ル・カラジャ共和国

第119話「砂と共に生きる多種族国家、ル・カラジャ共和国(1)」


 ニルルク村を目指す俺とテオは、馬に乗って次の宿場町への移動に専念する移動日と、スキル練習や戦闘訓練などに専念する訓練日とを交互に設けつつ、強い日差しが当たる街道を順調に進んでいく。


 この大陸で最初に訪れた港町・クオカラを発った頃には岩だらけであった一帯。

 街道に沿って進むに連れ、辺りの岩が徐々に徐々にと小さくなっていき、気づけば細かい砂だらけとなっていた。





「……確かにテオが言うとおり、こりゃ対策必須だな……」


 馬の背に揺られる俺がボソッとつぶやいた。




 俺は現在、帽子――『旅行者の服』のセットに含まれるキャスケットっぽい帽子――を深く被り、さらに大きな布――追加でテオに借りた――を鼻と口を覆うようにグルグルと巻き付けた状態だ。

 この布はテオから「巻いとかないとツラいよっ!」と渡され装着したもの。

 そして俺の前を先導するように馬で走るテオ自身も、同様に布を巻いている。


 というのも現在砂だらけである俺達の周囲には、ほんの少し風が吹くだけで、大量の砂埃すなぼこりが舞い散ってしまうのだ。

 もしこの布が無かったら、目や口などに砂が入りまくって悲惨な状態になっていたかもしれないな。



 当初は帽子や布を付けていてさえも、隙間から遠慮なく飛び込んでくる砂に悪戦苦闘していた俺。

 だがしばらく色々試すうち、自分なりに砂埃が侵入しにくい体勢を見つけ出してからは、何とか落ち着いて進めるようになったのだった。





**************************************





 クオカラの街を出発してから1週間後の午後。

 くすんだ黄土色一色の砂漠を地道に進んでいた俺達は、ようやく目的地付近の目印を発見した。



 吹き荒れる砂煙の中から突如として現れる、どっしりした終わりの見えない壁。

 道中に訪れた宿場町の壁と同じく日干しレンガ製であったが、そのどれよりも数倍は高く分厚く作られている。


 これこそが、この大陸最大で広大な都市『ル・カラジャ共和国』の周囲を守り続ける壁なのだ。


 壁沿いに少し行ったところで、国の正門を見つけた俺達は馬から降りる。

 乗ってきた馬に合図を出し貸馬屋へと帰らせたあと、正門前の列に並び、手続きを済ませ入国した。



 



 世界有数の古い国家であるル・カラジャ共和国では、多数の種族が共存している。

 単一種族国家が多いこの世界リバースにおいて、非常に珍しい国だと言えるだろう。


 もちろんこれまで俺が訪れたエイバスやトヴェッテなどにも様々な種族の者がいたが、住まう者のほとんどは人間族であった。

 逆にル・カラジャの住民においては人間族の割合が少なく、それ以外の種族が大半を占めているのだ。




 種族が変われば、生活スタイルも価値観も大きく変わる。

 建国当初から多種族が暮らしていたこの国では、種族の違いによる争いが数多く発生していた。


 元々はル・カラジャも、他の多くの国や街と同様に建国者が王を務める『君主制』を採用していたのだが、あまりにもトラブルが多かったため、当時の初代国王には国をまとめ上げることができず。



 困り果てた国王と住民達とが知恵を絞った結果、君主制を廃止。

 多様な種族に配慮しつつ、国を8つのブロック――自治区画7つと中立区画1つ――に分けることにした。


 自治区画ごとに2年に1度、代表者である『区長』を選出。

 選ばれた区長達はそれぞれの区画にて、独自のルールを作り自治を行う。

 そして定期的に7名の区長達が集まって話し合うことで、国および中立区画の運営政策を決定していくというシステムだ。


 このいわゆる『共和制――特定の君主を置かずに国を治める――』の1種といえる制度は、ル・カラジャの特殊な情勢にしっくりはまった。


 よって制度を制定してから今日こんにちに至るまで何千年もの間、多少の衝突はあれど、それなりにうまく多種族が共存できているのだ。




 


