第168話「魂を選びし者(4)」


 ザーリダーリ火山の狩場『火種の洞窟』にて、俺は精霊王の試練に挑む。だが想定外の暑さで気絶したと思った矢先、謎の少女リィルに再び会うことができた。

 その後、『試練の間』のスタート地点へと1人で戻ってきた俺は、態勢の立て直しがてら、新たに判明した情報の数々を整理してみることにしたのだった。




 次に整理するのは、俺の旅の最終目的でもある『魔王』について。


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●魔王は勇者を殺せない。

●勇者は魔王を殺し、かつ生き延びることができる。(“勇者の肉体”が死んでも、俺の魂は消えないから元の世界に戻れる)

●勇者と魔王は表裏一体。(勇者の肉体が消滅→魔王も消滅、魔王が消滅→勇者の肉体も消滅?)

●魔王と配下の魔物は勇者を殺そうとしてる。殺戮こそヤツらの本能。

●本来なら勇者はもう死んでた。だが勇者が死にかけるたびに魔王が【時空魔術】で時間を巻き戻して、勇者の命を救っていた。

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「それにしても、まさか魔王が【時空魔術】をそこまで使いこなしてるってのは想定外だったぜ……」


――【時空魔術】。


 幻の7番目の属性である『時空属性』の魔術。そしてゲームでは、魔王こそが「唯一この属性魔術の使用が確認されたキャラ」なのである。


 勇者プレイヤーおよび仲間は【時空魔術】を使用不可。

 だが魔王が【時空魔術】を発動した瞬間に、アイテム『最高級の透明魔石』を使うことで、“魔王が使った術式”を魔石に閉じ込めることができる。これにより勇者プレイヤーは『時空の魔石』を入手でき、それを使った魔導具を生み出せるようになるのだ。




 ゲームの魔王に戦いを挑むと、開幕で【時空魔術】の術式『空間転移テレポート』を使い、こちらのパーティメンバーのうちランダムで1人を城の外へ飛ばしてしまう。


 たった5人しか編成できない最終パーティともなれば、基本は全員が主力級。その中の1人を容赦なく戦線離脱させるこの術式は、勇者プレイヤーにとっちゃ“初見殺し”そのもの。攻略サイトやSNSをさっと検索するだけでも、多くのプレイヤーの新鮮な悲鳴を目の当たりにすることができるだろう。


「ってかBraveブレ Rebirthリバは“初見殺し”と“隠し要素”が多すぎるんだって……あ、でも『神様が実在の異世界を元に作ったゲーム』ともなれば、最近のゲームっぽい遊びやすさユーザビリティとか達成感とか満足感ユーザーエクスペリエンスとか知ったこっちゃないか。ほんとにクセが強いゲームだったぜ……まぁだからこそ俺はハマったわけだけど」


 一筋縄じゃいかないゲームだからこそ、ひとたび潜ればいつも新鮮な体験が楽しめた。だからこそ俺は寝る暇も惜しんで楽しみまくれたんだと思う。




 さて、ゲームにおいて、そんな魔王戦の『空間転移初見殺し』対策として考案された方法こそが「『最高級の透明魔石』での術式吸収」だった。

 魔石で術式を吸収して無力化すれば、味方を飛ばされずにすむ。よってこちらは5人フルメンバーで戦いに挑めるため、勝率を大幅アップ可能ってわけだ。


 時空属性の各種魔導具はあくまでその副産物的なものだったけど、結果的には他属性の魔石以上に魔導具の可能性を広げることになったんだよな!




「ただゲームの魔王が使う【時空魔術】の術式は唯一『空間転移テレポート』だけ、それも使用は開幕直後の1回だけだった。なのにリィルさんの話が事実だとすると、現実では“時を戻す術式”も使えることになるのか……」


 仮に“時空”という言葉を素直に解釈すれば、【時空魔術】は時間と空間を操る魔術のことなのだろう。


 術式『空間転移テレポート』は、時空属性の『くう』。

 つまり空間系の魔術だと思われる。


 だが現実の魔王は【時空魔術】で時間を戻せるらしい。

 おそらく時空属性の『』、時間系の魔術ってわけか。




「……うわ、こりゃ対策の仕方を考えないと相当まずいかもな……最終決戦で『俺の知らない奥の手』とかを出される可能性だって十分にあるぜ……!」




 “時を戻す”という効果から、どう考えたって時間を操れる魔術ってことになる。


 色んなゲームやアニメをふまえると、時間操作系の技はだいたい主要キャラのチート級スキルと相場が決まってる。世界の在り方を平気で根底から覆したり、最強の敵が使用して立ちはだかってきたりなんて作品も珍しくない。


 まさに魔王ラスボスが使う魔術ってわけだが……。



 ……これまた情報が足りねぇ!


 欲を言えば戦闘時の魔王の行動パターン全てを事細かく知りたいとこだけど、流石にそこまでは厳しいだろうし……あぁせめて、“魔王が使える術式名リスト”とか“時間や空間を操るに当たっての制限”とか、断片的な情報だけでもどうにかなんない?





「あとすごく気になるのは『魔王が勇者の命を救ってた』ってことか。もしこの情報が事実なら、これからの俺の旅の“安全”っていう概念が大きく変わりかねないぞ?」


 リィルの発言を信じるなら、魔王には勇者を救う理由がある。

 勇者が消滅すれば、魔王自身も消滅するからだ。もし魔王がこの事実を知ってたら、何としても勇者の死を食い止めようと考えても不思議じゃない。



「正直、俺にとっちゃ『多少“無茶”をしたとしても、魔王が生き返らせてくれる』ってのが本当なら、ある意味すっごくありがたいけど……なんたって“”だからな……素直に信用するわけにもいかないだろ」


 ゲームの魔王は、文字通りの悪辣非道。

 放っておけば世界は魔王の闇に飲み込まれて壊滅してしまうし、各地では魔王配下の魔物が破壊の限りを尽くしている。


 俺が“光の勇者”つまり“闇の魔王と対極の存在”である以上、『魔王最大の敵』を信用するなんて、よっぽどの理由でもない限り絶対ありえない。



 もちろん目的が違っても、何かが上手く嚙み合えば、相手を利用するという選択肢もあるけど……。


 ……いや。

 仮にリィルの情報を全部信じたとしても、魔王は信用できない!!

 だってあの魔王だぞ?!


 やっぱり基本はこれまで通り、普通に“安全第一”で行くべきだな。





「はぁ……考えれば考えるほど不明点しかねぇよ……また機会があれば、リィルさんに追加で聞きたいとこだけど…………あ、でも彼女に会うには、もう1度俺が死にかけなきゃなんないかもなのか」


 だが死にかけたからといって魔王が時を戻す保証はない。さらにリィルにまた会える保証も、リィルと喋れる保証も、リィルが事実を教えてくれる保証もない。


 ってかそもそも俺、痛いのとか嫌いだし!

 何より生き延びられる保証が無い以上、わざと死にかけるとかリスク高すぎ!!


 となると『“聞きたいこと”だけ一応事前に考えといて、万が一またリィルさんに会えたらダメ元で聞く』ってあたりが現実的な妥協点ってとこだろう。



「……ひとまずはこんなもんだな。よし、飯にするか!」

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