第103話「街道と一口に言っても、色んな道があるのです」


 原初の神殿を出発した翌日。神殿近くの野営地のテントで1泊した俺とテオは、今日も徒歩でニルルク村方面を目指していく。





 陸路を使って目的地へと向かう場合、やはり街道を利用するのが一般的だ。


 この世界において街道は、人々が比較的安全に旅をしたり荷物を運んだりできるルート確保を目的に、魔力が豊富で魔物が発生しやすくなっている地域や、起伏が激しいなどの理由で歩きにくい土地を、できる限り避けるように整備されている。



 もちろん街道にだって魔物は時折現れてしまう。だが発生しやすい地域に比べれば出現はごく稀であり、安全性には雲泥の差があると言ってよいだろう。


 だがそのかわり、俺達が現在歩いているエイバス周辺のように魔物が発生しやすい地域や山が多い土地の場合、それらを迂回するように作られた街道は蛇行気味で、目的地への直線距離の割には移動に時間がかかってしまう。


 そのため腕に自信がある冒険者や、どうしても陸路を使って急ぎたい時などは、あえて街道をゆかず、ショートカットしつつ移動する場合もあるようだ。


 トヴェッテに向かった際と同様そこまで焦る必要は無いということで、俺達2人は今回も道中の休憩や戦闘訓練等も挟みつつ、道なりに街道を進んでいく予定である。




 なおエイバス~トヴェッテ間は陸路よりも海路を使うメリットが大きいことから、街道を通る人の姿を目にすることはほぼ無かったし、ほぼ一本道に近かった。


 対してエイバス~ニルルク間は小さな街・村がかなり点在するため、街道の利用者はそこそこ多い。そして様々な場所に行けるよう、メイン街道から枝分かれするルートの街道も少なくないのだ。


 今日の昼過ぎにメインとなる大街道に合流した頃から、ちらほらと他の冒険者や商人らしき人々の姿を見かけるように。

 そのほとんどは馬や馬車を使っていて、俺達のように徒歩で移動しているのは少数派の模様だ。






 のんびり喋りながら並んで歩いていたところ、テオが思いついたように言う。


「……そうそう! 街道を作る時なんだけどさ、道の横幅はできる限り広めに確保されてることが多いんだ。これにはいくつか理由があるんだけど……タクト、なんでか分かる?」

「え? まぁ確かに、この街道も結構道幅広いよな……」


 と、俺は現在歩く街道を観察し始めた。




 道の横幅は10m弱。

 この辺りの街道は森を切りひらいて作られたこともあって、左右共に緑に生い茂る高い木々に囲まれている。


 そして路面は、見渡す限り灰色っぽい長方形の石が敷き詰められている。

 この世界リバースでは【土魔術】で簡単に具現化できる土や石は、道路や建築物を造る際、かなり手軽に仕える部類の資材とされるのだ。


 中でもこの街道のようにデザインにこだわらず実用性重視で、ひたすら具現化した長方形の石を敷き隙間を土で埋めていくタイプの石畳の道は、ゲームでは製作コストが非常に安く済み、また多少壊れたとしても簡単に修繕できるって設定だったな。




「道幅が広い理由……なんだろう……?」



 考え始めた俺の横を、1台の荷馬車が追い越すように通過していく。

 道に余裕はあるし、ぶつかる心配はなさそうだなと思ったところで、はたと1つめの理由に気付いた。



「あ、馬車が余裕を持って通れるようにってこと?」

「せいか~い! ある程度広くないと、馬車同士がかち合った時に大変だからねー」

「これだけ道幅があれば、すれ違いも余裕だな」



 馬車の横幅は、大きいものでも2mほど。


 車両の安全かつ円滑な通行のために道幅確保、というのは日本でも共通の考え方だし、この道のように10m弱も道幅が確保されていれば、そういう面では十分過ぎるぐらいだろう。





「でも、理由はそれだけじゃないんだよねー」

「そういえば『理由が』って言ってたな……」


 改めて街道を観察しつつ知恵を絞ってみるが、これといって何も浮かんでこない。



 手を口元に当てつつ「う~ん……」と難しい顔をする俺を見て、テオは楽しそうに声をかける。


「どうしたタクト。もう降参か?」

「いや、もうちょい待て!」

「ヒントは?」

「いる!」


 俺の即答を聞くなり、テオは満面の笑みを浮かべた。


「よーしっ、じゃヒント! 街道で起こりそうな出来事を順番に浮かべてみなよ!」

「街道で起こりそうな出来事? えっと……」




 俺は以前、街道を使ってトヴェッテに向かった時のことを思い出してみる。


 テオの希望でレーボリッヒ村に寄った以外は特に寄り道することも無く、人に会うこともほぼ無く、ひたすら歩いて、時々食事がてら休憩して、野営地に設営したテントで野宿して、剣や魔術の訓練をして、たまに魔物と戦って……。




