第2話「チュートリアル in 異世界!」
あったかい。
まるで、やわらかな春の木漏れ日につつまれるかのように……。
――ヒヤッ
「つめてっ!」
不意打ちな
目に飛び込んできたのは、さっきと同じ『
ヒンヤリ冷たく感じたのは大理石の床だったようだ。
神様の姿はもう無い。
状況を把握しようと室内をキョロキョロ見渡したところで、自分がシンプルな布の服を着ているのに気が付いた。
「この布の服、
カラシ色のシャツに、茶色のズボン。
全体的にシルエットが
もし日本で今時こんなのを着て歩いていたら二度見されてしまうこと間違いなしの服。ただし素材は割と柔らかめで、着心地はそんなに悪くない。
だが少なくとも。
俺の手持ちにこんな服は無かったはずだ。
「ってことは、さっきの会話も夢じゃなかったのか……」
念のため手足を動かしてみるけど、夢特有の妙な感じは全くしない。
むしろ動かせば動かすほど「ここが現実だ」という実感があふれ出してきた。
――神様とのやり取りの後、神殿内の礼拝の間で勇者が目覚める。
ここまではゲーム開始直後の流れとだいたい同じ。
「だとすると、そろそろ
そうつぶやいた瞬間。
10代前半と思われる小柄な少年が、凄い勢いで部屋に駆け込んでくる。
「勇者様っ!! あ……い、居た……」
少年は駆け込んでくるなり叫んで、俺を見るなり床に崩れ落ちた。
はぁはぁ苦しそうに息切れしているあたり、よっぽど全速力で走ったに違いない。
「……大丈夫か?」
ゆっくり少年の方へと歩いていく。
「す……すみません……」
「気にすんな、落ち着くまで待ってるからさ」
「はい……」
相手は
怖がらせてしまわないよう、緊張をほぐすよう、優しめに声をかける。
ややあって何とか息を整えた少年は、最後に大きく深呼吸。
「…………もう大丈夫です」
身に着けた厚手の神官服の乱れをサッと軽く直して立ち上がり、深く一礼してから改めて話を切り出してくる。
「……あのう……勇者様、ですよね?」
「ああ」
「よかったぁ! あ、申し遅れましたが、僕はこの『原初の神殿』で神官見習いをしている、イアン・オレットと申します。どうぞお見知りおきを」
「俺は……タクト・テルハラ、よろしくな」
ゲームでは人物の苗字と名前の順番は、英語圏のように『名・姓』だったのを思い出し、名乗りは一応その法則に従っておいた。
「ではタクト様、早速ですが『
*************************************
目的の部屋までは少し距離があった。
道すがらイアンに状況をたずねたところ、いつものように神託の間で祈りを捧げていた巫女が、部屋の外で待機していた彼を急に呼んだらしい。
そして「神様よりお告げがあった、すぐに礼拝の間へ勇者様を迎えに行くように」との指示をいつになく強く出したため、あの全速力の駆け込みになったのだとか。
神託の間の前に到着したイアンが立ち止まり、扉をノックしてから声をかける。
「エレノイア様、イアンです。お申し付け通り勇者様をお連れしました」
「ありがとう。お入りなさい」
――ギィィ
重そうな音を立てて扉を開いたイアンが「どうぞ」と入室をうながしてきた。
断る理由も特に無いし、素直に部屋へと足を踏み入れることにする。
「……失礼します」
やや薄暗い『神託の間』の中に広がるのは、まるで小さなオーロラのような、色と形を少しずつ変えつつ輝く光のカーテン。
部屋の中央には、クリーム色のローブとヴェールをまとい、淡い茶髪を上品にまとめた少女が待っていた。
「ようこそいらっしゃいました、異郷の勇者様。
「い……いえ、とんでもないです」
深々と頭を下げる彼女に
エレノイアの年齢は、どう見てもイアンと同じ位で10代前半。
だが年齢に似合わぬ気品と気迫があまりに凄くて……何となく彼女に対しては敬語を使わなくてはならない気がした。
