第120話「砂と共に生きる多種族国家、ル・カラジャ共和国(2)」


 ニルルク村を目指す俺とテオは、この大陸最大で広大な都市『ル・カラジャ共和国』に到着した。


 砂漠状態である国の外は舞い上がる砂埃すなぼこりが凄かったのだが、ル・カラジャ国内はそうでもなく、多少風が吹いた時だけ軽く目や口をガードすれば十分な程度。

 これは国の周囲をぐるっと囲む高く分厚い塀のおかげらしい。

 そのため砂埃対策で巻いていた口元の布はいったん外し、しまっておいた。





 目的地へと向かう前に、まずは軽く休憩をとることに。

 「寄りたい店がある」というテオが、俺を案内したのは、正門からちょっと歩いた辺りで営業中の喫茶店だった。



 この喫茶店含めル・カラジャ正門付近のエリアは、種族別に分かれた7つの自治区画に属さない『中立区画』である。


 中立区画を訪れる者は『種族別自治区画に住みながらも、他種族との交流や商売に寛容で意欲的な者』『外から国の正門をくぐって来る訪問者』が圧倒的に多い。

 そのため大通りには、基本どんな種族でも入店を歓迎する飲食店や雑貨屋、国外からの来訪者向けな土産物屋や宿屋などが立ち並んでいるのだ。




 喫茶店がある建物も、他に負けず劣らず芸術的な形状だった。

 とはいえ入口扉を開けて中にさえ入ってしまえば、部屋の形――全体的に楕円形っぽい――をのぞき、内装は至って普通の飲食店そのもの。



「いらっしゃいませー、お好きなお席へどうぞ」


 客席のほうから、赤いシャツを着た若い女性魚人の店員が笑顔で言った。魚人族は、体の大半がうろこに覆われていたり、手足に水かきがあったりと『人と魚との中間的な肉体』を持ち、水中でも陸上でも生活することが可能な種族だ。



 そこそこ広い店内に2人掛けや4人掛けのテーブル席がゆったり配置されている。

 入口近くのカウンターの中では、女性店員とお揃いのシャツを身に着けた若い男性エルフの店員が何やら作業中のようだ。

 

 客席は獣人や人間ら中心に8割ほど埋まっているような状態。

 ちょうど窓際の2人掛けテーブル席が空いていたので、迷わず腰かける。

 1個1個微妙に色が違う手作りっぽい焼成レンガを積み上げて作られたテーブルに、背もたれの無いシンプルな木製の椅子とがしっくり合ってるな。




 俺達が席につくなり、女性店員が「ご注文、お決まりですか?」と、のんびり口調で話しかけてきた。


「俺、ル・カラジャレモネードの普通サイズ1つねっ! タクトは?」

「えっと……じゃ俺も同じで」


 迷わず注文するテオ。

 俺は少し悩んだが、この場はとりあえずテオにならっておいた。




 

「【生産空間アトリエ】」



 注文を受け、カウンターから俺達のテーブル横にやって来たエルフの男性店員が、調理に取り掛かる。

 手始めにテーブル上の空中に『生産空間アトリエ――アイテムを生産するための空間――』を生み出すと、必要な材料を次々とその中へ入れては生産系スキルで加工していく。


 男性店員の手慣れた調理パフォーマンスは鮮やかでサービス精神満載で、感心した俺はその様子を食い入るように見つめ続けた。

 



 まずはレモン2個をクルクルっと回しながらぎゅっと絞った。

 続いて多めのミントの葉をすり潰し、シロップ、塩少々、絞ったレモン汁を加えてよく混ぜ、レモンシロップを作る。


 ここで魚人の女性店員が【水魔術】を使い手のひらサイズの氷の塊を作り出し、生産空間アトリエ内に投げ入れた。


 男性店員は、先程のレモンシロップに氷を加えてから、ミキサーにかけるかのように砕きながら混ぜる。

 最初はゆっくり、徐々に早く。

 早くなるにつれ氷とシロップが渦巻き、美しい球形を形作っていく。



 氷の形がほとんど無くなり滑らかになったところで、球を均等に2つに分割。

 そしてねじれた形のガラス製グラス2つを空間に入れ、ふるふるっと球を揺らしつつ軽やかにグラスへ液体を注ぐ。

 

 最後に、別で取り出したレモンと赤いフルーツをササッとスライスして飾り付け、太めの赤いストローとフォークをして完成かと思ったのだが……【生産空間アトリエ】解除と同時に、なんと飲み物入りの2つのグラスが空中高くに投げ出されてしまった。

 グラスは重力に引かれ真っすぐ落ちていく。

 


「あっ……!」



 俺が焦った声を出すと同時に、男性店員が【風魔術】を発動。



――ふわっ



 ほんのり淡い緑の光に包まれた風が生まれ。

 テーブルにぶつかる寸前で、グラスが宙に浮かび上がった。



 男性は落ち着いてグラスを手に取り、スッと俺達の前に差し出した。


「おまたせ、ル・カラジャレモネードの普通サイズ2つだよ!」

「ありがとー! ひさびさに来たけど、お兄さんの技、相変わらず華麗だねっ」


 テオが褒めると、男性店員は「どうも!」と爽やかにカウンターへ戻っていった。




「タクト、スゴかっただろ?」

「あ、ああ……」


 呆気にとられた俺の答えに、テオは嬉しそうに笑う。


「今のお兄さんのパフォーマンス、この店の名物なんだー。あれ目当てに通うお客さんも多いみたい」

「へぇ……確かに見応えあったな」

「だろ! じゃ、溶けないうちに飲もうぜっ!」

「そうだな」



 注文したル・カラジャレモネードは、細かい氷のシャリシャリ感も楽しい、飲むかき氷みたいなドリンクだった。照りつける太陽の下にずっといた身に、さっぱりした口当たりと冷たさとが染みわたる。


 テオによれば、このレモンは『ル・カラジャレモン』と呼ばれる暑さに強い品種で、デザートだけでなく料理にも使われる、ル・カラジャ共和国の名産品らしい。

 また添えてある真っ赤なフルーツは、サボテンの実の1種なのだとか。




 邪魔にならない程度にほんのりきいた塩味と、たっぷり入ったミントの爽やかな風味が、レモンの酸味とシロップの甘みと絶妙なバランスを保っていた。


 そして上に乗ったサボテンの赤い実は、ズシッと詰まった硬めの果肉で、見るからによく熟しているようだ。

 試しにかじってみると、クセが強い独特の甘みがレモネードのさっぱり感と妙に合って、良いアクセントになっていた。



 どこかで飲んだことがあるような懐かしさと、今まで出会ったことがない組み合わせな味の新鮮さとが同時にやって来て、俺は何だか不思議な気持ちになったのだった。

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