第24話「初ダンジョン・小鬼の洞穴、3日目(2)」
気が付くと俺は布団にくるまっていた。
この包み込む極上の寝心地、テオ自慢のテントのベッドで間違いない。
だけど俺達は、ついさっきまでダンジョン部屋のゴブリンと戦っていたはずだ。
想定外の戦力差になす
――――……夢?
そうだ。あの少女。
初めて彼女に出会ったのは
そしてさっきも同じような夢を見た。
……待てよ。
本当にあれは夢だったのか?
夢にしては鮮明過ぎる。
闇夜と、月とのコントラストが強烈で……そして何より彼女の寂しげな瞳が、頭の片隅にこびりついて離れてくれない。
彼女は“リィル・ヴェーラ”と名乗っていた。
少なくともゲームでは見たことが無いキャラクターだし、名前にだって聞き覚えはないはずなんだけど……。
状況を整理すべく精一杯考えようとはしてみるが、頭が全く仕事をしてくれない。
とりあえず上半身を起こしてみる。
「おはよ!」
声がした方向に目をやると、笑顔のテオが、テント反対側のベッドにもたれる形で床に座っていた。
「……おはよう……」
事態がのみ込めないながらも、挨拶を返す。
「もしかしてタクト、あんまりよく覚えてないって感じ?」
「うん……まぁ……」
「ひどいな~。俺、すっごくがんばったのにさっ!」
テオは冗談っぽく笑い、何があったのかを話しはじめた。
ゴブリン達の攻撃を受け、俺達は徐々に離されてしまう。
どうにかしなきゃ……と思うテオだったが、ゴブリン5体からの集中攻撃を防ぐだけで精一杯で、それ以上は何もできず。
そうこうしている内に、数m離れたところで同じく別のゴブリン5体に囲まれた俺の悲鳴が聞こえた。
さすがにこれはヤバいと、イチかバチか『
なおボス部屋の入口扉は侵入者が全員部屋の外に出ると自動で閉まる仕組みで、ボス達は部屋の外まで追っては来ない性質を持つため、この時点で魔物からは無事に逃走できたことになる。
その後は手持ちの回復薬を使い、尽きかけた俺のHPを安全圏まで急いで回復。
早く10階層から離れたかったのだが、さすがに大人1人を抱えて階段50段を上るのは無理だと判断。
半分意識が飛んだ状態の俺の背中を押して歩かせ、何とか9階層まで階段を上りきってから、その近くにテントを設営し、俺をベッドへ放り込んだのだった。
「……ってなわけ。ほんとに大変だったんだぞっ」
説明を聞いているうちにだんだんと、断片的なうろ覚えではあるものの、脱出時のことを思い出してきた。
「……テオ、すまん」
「おうよっ」
「それにしても、よくあの状況から
ゴブリン達は【魔王の援護LV1】でステータス強化されており、10体ともそこそこ強かった。
ゲームでは
「俺は攻撃力には自信ないけど、逃げるのは割と得意なほうなんだぜ!」
「え、そうだったのか?」
「だって昔一緒に旅してた時、いつもは俺の事を怒ってばっかだったウォードも、いざって時の逃げ道作りについてだけは、すっごく褒めてくれたし!」
「ていうかテオ……あんなに優しいウォードさんを怒らせるって、いったい何やらかしたんだよ」
「う~ん…………
「……」
何となく詳細を聞かないほうがいい気がする。話を戻そう。
「ちなみに、具体的には
「んっと……」
テオによると、脱出直前にゴブリンの攻撃を防ぎながら全体配置を大まかに把握。
そして
同時に、一時的に移動速度を上げるスキル【加速LV1】発動。
そのタイミングで煙幕が発生し、瞬時に辺りが煙だらけに。
混乱して騒ぐゴブリン達の間をすり抜け、確認しておいた“全員の位置”と“音”を頼りに俺の腕を掴んだ。
そして念のため、気配を消すスキル【
「……後はさっき説明した通り。部屋の外にさえ出ちゃえば、魔物は追ってこなくなるからさ!」
「な、なるほど……」
そんな超人的な逃げ方、テオにしかできねぇよ……。
薄々感づいてはいたものの、やはりすぐ真似できるやり方ではなかった。
「……そうそう! 逃げる途中で、ちょっとびっくりすることがあってさ~」
「びっくりすること?」
テオは少し難しい顔になりつつ言葉を続ける。
「ほら、結構ギリギリの状況だったろ? タクト1人を連れ出すのが精一杯でさ。ゴブリンにやられた時、タクトは剣も盾も手放して地面に落としちゃってて……拾う余裕なんか無くて、放置しちゃったんだ……ごめん」
「しょうがないって。むしろ、逃げられただけで感謝してるし……って、あれ?」
俺は
「なぁテオ、剣と盾は落としたんだよな?」
「うん」
「じゃあ……なんで、