お互いの自己紹介を済ませたあとは早速本題。
神様からは「現実のリバースも、基本ゲームとほぼ一緒」というざっくり説明しか聞いていない。念のため色々と確認しておくほうが無難だろう。
「それで……この世界は現在、どういった状況なんでしょうか?」
エレノイアの説明では、事の起こりは3年ほど前なのだとか。
かつて人と魔物は縄張りを分けていた。
時折、小さな争いこそ起こるものの、おおむねは上手く共存していたと言えよう。
ところが今から3年前、それまで比較的おとなしかった魔物達が人里を襲うという事件が各地でちらほら増え出した。
当初は只の偶然だろうと、それぞれの街が警戒強化する形で個別対応していたが、偶然にしては魔物の数が多過ぎる。しかも各地同時にというのはあまりに不自然。
そのため世界の国や街が連携して国際的な調査団を結成し、調査結果の共有および原因の究明を行うことになったのだ。
結果、各地に残る「500年前、人里への魔物の襲来が急に増えた直後に魔王が復活。そして異世界より訪れた勇者が魔王を討伐した」という伝説とよく似た状況であることが判明。ただし「それは単なる
そして半年前、全世界に魔王の声が響いた。
「フハハハハッ! 生きとし生ける者共よ……我、ここに復活せりっ!!」
その瞬間を境に、より凶暴化する魔物達。いくつかの国は魔王の手に落ち、残された国々もその脅威に
世界の人々は、先に笑い飛ばした魔王の伝説が真実だった事に気付き、ただ1人魔王に対抗できる『勇者』が再来するのを待ち望んでいるのだという。
「……本当に全部、ゲームのままなんだな」
「何でしょう?」
「いえ何でも。で、さっきの神様からのお告げに繋がるというわけですね」
「その通りでございます……勇者タクト様」
エレノイアが
「
「お願いします、タクト様!」
「え、あ……もちろんです! あの、頭を上げてください」
思わず慌ててしまう。いくらゲームで何度も目にしたシチュエーションだとしても、俺を含め大半の現代日本人がこういった状況に慣れているはずもないと思う。
「神様とも約束しましたし、俺としては精一杯がんばりたいんですが……なんせ、この世界に来たばかりのものでして、その――」
「ご安心ください。タクト様をお手伝いさせていただくための方法を、神様より仰せつかっておりますわ」
エレノイアはにっこり微笑んでから、部屋の壁際に設置された台を手で示した。
「……イアン、あちらをタクト様へ」
「はい!」
指示を受けたイアンは、音を立てない小走りで台に置かれた箱を取りに行く。
「タクト様、どうぞ!」
シンプルめな木箱を開けイアンが差し出したのは、小さな革袋、
おそるおそる受け取ってみる。
握り慣れたコントローラーとは全然違う“本物の武器の重みと手触り”に、不思議と胸が高鳴ってきた。
「こちらは先のお告げの際、神様よりタクト様へと
『大きな丸パン=1
紐をゆるめ、チラッとだけ革袋の中身を確認すると、銀貨や銅貨らしきものがじゃらじゃら入っているのが見えた。
約1万円。ゲームと同じ金額とはいえ、命をかけて戦う割には少なくないか?
「ところでタクト様……」
「……なんでしょうか?」
言いにくそうに切り出すエレノイア。
「その……
「続き?」
彼女いわく、神様の言葉をそのまま伝えるならば「あんまり甘やかすとアヤツは成長せんと思っちょるでのう。旅立ちの時の支援は以上で! ……え、心配? 大丈夫じゃ! アヤツは正真正銘の勇者じゃぞ、すぐに誰よりも強くなるわい。よいか、ぜ~~ったいに甘やかしちゃダメじゃからの!!」と。
「あの
断りも無く勝手に召喚して勝手に勇者を押し付けたのは神様のくせに『甘やかすな』って酷くないか?!
それに俺は
スタート時にちょっとぐらい優遇してくれてもいいんじゃねぇの?!?!
