第153話「勇者のお仲間、選抜します(1)」

 

 ザーリダーリ火山の浄化を祝う宴から一夜明けた翌日。

 お祝いムードもそこそこに、俺たちはそれぞれの目的を見据えて動き出した。




 真っ先に早朝から村を発ったのはムトト。


 その目的地はル・カラジャ共和国。

 故郷解放という最上に喜ばしいニュースを、1秒でも早く疎開中の村人たちに伝えたいから……と足早に単身旅立っていった。




 ネグントはじめ他の獣人たちは村で待つという。

 引き続き、工房内の究極魔導炉アルティマストーブ――火山の噴火を防ぐために、村へ代々受け継がれてきた特別な魔導具――を守りつつ、できる範囲で環境を整え始めるらしい。


 とはいえ村に残っているのは現状たった3名しかいない。そのため本格的な復旧作業を始めるのは、ル・カラジャから皆が帰ってからになるとのことだった。




 俺とテオの2人は諸々の準備を整えてから、昼過ぎに村を出発。

 火山ふもとの宿場町へと向かった。


 一昨日に足を踏み入れた際、火山一帯はダンジョンだった。

 どこもかしこも霧にうっすら包まれていた上、急襲してくる好戦的な魔物も多く出現したため、俺たちは常に警戒を絶やさず山道を登ったものだ。


 だが浄化が完了した現在、霧はすっかり晴れ、かわりに広がるのは爽やかな青空。

 もちろん魔物も出現するけど、“ザーリダーリの初見殺し”ことファイアレイヴン――空から即死攻撃を仕掛けてくる魔鳥族の魔物――のように面倒な敵は姿を消し、たまに俺たちが余裕で対処できる個体と遭遇するぐらいだった。

 




**************************************





 順調に山を下りてから休憩を挟んで、さらに数十分ほど進み、ようやく宿場町が見えてきたところで、テオが銀の鎖時計を取り出す。


「もうすぐ16時かー。予定どおり明るいうちに着けそうでよかったぜ!」


 足取り軽やかな彼とは対象的に、隣を歩く俺の顔には静かな緊張が走っていた。


「……なあテオ。俺、変な所とか無いよな?」

「ん~~、いつもどおりだよー。なんで?」

「いやだってこれからに入るんだぞ! もしだとバレでもしたら、とか! 考えただけで怖すぎるってッ!!」

「あぁ……」


 苦笑いするテオ。

 どうやら俺の恐怖を汲み取ってくれたらしい。




 ゲームにおけるあの宿場町は、火山ダンジョン化の影響ですっかり寂れてしまっていて。だが3日前に初めて現実で訪れた際、なぜか全ての宿屋がほぼ満室になるほどの賑わいを見せていたのだ。


 しかも今回の勇者一行俺たちの来訪は極秘なはずなのに、街中は勇者歓迎ムード一色で、急に沸いた勇者バブルをものにしようと人々が血眼で騒いでた。あれは本当に怖かった。特に凄い勢いで俺の手を熱く熱く熱く握りしめてきた宿屋の受付の女性とか……思い出すだけで嫌な汗が吹き出るってどんだけだよッ?!


 こんな状況で「俺が勇者だ」と知られたら最後、骨の髄までしゃぶりつくされまくりかねないし、これからの旅にも影響するだろう……。




 ……つまり俺はッ!


 絶~対にッ!!

 正体を隠し通さねばならないのであるッッ!!







「そーいう意味ではネグントが【偽装】に気づいてくれて助かったよねっ」

「間違いないな……」


 テオの言葉に大きくうなずくと、俺は腰に差した“剣”に目をやった。




 旅立ちから愛用していた『手作りの片手剣』。

 全く目立たないありふれた形のそれは、実は仮の姿だったのだ。


 ひょんなことから封印が解け、剣は本来の姿を取り戻した。


 その名は『勇者のつるぎ』。

 デザインも片翼を模したようなつばの洗練されたフォルムへと一変。攻撃力が大幅にアップした上、光の魔力を注ぐと真の力を発揮する、まさに勇者のための武器だ。



 しかし1つ難点があった。

 アイテム名が『勇者のつるぎ』に変わったため、仮に誰かに鑑定されようものなら、俺の正体がバレてしまうのである。


 これまではどうにか気づかれずにやり過ごしてこれたが、これからもうまくいくとは限らない。しかも今回のように「勇者とバレたらまずい!」的な場面で正体が知られりゃ一巻の終わり。ある意味、俺の小さな不安要素と化していた。





