第108話「コべリの港と、大陸を結ぶ小船(4)」


 原初の神殿を発ってから9日目、俺とテオは小さな港町・コベリに到着。水産加工所オーナーのマルガへ掛け合った結果、今回の目的地のニルルク村がある大陸まで彼女が持つ小型漁船で送ってもらえることになった。


 船舶案内所の窓口での正式な漁船チャーター契約、漁船の出港準備等を迅速に済ませた俺達3人は、1時間後にはコベリの港を出発したのだった。





 見渡す限り波は静かで、まだまだ日も高い。

 澄み切った青空には、ちぎれたような薄い白雲がところどころ浮かぶ。

 

 そんな穏やかな海峡を、小さな帆船が順調に進んでいく。




「う~ん、気持ちいーねー♪」


 船首近くに1人陣取るテオは、心地よい風を顔で受けて満足そうな表情だ。




「ちょいと風が変わったようだねぇ……タクト、ほんの少し魔力を足しとくれ」 

「はい!」


 船尾のほうではマルガが舵を取りつつ、船に備え付けた『帆船航行用魔導具』の使い方を俺へと指導してくれている。



 帆船航行用魔導具には【風魔術】を閉じ込めてあって、魔力をめることで、船の帆へと風を送る仕組みだ。

 帆船が一般的なこの世界リバースにおいてほぼ全ての船に備え付けてあり、これのおかげで安定した航海が可能になっていると言っても過言ではないだろう。



 なお帆船航行用魔導具には、製作を手掛ける工房職人により様々な型式が存在。

 大まかには作られた年代、船の大きさや用途、使用魔石の等級によって分類され、タイプ毎に使い勝手も変わってくる。


 そして俺達が乗る年代物の漁船は、全長十数mと小型であり、本来であれば舵も魔導具もマルガ1人だけで操作可能なコンパクトめの設計となっている。


 だが出航前、興味深げに航行用魔導具を観察する俺を見たマルガが、「今日は波も穏やかみたいだし……良かったら試してみるかい?」と声をかけてきたのだ。





 建物の明かりをはじめとする生活用魔導具が庶民にも広く普及していることもあって、この世界リバースに来てから様々な魔導具を使ってきた俺ではあるが、初めて触る帆船航行用魔導具の扱いは非常に難しかった。


 普通の生活魔導具と違い、規定量の魔力をただ流し込めばよいわけではない。

 マルガによれば、航行中は常に風や波等の状況を敏感に読み取り、それに合わせ随時細かく調整を加えなければならないため、帆船航行用魔導具の操作には熟練の技術や経験が必要となってくるのだという。




「……これぐらいですか?」

「まだちょいと足んねぇなぁ」


「……魔力足しました、どうでしょう?」

「んー……ま、そんなもんか……しばらくそのままキープだよ」

「分かりました!」



 ひたすらマルガに言われたとおり、俺は魔力をめるタイミングや流し込む魔力量を調整していくものの、なかなか感覚が掴めない。


 俺個人としては全く状況の変化を感じていない時でも、マルガからは「風が変わった」などと魔力調整の指示を受ける。

 これでOKだろうと思った調整でも、ほぼ確実にダメ出しを食らってしまう。



 熟練の船乗りであるマルガから技術を盗もうと、俺は必死に彼女の動きを観察してもみるのだが、何が何だかさっぱり分からず……糸口すら掴める気配もないまま、海峡を渡る航海は1時間ほどで終了してしまった。





 なおゲームにも帆船航行用魔導具は一応出てくるのだが、そもそも天候を気にするという概念が無く、馬車だろうが自動車だろうが船だろうが、どんな乗り物でもボタン1つで何となく運転・操作が可能だった。



「まさかこの世界リバースの乗り物操作の難易度が、こんなに高いとはな……」



 予想だにしていなかった事実を知った俺。


 今後の計画をちょっと見直さなきゃいけないかもと密かに痛感しつつ、これまた早い段階で分かってよかったと胸をなでおろすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る