「タ、タクト様、その……可愛い子には旅をさせよとも言いますし、神様なりの愛ではないかと――」
「あっ、ごめんなさい……」
無意識のうちにエレノイア達を
すぐに謝り、話を変える。
「ところでエレノイア様、頂いたアイテムの扱い方を教えてほしいんですよ。俺のいた世界と勝手が違っていて、こういった剣を実際使うのは初めてなんです。何となく見たことあるなって程度で、装備の仕方すら分からなくて」
「勇者様は異郷の方ですものね」
納得する2人。
「おそらく知識面のお手伝いのみであれば問題ないでしょうし、喜んで協力させていただきます」
「よろしくお願いします」
「では順を追って説明いたしますわ。
一瞬戸惑う。
ゲームでは全部の操作をコントローラーで行っていたのだ。
「……すいません、ステータスってどう出せばいいですか?」
「ステータスを見たいと念じれば、
そういえば様々な異世界物の作品で、念じることでステータスを見られるパターンが凄く多かったような気がする。試しに「ステータス、オープン」と念じてみると、ゲームと同じ半透明の青いウィンドウが目の前に現れた。
「おっ見えた!」
「ありがとうございます。
エレノイアいわく、
ここで気が付いた。
ステータスウィンドウに書かれた文字が、ゲームと違い、日本語では無いことに。
「これ、
ゲーム世界において、人々は様々な言語を使用していた。その1つが世界で最も使用者数が多いことから『共通言語』と呼ばれる『ラグロス』だ。
この言語の表記に使う文字体系が『共通言語文字』と呼ばれる『ラグロイド』であり、プレイヤーが最も目にする機会が多かったゲーム内文字と言えるだろう。
書かれた文字がイベント攻略等のヒントになるケースもあったので、攻略サイト掲載の解読方法と見比べつつ、俺自身も独自文字の解読には時々挑戦していた。
とはいえその文字が使われているのはあくまで街中の店名看板やアイテム等、ゲーム内のオブジェのデザインのみ。キャラが喋るのは日本語だったし、ステータスも全て日本語で表記されていたはずである。
そして俺は
「……そういえば。さっき神様が『言語自動翻訳機能付きアイテムを持たせてやる』とか言ってたな」
と同時に、新たな疑問が生まれる。
「あの~エレノイア様。つかぬことをお伺いしますが、俺って何語を喋ってます?」
「綺麗な
「そうですか……」
俺本人としては、ずっと
それがエレノイアには、この世界の言葉である
ゲームにおいては全てのキャラが日本語で喋っていた。だけど「(地球とは違う)独自の言語が発達している」という設定からすると、どう考えても矛盾でしかない。
こちらでは
神様が持たせてくれたという『言語自動翻訳機能』付きのアイテムとやらがどういう仕組みなのかは正直よく分からないものの、「まぁとにかく理解できるならいいや」と深く考えないことにし、ステータスの中身をチェックする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名前 タクト・テルハラ
種族 人間
称号 勇者、世界を渡りし者、神の加護を受けし者
状態 健康
LV 1
■基本能力■
HP/最大HP 54/27+27
MP/最大MP 28/14+14
物理攻撃 10+10
物理防御 4+ 4
魔術攻撃 5+ 5
魔術防御 4+ 4
■スキル■
光魔術LV1、剣術LV1、能力値倍化LV5★、
■装備■
布の服、革のブーツ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あれ?」
予想外の内容を疑問に思う。
ゲーム開始時の称号は『勇者』のみ、スキルは【光魔術】【剣術】だけ。
それに比べスキルも称号も明らかに多いし、聞いたことないものも幾つかあった。
とりあえずはエレノイアとイアンに、上から順にステータスを教える。
ただし説明が大変そうなので【攻略サイト】というスキルだけは黙っておき、後ほど1人でゆっくり確認することにした。
紙に書き記しながら聞いていたエレノイアが手を止める。
「【剣術】というスキルがございますから、剣はすぐに使いこなせるようになるはずです。それから……お金やアイテムを持ち歩くには【
エレノイアに教わりつつ、100
