第17話「光と闇と、この世界の理-ことわり-」


 準備のために1日休んだ翌日の朝、俺とテオはエイバスを出発した。


 目指すダンジョン『小鬼こおに洞穴ほらあな』の入口は、エイバスから歩いて半日程度の山のふもとにある。

 馬を借りれば1~2時間ほどで到着できるのだが、今回は急ぐ旅路ではないということもあって徒歩を選んだ。


 ちなみに、いきなり馬を乗りこなす自信がなかった俺が、それっぽい理由を付けて徒歩での移動を推した……というのはテオには内緒だ。





 さて、ダンジョンとはいったい何なのか。


 それを語るためには、まず『この世界のことわり』を詳しく説明する必要があるだろう。




 この世界リバースには、大きく分けて“3種類の存在”が暮らしていると言われている。


 そのうち1種類は、『生き物』と呼ばれる「生身なまみの肉体を持つ存在」だ。

 人間・四足動物・鳥・魚・昆虫といった地球上と同じような生き物以外にも、エルフ・ドワーフ・獣人・魚人など、多種多様な生き物達が暮らしている。

 そしてもし『生き物』が死んでしまった場合、その生身の肉体はそのまま残る。


 もう1種類は「魔力で作られた肉体を持つ存在」、つまり『魔物』。

 魔物は、鉱石・武器・魔導具などの何らかのアイテムを核とし、その核が魔力をまとい肉体を作り出すことで生まれる。

 魔物を倒すと、その肉体を構成していた魔力が辺りへと散らばり、核となっていたアイテムだけがその場に残る。これが『ドロップ品』というわけだ。


 最後の1種類は『精霊』。通常はその姿を見ることなど不可能であり、先にあげた生き物や魔物に比べて謎多き存在となっている。

 人間達が精霊の存在を実感できるのは、もっぱら魔術を使用した時だろう。

 【火魔術】は「火の精霊の力を借りて魔力を操るスキル」、【風魔術】は「風の精霊の力を借りて魔力を操るスキル」とされている。

 また各魔術を極めた者の中には、精霊と会話できる者もいるのだとか。


 なお生き物には、特定属性の精霊に愛され、生まれつきその属性の魔術を使用できる種族も存在している。

 彼らの中には精霊と意思を通わせることができる者が多い傾向にあるようだ。




 世界各地には元々『魔力』が散らばっている。

 各種スキルやステータスといった不思議な力が存在するのは、魔力の作用が働くからだ。


 魔力の多さや属性は場所によって異なり、基本的にそれらが変わることはほぼない。魔力が多いエリアでは魔物が生まれやすくなり、生まれてくる魔物の種類は魔力の属性によってある程度決まっている。


 また魔物は『自らの肉体を構成する魔力と近い魔力』を好むため、よっぽどの大事が起きない限り、自身が生まれたエリアに留まるという特性を持つ。


 そのため人間をはじめとする生き物達が、魔物が少ないエリア――魔力が少ないエリア――に国や街といった拠点を作り定住することで、魔物と生き物との衝突を避け共存することができていたのである。





 3年前、その状況に変化が訪れた。

 各地に散らばる魔力の属性に、『闇属性』が混じり始めたのだ。


 闇属性を含む魔力により生み出された魔物は攻撃的になる傾向がある。

 そして魔物の凶暴性は、その身に混じる闇の力が濃ければ濃いほど増していく。



 この元凶こそが【闇魔術】の唯一の使い手『魔王』。

 【闇魔術】は、他の属性に比べ少々特殊だ。闇の精霊の力を使って攻撃等が行えるだけでなく、世界中の魔力へ闇属性を組み込むこともできる術である。

 おそらく魔王は3年前から少しずつ復活し、半年前――魔王の声が全世界に響き渡ったあの時――に、完全復活を遂げたのだろうと、今になってこの世界リバースに住まう者達は思う。



 現在進行形で世界は闇属性に侵され続けている。

 魔王城に近い西のほうを中心に、徐々に、そして確実に闇の力は広がりつつある。


 闇属性に支配された魔物を倒すことで、闇の魔力を空気中へと戻し魔物の侵攻を食い止めることはできるが……ただ魔物を倒してもその闇が消え去るわけではなく、再び魔物へと変化するため、あくまで一時しのぎでしかない。

