第125話「昼行獣人族自治区画と、分裂したニルルク村(4)」


 この大陸最大の都市『ル・カラジャ共和国』内に移転した『ニルルク村』へとやって来た俺とテオ。テオの元パーティメンバーである狼型獣人のムトトを訪ねたところ、ニルルク魔導具工房の第5作業場にてお茶をしつつ話をすることとなった。


 なお本日は既に作業場での生産作業は終了。他の職人達は帰宅済みで、ムトトは1人残って奥の部屋で書類仕事をしていたのだそうだ。





 席に座り、初対面同士のムトトと俺とがお互い軽く自己紹介し合ったあと、ムトトが用意した紅茶とお菓子を皆でいただく。


「これおいしいねっ!」


 皿に盛られた小さな球形クリームサンドクッキーを、早速嬉しそうに口に放り込んだテオは、さらに笑顔になった。


「だロ! 最近、獣人族に流行している焼き菓子なのであル」

「うんうん、こりゃ流行るのも当然だよー。たぶんレモン使ってるよね?」

「その通りダ。ル・カラジャ名産のレモンの皮がクッキー生地に練り込んであるらしイ。間に挟んであるクリームは、キャラメル風味の練乳クリームという事ダ」

「あー、言われると確かにそんな感じの味な気がしてきた! キャラメルとレモンって合うんだねー」


 盛り上がるテオとムトト。




 俺も試しに1つ食べてみたところ、口に入れた途端にホロホロっと崩れるクッキーの食感が面白かった。

 クッキー部分もクリームもかなり甘めなんだけど、小さめ1口サイズということもあって、そこまでしつこさは感じない。


 砂糖無しの温かな紅茶と合わせるのには、ぴったりなお菓子だと思った。





**************************************





 灼熱のル・カラジャにいるとは思えないぐらい、金属パネルで覆われた作業場内は、暑すぎず寒すぎもしない快適な空間である。



 ニルルク魔導具工房では外部からの侵入を防ぐため、部屋全体が防犯効果の高い魔導具となっているらしい。


 施錠すると正規の手順で鍵を開けない限り侵入は不可能なのだが、密閉状態となってしまうため、別途魔導具を使って換気をしたり温度調節をしたりする必要がある。


 第5作業場と受付共通で部屋全体を覆う金属製のパネルや、壁や天井に張り巡らされている大量の管や魔石などは、そういった防犯機能や空調機能を実現するために必要な装置なのだそうだ。




 ゲームで小耳に挟んだそんな設定をふと思い出した俺は、「なぜムトトが自分達をすんなり作業場に招いてくれたのか」という疑問が、結局未解決のままであることに気が付いた。


 製作依頼などの商談を行う各工房の受付には誰でも入れるが、『企業秘密を守るため』という理由で、各工房の作業場へは工房関係者のみしか入ることができない。


 これはゲームでも共通の常識で、世界を救う使命を持った勇者プレイヤーだって例外ではない。そして世界有数の魔導具職人が集うニルルク魔導具工房は、特に部外者への警戒が強いことで有名なはずなのだ。


 話のキリがよいタイミングを見計らい、俺は直接聞いてみることにした。




「あのムトトさん、なぜ部外者の俺達を、作業場の中へ入れてくださったんでしょうか? こういう工房の作業場って、部外者は入れないはずですよね?」

「うム……我がニルルク魔導具工房の作業場も、原則として部外者立ち入り禁止なのであル。しかしテオは我々からすれば特別な人間であり、タクトはテオが連れてきた客人あるため問題ないと判断したのダ」