ゲームだと入手アイテムは自動的に
「HPや防御力といった基本能力は、LV1時点での平均的な人間族のものに近いようですが……気になる点がございますので、詳細をご覧いただけますでしょうか?」
試しに「ステータス詳細、オープン」と念じてみると、ウィンドウが1度閉じ、すぐに詳細付きのステータス画面へと更新された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名前(対象の名前)
タクト・テルハラ
種族(対象の種族)
人間
称号(身分・資格・地位・職業等を表す呼び名)
勇者:スキル光魔術を持つ者に与えられる
世界を渡りし者:2つ以上の世界を訪れた者に与えられる
神の加護を受けし者:神が気まぐれに与える
状態(対象の健康状態)
健康
LV(強さの等級)
1
■基本能力■
HP/最大HP(生命力、0になると死亡)
54/27+27
MP/最大MP(魔力量、魔術などのスキルを使うために必要)
28/14+14
物理攻撃(物理攻撃の威力)
10+10
物理防御(物理攻撃への耐性)
4+ 4
魔術攻撃(魔術攻撃の威力)
5+ 5
魔術防御(魔術攻撃への耐性)
4+ 4
■スキル■
※LVがMAXとなったスキルには★がつく
<称号『勇者』にて解放>
光魔術LV1:光属性の魔術を使える
剣術LV1:剣技に補正がかかる
<称号『世界を渡りし者』にて解放>
能力値倍化LV5★:常時全ての能力値が2倍
<称号『神の加護を受けし者』にて解放>
鑑定LV1:対象のステータスを解析できる
神の助言LV1:神の一言メモを見られる
<アイテムにて解放>
言語自動翻訳LV1:人が扱う言語の意味を理解し、書いたり話したりできる
攻略サイトLV1:
■装備■
布の服:一般的な布製の服
革のブーツ:一般的な革製のブーツ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……色々チート過ぎだろ」
前言撤回。
神様、スキル面で既にかなり優遇してくれていた模様です。
「なるほど、それで勇者様は異世界からいらっしゃるのですね……」
エレノイアも納得した様子。
「あのう、どういうことですか?」
1人よく分かっていないイアンに、エレノイアが説明する。
「先程、勇者様とはどのような存在だとお話したか覚えていますか?」
「えっと『光属性の魔術』を扱える存在、ですよね」
「その通りですわ。そして『勇者』という称号と関連があるスキルは【光魔術】と【剣術】のみ。では異世界からいらした方には、どんな称号がつくでしょうか?」
「うぅ~……あ、『世界を渡りし者』です」
「その称号により解放されるスキルとは?」
「んっと、スキル【能力値倍化】……」
エレノイア作のメモと数秒にらめっこしたイアンは、ようやく理解した模様。
「……す、すごい! この【能力値倍化】って、常時全ての能力値が倍になっちゃうスキルなんですか?! こんなすごいの見た事ないです!」
「ええ。現時点でのタクト様のLV自体は1しかございませんが、イアンも知っての通り、LVが低いという事は早く成長できるという事の裏返しとも言えましょう。しっかりと鍛錬を重ねさえすれば、
「それに称号『神の加護を受けし者』にて解放できる【
「そうですわね。だからこそ、タクト様を甘やかさないよう念を押していらしたのですわ。私共が必要以上に支援をせずとも、神様は既にこんなにも素敵な贈り物を直接お渡しになっておられたのですから」
「おお!さすがは神様です!!」
口々に神様を褒めたたえる2人。
一方、他に気になることがあった俺はステータスを観察していた。
「『神の助言LV1:神の一言メモを見られる』ってなんだ?」
そうつぶやいた途端、ステータスウィンドウが更新される。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名前 タクト・テルハラ
・
・
・
■神の一言メモ■
まぁ許してやるわい、ワシは心が広いからのうwww
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの野郎……?
……って、さっきの聞いてたのかよ!
というか神様が『w』とか使うんじゃねぇ!