 そして今朝のこと。

 俺とテオはニルルク村を発つ準備をしながら、これからの作戦を話し合っていた。


 中でも最大の議題が「宿場町でタクトの正体を隠しつつ状況を探るには?」という点だったのだが……なんと、たまたま通りがかったネグントの「【偽装】を使えバ良いだロウガ」という何気ない一言であっさり解決してしまった。



 解決の糸口となった【偽装LV2】は、俺が習得しているスキルであり、効果は「自身のステータス項目と、所有物の鑑定結果を任意の内容に見せかけられる」ことである。


 俺は元々【偽装】を使ってステータス欄の『勇者』等の称号を隠し、“普通の剣士”を装っていた。だが発動したら基本は放置な常時発動スキルということもあり、最近このスキルの存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。




 なおネグントが俺の【偽装】を知っていた理由は、火山ダンジョンボス戦前の作戦会議の段階で、俺のスキルをだいたい開示していたからだ。


 言われてみりゃ「まさにこういう時にこそ輝くスキル」そのものなんだけど、ネグントに指摘されるまで全く気づかなかったのにびっくりしたぜ。


 特に最近は色んなスキルを大量に覚えたよな。

 昨日覚えた【生産空間アトリエ】みたいにゲームと現実で効果がだいぶ異なるスキルもあるだろうし、改めてスキル確認の必要性を実感したよ……まぁ今は色々立て込んでるから、落ち着いたら、だな!





「スキル【偽装】のおかげで鑑定されても『勇者のつるぎ』は普通の剣として認識されるし、今のステータスもただの剣士にしか見えないし、そもそもタクトの外見は勇者っぽくないし……ってことで、むしろなんでそんなに心配するのか不思議なんだけど」

「いやでも万が一ってこともあるし、注意するに越したことはないというか――」


「さ~て! 晩ごはん、どこで食べよっかな~♪」


 不意にテオが町のほうへと駆け出した。


 ……前言撤回。

 こいつ別に俺に共感してたわけじゃなかったらしい。



 俺は溜息をついてから、すっかり別へ興味を移したテオの後を追いかけた。





**************************************





 宿場町についた俺たちは、入場審査と入場税の支払いを済ませ正門をくぐる。




・・・・・・・・・・・・・・・

勇者様!!

ようこそ ザーリダーリ火山へ!

・・・・・・・・・・・・・・・


 超特大の垂れ幕は健在だった。




「うっわァ……」


 思わず喉から漏れ出るなげきの声。

 俺としては別に出迎えてくれなくていいんだが。




「なんかポスター増えたかも?」


 キョロキョロ辺りを見渡すテオ。


 “かも”とかじゃなく確実に増えてるよッ!

 3日前に来たときも「歓迎、勇者御一行様!」などと書かれたポスター類は色々あった。あの時でさえ多かったのに、パッと見の量が軽く倍になった上、1枚1枚の熱量もなんか増して必死さがこれでもかっと伝わってくるというか……とにかく怖い! すごく怖いッ!!






「……とはいえここで立ち止まっている訳にもいかないよな」

「そーだね!」



 ここはふもとの町だから、来たほうを振り返ればザーリダーリ火山はすぐそこだ。


 俺たちがダンジョンを浄化したことで、火山を包んでいた濃い霧が晴れた。

 視覚的にも明確に変化したあたり、町にいる人たちが気づいていないわけがないし、入場審査をしてくれた門番も明らかに山のほうを気にしていた。ボロを出したくなくてそれ以上は聞けなかったが。



 まずは「ダンジョン浄化によって、町の状況がどう変化したか?」を把握すべく、俺とテオは情報収集してみることにしたのだった。

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