくは苦労の日々が続くだろう。 




 だけど彼らは、噴火の危機を乗り越えることができた。


 さらにゲームではザーリダーリ火山浄化後、時間をおいてから再び訪れると、復興したニルルク村の様子を見ることができる。魔導具作りの腕が確かだからこそ、徐々に客足も戻り始め、1年も経てば復興前と変わらぬ賑わいを取り戻しているのだ。



 ネグントはじめ村人達の前向きな様子を見る限り。

 現実の彼らも、あんな風に再び平穏な日々を取り戻せるはずだ。


 俺の心は、不思議と確信に満ち溢れていた。

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