まぁでも異世界転移での自動付与スキル――称号『世界を渡りし者』にて解放されるスキル――以外にも、加護を付けることで色々便利なスキルをくれただけでなく、さらにオプションアイテムで言語を自動翻訳してくれたり、攻略サイトが見られたりといった“おまけ”も付けてくれているのは非常にありがたい。
ここは素直に神様に感謝しなきゃな。
「ところでタクト様」
いつの間にか“褒めたたえタイム”を終わらせていたエレノイアが話しかけてきた。
「なんでしょう?」
「こちらのステータスに関してなのですが……おそらく、このままでは旅が困難なものになるでしょう」
「え?」
違和感を覚える。
そもそもエレノイアはゲーム『
彼女との会話は何度周回しても全く同じで、会話中の選択肢も無く、定型文を一方的に聞き言われた操作を行うのみ。何なら『SKIP』で飛ばすことも可能だった。
既に先の世界観説明等の段階で、ゲーム序盤の彼女は役割を終えたはず。
ゲームではこれにて1つ目のチュートリアルが完了となり、プレイヤーは強制的に礼拝の間から退出させられる形だったのだ。
そして彼女の発言内容自体も気になる。
さっきまでイアンと2人して、あんなに褒めちぎっていたはずなのに……。
「……なぜ、旅が困難になるんでしょうか?」
「
「だったら別に、問題ないんじゃ――」
「
「??」
彼女の強い指摘の意味が理解できず、ぽかんとしてしまう。
「確かに、タクト様の可能性は素晴らしゅうございます。けれども今のままではただの一般人と同じ……いえ。言葉を選ばず申せば、失礼ですが、
「え?! でもさっきステータスは平均的な人間族ぐらいって――」
「それはあくまで『LV1段階ならば』という前提のお話にございます。何の訓練も受けていない子どもであれど、普通に暮らしていればLVなんてすぐに10を超えますもの……ましてや多少戦い慣れている方なら、LV数十、数百という方も決して珍しくはありませんし、そういった方なら強力な装備やスキルを使いこなしておられるのが当たり前。現在のタクト様のステータスでは、太刀打ちなど到底不可能ですわ」
「あ……」
人間族のLVについてはゲームでも共通の設定であり、なんなら基礎と言っても差し支えないほどの知識。
だけど俺はエレノイアに言われるまで、その存在を完全に忘れていた。
よりにもよって、
それは寝る間も惜しんで『
エレノイアは静かに話を続ける。
「今のままでは、例えご自身が申告せずとも、タクト様の正体や能力に気づかれてしまう可能性もございます。鑑定の
俺は何も言い返せなかった。
彼女の言葉は残酷だ。だけど紛れもない真実だ。
なぜならゲームにおけるLV1の
『
しかしキャラの育成をほとんど進めない状態で好き勝手に旅を始めると、適正討伐LVを遥かに超えた敵――強力で攻撃的な魔物、勇者を倒すことで
あまりにも戦力に差があり過ぎると、逃走系スキルやアイテムでも使わない限り逃げ出すことは不可能だ。特にゲーム序盤のLV1状態で逃げ切れる相手なんて限られる以上、強敵に出会ったら死ぬしかない。
――いいからキャラLV上げろ!
このように、SNSや掲示板で「
それほどまでにこのゲームはLVによって生死が左右されてしまうし、自由度や選択肢も変わってくる。裏を返すと、一定の育成さえ進めてしまえば安全性が高まり、ちょっとやそっとじゃ死ななくなるということ。
ゲームスタート直後から好きに遊べるのは2周目以降、少なくとも魔王を倒せるまでには育成が進んだ“強くてニューゲーム”時に限られる(ただし「縛りプレイをしたい」等の一部のプレイヤーは例外)というのがプレイヤーの共通見解になっている。
もちろんゲームなら、死んだって大丈夫。『GAME OVER』という表示と共にスタート画面に戻されるだけであり、簡単にセーブ時点のデータへと戻ることが可能。
だからこそ「死にまくってやり直す」を気軽に繰り返す初心者が大半だし、俺だって何度も何度もセーブとロードを繰り返し攻略法を覚えてきたプレイヤーの1人だ。
……だが。
ここは
もしも死んだらどうなるんだろう?
