第126話「昼行獣人族自治区画と、分裂したニルルク村(5)」


 この大陸最大の都市『ル・カラジャ共和国』内に移転した『ニルルク村』へとやって来た俺とテオ。テオの元パーティメンバーである狼型獣人のムトトを訪ねたところ、ニルルク魔導具工房の第5作業場にてお茶をしつつ話をすることになった。





「ちなみにムトトさん、ザーリダーリ火山にあるほうの“本来のニルルク村”って、今はどんな状況なんですか?」

「俺も聞きたい! 最後に行ったの4年前だし、その後のこと何となくしか知らないんだよねー」

「うム……遥か昔に火の精霊王様の啓示を受け、火山の中程なかほどに作られたのが、我がニルルク村なのであるが……」


 俺とテオの質問を受けムトトが説明したニルルク村の現状は、ほぼゲームでのそれと変わりない内容であった。




 元々『ザーリダーリ火山』の中腹に古くからあったニルルク村。


 ザーリダーリは『火山』という名前こそついており、その昔は噴火などの火山活動が観測されていたとの記録はあるものの、少なくともここ数百年はそういった現象は確認されていない、普通の平和な山だとされていた。

 

 ところが3年前、ちょうど世界各地で魔物の動きが活発になり始めた頃、突然火山の山頂付近から霧があふれ出て、ニルルク村を含めた一帯は魔物だらけのダンジョンと化す。


 ニルルク村の中にも急に魔物が現れたことから、村民達の多くは慌てて村を捨てるようにして逃げ出した。

 下山中も何度も狂暴な魔物達に襲われ、全員が無事にというわけにはいかなかったものの……大半は何とか、山からかなり離れたル・カラジャ共和国へと逃げ込むことができたのだ。



 国内での魔物発生が観測されていないル・カラジャには、同時期に他の街や村からも大量に人々が逃げ込んできていた。


 そこで急きょ特例として、ル・カラジャ側が提示した条件――国や各自治区画の法律を守ること、派手過ぎる商売をしないことなど――をのんだ場合に限り、避難民達はル・カラジャ国内にそれぞれの街や村の名を冠した集落の新設を許されることとなった。


 俺達が訪れている『ニルルク村』という建物も、そういった経緯で設立された集落であり、数十人の村人達が暮らし工房で働いているらしい。


 だがニルルク村の場合、逃げることをかたくなに拒み、ダンジョンの一部となってしまった村に残り続けることを選んだ村民が数人いるため、村自体が分裂した状況となってしまっているのだとか。




「……魔物で満ちた村に残るのは、あまりにも危険すぎル。そのため我々は仕方なく、このル・カラジャの地で暮らすことを選んだのだ。だガ……できることなら、今すぐにでも火山へ……村へ帰りたイ。それが、我々ニルルクの民の総意なのであル」


 いつの間にかムトトは真剣な表情になっていた。

 その空気を感じ取った俺とテオが、黙って彼の話を聞いていた。





**************************************





 話のキリがよいところで、テオがたずねた。


「ところでさ、俺が送った手紙って読んでくれた?」

「もちろんダ……あァ、テオのみならズ、ダガルガからも手紙が届いていたナ」



 ダガルガはテオやムトトの元パーティメンバーで、現在はエイバス冒険者ギルドのギルドマスターだ。先日俺達がエイバスに立ち寄った際、確かに彼は「俺もムトト宛に手紙を送る」と話していたな。



「……手紙を読んで驚いたゾ。まさかが、と共に旅をしているとはナ」

「1番ビックリしてるの俺だからっ。ホント人生って何があるか分かんないよねー」

「うム。私自身、勇者と直に言葉を交わす日が来るとは……全く予想だにしない出来事なのであル……」


 ムトトは感慨深げに、俺のほうへ目をやる。

 目が合った俺がペコッと小さくお辞儀をすると、ムトトはにっこり笑ってから再び話し始めた。




 ムトトいわく、テオとダガルガの手紙には『勇者が小鬼の洞穴およびフルーユ湖を浄化したこと』『間もなくテオと勇者がムトトの元を訪問予定であること』に加え『勇者の正体を必要以上に広めないでほしいこと』などが書かれていたため、ムトトはまだ誰にも手紙の内容を一切口外していないのだとか。