 俺達が国の正門をくぐった昼下がりも、街中には、明らかに人間とは違う特徴を持った獣人やドワーフやエルフなどの種族が入り乱れていた。

 初めてル・カラジャを訪れた旅人は、他の国ではまず見ることがないこの光景に戸惑う者も少なくないのだという。



 

 もうひとつ旅人達を驚かせるのは、立ち並ぶ個性的な建物だろう。

 

 これまた道中訪れた砂漠の宿場町と同じく、基本は黄土色の日干しレンガ製。

 しかし1階建ての低いシンプルな建物ばかりだった宿場町とは全く違い、ル・カラジャでは3階4階建ては当たり前、中には10階を超すような建造物も多かった。


 どの建物もただ日干しレンガを積み上げただけでなく、所々アーチ状やら凹凸おうとつやらを作るように積まれていたり、窓枠部分や壁などに朱色と白の2色の塗料で大胆な模様――幾何学模様や植物模様を組み合わせたような独特の模様――が描かれていたり。


 窓部分は見渡す限り、透明に近い板ガラスが締切状態で使われていた。

 この辺りは砂埃が多いため、そうでなくては室内に砂が吹き込んでしまうのだ。




 だが何といっても不思議なのは「建物自体が、歪みまくっている」こと。


 ゲームで遊んでいた頃は、ゲーム製作者達が『デザイン重視の遊び心』から、このをCGで作ったとばかり思い込んでいた俺だが、実際に実物を目にして度肝を抜かれた。


 目の錯覚なんかじゃない。

 本当に建物が傾いているのだ。


 中には上下を間違えてしまったんじゃないかと勘ぐってしまうような建物や、崩れてもおかしくなさそうな不安定っぽい形の建物、構造上明らかにありえないとツッコみたくなる奇妙なバランスの建物等、日本の常識じゃ考えられないものも数多い。




 軒を連ねる建造物群を見上げたまま、思わずポカンと口を開けて固まった俺を見て、テオが笑顔で声をかけてきた。


「やっぱ驚くよねー。俺も最初来た時、今のタクトと同じような反応しちゃって、ムトトに笑われたぜっ」

「え、テオも?」

「うん! 『あれでよく崩れないね』って言ったら、ムトトが色々教えてくれたんだよなー」





 テオが聞いた話によれば、ル・カラジャ建国当時である何千年も昔は、まだまだ建築という技術が発達していなかったらしい。

 そんな時代、元々砂しか無かったこのエリアに国を作ることになった一同は、生産系スキルなどを使って各自自由に砂の住居を建てることに。



 この一同の中に、生産系スキルを自在に使いこなす男性獣人が混じっていた。


 他の職人たちがの住居を建築しようとも、彼はその達人級な生産系スキルを用いて補強し、必要な強度や安定性などを十分兼ね備えた建築物として成立させてしまったのだ。


 それを面白がった周りの面々が、ふざけ半分にどんどん奇妙な物を作り、彼が補強し……そんなことの繰り返しから、ル・カラジャにおいては、他の地域と異なる様式の建築技術が出来上がっていったらしい。


 今日のル・カラジャの独自の建築技術のいしずえは、彼の補強技術なのである。

 またこの生産系スキルを使いこなす男性獣人こそが、後にル・カラジャを出て、新たにニルルク村を作った『ニルルク村の初代村長』だという逸話も残されている。



 時と世代を重ね増築に次ぐ増築が行われるうち、『変わった形であればあるほど美しい建物』という、ル・カラジャ独自の美的概念が生まれた。

 さらに美を求めた結果、朱色と白の塗料で模様を描く技術も広まったのだとか。





「……とまぁこんな感じで、ル・カラジャ共和国ではこういう建物が立ち並ぶことになったんだってさ!」

「なるほどな……」


 そういえばゲームでも、NPCから似たような話を聞いた気がするな。


「じゃこっからはニルルク村のムトトをたずねるわけだけど……その前に休憩がてら、軽くお茶でもしない?」

「ああ、いいぞ」

「おーしっ! 寄っときたい店があるんだよねー」


 と嬉しそうに笑ったテオは「こっちこっち」と俺に呼びかけつつ、大通りのほうへ軽やかに歩き出していった。


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