第143話「ニルルク村と、火山を守り続ける者たち(5)」


 おもむろにネグントが口を開く。


「……この究極魔導炉アルティマストーブの魔導具としての働きは2つダ。1つは『魔力の吸収と蓄積』であル。この働きによリ火山内の余剰魔力を取り去る事で、我らニルルクの使命、火山噴火の制御を実現していルというわけだナ」


「どういうことですか?」


「こノ火山は構造上、非常に強い火魔力を怒涛の如く溜め込み続ける土地となっていル。だがナ、魔力は一定以上溜め込ムと暴走してしまう性質を持つのダ…………でハもし魔導炉ストーブによル魔力吸収が止まれバ、どウなると思ウ?」

「火山の強い魔力が暴走する……噴火する、ということですか?!」

「そノ通リ」


「でも溜め込んだ魔力が暴走するなら、究極魔導炉アルティマストーブに溜まった火魔力はどうなるんでしょう? 噴火が起きる程の膨大な魔力を吸収して溜め込み続けるなんて考えられないんですが」


「ふム、気付いたカ。そレを解決するのガ、もウ1つの魔導炉ストーブの働き……つまリ1日1度行う『魔力の具現化と相殺そうさい』であル。吸収しタ火魔力を具現化し、ぶつけ合い相殺すルことで消滅させル。こレにより魔導炉ストーブ内に余計な魔力を残さぬといウ仕組みダ」

「もしかしてさっきの爆発音ですか? 『毎日の恒例行事』だと聞きました」

「見テいたのカ。ならバ話は早イ」



「だガナ、ここまでの話は全テ、こノ火山がダンジョンと化す前の話。ダンジョンと化し、こノ地の“神聖な火”に“邪悪なル闇”が交じる事によリ、究極魔導炉アルティマストーブは壊れ始めたといウ訳ダ。火魔力と共に闇魔力を吸収、そしテ具現化を行う。しかシ炎と異なリ、具現化された闇は相殺そうさいできず残り続け、そして魔導炉ストーブむしばんでゆク……“にハ、“より他に無いのだからナ」


「……浄化の仕組みをご存じなんですね」


「こノ工房には歴代のおさや職人達が書き留めた記録が数多く残されていてナ、浄化に関しテも記載されていたのダ。併せテ、闇魔力の具現化現象が複数回発生していル事も判明しタ。どウやラ究極魔導炉アルティマストーブの故障および闇魔力の発生は、全てこノ火山がダンジョンと化していた時期と重なルとノ事であル」

「なるほど……」



 ザーリダーリ火山のダンジョン化と噴火時期については、ゲーム内で各地を回ることでも様々な文献を見つけることができる。

 過去に起こった噴火に関する情報は、今回の火山行きが決まってから念のため攻略サイトにて復習済。もちろん長い年月すべての情報が残っているわけじゃないけど、少なくともゲーム内で情報を確認できた数回の噴火とダンジョン化の時期は一致しているようだ。


 そして先程、神様からも噴火と究極魔導炉アルティマストーブに関する補足情報をいくつも貰うことができた。


 諸々の情報に矛盾がなさそうに思える以上、信頼性は高い気がする。



「じゃあさー、もしかしてさっきネグントが『慌て始めるような時期じゃない』みたいに言ってたのも、調べた記録にそういうことが書いてあったから?」

「その通リ。合わせて過去のおさが残しタ記録には故障に至る経緯や、当時の職人達による様々な考察や検証等が非常に克明に記されていてナ。現状と照らし合わせた結果、そのよウに考えても良イと判断しタ。だガ不安の種ハ、早めに摘み取るに越したことは無イ……なア勇者。お前ならバ、が可能なのだロ?」



 さっきの轟音や光の勢いが半端なかったあたりから考えても、究極魔導炉アルティマストーブ内に恐ろしい量のエネルギーを溜め込んでいるのは間違いない。

 あれで1日分の余剰魔力なのだ。もし装置が壊れた場合、さっきの勢いのままに火山が暴発するかもしれないと考えただけでもゾッとする。


 俺としてもネグントと同様、早めに浄化を試みるのは賛成だ。イレギュラーな形で闇が具現化されている以上、ダンジョン自体を浄化したからといってこちらの闇も浄化できるとは限らないし、そのほうが安全そうな気がするしな。