 このままではいずれ、全てが闇でおおわれてしまうだろう。


 この世界が闇でおおい尽くされた時。

 すなわちそれが……世界の終わり。




 だがこの世界リバースの人々には、希望が残されている。


――光属性の魔力を扱う術、【光魔術】。


 伝承によれば闇属性の魔力を浄化するたった1つの方法であり、その唯一の使い手が『勇者』なのだと。

 

 だからこそ皆、勇者が再来するその瞬間を、強く強く待ち望んでいるのだ。





 さて、話を戻そう。


 魔王城から離れていても、局所的に濃い闇属性の魔力に支配されたエリアが存在する。その理由は明らかにはされていないが、元々その地の魔力が“闇属性と親和性の高いもの”であり、自然と闇を引き寄せてしまったのではないかと推測されている。




「……で、その局所的に濃い闇属性の魔力に支配されているエリアこそが『ダンジョン』と呼ばれる場所で、周りと比べて凶暴な魔物が多いんだよっ。タクト、だいたい分かった?」

「ああ」


 この道の周辺は魔物もそう多くない上、歩きつつ喋る時間はたっぷりある。

 ということで俺は、雑談がてらテオに色々と質問していた。



 各地の伝承・人々の噂などを調べつくしたテオによる詳細な説明と、ゲーム上における設定自体には、やはり大して違いはない。


 あとは現実と架空の違い――ゲーム上では神様が無くしておいたという食事や睡眠の必要性、攻撃時にボタン操作でなく自分で動かなければならないこと等――がどう働いてくるかが不安だけど……こればかりはこの世界の人に聞くわけにもいかないし、自分で試しながら探っていかないといけない部分だな。






 ひととおり説明も終わったところで、首をかしげながらテオが言った。


「……でも、いくら調べても分かんないことがいくつかあるんだよねー」

「分かんないことって?」

「まずは、500年前に倒されたはずの魔王が『何で復活したか』ってこと!」



 これに関しては、ゲーム上でも未だ解明されていない。

 検証好きなプレイヤー達の間では、未解決問題の1つとしてよく知られている。




「あとは……伝承の中の500年前の勇者は、魔王を倒す前に各地のダンジョンをいくつか回って、その地に蔓延はびこる闇魔力を消し去ったらしいって言い伝えられてるんだ。でも、実際どうやって闇を浄化したかっていう記述がどれも曖昧あいまいでさ~」

「ああ、そっちは問題ないと思うぞ」


 テオが「えっ」と意外そうな顔をする。


「どういうこと??」

「闇の魔力を消し去るには『光の魔力を直接ぶつけて相殺そうさいする』、それだけでいいんだ。具体的な方法も何通りか知ってる。まだ実際には試してないけど……たぶん、大丈夫なはずだ!」



 闇魔力の浄化方法は複数ある。

 今の自分の実力であればなら何とかなるはずだろうと考えながら、俺はゲーム内での色々を思い出していく。




 そんな俺の横顔を見て、テオがくすくす笑い出した。


「……なんで笑ってんだ?」

「だって【光魔術】は俺達にとって、ほんっとに特別なもんで、謎だらけって言われてるんだぞ? なのにタクトはサラッと何でもないことみたいに答えてさ……何か勇者っぽいなぁと思って」

「いや、勇者っぽいていうか……本物の勇者なんだけど――――」

「知ってる!」


 食い気味に答えるテオ。


「でもさぁ……普段のタクト見てると、ついうっかり忘れちゃうんだよね~」

「うっ!」




 身に覚えがありまくる。


 まずは昨日の『フルプレート断念事件』。さらには召喚初日の『光魔術に1度失敗したどころか、地味な術式しか発動できなかった事件』『空腹で行き倒れかけ事件』に、2日目の『オークジェネラル巻き込まれ事件』なんてのもあった。




 では逆に“勇者らしさ”はというと……心当たりが、一切無い!




「……そ……そのうち、名実ともに勇者となる予定なんだよ!」

「あ、勇者っぽくないって自覚はあるんだ」

「しょうがないだろ! まだこの世界リバースに来たばっかなんだし」

「はいは~い。これからもよろしく、勇者さまっ☆」


 冗談っぽくウインクするテオ。


「……」


 のらりくらりとマイペースな彼に、思わず溜息をついてしまった。

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