第7話「エイバスの街の、冒険者ギルド(2)」
いつの間にか中央広場の時計の針は、午前9時を指そうとしている。
しばらく色々と考え続けていた俺だったが、このまま悩み続けてもしょうがないと、広場のベンチから立ち上がった。
「まだ1時間あるし、街中でもぶらぶらしてみるか」
冒険者ギルド方面へと戻りつつ、目に入った店をのぞいていく。
ただし現在の所持金はたった70
無駄遣いどころか、生活必需品を揃えるのすら厳しいだろう。
気になった品物と店はメモを取るだけに留め、買うかどうか悩むのはもう少し
「今夜ウォードさんと飲む約束もあるしなぁ……命の恩人だから俺が全額出したいし……そのためにも、冒険者ギルドでドロップ品の買い取りについても確認しておかないとな!」
**************************************
そして午前10時過ぎ。
俺は冒険者ギルドの前へと戻ってきた。
深呼吸してから、ゆっくり入口の扉を開けて中に入る。
ギルド内は
「良かった……テオはもう、ここには居ないみたいだ」
ホッとしたところで誰も並んでいないカウンターの窓口へと向かい、下をむいて何やら作業中の窓口職員へと声をかける。
「すみません」
「はい、おはようございます。ご用件は何でしょうか?」
すぐに顔を上げ対応したのは、ゲーム内のエイバス冒険者ギルドでもおなじみの、20代前半位に見える美人な女性職員。
素敵な爽やか笑顔に少しニヤけそうになるのを押さえつつ、手短に用件を伝える。
「タクト・テルハラと申します。原初の神殿にご紹介いただき、ダガルガ・ボア様へお会いしたいのですが」
「紹介状はお持ちですか?」
「はい、お預かりして参りました」
「かしこまりました。少々そのままお待ちください」
【
「おう、
「は、はい……タクト・テルハラと申します」
「ガハハ、
「はぁ……」
浅黒く日焼けしたゴツゴツの筋肉、
というか身長高くない? 軽く2mは超えてる気がするんだけど!!
ゲームで画面越しに見るのとは全く違う迫力に、やや
「しょうがないですよ。ギルド長は『いかにも……』って感じの人ですし、初対面なら怖がるのが当たり前です!」
「
眼帯男にビシッと言い放ったのは、いつの間にか戻ってきた窓口女性職員。
「という事でタクトさん。こちらが、
「おう、そうだな! 俺がダガルガ・ボアだ、よろしくなっ!!」
「……よろしくお願いします」
**************************************
ダガルガと一緒に、部屋の隅に置かれたテーブル席の1つへと移動。
ここは待合や面談などに使われるフリースペースで、長居したり他人に迷惑をかけたりしない限り誰でも使ってよいことになっている。
座るよう指示された席が『先程テオが座っていた椅子』だったため少し戸惑ったものの、大人しく座っておくことにした。
「紹介状があるんだってな?」
「はい、こちらです」
『エレノイアの紹介状』を受け取ったダガルガは、腰の革袋から取り出した小さなナイフで封を切り、中の
「……状況は大体分かった。エレノイアの
「ありがとうございます! あと、エレノイア様からこれも預かってまして……」
【
「おっ! 【
「そうです」
「【
「持ってる方は少ないんですか?」
「そっか、お前にゃ記憶が
とダガルガは、自分の腰に付けた袋を指した。
一見、何の
「これは『
『
ただしプレイヤー自身は
もちろん俺も存在を知ってはいたが、一応“記憶喪失”という設定のため「へ~」と適当に相槌を打っておく。
「でもやっぱり【
大きな声で笑うダガルガは、そこで手土産の存在を思い出し、嬉しそうに包みを開封していく。
「いけね、忘れてたぜ! エレノイアの嬢ちゃんは、いつも気の利いたモン届けてくれんだよなァ……おっ、
ダガルガが取り出したのは、おいしそうな香り漂う焼き菓子が10個ほど入った器と、黄金色の液体のようなものが入った小瓶。
早速焼き菓子を1つ食べ、ダガルガは笑顔になる。
「うんめェ! おい、お前も食うか?」
「ありがとうございます、いただきます」
握りこぶしサイズで平べったいキツネ色の焼き菓子。
勧められるまま、とりあえず一口かじってみる。
少し硬めに焼き上げられたそれは、香ばしいクッキーのような食感で、中に入ったナッツが味のアクセントになっていた。
「おいしいですね、これ!」
「おう! 嬢ちゃんの得意料理でな、たまに焼いては届けてくれるんだよ。で、こっちは『ローズ印の蜂蜜』だ!!」
小瓶を回し、貼られたラベルを俺に見せてくるダガルガ。
そこには
「ローズ印は大人気で、なかなか手に入んねぇんだよ! ここの蜂蜜食べたら最後、他の蜂蜜じゃ物足りなくなっちまう旨さだからなァ……くぅぅ~~」
凄く嬉しそうに、蜂蜜の小瓶に
甘いものに夢中な彼の姿を見ているうち、いつの間にか俺の緊張はとけていた。
「ギルド長」
ピリピリと声をかけてきたのは、先程窓口にいた女性職員。
「おう! なんだ、お前も食いてぇのか?」
「違います!」
彼女は差し出された焼き菓子の器には目もくれず、ムッと否定する。
「なんだ食わねぇのか」
「……昼休憩にいただきます」
「やっぱ食いてぇんじゃねぇか! うめぇもんなァ、これ――」
「そうじゃなくて! ちゃんと仕事をしてください、ギルド長!」
「なんだ、そっちかよォ…………あッ!!」
「こちら昼まで預からせていただきます」
「そりゃないぜ……」
ダガルガの
しょぼんとするダガルガだったが、溜息交じりに俺へと向き直る。
「……ところで何か質問はあるか?」
「えっと、ここに来るまでに森で魔物を倒しまして、ドロップ品として鉄鉱石や石炭を手に入れたんですが、これってどこかで換金できますか?」
「買取なら冒険者ギルドの窓口でもやってるぞ! エイバスは『職人の街』だから生産素材は需要があってな。鉄鉱石も石炭もいつでも大歓迎だ!」
「なるほど。あとで窓口に行ってみますね」
「他には質問あるか?」
「はい。生活必需品や防具を揃えるのにおすすめなお店ってありますか?」
「まぁ予算次第だな! 手持ちの金はどんな感じだ?」
「全部で70
「まぁその状況じゃ、しゃあねぇよな……なるべく安くて品物もそれなりな店をいくつか教えといてやるよ!」
ダガルガは
「ほらよ! この辺りの店なら、ぼったくりはないから安心していいぞ!」
「ありがとうございます」
「いいってことよ、無くさねぇうちにしまっとけ!」
「はい」
貰ったメモは【
「そんで、剣術指導についてだがよォ――」
「ちょっと待ったぁ!!」
話に割って入ってきたのは、俺が会いたくないと思う
「テ、テオ?!」
素っ頓狂な声を上げ、思わず立ち上がった。
やばいやばいやばい!