というかこれこそ、何は無くとも真っ先に神様に確認しておくべき事項だったんじゃないのか?
本当に俺なんかが勇者を引き受けてよかったんだろうか?
いやまぁ、引き受けなかったらそもそも「死んだ」扱いされてたっぽいわけだし、それ以外に選択肢は無かったんだけど……。
「……タクト様!!」
ぐるぐると悩み出した俺だったが、イアンの呼びかけで我に返る。
「大丈夫ですか? 顔が真っ青になってますよ!?」
その今にも泣きそうな表情はゲーム内での彼そのもの。
ゲームでのイアンは本当にいい子だった。
例え
その真っすぐな素直さは、一部のプレイヤーから「このままじゃイアンくん、いつか悪い大人に騙されちゃうんじゃない?」等、心配の声が絶えないほどだった。
「お、お水か何か飲みますか? あっ、もしかして冷たいのよりあったかいお飲み物がいいですか?! 冷たいお湯とあったかいお水どっちがいいですかッ?!?!」
当の本人以上に必死なイアン。
思わずツッコみたくなる慌てっぷりに、逆に俺は気を取り直せた気がする。
『死んだらどうなるか』なんて考えてる場合じゃない。
要は、
考えるべきは『死なないためにどうするか』だと、しっかり自分に言い聞かせる。
「……ありがとな。気持ちだけもらっとくよ」
落ち着きを取り戻した俺に、イアンはようやくほっとした顔を見せた。
「申し訳ありません。
「いえいえ、エレノイア様は本当の事をおっしゃっただけですから! こんな低レベルのステータスじゃおちおち冒険もできませんし……急いで強くならなきゃですね」
「……そうですわね。先ほども申しました通り、タクト様のスキルは素晴らしい可能性にあふれております。多少LVを上げるだけでも危険はかなり減ると思いますわ」
「やっぱり
さっきはつい焦ってしまったが、エレノイアの言葉からして、現実でもゲームと同様にまずLVを上げることが何よりも安全性を高めることは間違いなさそうだ。
そう確信できたことで、今後の方向性が固まり始めた。
数多くのベテランプレイヤー達により「どうすれば序盤で安全にLVを上げられるか」は事細かに研究しつくされているし、さらにもっと多くの初心者プレイヤー達の実践によりその研究結果の正しさも証明済。
その程度の基礎知識なら、攻略サイトを確認せずとも既に脳に刻まれている。
しかも今の俺は神様から幾つもの追加スキルを貰っており、ゲーム開始時よりもかなり有利な状況。よっぽど無茶をしない限り、序盤でやられるなんてありえない。
「そういえば……!」
何かを思い出したらしいエレノイア。
「タクト様は【偽装】というスキルをご存知でしょうか?」
「いえ、初めて聞きました」
少なくともゲーム内で見た記憶がないスキル、【偽装】。
だけどゲームでは、プレイヤー達によって日々新たな要素が発見され続けているのだから、まだ発見されていないスキルが存在したっておかしくない。案外SNS等で誰も報告してないだけで、既に誰かが発見しているスキルの可能性だってある。
「実はこのスキル【偽装】、『鑑定系スキルでステータスを見られたくない場合に使える数少ない対策方法である』と伺ったことがありますの」
「どういうことですか?」
「
「え、そんなスキルが?」
「はい。実際のステータスの内容が変わるわけではなく、あくまで表示ステータスのみが変わるスキルなのだとか。スキルLVが低い【偽装】は使用者自身のステータスを書き換えることしかできないのですが、スキルLVを上げた【偽装】なら他にもアイテムのステータス書き換えも行うことができるそうですわ」
異世界物のアニメか何かで、似たスキルを見たことがあるのを思い出す。
いうなれば、スーパーで売っている食材のパッケージのラベルを貼りかえるようなスキルだと思ってよいだろう。
例えば『100g入の鶏肉』パッケージのラベルに【偽装】を使うとする。
ラベル上は“200g入”に見せかけられるが、実際の量は“100g入”のままである。
もしくは“豚肉”というラベルを貼る事はできても、実際の中身は“鶏肉”のままでしかないというわけだ。
