第56話「ネレディと、ナディ(2)」


 俺とテオ、それにネレディとナディで昼食を食べることとなった。

 ナディを追いかけてきた従者のうち、メイド達は先に屋敷へと戻り、ジェラルドだけが俺達に同行する。


 ネレディが選んだ店は、冒険者ギルドから徒歩数分のレストラン。

 彼女によれば、この店はトヴェッテ王室御用達でもあるそうだ。



 いかにも高級そうな店構えを見て少々戸惑う俺だったが、先に入ったナディに「はやくはやくっ!」と無邪気な笑顔で呼ばれてしまっては中へ入るほか選択肢は無い。

 ネレディが事前にメイドへ予約を頼んでいたため、俺達が店に到着するとすぐ、最奥の部屋へと案内された。





 シャンデリアや、額縁に入った絵などの調度品が優雅に飾られた、広い個室。


 俺・テオ・ネレディ・ナディの順に、部屋中央に置かれた円卓を囲んで座った。

 執事のジェラルドは壁の近くに立って控える。



「……この部屋は、他の客席から少し離れたところにあってね。盗聴なんかを防ぐために様々な魔導具を仕込んであるし、従業員も限られた信用できる者しか入れないようにしてあるの。国家レベルの内密な商談や会談にも使われるぐらいだから……外部へ会話が漏れることは絶対に無いと言い切れるわよ! そうそう、ここのお代は私が持つから、遠慮なく好きなものを頼んでちょうだいね」


「ありがとっ! 何にしよっかなー」


 ネレディにお礼を言ってから、テオは嬉しそうにメニューを眺める。



「お母さま、ナディはね、モモのシャーベットがたべたいの!」

「いいわよ。ただし先にご飯を食べて、シャーベットはデザートにしましょうね」

「はぁい」


 ナディとネレディは、一緒にメニューをのぞきこむ。



「…………」


 そして俺はというと、ぎこちなく固まっていた。


 金色の文字が並ぶメニュー表をパラパラとめくってはみるのだが、『明らかに希少と分かる食材』『聞いたこともない料理名』ばかりがずらっと並び、どんなメニューだかほとんど想像すらつかない。しかも値段も書いてない。


 ただ1つ分かるのは、間違いなく、全ての料理がであるということだけ。




 困り果てた俺は、隣に座るテオへこっそり小声で助けを求める。


「……なぁテオ。こういう場合は、何を頼むのが正解なんだ?」

「え? 食べたいもん頼めばいいじゃん」


 キョトンとした顔で答えるテオ。


「それが出来たら苦労しねぇよ……」




 結局「俺にも、テオと同じものを」という奥の手を使って切り抜けたのだった。





**************************************





 ゲーム上のネレディも、自身の経歴を自ら語ることはほとんど無い。

 だがネレディもナディも母娘揃って有名人のため、彼女達についての様々な話を、トヴェッテ王国住民達から聞くことができる。




 トヴェッテ冒険者ギルドのギルドマスター、ネレディエンヌ・ロワ・フォートリエ・トヴェッタリア。実は彼女、トヴェッテ王国の現国王『トヴェッタリア27世』の6番目の子供なのだ。


 しかも国王に9人いる子供の中で、女はネレディのみ。

 残りは全員が男であったため、彼女は特に可愛がられている存在だった。


 ただし彼女自身は、ドレスを着飾って何不自由なく過ごす毎日に、幼い頃から飽き飽きしていた。



 10歳になった日、初めて自らのステータスを見たネレディ王女は、自分に恵まれた槍術の才能があることを知る。

 それからというもの、退屈しのぎに親兄弟や従者達の目を盗んで戦闘訓練をしたり、街に出てアルバイトをしたりをこっそり重ねるうちに、冒険者という職業を知り憧れるようになった。


 そして15歳の誕生日を迎えた夜。短い置き手紙だけを1枚残すと、事前に調べておいた警備が手薄になるルートを通りトヴェッテ城を飛び出して、冒険者へと転身したのだ。




 翌朝、ネレディ王女の失踪に気付いた城の者達は大騒ぎになった。


 中でもたった1人の娘が居なくなってしまった国王と王妃の悲しみと怒りは凄まじかった。

 数週間経っても愛する娘が見つからないことに大激怒した彼らは、当時の王女付き筆頭従者であった老人の処刑を決めてしまったのだ。



 処刑は見せしめとして、城前広場に特設した処刑場で行われることに。

 さらに処刑の開催は国内外へと大々的に宣伝されたため、既に王国から離れた土地にて見習い冒険者として活動していたネレディの耳にも情報が届く。


 ネレディは大変慌てた。


 処刑される老人は、代々トヴェッテ王族に仕える家系の者であり、ネレディが生まれた時から彼女付きの筆頭従者として、身を粉にして尽くしてくれていたのだ。

 自分の身勝手のせいで、このままでは無実の老人が処刑されてしまう……焦ったネレディは、急いで祖国へと戻ろうと決めた。



 ネレディが特設処刑場へと到着したのは、処刑当日。


 何とか老人の処刑前に間に合った彼女は、あくまで家出は自分の身勝手であり、老人には何の責任もないことを訴え、処刑を中止させる。そして生まれて初めて両親へ『本当に自分がやりたいこと』について打ち明けたのだ。


 最初は頑として聴き入れなかった国王と王妃だが、ネレディの強い思いに心を動かされ、「冒険者として活動するのは5年間の期間限定、5年経ったらトヴェッテへ戻る」「できる限り危ない橋は渡らない」等の条件付きで冒険者になることを認めた。




 5年後。


 冒険者として成功し莫大な富と名声を得たネレディは、約束通りトヴェッテへと帰ってきた。

 何よりも娘が無事に帰還したことを泣いて喜ぶ国王や王妃達。


 だがここで、またもやトラブルが起きる。

 ネレディは旅路で出会った伴侶の男性を連れ帰っており、しかも彼女はお腹に子供を身ごもっていたのだ。


 

 一騒動ひとそうどうあった結果、「ネレディの結婚相手を婿養子として、形式上はトヴェッテ王族へ迎え入れるが、結婚相手自身に王位継承権は発生しない」「ネレディは城を出て、結婚相手と共に城の近くに屋敷を構える」形で双方同意。


 なお国王の配慮で、護衛やメイドなどの従者数人が、王城からの出向扱いでネレディの屋敷へと派遣される。

 派遣された従者達は全員、ネレディの元へ働くのを自ら希望した者であり、その中には、かつて処刑されかけた老人・ジェラルドの姿もあった。




 やがてネレディ夫妻には1人の娘が生まれた。

 それがナディこと『ナディアンヌ・ロワ・フォートリエ・トヴェッタリア』であり、両親であるネレディ夫妻はもちろん、国王夫妻や、大半の国民達からも愛されている存在だ。


 ナディを産んでからしばらく経った頃、ネレディは経験を活かし、冒険者ギルドで働き始めた。そして今では、その人柄や人望や実力から、ギルドマスターを務めるまでとなっているのだ。





 俺が事前にそれとなくテオに確認してみたところ、現実世界リバースでも、ネレディの過去はほぼこの通りらしい。


 一般人には縁がなさそうな、超高級レストラン。


 そんな場所で内心ヒヤヒヤしている自分とは違い、堂々と笑顔で礼儀正しく振る舞うネレディの姿に、やっぱり彼女は生まれながらに王女として育てられた人間なんだな……と実感させられたような気がした。

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