なんで居るんだ?
コイツにバレたらすべてが終わる!
隠し通さなきゃ!
そもそもバレちゃいないよな?
いや、まだ大丈夫なはず!
色んな思考が、頭の中を駆け巡る。
そんな俺の焦りをよそに、能天気に会話するダガルガとテオ。
「……なんだ、お前ら知り合いか!」
「うん、さっき仲良くなったんだよー」
「そうかそうか! ところで、テオは何の用だ?」
「あのさ、タクトへの剣術指導なんだけど、俺に任せてよっ!」
「へ?!」
急すぎるテオの提案に、顔を引きつらせてしまう。
「いやでも、エレノイアの嬢ちゃんに頼まれたのは俺だしな――」
「ちっちっち」
渋るダガルガに向け、指をふるテオ。
「ダガルガが、すっごく強い一流剣士だってのは認めるよ? でも使ってる剣は大きくて重いじゃん。『
「おう、その通りだな!」
テオの言葉にうなずくダガルガ。
「タクト、今の物理攻撃力っていくつ?」
「えっと……」
ステータスを確認し答える。
「24です」
「に、24だとォ?! ……低すぎだろ。剣術教える以前にまずはLVアップか何かでチカラつけねぇと、こりゃどうにもなんねェぞ……」
黙り込むダガルガ。
テオはニコッと笑って話を続ける。
「そこで俺の出番ってわけだっ!」
「……なるほど。テオの剣術スタイルは『軽い剣』と『素早さ』を生かすタイプだから、確かにタクトでもすぐに真似できそうだな!」
「だろ?」
「え、テオって剣で戦えるのか?!」
ゲーム内のテオはずっと歌ってばかりで、戦う描写なんか一切無かったはずだ。
「当然っ!」
胸を張るテオ。
「テオは
「1番得意なのは楽器だけどね、やっぱり吟遊詩人だからさー」
「あ、俺の剣は無理だったな!」
「ダガルガの剣が重すぎるんだって! あんな重い大剣よく使えるよねー」
「ガハハハハッ」
笑い合う2人。
ひととおり笑い終えたあと、テオは話を切り出す。
「てなわけでダガルガ、俺がタクトの剣術指導したほうがよくない?」
「そりゃそうだが……エレノイアの嬢ちゃんに頼まれたのは俺だし、なんだかんだと色々貰っちまったしなァ――」
「あのさー、ひとり立ちの支援って何も『剣術指導』だけじゃないだろ?」
「……なるほど!」
ダガルガは「ちょっと待ってろ」と、腰に付けた
ややあってバッグから1枚の丸い盾を取り出し、俺へと差し出す。
「おいタクト、これやるよ!」
「これは?」
「『ミスリルバックラー』だ! たまたまダンジョンで見つけてから、売るのすっかり忘れてたんだけどよ。防御力が高い割に軽くてな。片手剣との相性もいいから、お前さん向きだぜ!」
「そんな、もらえないですよ――」
「もらってくれねぇと困るんだって! エレノイアの嬢ちゃんに『ローズ印の蜂蜜』なんてレアなもん貰っちまったし、このままじゃ俺の気が済まねぇんだよ!」
「あの蜂蜜、そんなに珍しいんですか?」
「おう! 限定生産らしくてな、毎年時期になるとすぐ売り切れちまうんだ! ローズ印をよ、ほんのちょっとの量スプーンでとってなめると、
うっとりしながら語るダガルガだったが、話の途中であったのに気が付く。
「おっといけね! ……まぁなんだ、蜂蜜の件がなくても、嬢ちゃんには世話になってるからな。出来る範囲で面倒みてやっから、困った事があったら言えよ!」
「ありがとうございます! あの、でも、俺やっぱり剣術指導は――」
瞬間、テオがボソッと俺の耳元でつぶやいた。
「……
ゾワッとした何かが背筋を走り、思考が停止する。
「剣術教えるのは俺でいいよね、タクト?」
笑顔のテオによる無言の圧力。
「…………はい、よろしくお願いします……」
俺は、抵抗を諦めた。
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