第91話「船の歴史と、先人の知恵」


 インバーチェスの街に到着した日の夜。

 俺とテオとを乗せた定期船は、灯台にともる大きな火の魔導具の明かりに見送られ、静かに港を旅立った。


 その翌日、俺は怪しまれたり目を付けられたりしない程度を心掛けつつ、1人で船の構造や船員の仕事などを見学して回った。

 この世界リバースに来てから初めて船に乗るということもあり、実際に自分の目で見ておきたいものがたくさんあったのだ。

 




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 遥か遠い昔、川や湖は泳いだり歩いたりして渡るものとされていた。

 魔術を使って濡れずに飛び越える者も昔から居たようだが、そもそも魔術自体を使える者が少ないため、あくまでごく少数派だ。


 そんな中、ある者が試しに流れる川へ岩を投げ込み設置した『飛び石』が評判を呼んだのがきっかけで、【土魔術】で土属性魔力を好みの形の岩石へと具現化し、水に濡れずに川を渡るための足場を建設するという方法が考案された。


 これがこの世界リバースにおける『橋』の発祥であると言われていて、現在ではその技術も発達し、用途や土地柄などに合わせて様々な橋が各地に造られている。




 川や湖を渡るだけが目的ならば、橋さえあれば十分だった。


 だがある時、たまたま急流の川を凄いスピードで流れていく丸太を見た1人の男が、その丸太にまたがる事で川の流れを利用し移動する方法を思いつく。



 彼のチャレンジは成功だった。

 ただ丸太のままでは乗ってバランスをとったり操縦したりが難しかったため、さらに試行錯誤を続けていく。


 丸太のままではなく、何本かの木を束ねることで『いかだ』が、太い丸太をくりぬくことで『丸木舟』が作られた。

 木の板で漕いで進行方向や速度調整を行ったり、流れが無い場所でも移動したりが出来るのを見つけたことから、板の形を研究して出来たのが『オール』。

 手漕ぎの限界を感じた者が、風の力を利用するのを思いついたことから生まれたのが『帆船』。


 

 そうやって作り出された『船』という乗り物は世界中に広まり、物流や人々の移動に大きな大きな影響を与えていったのだ。





 やがて人類は、さらなる挑戦を思いつく。



――海を渡ること。



 かつて海はその広大さから『神の領域』とも呼ばれ、海辺で釣りをしたり浅瀬で遊んだり泳いだり程度はなされていたものの、海を渡るのは不可能だとされていた。


 しかし彼らは、川や湖を自由に行き来できる小舟を手に入れた。

 次は海に出たいと思うのは当然の欲求であろう。




 とある国の王が出資して始めた海への挑戦は、困難を極めた。


 海の流れは川や湖とはレベルが格段に違う。

 少しでも天気が荒れれば暴れる波にすぐ飲み込まれてしまうような小舟では、太刀打ちできるはずもない。



 そこで丈夫に組み上げた骨組みに、板や土や金属を貼り付け、さらに【防水加工】【軽量加工】等を施すことで、頑丈な大型船を作り出す。

 大型船は多少の波ではびくともせず、人類は安定して海を航行する手段を手に入れたのだ。


 

 その後も世代を重ねつつ、様々な魔術や、建築・アイテム製作などで培われた多様な生産系スキルなどを生かして改良に改良を重ねた『船舶生産技術』は、この世界リバースにおける最新技術の結晶と言っても過言ではないだろう。





 俺達が今回乗り込んだ船はトヴェッテ王国の持ち物なのだが、あくまで一般人が乗り込むための船舶ということもあってか、やや古い型式の中型船となっている。

 決してこの世界リバースの最先端というわけではないが、それでも国が責任を持って監修し、しっかりと積み重ねられた技術で作りだされた船であることには変わりない。


 これから生産系スキルおよびアイテム製作をマスターしたいと考えている俺にとって、この船は非常に興味深いものであった。

 俺は時間と人目が許す限り、ゲーム知識と照らし合わせながら、先人が極めた技術を隅から隅まで観察し実際に触れることで、新たな情報を仕入れていったのだった。





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 ひととおり船内の見学を終えたところで甲板に出る。



 まず俺の目に飛び込んできたのは、3本の高いマスト。

 カラッと晴れた中、それぞれのマストに張られた帆はどれも風をたっぷりとはらんでいて、その力を受けた大きな船はほとんど揺れる事なくスイスイ進んでいく。

  

 インバーチェス船舶案内所の職員によれば、動力源となる風が無い時でも、【風魔術】を閉じ込めた魔導具を使えば変わらないスピードが出せるため、よっぽどのトラブルでもない限りは、予定通り4日間でエイバスに到着できるとのこと。



 広めの甲板に居るのは、暇そうにしている旅の商人風・冒険者風の者達から、忙しそうに働く船員達まで様々。

 船室に籠もっている乗客や、船内で仕事をしている船員達も合わせれば、船に乗っている人数はもっと大勢いるだろう。




 ここで、甲板の反対側から拍手の音が聞こえてきた。


「そういえばテオ、『どうせ到着まで用事ないし、他の乗客相手に演奏してくるぜ!』とか言ってたな……」



 何となく甲板の端にもたれかかる。


 テオが奏でるリュートの音色と軽快な歌声を背中に受けつつ、俺はギリギリ見える陸地のほうをしばらく眺めていたのだった。


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