「まぁテオは、ムトトさんの元パーティメンバーですもんね」


 うなずく俺だが、ムトトは首を横にふった。


「いヤ、その点は関係ないのであル」

「じゃあどんな理由なんですか?」

「それはナ、我がニルルク村に古くから伝わる魔導具生産技術が、ここ数年で大きく革新され続けているのは、まさにテオのおかげに他ならないからなのダ!」

「へ……?」


 予想外の答えに戸惑う。

 一瞬考えたがうまく言葉を飲み込めず、横で優雅に紅茶を楽しむ本人に確認する。


「……そうなのか?」

「ん~、なんかいつの間にか、そういうことになってたみたいなんだよねー」

「お前も分かってないのかよっ!」


 相変わらずマイペースなテオに、反射的にツッコむ俺。


「それについては、私から説明しよウ。事の始まりは、テオがテントを作りたいと言い出した事なのであル!」






 ムトトいわく、ウォードやダガルガらとパーティを組んでいた頃から、テオは「いつか、が欲しい!」と話していたらしい。


 5年前にパーティの解散が決まり今後のことを話し合った際、いったん故郷のニルルク村に帰るムトトの提案で、テオも同行することに。

 元々いつかは村に戻って魔導具工房に就職するつもりであったムトトは、あくまで社会勉強の一環で、一時的に冒険者として活動していたのである。



 移転前のニルルク村に着いたテオは、すぐムトトと共に魔導具工房に向かい、どんなテントが欲しいかという希望条件を相談。


 だがそれを聞いた工房の魔導具職人達は、頭を抱えてしまった。

 テオが望む機能を搭載した魔導具は、長いニルルクの歴史においても作られた例が無く、どのようにすれば生産可能なのか見当がつかなかったのだ。


 テオとしては、世界最高峰の魔導具工房であるニルルクで断られたら、もう自分の希望は実現不可能だと分かっていたため、ここで粘るしかない。

 必要な資金や材料はどうにか調達するし、失敗しても製作料は払うから、ダメ元で挑戦してみてくれないかと掛け合い続けた。


 あまりの無理難題にニルルクの職人達は依頼を断ろうとしたが、熱意あるテオの姿を前に心は揺れる。

 悩んだ末、職人達はテオの依頼を引き受けることにした。




 まず職人達が試作に必要な資金や材料を見積もった。


 その見積もりを元に、テオは冒険者として稼いだ資金から着手金を払うと、ムトトに頼んで2人でパーティを組み直し、足りない資金・工房で用意できない材料を調達していった。



 職人達は他の依頼と並行しつつ、知恵を振り絞って前人未踏の開発に挑む。

 テオ達は時折ニルルク魔導具工房に戻っては職人達に材料を渡したり、試作品を前に改善希望点を話し合ったり、再び材料調達に向かったり。


 依頼された魔導具を、既に確立された手順通り機械的に作り上げるのが仕事であった職人達にとって、新たな道を模索する日々は新鮮だった。


 自分達の手で新しく何かを作り出すのがこんなに楽しいなんて……まるで子供に戻ったかのように目を輝かせる職人達と、徐々に希望が叶っていくのを見て無邪気に喜ぶテオ。


 いつしか彼らの間には連帯感が生まれ、テオは普通に工房作業場に出入りするようになったのだ。



 数ヶ月後。

 ニルルク村の職人達の技術と、テオの希望とを全て詰め込んだ夢のテントが、ついに完成した。

 その瞬間に魔導具工房はかつてないほどの歓喜の渦に包まれ、そして完成したテントは『ニルルクの究極天蓋アルティマテント』と命名されたのだという。 






「……究極天蓋アルティマテントを作り出す過程で、これまでにない新たな技術が多数確立されタ。またこの試行錯誤を皮切りとして職人達の間に研究意欲が高まり、現在でも日々様々な新技術が発見され、生産に活かされ続けているのであル。これはニルルク村およびニルルク魔導具工房において、少なくともここ数百年は例を見ない凄い事であり、我々はこの契機を生み出してくれたテオには大変感謝しているのダ!」

「えへへへ」


 熱く語るムトトの言葉を聞いて、テオは照れくさそうに笑った。



「なるほど、そんな出来事があったんですね……」


 俺は何度もうなずいた。



 どう考えたって究極天蓋アルティマテントは、この世界の現在の技術水準と比べてオーバースペック過ぎる。


 何度もテントに宿泊させてもらい、その凄さを実感しまくっている俺にとって、ムトトの話は胸にストンと落ちる内容だった。

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