第16話「時には、休息も必要です(3)」


 結論から言うと、俺はフルプレートを断念した。




 中古防具店の女性ドワーフ店員とテオとに教えてもらいながら、憧れの板金鎧プレートアーマーを、20分ほどかけて初めて着用したところまではよかったのだが……。



 最低限の可動域は確保されているものの、少し動くだけでガシャッガチャッとうるさい金属音がする。 

 敵の背後から忍び寄ったり、敵に気付かれないようこっそり横を通り過ぎたりといったような動きは確実に無理だろう。


 そして何より重い。


 女性店員によれば、この鎧はあまり腕の良くない職人が作ったものなのだとか。

 全体的な造りが洗練されておらず、特に各パーツの出来が悪くて無駄に分厚く重くなっていることから、総重量は通常の金属鎧より重めで軽く数十kgはあるらしい。

 その重さが体中にのしかかり、風通しも悪いため、立っているだけで汗が吹き出してきそうな気がする。 


 だが俺の手持ちのお金で買える板金鎧プレートアーマーは、店内ではこの1点のみ。

 これより質が良い品は、どれも予算オーバーだった。




 ゲームにおける防具類において戦闘面で気にすべきは、着用時に変動する能力値――例えば「物理防御力+5」といったように――や、その装備に付与されている効果のみ。もちろん中には一部専用装備も存在したが、それを除いてはどれも自由に装備することが可能だった。

 そのためプレイヤー達は、勇者や仲間キャラの装備を選ぶ場合、基本はこれらの性能や見た目だけを基準にすればよかったのである。


 だが……現実世界リバースではそうもいかないらしい。




 現在の自分に板金鎧プレートアーマーは無理だと、身をもって悟った俺。


 このままでは売り物を汗などで汚しかねないということで、ひたすら謝りながら、「大丈夫ですよ」と笑顔で答える女性店員に手伝ってもらい、すぐに鉄のフルプレートを脱ぐことにした。





 その後、女性店員とテオに見立ててもらったのは、『革の軽装鎧』。


 たまたま俺の体型にぴったり合う中古品が、100リドカという超お手頃価格で店に並んでいたのだ。

 硬化させた革で胸部・肩・腰・前腕が覆われていて、各部位のパーツはそれぞれ分割されていることもあって全く動きの邪魔にならず、総重量は大変軽い。

 そのぶん防御力はそこまで高くないけれど、何もつけない時より怪我をする確率はぐんと減る。


 試着した俺は、先程の鉄鎧との着心地の違いに驚いて即購入を決めた。




 なお女性店員によると、金属鎧にも色々種類があり、材料に軽めの金属を使用したり【軽量加工】スキルなどで軽くしたりした鎧で、かつフルプレートにこだわらず体型や動き方にしっかり合う形状なら、俺でも楽に扱える可能性が高いらしい。

 ただしそのようなタイプの鎧を1から作る場合、材料費や手間賃などで総じて高価になるのだという。


 いつかお金を貯め「自分でも着こなせる金属鎧を手に入れる」という新たな夢ができたのだった。





 防具店を出た俺達は、エイバスの街中の店をいくつか回り、旅に必要だと思うものを色々と調達していく。

 念のため、テオおすすめのダンジョン必需品アイテムは一通り購入しておいた。


 特に食料品に関しては、過去の苦い経験――空腹でHPが0になりかけた――がある。しかも【収納アイテムボックス】内は時間経過が無く、中に入れた物が腐る心配は無い。


 ということで調理無しで食べられる出来合い料理を中心にこれでもかと買い込む。

 テオには「ダンジョンに何ヶ月こもる気なんだよ……」と呆れられたけど、何があるか分からない以上、背に腹はかえられない。


 1日分の宿代程度の金額のみを残して有り金を使い切った結果、俺の【収納アイテムボックス】は食料品でほぼ満杯になったのだった。





**************************************





 その夜、宿屋・野兎亭の客室にて、俺は翌日の出発に備え準備をしていた。

 攻略サイトの『小鬼こおに洞穴ほらあな』についての記述を何度も読んで頭に入れたり、【収納アイテムボックス】の中身を整理したり。


 ある程度終わったところでふと窓際に目をやったところ、椅子に腰かけたテオが鼻歌交じりに磨いていたのは『槍』。

 剣以外の武器を触るテオを見たのは初めてかもしれない。


「テオって槍も使うのか?」

「うん、場合によってはね。【槍術】スキルも持ってるし」

「なるほど、そのあたりの武術スキルも全部習得してるのか……」



 称号『器用貧乏』の恩恵で、そのスキルLVは全て1ではあるものの、称号・アイテムのみで解放可能な固有スキルを除く全スキルを習得しているテオ。


 そういえば俺、普段のテオがどんな戦い方をしているか全然知らない気がする。


 ゲーム中ではテオが戦う場面なんか1度もなかったし、パーティを組んでからは俺に教えるために少しだけ剣を見本で使って見せてくれた程度で、本気で戦う姿なんか見たことがないのだ。



