毒鼬の穴蔵

第112話「耐性スキルと、毒鼬の穴蔵(1)」


 さびれた港町・クオカラに到着した俺とテオは、街側の厚意で空き家に1泊させてもらえることに。


 またクオカラの街で出会った親切な住民達からは、大陸の現況についての新たな情報を色々と教えてもらうことができた。

 というわけで俺達は、就寝前に情報を整理したり、今後について話し合ったりしておくことに決めたのだった。




 街で新たに仕入れた情報によると、この大陸では魔物の凶暴化の影響で、過疎化もしくは完全に無人化してしまった街や村も数多いらしい。

 それは街道沿いの宿場町も例外ではない。


 これまでの道中と同じく、目的地のニルルク村までは大きな街道が通っているため、基本はその街道沿いに進む予定だ。

 だが多くの宿場町が機能停止してしまっていることをふまえると、前日までのようなペース――移動の合間にのんびり休憩やスキル訓練などを挟み、地道に毎日移動する――で進んでいては、野宿を挟まなければならなくなるだろう。




 俺とテオとで相談した結果。

 戦力にまだ不安が残る現状では、安全のため野宿を避け、確実に毎晩宿屋に泊まれるようにしたほうがよいとの結論から、今後の計画を大幅に変更する。


 

 変更後の計画では、『移動日』『訓練日』を完全に分けた。


 移動日は、その日のうちに次の宿場町へ到着できるよう移動に専念。

 訓練日は、スキル練習を中心とした戦闘訓練に専念。



 大まかに計画の方向性を決めたあとは、クオカラの人々から聞いた『今でも稼働中で宿泊可能な、街道沿いの宿屋情報』を参考にしつつ、2人で話し合って細かい予定を立てていったのだった。





**************************************





 翌朝。

 借りていた空き家の返却を済ませた俺達は、クオカラの街を出発した。



 この日は『移動日』として設定。

 太陽が沈まないうちに、最も近い『稼働中の街道沿い宿場町』へと到着するのが目標である。

 しかし目指す場所までは距離があるため、普通に歩いているだけでは、当日中にたどり着くのは難しい。


 馬や馬車を使えれば余裕なのだが、クオカラの街の貸馬屋は休業中で再開の見込みはないらしい。必然的に移動手段の選択肢は、徒歩1択のみとなってしまう。


 彼らは移動速度を大幅に上げるため、様々な作戦を実行しながら歩き続けた。




 移動中の主な作戦はこちら。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●1分間だけ2倍の速度で移動できるスキル【加速LV1】を、出来る限り発動状態でキープ。

●溜まった疲労はヒール系魔術で回復し、休憩無しで歩き続ける。

●魔物に出くわした場合、テオの魔術を遠慮なく使い、速攻で殲滅せんめつ

●大量に買い込んでおいたMP回復薬ポーションはケチらず使う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 出発してからしばらくは順調だった。

 だが昼近くになった頃、俺の体が悲鳴を上げ始めたのだ。



「……あちぃ…………こんなに暑いなんて聞いてねぇぞ……」


 【加速】スキルで高速歩行しつつ、額ににじむ汗をぬぐう。



 クオカラの街を出た午前中早めの頃は「少し暖かいな」と思う程度だったはずなのだが、日が高くなるにつれ気温も急に上がってきた。


 街道一帯は見渡す限りくすんだ黄土色で、ところどころに大小さまざまな岩が転がっているだけの不毛な岩石砂漠。

 草木もほぼ生えず、日差しを遮る障害物もないことから、猛々たけだけしい直射日光が遠慮なく俺達へと照りつけてくる。


 しかも現在俺が装備しているのはミスリル金属製の鎧。

 鎧内部に熱がこもってきただけじゃなく、鎧自体も熱を帯びつつあるあたりも、俺を苦しめる大きな要因だ。これ、そのうち火傷やけどするんじゃね?