「ん? 魔物と戦って……? 分かった、戦闘バトルしやすくするためか!」




 道幅が広いこの場所と対照的に、先日訪れたフルーディアの街の中の道は、道幅3mほどと非常に狭かった。

 1歩間違えば、街中にはりめぐらされた運河に落ちてしまいかねないような状況。

 しかも魔物出現エリアは霧で覆われていたため、いつも以上に注意深く戦わなければならず、慣れるまでは気が抜けなかったのだ。

 

 あの時の大変さをふまえると、これぐらい道が広ければ魔物との戦いもだいぶ楽になるよな。




「あったりー! 特にこの辺りみたいに周りが障害物で囲まれちゃってる場合、道にある程度広さがあった方が不意打ちのリスクも下がるしね」

「不意打ちか……確かにこんなに木がひしめきあってると、好きな場所に隠れ放題だよな。これでもし道も狭ければ、嫌でも木の近くを歩かなくちゃなんないだろうし」


 と言いつつ俺は、街道脇に生い茂る木々のうち、真横に生えた1本へ目線を送る。



「……お、タクトも気付いてたかー♪」

「まぁな」


 足を止めず、小声でニヤッと笑い合う俺とテオ。

 そして次の瞬間。


 


――ガサガサッ!




 さっき俺が見た木の陰からゴブリン3体が飛び出し、俺達の背後を狙うように勢いよく棍棒で殴りかかってきた。

 2人揃ってサッと素早く身をひるがえして避けたところ、ゴブリン達は「クキャッ?!」と焦ったような声で体制を崩す。



「たっ!」


 すかさず俺が、避けつつ抜いた剣で斬りかかり、手近なゴブリン1体を葬る。


 

「それっ!」


 残った2体は、テオが鞭でビシッと同時に沈めた。



「「「ギィヤァァァー!」」」


 苦しそうな断末魔と共に、ゴブリン達は粒子となって消えていった。





「おーわりっ!」


 ニッと笑うテオ。

 ゴブリンのドロップ品を拾って【収納アイテムボックス】に放り込みつつ、俺が言う。


「さっきテオが『道幅がどうの』って言い出した時は、急に何だ? って思ったけど……こういう事だったのか」

「そうっ! エイバス~トヴェッテ間の街道と違って、この辺りは旅人も多いから、そのぶん魔物も戦い慣れてる奴だらけなんだよ。特にゴブリン族の魔物はずる賢くて、こっちの隙をつこうと悪知恵を働かせまくってくる奴がとにかく多いしねー」

「確かにトヴェッテに向かった時は、こんな風に不意打ち仕掛けてくる魔物なんて見かけなかった気がする」

「まぁこいつらぐらい弱っちければ、タクトなら余裕で倒せるとは思うよ。それでも条件次第ではピンチになりかねないからさ」

「そうだな……」


 俺は真面目な顔のまま、ゴブリンが隠れていた木を見つめる。


「……今の不意打ちは、常時展開してる【気配察知】に引っかかってくれたから気づけたけど……もしこいつらが【隠密】使って気配消してたりなんかしたら、【気配察知】だけじゃ分かんないもんな」

「しかも徒歩だと、馬や馬車を使うより襲われるリスクが高くなるしねー。だからこそタクトの戦闘訓練の一環として、あえて襲われやすい環境を作るために、今回の街道の旅も徒歩移動に決めたわけだけど。色んな場合を想定して手札を増やしつつ経験を積んでいけば、どんな状況でも、だいたい対応できるようになるとは思うぜ」

「確かにテオは、いざって時の対応力すげーよな」

「だろ? ま、その辺りは実戦も交えつつ、おいおい教えてってやるよ!」

「ああ、よろしくな!」 


 



**************************************





 その後はトラブルもなく、夕方頃には小さな宿場町に到着した。

 この辺りの街道は人通りが多いため、街道沿いにところどころ、旅人向けの宿屋および宿屋をメインとした宿場町が作られている。


 もちろん野宿をしたい旅人のための野営地だってあるのだが、宿屋に泊まったほうがはるかに安全性は高く、宿によっては安価に泊まれる場所も多い。


 金銭的に多少余裕がある俺とテオは「この値段で安全性が買えるならば」と出来る限り野宿を避け、お手頃価格の宿屋へ泊まることにしたのだった。

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