「なぁ、テオの戦闘スタイルってどんな感じなんだ?」

「そーいや言ってなかったっけ。これからダンジョンに行くし……確かにもう少し手札は見せておいた方がいいかも!」


 と槍を磨く手を止めたテオは、腰に付けた魔法鞄マジカルバッグの中から順番に武器を取り出していく。

 その全てが白銀色に輝く金属がベースの細身武器で、緑色の小さな宝石をアクセントにしたお揃いの優雅な装飾が施されていた。


「他にも持ってるっちゃ持ってるけど、普段あんまり使わないし……とりあえずメイン武器ウェポンだけでいいかな。戦闘時は大体この辺りの武器を、地形や相手の魔物、一緒にパーティー組むメンバーの戦い方なんかに合わせて使い分けてるよ。それぞれの武器の詳細は【鑑定】スキルで分かるよね?」

「ああ」


 テオが武器を一通り並べ終わったのを見計らい、早速まとめて武器を鑑定。

 ついでに詳細も出しておく。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シュミルの魔銀短剣ミスリルダガー:物理攻撃力+45、魔術攻撃力+20、シュミル製作

シュミルの魔銀剣ミスリルソード:物理攻撃力+68、魔術攻撃力+20、シュミル製作

シュミルの魔銀槍ミスリルスピア:物理攻撃力+72、魔術攻撃力+20、シュミル製作

シュミルの魔銀鞭ミスリルウィップ:物理攻撃力+36、魔術攻撃力+20、シュミル製作

シュミルの魔銀弓ミスリルボウ:物理攻撃力+51、魔術攻撃力+20、シュミル製作


 ■神の一言メモ■

シュミルは相変わらず、美しさと実用性を兼ね備えた良い武器を作るのう。

師匠の腕をしっかり引き継いでおるわい、感心感心!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「……シュミル?」



 シュミルという名に聞き覚えこそあるような気がするものの、この広い世界リバースには数えきれないほどの人が存在することもあって、いったいどこの誰だったかまでは思い出せない。



「シュミルはエルフの鍛冶屋で、とっても腕がいいんだよ。彼の作る武器が好きでさ……材料のミスリルを大量に持ち込んで、オリジナルのシリーズ武器を作ってもらったんだ♪」

「へぇ、オーダーメイドなのか」


 そういえばゲーム中に出てきた『エルフの隠れ里』にそんな名前の男エルフがいたような気もするな。

 俺自身は彼に生産依頼をした記憶はないけれど、目の前の武器のまるで装飾品かと思うような優美さからして、たぶん腕利きの職人なんだろう。


「製作依頼の時に、テオがこだわったポイントとかあるのか?」

「そーだな……出来るだけミスリルを多めに使ってもらうようにはしたよ。タクトと一緒で俺もそこまで元の力は強くないけど、ミスリルなら丈夫で薄く細くしても問題ないだろ? だから俺でも扱える軽く丈夫な武器が作れるんだよ。ほらここ! 鞭や弓のしなる部分も、糸状に特殊加工したミスリルをよりあわせてもらったんだぜっ」


 武器を持ち上げて俺へと見せるようにしながら、説明を続けるテオ。


「他にもミスリルにこだわった理由があってさ。ミスリルは他の金属と違って、魔術と凄く相性がいいじゃん。だから――」


 ここで気付いた俺が「あ!」と声を上げ、テオにたずねる。


「もしかして、【魔術付与エンチャント】?」

「あったり~!」


 ニカッと笑顔を見せるテオ。




 ゲームにも存在するスキル【魔術付与エンチャント】は、火や水などの属性魔術を武器へと付与し、一時的にその属性としての力を武器へとまとわせることができるスキルだ。


 敵の弱点となる属性の魔術を付与することで、通常の何倍ものダメージを与えられるようになるのが1番の強みである。かつ属性付与状態で敵の弱点部位――魔物によって異なり、例えば首・腹・翼の付け根など――へと上手く攻撃をあてられれば、通常よりもさらにダメージを増加することも可能。



 【魔術付与エンチャント】自体はそこまで珍しいスキルではない。

 とはいえ2属性以上の魔術を使いこなせる術者自体が貴重なため、様々な場面で有効な戦術として使い分けができる者は少数となってしまう。


 そういう意味では、火・水・風・土の4属性魔術と武術全般に適性があり、かつ魔物などに関する知識が豊富なテオのために存在するようなスキルと言っても過言ではないのかもな。




「なんか、テオにぴったり合いそうな戦い方だな」

「ありがとっ! ま、俺の場合はスキルLVが全部1だから、あまりにも能力差がありすぎると、どんなに弱点をついてもほとんどダメージを与えられないんだけどね……この間のオークジェネラルの時は、そもそも逃げるしかできなかったし……」

「まぁな……」


 先日の事を思い出し苦笑いする俺達。


 一撃でも食らえば即死しかねない攻撃を、凄い速さで繰り出しながら追いかけてきたオークジェネラルに、俺達は武器を構えることすらできず、ひたすら逃げ回ったのだった。





 ちょっと暗くなってしまった空気。



 それを振り払うように、俺は明るく言う。


「でもさ、明日から向かう小鬼の洞穴じゃ、向かうところ敵なしだと思うぞ!」



 テオはフッと笑って「……確かに!」と答えた。





 攻略推奨LV5のダンジョン・小鬼の洞穴。

 LV38のテオと、LV7の俺なら、少なくとも苦戦することはないだろう。


 さらにその先は……またの機会に考えればいい。

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