第132話「冒険者ギルド・ザーリダーリ火山支部(2)」
話がひと段落したところで、ムトトが言う。
「……とにもかくにも、まずは今夜の宿を押さえねばならぬナ」
「あ、そうですね!」
言われて初めて、いつの間にやらすっかり日が暮れていたのに気が付く俺。
俺達が立っているのは、正門から延びる大通りの端のほう。
通り沿いに立ち並ぶ店の大半からは既に明かりが消え、いくつかの店から漏れ出る光と、ぽつぽつと置かれた街灯の魔導具だけが控えめに周囲を照らしている。
人の姿はほとんど無い。
だが明かりがついた酒場やら食堂やらから聞こえてくる騒がしい声から察すると、先程までまばらに見えた冒険者風やら旅商人風やらな人々も、おそらく食事や酒などを楽しんでいる最中なんだろう。
「えっと……宿屋が固まってたのって、この大通りを行ったとこだったよね?」
記憶をたどるように首をかしげるテオ。
ムトトは「うム」とうなずき、言葉を続ける。
「……事前に収集した情報が正しければ、現在もその辺りの宿は稼働しているという事であル。今の時間ならば当日飛び込みでも、どこかしらは泊まれるはずダ」
「じゃそっち方面に向かうってことで、タクトもいいよね?」
「ああ」
俺の返事を聞くなり、ムトトは無言で先にスタスタと歩き出していった。
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「はあぁ……」
宿場町の大通りを歩きつつ、俺は大きな大きな溜息をついた。
「なんだよタクト! 浮かない顔しちゃってさっ」
横を歩くテオが、笑いながら俺の顔をのぞきこんでくる。
視線をそらした俺は「見りゃ分かるだろ?」と、通り沿いの1軒の店を顎で指す。
その菓子店らしき店の入口に掲げられているのは、可愛らしいイラスト入りのこんな大型ポスター。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
当店限定!!
新商品『勇者様クッキー』はじめました!
旅のお土産にどうぞ♪
(1箱5枚入り10
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この店だけではない。
もう街の正門からはだいぶ離れたはずなのに、歩けども歩けども大通り沿いには、『勇者』という文字が入ったポスターやのぼりなどが途切れることなく並んでいる。
「……いくらなんでも盛り上がり過ぎだろ」
見れば見るほど頭が痛くなってきた俺がぼやくと、テオが事も無げな様子で言う。
「いやいや、勇者が街に来るってなってるなら、これぐらい普通だと思うぜ?」
「まぁ確かに、この世界の人にとって勇者は特別な存在らしいけどさ……ここまでやんなくても――」
「分かってないっ」
「へ?」
テオがパシッと言い放った言葉に、目をパチクリさせる俺。
声のボリュームは抑えめなまま、テオは言葉を続ける。
「……あのさータクト。例えばだけど、もしもこの街に来た勇者一行が……うん、あの食堂でごはんを食べたらどうなると思う?」
テオが指さしたのは、通り沿いにある1軒のこじんまりとした食堂だった。
店の前には『名物・ザーリダーリ焼き』という小さめな看板のほか、他の店と同様に『ようこそ勇者様! ご来店お待ちしております!』と手書きされたポスターも貼ってある。
一見、何の変哲もない食堂。
少し考え込んでみた俺だが、いまいちテオの質問の意図が読み切れない。
「……どうなるんだ?」
「あの食堂は『勇者様が実際に訪れた食堂』ってことで大々的に話題になって、街の名所扱いされるんじゃないかなー」
「え、そこまで?」
「だって誰もが知ってる、
「うわ、俺、有名人じゃん――」
「いやだからそうなんだって!!」
「あ、そっか……」
テオは全力のツッコミを入れたあと、少し遠い目をして言った。
「まぁ、そりゃ今は魔王やら魔物やらでどこもかしこもゴタゴタしてるけどさ……もし全部が片付いて世界が平和になったあと、『この街に勇者が訪れた』って広まったら、世界中の国や街からもどっとお客さんが押し寄せるだろうね。で、うまくいけばこの街は“勇者ゆかりの地”として、このさき何百年も観光事業だけで潤い続けるかもしれないんだ。ほら、さっき『勇者様クッキー』ってあっただろ?」
「ああ」
「ひょっとしたらあれだって、もしホントにこの街が“勇者ゆかりの地”として有名になったら、観光客に売れまくって大儲けできちゃうかもよ?」
「まじで?」
「うん。こんな一世一代の絶好のチャンス、そうそう転がってないじゃん。だからこうやって街をあげて必死に勇者歓迎ムードになってるのは、もちろん火山とかに巣食う魔物達を倒してほしいって気持ちもあるだろうけど……遠い将来を見越した
「…………」
ゲームにおいても、何かイベントがあったり勇者が店を訪れたりすると、その場所に『勇者が○○した地』などと看板が立ったり、周辺住民のNPCのセリフが「あそこに勇者様がいらしてね……あら、勇者様ご本人!」などと変化したりといったようなことは各地で起きていた。
ただそういった場合でも、よっぽどの大きなイベント――ダンジョンを浄化するなど――でもない限り、イベント前後でそこまで大きく変わることはほぼなかった。
ましてや旅の途中でちょっと立ち寄るだけの店や宿場町での変化なんて微々たるものであり、そこまで気にするほどのものじゃなかったのだ。
しかし『住民達にとっては、勇者が来訪するだけで大事件』ということをふまえて見ると、また違った意味合いの解釈ができる。
ゲームでは
だがもし平和になったあとの世界を見られるとしたら。
人々にとって平和を導いてくれた勇者は、絶対的な世界の英雄。
ならば勇者ゆかりの地が人々にとって特別なものとなるのも、自然なことだと思ってよいだろう。
そういや日本でも、“武将○○ゆかりの地”とかで有名観光地になってる場所ってたくさんあるよな……しかもこの世界じゃ勇者はホントに特別だし……。
そんなことを考えているうちに、ようやく事態を把握し始めた俺がつぶやく。
「確かに……テオの言うとおりなのかもな」
「だろっっ!」
得意気に鼻をふくらますテオ。
ここでふと、俺は違和感を覚える。
「……なぁテオ、お前さっきまで俺と一緒に慌ててたよな?」
「うんうん、すっごい慌ててたねー」
「じゃあなんでそんなに平然としてられるんだ? 周りはポスターだらけだし、肝心の状況は何にも変わってないんだぞ?」
「それなんだけどさー。よくよく考えてみたら、『勇者が来る』って情報の
「えっ?! どこだよそれ――」
「しーーっ!!」
思わず大きな声を出した俺に、テオが人差し指を立て静かにするよう注意しつつ、離れた店の前に視線を送る。
「あ……」
そこに居たのは、店から漏れ出る光にうっすら照らされた数名の人々。
一様にこちらを向いて少し驚いた顔をしているあたり、おそらくいきなり聞こえた俺の大声に反応したっぽい。ちょっとまずいかもな……。
「……タクト、詳しくは宿で話す」
「分かった」
すぐさまパパッと言葉を交わした俺とテオは、店の前にいる人々に笑顔で軽く会釈をしたあと、その場を足早に去ったのだった。
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