第93話「ひさしぶりの、エイバスの街(2)」

 

 快く送り出してくれたステファニーに礼を言い、エイバス冒険者ギルドを出た俺とテオとダガルガ。周りを気にせず喋れるだろうからと、ダガルガの自宅で飲みながら話すことに決めた。


 途中でエイバス正門へと寄り、ちょうど守衛の仕事が終わりかけのウォードに声をかけたところ、「仕事が終わり次第、俺も合流する」との答えが返ってきた。

 なおウォードも誘うつもりだということは、彼の妻であるステファニーにはあらかじめ伝え済みだ。





 ダガルガが住む石造りの2階建て一軒家は、繁華街の外れ辺りに建っていた。


 行きつけの飲み屋からも職場の冒険者ギルドからも近く、飲んだ後は即帰って寝られ、かつ朝は出勤ギリギリまで寝られるのが、この物件のポイントなんだとか。


 なお普段の生活は1階のリビング・キッチン・寝室だけで事足りていて、2階は全く使っていないらしい。ってなわけで「今夜飲んだあと、自由に2階へ泊まってくれて構わねぇぜ!」と。俺とテオは遠慮なくお言葉に甘えることにした。




 家に入ってすぐに案内された15畳ほどのリビングには、飾り気が一切ない木製のテーブルと椅子4脚とだけが置いてあり、文字通りがらんとしていた。


 部屋の中をきょろきょろ見回しつつテオが言う。


「なんかさー、ダガルガ1人で住んでる割に広くない?」

「だよな!! 家なんざ帰って寝るだけだし、掃除も面倒だし、もうちょい狭いほうがいいんだがよォ、周りが色々うるせぇんだ、ガハハハ!」

「もしかして、家庭もった時にうんぬんってやつ?」

「お、よく分かったな! まだまだ1人で自由を楽しみたいってのに、しょっちゅう見合いだのなんだの言ってきやがる。気楽だった冒険者時代が懐かしいな……ま、とにかく飲もうぜ!!」





**************************************





 今夜の酒や料理は、主に俺の【収納アイテムボックス】のストック食料から出すことにした。


 この世界リバースでは、日本と違いスーパーやコンビニでいつでもどこでも買い物できるわけじゃない。よって資金に余裕が出てきた最近は、いざという時のために、ストック食料は一定量以上なるべく多めにキープするようにしている。

 中でも地域の料理・名産品・酒は手土産としても非常に喜ばれることもあって、トヴェッテやインバーチェスでも時間を見つけてちょこちょこと買い込んでいた。


 ちなみにテオに言わせると「情報は大事! そして情報収集には、手土産が欠かせないっ!」という理由から、俺が持つパーティ用の全体ストックとは別に、テオ個人でも様々――食料以外にも、アクセサリーや工芸品など珍しい小物類から、各種素材アイテムまで――魔法鞄マジカルバッグに詰め込んでいるとのこと。




 諸々テーブルに並べたところで早速乾杯し、酒を片手に料理をつまむ。


 特にダガルガは、先日インバーチェスの屋台で買っておいた郷土料理――柑橘系の酸っぱいソースがかかった、サックリ衣の揚げ魚――が昔からのお気に入りらしく、「お前ら分かってるな、うめぇんだよこれ!」と、熱々のそれを嬉しそうに頬張っていた。


 また甘い物好きでもある彼は、飲みながらの甘い物もいけるクチらしい。

 俺が試しに、トヴェッテ王都の菓子店で購入した色とりどりのフルーツ山盛りタルトを出してみると、ダガルガは飛び上がって喜んだのだった。





 ある程度飲み食いしたところで本題に入る。



「……で、お前らが次に行くっていうニルルク村だがよ。魔物の大量発生が起きてから、場所が変わったのは知ってるよな?」

「はい」

「知ってるー。人づてで聞いただけだけど」


 ダガルガの質問に、俺とテオはうなずいて答える。


「俺も直接行ったわけじゃねぇから、うちのギルドに入ってきた情報しか分かんねぇんだけどよ。移動して新しい村を作った連中とは別に、元々村があった場所に無理やり残ったままの住民も一部いるって話だぜ」

「え、他のみんなと一緒に逃げなかったの?」


 驚くテオ。


「ほら、あの村の住民にとっちゃザーリダーリ火山は、かけがえのないだからよ」

「ああ……なるほどね……」


 ダガルガが補足を入れると、テオは複雑そうな顔になる。

 そんな2人の会話を聞きつつ、俺はゲームでの設定を思い出していた。





 ゲームのニルルク村は元々『ザーリダーリ火山』の中腹に昔からある村だった。


 ザーリダーリは『火山』という名前こそついており、その昔は噴火などの火山活動が観測されていたとの記録はあるものの、少なくともここ数百年はそういった現象は確認されていない、普通の平和な山だとされていた。


 山には昔から魔物も出現していたが、あくまで山中の洞窟内等限られたエリアのみで、ニルルク村や一般向けの登山道ではその存在は確認されておらず。

 世界の他の地域と同様、人と魔物は問題なく共存できていた。

 


 ところが3年前、ちょうど世界各地で魔物の動きが活発になり始めた頃、突然火山の山頂付近から霧があふれ出て、一帯はダンジョンと化した。

 同時にそれまで観測されなかったはずのエリアにも魔物が大量発生し始める。


 そして元々のニルルク村も霧に取り込まれ、ダンジョンの一部になってしまった。

 村の中にも急に魔物が現れたことから、住民達は慌てて村を捨てて逃げ、山からかなり離れた場所へと新たに村を作った。これが現在のニルルク村だ。





 俺が以前テオに確認してみたところ、現実でもほぼ同様の状況らしい。 


 ただしテオが最後にニルルク村を訪れたのは4年前。

 移動後の村へはまだ行った経験がないため、あくまで人づてに聞いた情報を総合すると、ということだった。




 ゲーム開始時、ニルルク村は既に場所を移動した状態で、さらに移動後3年もの月日が経過していたため、村人達はそれなりに落ち着いた生活を送っている。

 ただ元々村があった場所は彼らにとって特別な意味を持つ。だから新しいほうの村を訪れると、時折「早く戻りたい」と嘆く住民達の姿を見ることができるのだ。


 そして、元々ニルルク村があった場所に残り続けている人々。

 この中の1人が、俺が会いたいと強く願う人物でもある。




「……冒険者ギルドとしてもな、火山へ向かう冒険者やつらに時々伝言を頼む形で、早く逃げるよう残った住民を説得してはみてもらっちゃいるんだが、がんとして聞き入れてくれんらしくてなァ……頭を抱えてるって話だぜ」

「そっかぁ…………」




――コンコン!




 何となく重い空気になったところで、入口扉を叩く音が聞こえた。

 腰を上げて来訪者を確認に向かうダガルガ。


「待ってたぜ、ウォード!!」

「……お邪魔するよ」



 ウォードは顔を見せるとすぐ、魔法鞄マジカルバッグから大皿にのせた料理を取り出した。

 途端に部屋中へと漂う、こんがり焼けた美味しそうな香り。



 その覚えのある匂いと料理ピッツァに、俺はハッとした。


「あっ! これってもしかして、赤の石窯亭の?」



 ウォードはニヤッと笑って答える。

 

「当たり。あん時、タクトが嬉しそうに食ってたからよ……石窯亭の親父に頼んで焼いてもらったんだぜ」

「ありがとうございます!」


 俺がお礼を言うと、すかさずダガルガがジョッキを持ち上げた。


「んじゃ、改めて乾杯すっか!!」

「さんせーい!」

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