ザーリダーリ火山

第131話「冒険者ギルド・ザーリダーリ火山支部(1)」


 俺達はザーリダーリ火山を目指し、ル・カラジャ共和国をあとにした。


 途中、メイン街道から枝分かれした少し細めのルートへと曲がる。

 ムトトいわく「火山へ行くには、この道が最も近いのダ」と。


 出発日は黄金馬にて街道を進めるだけ進み、稼働中の小さな宿場町にて宿を取る。


 そして翌日は朝早くから、その宿場町近くの狩場へと向かい、時折出現する魔物を討伐しつつ、実戦の中で連携を確認することにしたのだった。





 人間以上に潜在的な身体能力が高い狼型獣人であるムトトが得意とする戦闘スタイルは、その素早さとパワーを活かした体術と、獣人ならではの【火魔術】だ。

 ただし魔術での防御や回復などは苦手であり、もっぱら攻撃系の魔術に特化しているらしい。


 使用武器は、鋭く長い3本爪の手甲鉤ハンドクロー――熊手のような形に爪がついた、手の甲へと装着する武器――。

 ムトトが冒険者を始めた際、同じく「若い頃は冒険者として修業していた」という彼の父親から贈られ、それから長年愛用し続けている品なのだとか。



 事前に話し合った結果、攻撃役はムトトと俺が担当し、テオは全体のサポートに徹することに。


 かつては同じパーティの一員であり、しかも一時期はこの周辺を拠点として2人で活動していたというだけあって、ひさびさの共闘であるにも関わらず、テオとムトトとの絶妙なコンビネーションは健在な模様。



 なお狩場には他の冒険者パーティの姿もちらほら見えたため、俺の【光魔術】関係の確認は後日に回し、それ以外の各自の手札を見せ合いつつ、戦術を固めていく。


 接近戦では体術にて敵達を圧倒し、遠距離からの攻撃の際は超火力の【火魔術】を瞬時に発動するムトトの姿に、頼もしさを感じた。





**************************************





 翌朝。

 宿場町にて新たに借りた黄金馬に乗り、俺達は再び街道を進む。


 ル・カラジャへ向かった際とは逆に、進むにつれて街道周辺の岩は段々と大きさを増していく。



 気が付けば辺りにはゴツゴツした岩だらけの岩石砂漠だけが広がっており、風が吹いても砂が舞い散る心配は無いように見えた。


 俺達は砂除けのために口元へと巻きつけていた布を外し、さらに馬を走らせる。





 夕方頃、目的地であるザーリダーリ火山ふもと付近の宿場町に到着。

 この宿場町は火山に最も近く、火山含め周辺の狩場で活動する冒険者達の拠点となっている街なのである。



「腹減ったな」

「俺もっ! 晩ごはんどうしよっか?」


 馬を降りた俺達は、談笑しつつ長時間の移動で疲れた体を引きずって街の正門へと向かう。まずは形式的な入場審査と入場税の支払いとを済ませて正門をくぐったところ、俺達の目に飛び込んできたのは。



・・・・・・・・・・・・・・・

勇者様!!

ようこそ ザーリダーリ火山へ!

・・・・・・・・・・・・・・・


 と、でかでか書かれた超特大の垂れ幕。



 にわかには信じがたい光景に、3人揃って固まってしまった。



 よくよく見ると垂れ幕だけでなく、「歓迎、勇者御一行様!」「お待ちしておりました勇者様」「勇者様ぜひ当店へ! 特別サービスいたしますっ!」といった勇者の来訪を歓迎する文句が入ったポスター類が、街の至る所にペタペタと貼られている。




「……嘘だろ」


 思わずつぶやく俺。



 できる限り安全に旅をしたい。

 だからこそ極力目立ちたくないし、自分が勇者だと必要以上にばらしたくもない。

 そんな事を考えている俺にとって、目の前の状況――街をあげて勇者を歓迎している様――は非常に最悪なものだった。




 辺りを見渡しつつ、テオが小声で言う。


「……なぁタクト。これさー、すぐに街を出ちゃったほうがよくない?」

「俺もそんな気がする」

「じゃ決まりっ。さっさと行こうぜ――」

「待テ」


 きびすを返そうとした俺とテオを、サッとムトトが止める。


「我々は街を訪れたばかりであル。それなのに即座に街を出ては、逆に怪しまれかねないゾ?」

「「うっ……」」

「間もなく夜であル。怪しまれずに街を出るなら、早くて明日の朝まで待つべきダ」



 通常この世界では、街へと入る際は入場税が必要となる。

 そのため街に入ってすぐ再び外に出るのは、払った入場税を無駄にしてしまう行為であり、でもない限りありえないのだ。


 先程くぐった正門には、入場審査および警備を担当する職員が数名詰めている。

 門を通ろうとする訪問者はそこまで多くなかったことから考えても、今すぐ街の外へ出ようとすれば、ムトトの言うとおり怪しまれてしまう可能性は高いだろう。




「でもさー、このままじゃちょっとヤバくない?」

「どうすりゃいいんだよ」

「……フッ」


 頭を抱えてしまった俺とテオに、ムトトが鼻で笑った。

 少しカチンときた俺達は、小声で食って掛かる。


「何がおかしいんですか?」

「そーだよっ」

「落ち着ケ。堂々としてさえいれば、恐らくバレることはなイ」

「いったい何を根拠にしてそんなこと――」

「なぜならバ。


 と言いつつムトトは、じーっと意味ありげに俺を凝視する。




 一瞬キョトンとしたあと、テオがくすくすと笑い出した。


「そうだよねー。色々あってすっかり忘れてたけどさ、まさかタクトがだなんて、パッと見ただけじゃ分かんないよねー」

「あ」



 俺自身も失念していたのだが、『俺は全く勇者らしく無い』のだった。

 今までも外見だけでは正体がバレたことはないし、「自分は勇者だ」と言っても証拠を見せるまで信用すらしてもらえないことだってあったのだ。



「……安心できたようで、何よりであル」

「いやー、タクトってほんと目立たないよねー」

「うム。何も知らない者が目にした場合、少しも記憶に残らないのでハ?」

「言えてるっ! これでもかってぐらい印象うっっすいもん!」


「ちょ……」



 俺の存在感の無さについて、楽しそうに語るムトトとテオ。

 そのおかげで安全に旅ができる可能性が高まるとはいえ、そこまで言わなくてもいいんじゃないか……と、俺は複雑な気分になってしまった。

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