視線の先、俺の腰に巻かれたベルトには、落としたはずの『手作りの片手剣』が、しっかりと
「それ! ゴブリン達の中からタクトを引っ張って逃げ出した時に、その剣は置いてきちゃったはずなんだよ。で、俺達がボス部屋から出て、自動で入口の扉が閉まろうとした瞬間にさ……」
テオは一瞬、口をもごもごさせるように言葉を止める。
俺はゴクリと固唾を飲む。
「その剣が……慌てて外に飛び出して来たんだよね」
「……は?」
思わず固まる。
だがテオの顔はいつにないほど大真面目だった。
混乱する頭を整理しつつたずねる。
「……テオ、今の話は本当なんだな?」
「うん」
「この剣が勝手に部屋の外へ出てきたと?」
「そーだよっ」
「まさかゴブリンかなんかが親切に外に出してくれた、ってことはないよな?」
「ないね!」
スパッと否定するテオ。
「だってその剣ったらさー、すんごい勢いで扉から外に出てきたあと、ホッと一息ついてたぜっ!」
「…………はい?」
「で、一息ついたあとは、不安そうに辺りをキョロキョロ見回して、タクトを発見した瞬間に飛び上がって喜んで、ピョコピョコ小さく跳ねるみたいに腰のベルトのとこまで急いで移動して、自分からその
「……ほんとに?」
「うん、全部ほんとっ!」
「…………」
ますます意味が分からない。
「……どこからツッコむのが正解なのか、よく分かんないんだけどさ」
「どっからでもいいんだぜ?」
「不安そうにとか満足げとか、何で剣の気持ちが分かったんだ?」
「何となく?」
「それ、テオがそう思っただけじゃね……?」
「ううん。だってそういう表情してたし」
「剣に表情があってたまるかッ」
「その剣にはあるんだって、ほら!」
と『手作りの片手剣』に埋め込まれた『オレンジ色の宝石』を指さすテオ。
俺は剣を
手によくなじむ
やや幅広の薄い刀身は、黄色味を帯びた金属製。
そして刀身と同じ素材の
それは比較的シンプルな作りの剣に、唯一施された装飾だ。
「う~ん……」
しばらくうなりながら観察してはみたけど、分かることは特になく。
ふと左手の人差し指で、宝石をツンと突っつく。
――ビクッ!
剣が震え、宝石の中に現れた
「「……」」
数秒目が合う俺と剣。
剣の中の宝石は、ぽっと頬を染めるような恥ずかしがる表情をしたあと、再び瞳を閉じ、ただの宝石へと戻った。
「…………ナニコレ?」
思わずつぶやく。
「……なぁタクト」
「ん?」
「表情、あっただろ??」
「お、おう……」
目の前の状況が理解できないものの、俺は納得をせざるを得なかった。
今度は逆にテオからの質問攻めがはじまる。
「ところでさ、その剣はどこで手に入れたんだい?」
「この世界に来た時、神様に貰ったんだ」
「お~、さすがは勇者様! その剣について神様からは何か聞いた?」
「えっと……勇者の為だけに神様がこっそり作った、軽くて絶対に折れない1点物の特別な剣だって」
「すっげー!!!」
「後は、せっかく神様が作った剣だから売るのは禁止って言ってた気がする。鑑定結果にも『譲渡・売却不可能』ってついてたしな」
「そういうことか……」
何かに
「さっきの続きな。剣のことも気になったけど、とにかくここから逃げなきゃ! と思って9階層に来たんだ。で、テントの中にタクトを寝かせて状況が落ち着いたとこで、その剣のことが引っかかっちゃってさ……触ろうとしたらどうなったと思う?」
「……どうなったんだ?」
「剣が、逃げたんだ」
「……」
「何なら再現しよっか?」
「……ああ、頼む」
まずは俺がベルトに付けた
テオはゆっくりと剣に手をのばすが……。
――ヒョイッ!
宝石部分を動きの起点にするように、剣がテオを避けた。
テオは何度か触ろうとするが、その度に剣はヒョイヒョイと軽やかに避けていく。
口をぽかんと開ける俺に、少し悟ったような顔のテオが言う。
「まぁ神様の作った武器だし、色々あるんだろうねー」
「……そうだな。手元に戻ってきてくれるなんて、考えようによっちゃ便利だよな」
ひとまず俺達は前向きにとらえることにした。
気になることは多々あるけど、剣についてはまた今度考えよう。
「話はだいぶそれたけど……攻略はどうする? 今の俺達じゃ絶対ダンジョンの浄化なんて絶対無理だぞ」
「それなら、俺にいい考えがあるぜっ」
「まじで?」
「おう! 頼りになる人を知ってるからなっ!」
テオは得意気に胸を張ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます