第89話「古き港町、インバーチェス(2)」


 昼前にインバーチェスの街へ到着した俺とテオ。

 まずは乗せてもらえる船を探すべく、港方面を目指して歩いていた。





 どこもが潮の匂いに包まれる街・インバーチェスの中心は、大きな港だ。


 港の端には高い高い灯台が建っていて、それは街のどこからでも良く見える真っ白なシンボルであり、港方面へ向かう目印でもある。


 人通りはそこそこ多く、通行人の大半が重そうな荷物を背負ったり馬に運ばせたりしている旅人風というあたり、交通拠点と言われるインバーチェスならではだろう。

 馬車も頻繁に通るものの、道幅自体が非常に広いため、2人並んで歩いても他とぶつかる心配はなさそうだ。



 上品で洗練された景観のトヴェッテ王都やフルーディアとは違い、茶色系ベースに様々な色が雑多に混じった街並みや、店員達が親し気に呼び込みをする様子に、俺は懐かしさを覚えた。


 この感覚はどこかエイバスの街を訪れた時のそれにも似ていて、時々エイバスに戻ってきたんじゃないかと錯覚しそうになるものの、風に混じる潮の匂いが俺を現実へと引き戻す。


 エイバスにも一応港はあった。

 だがエイバスの港は、街外れの独立エリアに作られており、あえて港方面に行かない限り海も見えなければ、俺がずっと滞在していた辺りまでは潮の匂いが届くことも無かったのだ。





 港に近づけば近づくほど、潮風は強くなる。

 

 同時に何かを揚げたり焼いたりする美味しそうな匂いも徐々に増していき、俺の食欲が刺激に耐えられなくなった頃。

 カラフルな特大看板に目を奪われ、彼は思わず立ち止まった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

インバーチェス名物!!

安い! 旨い! 港通り屋台街こちら! →

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 まるでペンキで書きなぐったかのような、勢いたっぷりの大きな字。

 

 思わずじゅるりと出そうになったよだれをぐっとこらえた俺だったが、テオも自分と同じく立ち止まり、その看板に釘付けになっているのに気付いた。



「……なんだ、テオも腹減ってんのかよ」

「まぁねー」


 テオはニカッと笑う。


「じゃ、昼には少し早いけど、先に腹ごしらえといくか!」

「さんせーいっ!」


 俺達は足取りも軽く、看板に書かれた矢印通りに曲がって、細道へ入って行った。





 数十mほど道なりに歩くと、視界が一気に開ける。


 目の前の道は先程までとは比べ物にならないぐらい混みあっていた。



 右を見ても左を見ても、食べ物を売る屋台と看板だらけ。 

 どの看板にも食べ物の絵や、店のおすすめメニューの紹介などが力強く描かれていて、値段もお手頃価格ばかり。

 しかもあちらこちらから強烈に食欲に訴えかけるような良い匂いが漂ってくるため、何を食べるか迷ってしまう。



 しばらく人の流れに混じりつつ看板や店を眺めて回った俺とテオは、香ばしく焼ける匂いにつられてつい、程よく焦げ目がついた串焼きの肉を買ってしまったのをきっかけに、色んな物を少しずつ食べ歩きすることにした。



 串焼き肉の後には、目に留まった魚介スープを買ってみる。

 魚のアラや貝や野菜がゴロゴロ入った具沢山スープは、店員いわく「調味料は塩しか使ってない」とのこと。

 スープには素材の旨みがたっぷり溶けだしていて、これなら確かに味付けは塩だけで十分だ。


 さっぱりの次はこってり感がほしくなり、インバーチェスが村だった頃から食べられているという、衣をつけて丸ごと揚げた白身魚を買って頬張る。

 かかっていた柑橘系の酸っぱいソースが、あっさりした白身魚と揚げたてサックリ衣と相性が良くて、一緒に買ったぬるいエールも合わせて癖になりそうな味だった。


 お次は、薄い小麦粉系の皮で具材を巻いたクレープっぽいもの。

 まだほんのり温かい皮の中には、「これでもか!」と言わんばかりに大量の具材――甘辛く煮た肉と、千切り野菜――がギッシリ詰め込まれていて、見た目以上に凄いボリュームで食べごたえがあった。





「……はぁ~食った食った!」


 と、テオは満足げにお腹をさする。


「というか、ちょっと食いすぎたかも……」

「でも旨かっただろ?」

「だな!」


 俺とテオは、しばらく屋台街の外れに腰かけて休み、それから再び港方面に向かうことにしたのだった。

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