 なおル・カラジャ共和国でも、1週間ほど前の新聞で『ダンジョン2つが浄化された』とのニュースが大きく報じられ話題となっているらしい。


 特にニルルク村の住民達のように、ダンジョンが出来てしまったせいで魔物が大量発生し住んでいた街や村を捨ててル・カラジャへと移り住んだ者達の間には、希望の声が広がっているのだという。


 ムトトが見せてくれた新聞の切り抜きをいくつか確認したところ、他の街で報道されている情報とそう大きく変わらないようだった。




「……さテ。手紙によると、お主らの目的はダンジョンへと変化した火山の浄化であり、私に同行してほしいとの事であるナ」

「はい」

「そーだよっ」

「勇者の手助けをできるとは、この上なく光栄であル! そして火山を浄化し、我がニルルク村のかつての姿を再び取り戻すことは我々最大の悲願なのダ、断る理由などあるはずも無イ! 私も、喜んで同行させてもらうゾ!」


 俺とムトトは、がっちりと握手を交わしたのだった。





**************************************





 ムトトの同行も決まったところで、今後について話し合っておくことにした。


「工房の職人達は皆とても腕利きであル。私1人がしばらく抜けたところで、さしたる問題は無いはずダ。工房側へ休暇希望を申請するのはこれからなのだが……休暇の理由を『火山に残る仲間の様子を、久々に見に行きたいかラ』とでもしておけば、間違いなく許可されるであろウ」



 ザーリダーリ火山までは馬で急いでも片道数日はかかる上、ダンジョン自体もそこそこ広いエリアとなる。

 そのため現在ニルルク魔導具工房で働いているムトトは長期休暇を取る形になるのだという。


 他にも事前に各自で収集していた情報――火山の地形や出現する魔物等――をふまえ、装備・戦法を相談していたところ。




――カランカラン!




 作業場内に鐘の音が鳴り響く。


「ムトトさん、この音は?」

「作業場の鍵が開錠された事を知らせる鐘であル。おかしいナ、本日の業務は終了したはずなのだが……」

「誰か忘れ物でもしたんじゃない?」

「その可能性は高いのであル」


 すると第5作業場の入口扉が勢いよくバッと開いた。



「ムトト!」


 スカートを揺らし飛び込んで来たのは、さっき俺達を案内してくれた兎型獣人の女性店員だった。



「おヤ。急いで見えるが――」

「緊急事態! のんびりしてる場合じゃないヨ! みんなみんな、スゴくスゴく怒てるネ!」


 穏やかなムトトの言葉を、女性店員が早口でさえぎる。



 無言で首をかしげるムトト。

 思わず顔を見合わせる俺とテオ。


 ニルルク村の村民達は全員、温和なことで知られる獣人族であり、怒ることなどめったにありえないはずなのだ。




「……テオ、もしかして俺達、また何かやらかした?」

「え~、心当たり無いんだけどなー……」


 焦った俺とテオが小声で相談していると。

 考え込んでいたムトトが口を開いた。


「……皆目かいもく、見当がつかぬのであるが――」

「何でヨッ!!」


 すかさずムトトに食いかかった女性店員は、矢継ぎ早に言葉を浴びせる。


「テオが村に来ること、ムトトは前から知てただロ! みんな『お前だけ知ててズルい』て、黙てたことスゴく怒てるヨッ!!」




 一瞬ポカンとする俺・テオ・ムトト。

 心の中で「そっちかよっ」とツッコみつつ、俺はホッと胸をなでおろした。




「……すまなイ」

「分かればいいんだヨ! たぶんみんなすぐココに来るから、ちゃんと謝るんだナ」


 ムトトが素直に謝ると、女性店員は笑顔に戻った。

 





 すぐにニルルク村の住民である獣人達が第5作業場へ集まってくる。


 皆多少は怒っているようだったが、ムトトの謝罪を聞くとすぐに穏やかな顔に戻り、大きなトラブルへ発展することはなかった。

 また4年ぶりのテオとの再会を喜んだ村民達は、テオの仲間である俺のことも歓迎してくれた。



 そしてその夜。

 村をあげての大規模な飲み会が開かれ、俺達は手厚くもてなされた。


 ちなみにニルルク村の村民は大半が魔導具工房で働いているという事で、飲みの席ではアイテム生産にまつわる興味深い話もたくさん聞く事ができた。

 共通の話題があるからこそ話も盛り上がって楽しかったし、いずれは生産系スキルをマスターしたいと思う俺にとって、凄く有意義で貴重な時間が過ごせたと思う!

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