まぁ肉の透明パックにそんな偽装をしたら、流石に購入前に気づくと思うけどな。
「…………待てよ。そのスキル、かなりやばくないか……?」
そんなスキルが存在したら、色んな事が根本から
例えば先のスーパーの鶏肉の例なら、ラベル記載内容と実際が異なることになる。
『豚バラ肉 200g入』と書かれたパッケージを買ったにも関わらず、「帰ってみたら100gしか入ってなかった」もしくは「中身が鶏むね肉だった」なんてことが頻発したら、そのスーパーの信用度はガタ落ち間違いなしだろう。
そして【鑑定】は、対象のステータスを解析できるスキルだ。
ゲームには「一部の大国では、国の重要な役職へ雇用する際、候補者のステータスを【鑑定】した結果も選考基準の1つにしている」「アイテム買い取りを行う際、各ギルドに常駐する【鑑定】スキル持ちが各アイテムの鑑定を行い、その結果に応じて買取金額を提示することで公正な取引を行う」等の設定があったほど【鑑定】による鑑定結果は絶対であり、鑑定結果が実状と異なるなんてありえなかった。
でも【偽装】で好き勝手に人物やアイテムのステータスを、“嘘の数値”に書き換えられるなら……
「あの~エレノイア様、【偽装】なんてとんでもないスキルが存在するなら、【鑑定】スキル自体が信用されてないんじゃ?」
「伝え聞く限り【鑑定】スキルの信頼は揺らいでいないようですわ」
「でもそれじゃ、【鑑定】で分かるのが『【偽装】で書き換え済みのステータスだったら?』とか疑われかねませんよ?」
「ご安心ください。【偽装】の使用者はごくごく限られた人物のみとのことです。しかもこのスキルの存在自体が知られておりません。
「なるほど。それは確かに有用なスキルですね……」
神託の巫女であるエレノイアはゲーム内でも「世界から一目置かれた特別な存在であり、定期的に各国の立場ある人々が謁見に訪れる」という設定だった。
そんな彼女なら、一般に広まっていない知識を知っていても不自然ではない。
もしその【偽装】というスキルを習得し、自身の称号を書き換えられたとしたら。
仮にステータスを【鑑定】されたとしても『勇者である』と知られる心配は無くなることから、そのぶん危険性も下がるだろう。
「で、そのスキル【偽装】は、どうやったら使えるようになりま――」
――スキル【偽装LV1】を習得しました。
ゲームで聞いたのと同じシステムボイスが脳内に鳴り響く。
慌ててステータス内のスキル欄を確認すると……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■スキル■
・
・
・
<自ら習得したもの>
偽装LV1:自身のステータス項目を任意の内容に見せかけられる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「嘘だろ……」
ありえない。【偽装】自体は初耳のスキルとはいえ、ゲームにおいてスキルは基本どれも習得条件がかなり厳しかった。こんなに簡単に習得できるわけないだろ?!
「どうかなさいましたか、タクト様?」
「あのですね、実はたった今……スキル【偽装LV1】を習得したんです」
「「?!」」
口をポカンとあけるエレノイアとイアン。
「……信じられませんわ……こんなにも早く習得なさるなんて……しかも【偽装】は非常に珍しいスキルで、習得条件もいまだ解明されていないと伺ったのですが……」
首をかしげながらもステータスを記したメモ片手に原因究明を始めるエレノイア。
ややあって、彼女は何かに気付く。
「分かりましたわ! おそらく【
「えっと……『スキルを習得しやすくなる』っていうスキルですよね。だからってこんなにいきなり覚えるものなんでしょうか?」
「普通はありえません」
「ですよね――」
「でも、勇者様ですもの! きっと、
うふふと無邪気に微笑むエレノイアは、何だか年相応で可愛らしかった。
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