 ゲームでは暑さなんて気にしたことも無かったし、気にする必要だってなかった。


 思い返せば、初めて小鬼こおに洞穴ほらあなを訪れた際、洞穴内が肌寒かったことから「ゲームと違ってこの世界リバースでは、気候に合わせた服装をしなければならない」と俺は肝に命じたはずだった。


 だがいつの間にやらすっかり頭から消えていて……今になって後悔しても、時すでに遅しというやつだろう。



 はっきり言ってツラい。

 何だか頭もくらくらしてきたような気がする。

 でもここで立ち止まったら、今日中に宿場町へ到着するのは厳しくなってしまう可能性が高い。とりあえず頑張らないと……。


 そんなことを考えながら、必死にうだるような暑さに耐え歩いていると。





「タクト、いったん止まれ! ちょっと休むぞ!!」


 テオが焦った顔で俺を強制的に停止させる。そして素早く街道脇に『ニルルクの究極天蓋アルティマテント』を準備し、ふらつく俺を中へと押し込んだのだった。





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 風の魔導具の効果で、テント内はすぐに涼しくなった。

 入るなりぐったり倒れ込み転がるしかできなかった俺も、数十分も休むと、何とか動けるまでには回復したのだった。




 体を起こした俺は、まずはテオに声をかける。


「……すまんテオ。もう大丈夫っぽい」

「ほんとかよ? 下手に無理したらまた倒れるかもしんないし、もうちょっと休んでもいいんだぞ?」


 心配そうなテオ。

 俺は首を横に振って答える。


「いや……日没までに宿場町に着けなかったら、今夜は野宿決定だよな。このあたりは視界を遮るものも無いし、野宿向きの場所じゃないんだろ? そのほうがキツい気がする」


 テオは少し考えてから「わかった」とうなずき、言葉を続けた。


「ただし出発するのは、ちゃんと暑さ対策してからだぞ!」

「ああ。ちなみにこの世界だと、一般的な暑さ対策ってどんなのがあるんだ?」

「ええっと……」



 テオによれば、この世界リバースでの暑さ対策は、まずは地球と同様に服装が重要となってくる他、暑さを軽減する装備・スキルを使うのが一般的なのだという。


 そしてテオ自身は『気温に反応して自動発動する習得スキル』が勝手に暑さ寒さの対策をしてくれることから、現状は平気だとのこと。


 また近年は基本ソロパーティで活動していたため、自分が平気な以上「暑さ寒さなどの気候に対して、対策が必要だ」ということも、そして自身が布服系の防具装備を愛用しているため「金属製の鎧は、をしない限り暑さに弱い」ということも、テオはすっかり失念していたらしい。



「そもそも気候に合わせた服装をしなきゃって俺だって分かってたはずなのに……しかもミスリルメイルに関しては『金属製の鎧を着たい』って自分で選んで買ったわけだから、責任もって自分の装備について勉強しとくべきだったんだよな……」


 説明を聞いた俺が自責の念に駆られていると、テオが笑顔で言った。


「しょうがないよ、なんだかんだでタクトはまだ冒険初心者なんだからさ! まぁ今日中に宿屋に着こうと思ったら、時間けっこーギリギリだぞ? 反省は後にして、さっさと準備して出発しちまおーぜっ!」

「……そうだったな」


 俺は頭のスイッチを切り替えることにした。





 手始めに俺の装備を見直すことに。


 この暑さの中では、手持ちの金属鎧ミスリルメイルは使えないだろう。

 鎧の下に着ている『布の服』だけなら確かに涼しいが、防御面では不安しかない。



 暑さ対策と防御面でのバランスをとり、最終的にこのように変更した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ■装備■

勇者のつるぎ・第1段階:物理攻撃力+100、勇者専用装備

ミスリルバックラー:物理&魔術防御力+15、軽くて丈夫なミスリル製

旅行者の服:物理&魔術防御力+17、旅行者向けに作られた丈夫な服、【防護加工LV2】【耐久加工LV2】【防汚加工LV2】

レイクリザードのレザーブーツ:水を弾き通気性がよい丈夫なブーツ、【防水加工LV3】

ある旅人のマント:ある旅人が、自分好みにこだわり製作したマント、【耐久加工LV3】【防汚加工LV3】【防水加工LV3】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 『旅行者の服』は、テオが予備装備として持ち歩いていたものを借りた。

 模様が入ったシャツとシンプルなズボン、それにキャスケットっぽい帽子がセットになっていて、全て布製である。 


 テオの説明では各地を旅する者向けに、各種加工で最低限の耐久性や防御力を持たせた服装備とのこと。大量生産品で品質もそこそこだが、そのぶん安価なため、旅行者には人気のアイテムらしい。



