第68話「馬のいない馬車」
俺達を乗せた箱馬車は、草原に挟まれた平坦な街道沿いに、フルーユ湖へとゆっくり向かう。
御者席で手綱を握るのは、御者に扮した執事のジェラルド。
その横に座るのは、魔術師風の恰好をしたメイドのイザベル。
ネレディいわく、彼らは従者の中でも特に口が堅く信用できる人物であり、フルーユ湖で何を見ても決して外部に漏らすことは無いだろうと。
またジェラルドは剣術の使い手、イザベルは水属性の魔術の使い手と、2人共それなりに戦えるため、万が一の時は安心してナディを任せられるのだそうだ。
広めの馬車の中で揺られているのは、後方の座席に俺とテオ、2人と向かい合う前方の座席にネレディ、彼女にもたれかかって無防備に寝ているナディ。
ネレディとテオが雑談するのを何となく聞きながら、俺はそわそわと座面や壁を触ったり、窓の外を眺めたりしていた。
そんな俺の様子に気付いたネレディがたずねる。
「タクト、さっきから落ち着かない様子だけど、どうかしたの?」
「あ、いやぁ……実は俺、馬車に乗るの初めてなんですよ」
照れくさいながらに答える俺。
ネレディは「あら」と意外そうな顔をする。
「なんかタクトの国だと、馬も馬車も全然使われてないんだってさ。だから馬に初めて乗ったのも、エイバスに来てかららしいぜ!」
テオが補足を入れる。
「へぇ、それじゃあ陸の移動は全部徒歩なの? それってすごく不便じゃない?」
「え~っと……」
ネレディの質問に、俺はやや戸惑った。
だけどよく考えたら
そこで日本の街並みを思い出しながら答えた。
「俺の故郷だと……『車』という名前の、馬が付いてない馬車みたいなのが一般的なんですよ」
「「え?」」
ネレディとテオは口をポカンと開けて驚いた。
それから俺へと矢継ぎ早に質問を浴びせ始める。
俺は聞かれるがまま答えていく。
「馬がいない馬車なんて聞いたことないわ」
「それってホントにちゃんと走るのか?」
「走るよ」
「あら、馬がついてないのに?」
「馬じゃない動力源を使ってるんです」
「どんな動力源なんだ?」
「例えばガソリンや電気を使ったエンジンとか――」
「なぁにそれ?」
「んっと…………魔導具みたいなもんですね」
「「魔導具?!」」
ネレディとテオの瞳がキランと光る。
「じゃあうちの国でも作れるかしら?」
「俺も乗ってみたいっ!!」
「へ?!」
心の中で、俺は「しまった……」と後悔した。
トヴェッテ王国の王女でもあり、資金も人脈も豊富なネレディ。
これでもかと技術や高級素材を詰め込んだ『ニルルクの
しかも好奇心が人一倍旺盛な2人にこんな話をしてしまえば、そう言い出すことは事前に予測できたはずなのだ。
確かに攻略サイトで調べれば、他のプレイヤー達がゲームで開発した車や飛行機などの様々な乗り物を製造できるレシピは分かる。
ひたすらに速さ・小型化・見た目等を追求したレシピから、比較的簡単に作れるお手軽レシピまで様々なものがあるなので、おそらくそのどれかは再現可能だろう。
だが、ここで大きな問題が1つ。
車を作り出した場合、世界が
俺自身もゲームにて、1度乗ってみたいと憧れていた『某クラシックカーっぽい見た目の、ワインレッドのオープンカー』を、街の工房に発注した経験がある。
持ち運びは
しかしふと気が付くと、俺の物以外にも、色んな街中で車が多数走り始めた。
不思議に思って調べてみたところ、発注先の工房がその利便性に目をつけ、俺の持ち込んだレシピを元に、勝手に車を大量生産して販売していたのだ。
急速に近代化していく街並み。
その時は一変した光景などに少し複雑な気分になったものの、まぁしょうがないか……と割り切るしかなかったのだった。
そんなある日、いつものように攻略サイトでゲームの情報収集をしていたところ、衝撃の記述を見つけてしまった。
――車を再現した結果、世界の半分が滅びた……。
どういうことだ? と気になった俺は読み進めていく。
記述によれば、そのプレイヤーも車を作り上げたらしい。
彼の場合は『戦車』を再現し、魔術への耐性も高くするなど、ゲーム内のリバースで無双できるよう、思いつく限りの機能を詰め込んだのだとか。
そして俺の場合同様、彼が発注した先の工房が勝手に大量生産し、『とある国の政府』に売り込んだところ、その国による他国への一方的な侵略が始まり……。
……結果、世界の半分が焼野原になってしまったのだという。
リバースという世界に戦争などが無さそうにみえたのは、あくまで国や街の間のパワーバランスが絶妙に保たれていたからであり、戦車がバランスを崩してしまったのだろう、とそのプレイヤーは締めくくっていた。
驚いた俺は他の事例も調べてみる。
すると、さすがにそこまで極端な例は少なかったが、中には『車を作った結果、街中で交通事故が増えた』『車を作った結果、貸馬屋が潰れた』等の記述を見つけた。
俺は安易に車を発注してしまったのを反省し、その周回は早めに
以降の周回では、世界に影響をなるべく与えないよう、『明らかにオーバースペックなアイテムを作る際は、出来る限り自分自身で習得した生産スキルを使用し、
ゲームでの苦い記憶と決意を改めて思い出した俺。
目を輝かせているネレディとテオを諦めさせるべく、適当に嘘をつく。
「それが……車の作り方、知らないんですよね。俺、そっちの専門家じゃないんで」
「「…………」」
分かりやすく落胆する2人。
やや心は痛むが、
自分が作りたい様々なアイテムのためにも、生産系スキルを早く習得しなきゃと改めて強く思うのだった。
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