「断言はできませんが、おそらくは」

「充分ダ。お前に任せル以外、我らに選べル道は無いのだかラナ……」


 ネグントが皮肉な笑みを浮かべた。





「でもさータクト。浄化するったって、この状況じゃ今までみたいに【光魔術】で攻撃ってわけにもいかないよね?」

「そうだな。万が一装置を壊したら一発アウト確実だ」



 闇の魔力を消し去るには、光の魔力で相殺そうさいしなければならない。

 ゲーム内ではその具体的な浄化方法が複数確立されており、選ばれし『光の魔力の使い手』である勇者プレイヤーはその時の状況をふまえて適切な手段を選んでいくことになる。


 この世界に来てから俺が行った浄化は小鬼の洞穴とフルーユ湖での2回。共に浄化対象ダンジョンボスに光の攻撃魔術をぶつけてダメージを与えつつ闇魔力を相殺する形だった。


 だが今回はそうもいかない。

 浄化対象は魔物ではなく『壊れかけの装置』なのだ。もし下手に魔術をぶつけて完全に壊しでもしたら、恐ろしい事態になってしまうだろう。



「……だから今回は、を使う予定だ」

「回復魔術で??」


 首をかしげるテオ。

 気持ちは分かる。俺もこの方法を攻略サイトで知った時は同じ反応だったからな。




 回復魔術を使った浄化方法。

 これは元々『とあるダンジョンボス』へ対抗するため考案されたものである。


 そのボスは特性上、異常なまでに魔術に弱かった。そのため正攻法――【光魔術】の攻撃術式をぶつける――では、闇魔力を消し去る前に本体ダンジョンボスを撃破する形になる。それでは一定時間が経てばボスも復活してきてしまうし、浄化を完了することができない。


 悩みに悩んだプレイヤーのうちの1人が逆転の発想に至った。

 一言でまとめると「攻撃がダメなら、回復してしまえ」である。


 試しに、通常ならHP回復に使われる回復術式の【光魔術】をそのボスに使用し続けたところ、無事に闇の魔力を消し去り浄化を終えることができた。その情報が攻略サイト内の掲示板に投稿されると、瞬く間に多くのプレイヤーによって拡散され、定番浄化方法の1つとして知られることになったのだ。


 ゲーム内における『回復術式での浄化』は、対象ダンジョンボスにHPダメージを一切与えることなく闇魔力を浄化できる。



 だが現実世界リバースでも同じ方法が通用するかどうかは試してみないと分からない。ましてや今回は、対象が『魔物』ではなく『魔導具』。状況が違うのだ。

 幸いネグント情報によれば多少の時間的余裕はありそうだし……できる限り安全策を講じつつ試してみるぶんにはリスクも低そうな気がする。





 心の準備ができたところで、早速浄化開始。



けがれなき光よ。癒せ、光癒ライトヒール


 魔導炉ストーブを対象としてイメージしつつ、俺が唯一使える回復術式を発動する。

 白い光が薄く現れ、そして消えた。




「……ネグントさん、どうですか?」

「ふム……微々たル差ではあるガ、闇が減少したよウだナ」


究極魔導炉アルティマストーブへの影響はどうですか?」

「そちラは問題なイ。こレといウ変化は特に無いと思われル」

「じゃあ引き続き浄化を進めますね」





**************************************





 その後も地味な作業ライトヒールを延々続けること100回近く。

 ようやく目視できる闇が消えた。


 究極魔導炉アルティマストーブに絡みつく闇が消えたところで、残りの修理をネグントに任せて、俺とテオはいったん装置の外へ。ムトトはネグントを手伝うとのこと。

 工房内はすぐに、残っていた後2人の大型獣人も巻き込んで、右に左にの大騒ぎになったのだった。




 現状は生産系スキル専門外な俺とテオが手伝えることなど何もない。「邪魔をしないのが最大の手伝い」ということで、工房の隅でおとなしく休憩することにした。


「ところでテオ、お前さっき欠伸あくびしてただろ」

「あれ? 気づいてた?」


「横目で見えてたぞ。確かMP回復薬ポーションの1本目を飲んだ時だったから……光癒ライトヒール30回目ぐらいだったか。その後も何回かしてたよな」

「よく見てるね~。最初のうちは一応気合い入れてたんだけど、あまりにも順調すぎて俺がすることないし、途中でちょっと飽きちゃってさー!」

「まぁ浄化自体は無事に終わったから別にいいけど」



「でもさぁタクトは色々術式知ってるんだろ? だったら光癒ライトヒールみたいな威力の弱い術式じゃなくて、もっと強力な術式も使えばいいのに。そしたらもっと早く浄化できるじゃん!」

「何いってんだよ。テオが教えてくれたんだろ、『回復魔術は専門性が高くて、人体の構造について知識が無いと使いこなせない』って。だから俺、回復魔術の術式はヒール系しか練習してないぞ」


「あ~……まぁそーなんだけど、あの時は回復魔術に浄化こんな使い方があるとか知らなかったし。さっき見てた感じだと、もうちょっと強い術式でもいけそーな気がしたよ?」



 現実世界リバースでもゲームでも回復魔術の基礎中の基礎であるヒール系は、属性魔力を癒しの力に直接変える術式であり回復量は微々たるものだ。


 ゲーム内で魔物ダンジョンボスの浄化に回復魔術を使う場合、あえてわざわざヒール系を使うメリットは全くない。テオの言うようにもっと強力な術式で浄化したほうが効率がいいに決まってる。


 そして現実で強力な回復術式を使うデメリットは、『いわゆる医者的な専門知識が無いとうまく使いこなせず、実際の治療が難しい』ということにある。だが浄化目的に使う場合、それはデメリットになるんだろうか?



「……確かにな。試してみる価値はありそうだ」

「そーこなくちゃ!」


 ネグント達の修理はまだまだ終わりそうにない。

 彼らを待つ間、俺とテオは回復術式の練習をすることにしたのだった。

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