 なおミスリルバックラーは手に持ちっぱなしだと高温になってしまうため、ギリギリまで【収納アイテムボックス】に閉まっておき、魔物に対峙した際、必要に応じて取り出して使う予定だ。





「タクト、着心地はどうだい?」

「布の服とそんなに変わらない気がする。なのに……ミスリルメイルとほとんど同じぐらい防御力あるってのが信じられないよ」




 ミスリルメイルは、物理&魔術防御力+20。

 旅行者の服は、物理&魔術防御力+17。


 どう見たってミスリルメイルのほうが硬そうなのに、防御力は大差ない。


 これは、防具に魔力を纏わせることで防御機能をもたせる加工スキル【防護加工】の効果だ。ゲームでも服系の高機能防具にはこの加工を施すのが必須だが、実際に服系防具を着てみるのが初めての俺は、なんだか不思議な感じがした。




「そのあたりは実際に戦闘バトルしてみればわかると思うぜ! タクトは服系防具初めてなんだろ?」

「ああ」

「いい機会だから色々と試してみなよ。鎧も服系防具もそれぞれ長所短所があるんだけど、口で説明するより体感してもらったほうが早いからさー」

「そうだな……じゃこれ、有難く借りるぞ!」


 テオは「おうよー!」と笑ってから、話を変える。



「で、さっきチラッと話した暑さ対策スキルだけど。【暑さ耐性】っていう名前で、一定以上の気温で自動発動して、暑さを軽減してくれるスキルなんだ。一定以下の気温で自動発動する【寒さ耐性】ってのもあるんだぜ」

「ずいぶん便利なスキルだな」

「そーなんだよ! 俺は小さい頃から暑さにも寒さにも強くて、てっきりそういう体質だと思い込んでたらさ、実は【暑さ耐性】【寒さ耐性】を生まれつき習得済みだったって大人になってから知ったんだよねー」



 【暑さ耐性】【寒さ耐性】は、ともにゲームでは見たことがないスキルだ。

 まぁゲームの場合、この大陸で金属鎧を着ていても行動に支障はなかったし……おそらくこのあたりも、神様が気をきかせて無くしておいたという『食事や睡眠や掃除の必要性とか、楽しみを邪魔しそうな要素』に関係するのかもしれないな。



「2つとも存在自体は広く知られてるスキルだけど、けっこー習得条件が厳しいらしいんだ。俺も自分以外に習得してるって人にほとんど会ったことないもん」

「だったら当面は、【暑さ耐性】以外の対策に頼る方向性で考えなきゃいけないな」

「それがそうでもないんだよっ!」


 ニッと笑うテオの言葉に、俺は思わず「え?」と首をかしげた。


「【暑さ耐性】の習得条件は『一定以上の気温の中にいる』ってだけなんだ。これだけなら簡単に達成できるんだけど、条件達成した時に行われる習得判定のだから、習得が難しいって言われてるんだよね」

「習得成功確率……あ!」


 俺の持つスキル【技能スキル習得心得LV1】は、習得したいと考えているスキルの習得成功確率に60%プラスする効果がある。


「……俺なら、すぐに【暑さ耐性】を習得できる可能性が高いってことか!」

「そーいうことっ。じゃ、そろそろ出発しよーぜ!」

「ああ!」




 すぐにテントを片付けた俺達は、再び街道を歩きだす。


 テオに借りた『旅行者の服』は通気性抜群で、ミスリルメイルのように熱くなることも無かった。



 そして俺が「!」と渾身の執念をこめながら歩いた結果、なんと10分もしないうちに【暑さ耐性】スキルの習得に成功。

 習得した途端、まるで日陰にでも入ったかのように、焼けつくような太陽の暑さがスッと軽減される。


 完全に涼しいというわけではないけど、【暑さ耐性】が有るのと無いのじゃ快適さが段違いで……こんなの味わっちゃったら、もう元の生活には戻れないって!




 テオによれば【寒さ耐性】の習得条件も気温に反応するタイプで、『一定以下の気温の中に居る』というものだが、やはり習得成功確率がほぼ0のため、習得が難しいとされているらしい。


 機会があったら絶対【寒さ耐性】も習得しよう、と密かに決意した俺だった。

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