第133話「冒険者ギルド・ザーリダーリ火山支部(3)」


 ザーリダーリ火山ふもと付近の宿場町へと到着した俺とテオとムトト。

 すっかり暗くなってしまったため、ひとまずは今夜の宿を探すことにした。






 遠い遠い昔。

 この大陸に人が住んでいたのは、大陸沿岸部に点在する小さな集落のみだった。


 日干しレンガ製の住宅に住み、浅瀬での漁・牧畜を主な生業として細々と暮らす。

 そんな生活様式を先祖代々受け継いできた彼らには、親から子へと口酸っぱく言い聞かされ続けてきた掟があった。



「決して“海が見えない土地”へ行ってはならない」



 住民達の大半は掟に従い、海沿いの小さな集落から出ることなく暮らしていた。


 しかし駄目と言われれば言われるほど、余計やりたくなってしまうのが人の習性。

 どの集落にも何十年かに1人か2人は掟を破って『海が見えない土地』つまり『大陸中央部』へと踏み出す者がいた。

 そして掟を破った者のほとんどは、生きて集落へ帰ることは無かったという。


 彼らを反面教師にすることで信憑性が増した掟は、長い間廃れることなく言い伝えられてきたのである。




 時が過ぎ、この大陸の集落の1つに初めて大型船が訪れた。

 船というもの自体存在しなかったこの大陸の住民にとって、大きな金属の塊が海の向こうからやって来る光景というのものは、それはそれは物凄い衝撃だったという。


 当時はまだ、海へ出るための船が作られ始めたばかりの頃。

 世界各国で競うように研究が進められた結果、急激に船舶生産技術や航海術などが発展しつつあり、それに伴って未知の領域の探索も頻繁に行われていた。


 この大陸を初めて訪れた大型船も、そういったブームに刺激された『とある大富豪』の出資で航海をしていたところ、偶然に新大陸を発見したのだ。



 大型船の目的はあくまで調査であった。


 最初は警戒していた住民達も、大型船の船員達に侵略の意思が無いことが分かると徐々に心を開き、船員達が持ち込んだ『食をはじめとする別大陸の文化』に魅了されていった。


 そして船員達もまた、住民達に受け継がれてきた知恵に驚いた。

 中でも度肝を抜かれたのが、独自の建築技術。

 日干しレンガ製の建物は年中暑い環境でも快適に過ごせる上、材料はその辺に大量にある砂などがメインという、とても合理的なものだったのだ。




 到着後しばらく大陸沿岸部に滞在し、住民との交流を続けていた大型船の船員達。

 ある程度情報が集まったところで、今度は船員達の中から選抜したメンバーで調査班を結成し、大陸中央部の調査に乗り出した。


 その頃にはすっかり打ち解けていた住民達は、掟を破り帰らなかった者達の話を引き合いに出して、懸命に彼らを止めた。

 だがその多くが腕利きの雇われ冒険者で構成されていた調査班は、「大丈夫だ」と自信に満ち溢れた顔で中央部へ旅立っていったのだ。




 そして数週間後。

 調査班の面々は誰1人欠けることなく、晴れやかに笑って集落へと帰還した。


 彼らの調査によれば、この大陸の中央部は火の魔力に富んだ土地なのだという。

 豊富過ぎる魔力の作用で強い魔物が生まれ住みつく地域が多く、あふれる魔力の属性が『火』であることから草花も育たないほどの燃えるような暑さが続くという、生き物が住むには厳しすぎる環境。


 かつて掟を破り大陸中央部を訪れた者はおそらく、沿岸部とは比べ物にならないぐらい過酷な気候で倒れたり、うっかり魔物の住処へ入り込んで襲われたりなどで命を落としてしまったと考えるのが自然だろう、というのが調査班の見解であった。 



 また調査班は大量のアイテムも採取していた。

 国へと持ち帰ったところ、世界的に知られていない新発見となるレアな素材アイテムばかりであったことから、これらを使った新たな生産レシピおよびアイテムが多数生み出され、人々の羨望の的となった。


 そして無事に帰還し多大な功績を残した大型船の船員達は褒め称えられ、巨額の報酬を得たのだという。




 大型船の調査をきっかけに、レアアイテムでの金儲けを目的とし、冒険者を護衛に雇った商人・腕に覚えがある冒険者が多数この大陸を訪れては長期滞在するように。

 同時に彼らをターゲットとして宿泊施設や食事や娯楽などを提供し儲けようとする者らが集まって各地に宿場町を作ったり、街道が整備されたりなどの開発が急激に進んでいった。


 現在俺達が訪れている宿場町も、開発の初期段階で作られた場所である。


 ザーリダーリ火山周辺で良質な素材アイテムが多く採れることに目をつけた冒険者ギルドが『冒険者ギルド・ザーリダーリ火山支部』をいち早く設立。

 そして火山支部ギルドが中心となり、初期段階から旅人が快適に過ごせるような制度や施設を整えた状態で、この宿場町を作り上げたのだ。


 旅人向けに特化するという策が功を奏し、数多くの冒険者達が訪れては拠点とするようになったことから、大陸中央部で最も有名で立派な宿場町として長年繁栄し続けてきたのである。 




 だがそれはかつての話。

 3年ほど前から世界各地に異変が起きたわけだが、この大陸も例外ではなかった。


 ただでさえ強力だった魔物達は強さを増し凶暴化した上、行動範囲は拡大の一途。

 そしてなんとよりにもよってザーリダーリ火山自体も、末恐ろしいダンジョンへと変貌してしまったのだ。


 こうなってしまっては、そこそこの腕の冒険者では太刀打ちできない。


 この大陸に滞在していた冒険者や商人の大半は「自分達じゃここの魔物は倒せない」「危険度に対する割が合わない」などと別の土地へと拠点を移し、それに伴って彼らを相手に商売していた宿場町も次々と街としての機能を失っていった。



 この大陸内にて現在も稼働中である宿場町は、ほんのわずか。

 だがどの街もかつてに比べれば人の数は大幅に減り、衰退の一歩を辿りつつある。








「ふへっ!? 満室?」


 1軒の宿屋の看板を見た俺が、素っ頓狂な声をあげる。

 店前に置かれた案内看板には『本日満室』と慌てて走り書きしたような紙が貼られていたのだ。


「うわー、あっちもそっちも満室だってさ」

「嘘だろ……」


 辺りを見渡したテオの言葉に、俺がつぶやく。




 ムトトの案内で、冒険者向けの宿が多く集まっている中心街に到着した俺達。

 さっさと今夜の宿を決めてしまおうとしたところ、目につく宿にはどれも満室だという案内が出ていた。



 事前に仕入れてた情報では、この宿場町も他の街と同じく訪問者が減ったり過疎化が進んでいたりしていたはず。宿屋が満室なんてありえない。


 いったい何が起きたのか?


 必死に考える俺だが、思い当たる節がない。

 どうにか糸口が見つからないかと脳味噌を振り絞りまくっていると。




「タクト、泊まれそうな宿があったぞー」


 いつの間にか俺の元から離れていたテオが、向こう側から走って戻ってきた。

 考えがまとまらないながらも「悪ぃな」と礼を言った俺は、ムトトの姿が見えないことに気付く。


「あれ、ムトトさんは?」

「先に中に入って、部屋を借りられるか交渉してもらってるとこ! タクトも早くいこーぜっ!」

「ああ」

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