第70話「フルーディアの街の、冒険者ギルド(2)」


 フルーユ湖に隣接する街・フルーディアの正門前に到着した俺達。


 門の前にいる職員へ入場税を払ったあと、一行を案内するイザベルを先頭に、手をつないで仲良く歩くネレディとナディ、そしてテオ、俺という順に正門から街の中へと入っていく。




 門をくぐるなり、ナディが早速はしゃぎはじめた。


「わぁっ、お水がいっぱいだぁ! お母さま、近くでみていい?」

「ちょっとだけよ」

「やったーっ!」

「それと水に落ちたら危ないから、絶対にお母さまの手を離さないこと!」

「はぁい!」


 ネレディの手を引くようにして、ナディは運河のほとりへと走っていく。



 ナディがはしゃぎ出すのも無理はない。

 俺達の目の前に広がる光景には、それだけの魅力があったのだ。





 その昔、トヴェッテ王国が建国されてまもない頃。

 初代国王は、無人の土地を開拓することで、徐々に領土を広げ続けていた。


 元々この湖周辺にも全く人が住んでいなかったのだが、その透明度の高い湖面の美しさに目をつけた初代国王が、王都建設に携わった建築家や芸術家達を総動員し、さらに豊富な資金を投入して、湖岸に観光都市を作り始めたのだ。



 訪れた人々に非日常な空間を楽しんでもらうため、あえて広い道路を作らず、街の中を馬車や馬が通行することを禁じた。  

 かわりに湖から海へと流れる川から運河を縦横に引き、移動手段は徒歩もしくは運河を行く船舶のみとする。


 トヴェッテの首都と同じく建物には厳しい建築基準を定め、色や高さに統一感を出したり、景観を崩すような建物の建設を禁じたり。




 結果、出来上がったのは。


 柔らかな日差しを受けキラキラ輝く、透き通った運河。

 そのコバルトブルーの水面に映えるよう造られた白壁の建物。

 不規則な並びにも関わらず、美しく見えるよう配置された石畳。

 運河の要所要所にかかる、洗練されたシルエットの橋。

 景観のアクセントや目印となるように置かれた、白い彫刻モニュメント。


 どこを切り取ってもまるで絵画のようであり、しかも交通などの利便性も兼ね備えられるよう計算しつくされた、王の理想を具現化したような観光都市だった。



 幌屋根付きの小船に乗り、のんびりと運河を行きながら完成した街を眺めたトヴェッテ初代国王は、その仕上がりに非常に満足した。

 そして横に座る妻の名をそのままとり、街の名を『フルーディアの街』と。

 湖の名はフルーディアをもじって『フルーユ湖』と命名。


 街並みや湖の美しさや居心地の良さは、訪れた者達の心を掴んだ。

 その評判は他国へも伝わり、すっかり観光名所となったフルーユ湖およびフルーディアの街は、世界中から訪れる観光客で賑わっていたのだった。




 しかし街が活気であふれていたのは、もう過去の話。




 2年前のある日。

 フルーユ湖と、フルーディアの街の湖岸部が、突如として灰色の霧で覆われ、その霧の中では魔物達が大量発生するようになった。

 しかも現れた魔物達は狂暴で、人間を見かけるとすぐに襲い掛かってくるのだ。


 幸い街の大半は霧に覆われることは無かったのだが、街にあふれていた観光客も、街に住まう住民達も魔物に恐れをなして、そのほとんどが逃げるように去って行ってしまったのである。





 そんなゲームの設定や、テオやネレディから事前に聞いていた話を思い出しつつ、俺はフルーディアの街を眺める。



 それぞれ様々な思いを抱えた沢山の人々が作り上げ、そして世代を越えて長年守り続けてきた街並みは、ゲーム同様に……いや、ゲームで見た以上に美しく思えた。


 だが街の中は見渡す限り、どこもかしこもガランとしていて、自分達以外に全く人の気配は無い。聞こえてくるものといえば、運河の水がゆっくりサラサラ流れる音と、楽しそうなナディの声だけ。



 街並みが美し過ぎるからこそ、俺は余計に寂しさや切なさを感じてしまった。





**************************************





 一行はまず、フルーディア冒険者ギルドへと向かう。


 ネレディいわく、昔は運河の所々に小舟が止まっていて、運賃を払えば目的地まで連れて行ってくれたそうなのだが、観光客や住民と一緒に船頭達も逃げ出してしまったため、現在の移動手段は徒歩しか選択肢が無いのだそうだ。



 片手に携帯用の薄い地図帳を持つイザベルの案内で、運河沿いの石畳の細道を進んだり、運河にかかるアーチ橋を渡ったり。

 途中でナディが水車に見とれたり、道を間違えて少し引き返したり。


 入り組んだ道をしばらく歩いたところでイザベルが立ち止まり、目の前の建物と地図帳とを何度か見比べる。


「ん? ……あ。皆様、こちらがフルーディアの冒険者ギルドです!」



 他と同じような白い建物に、街の景観になじんだ小さな看板と、うっかりすれば見落としてしまいそうな外観。

 イザベルが開けた入口扉から、一行はそのまま中へと入る。




 冒険者ギルドのホールは6畳ほど。待合用の椅子が幾つか並び、受付窓口が1つあるだけと、トヴェッテやエイバスのギルドよりかなりコンパクトな印象だ。


 街中と同様、ホールにも受付窓口にも誰もいない。



 ネレディが受付窓口に置かれたベルを鳴らすと、こもったような「はーい」という返事と共に、奥からのそのそと中年の男性職員がホールへ出てきた。


「……いらっしゃい。用件は――」


 気が抜けた声で喋り始めた職員の言葉を遮るように、ネレディが声をかける。


「ひさしぶりね!」

「え? ……ヒェッ! ネレディ様に、ナディ様?!」


 一瞬首をかしげた職員だったが、訪問者がネレディ達だと気づいた途端、慌てて背筋をシャキッと伸ばす。


「はい、これ差し入れ。良かったら食べてね」


 ネレディが魔法鞄マジカルバッグから紙包みを取り出して男性職員の方に差し出すと、彼は縮みあがって震え声で受け取る。


「きょ、きょ、きょ……恐縮でございますです!」

「……そんなに硬くならなくてもいいわよ。個人的に近くまで来たからってことで、様子を見に寄っただけなんだもの」

「はぁ、そう言われましても……」


 男性職員は、困ったように口をもごもごさせる。



 フルーディアの街は、トヴェッテ王国の領土となっている。

 よってフルーディア冒険者ギルドは、ネレディがギルドマスターを務めるトヴェッテ冒険者ギルドの『支部』扱いとなるらしい。


 この状況は言うなれば、地方の小さな支社へ事前通告も無くいきなり本社の社長が視察に来たようなものだろう。さらにネレディは現国王の娘、つまり王女でもある。


 普通はそりゃ緊張するし、緊張するなってほうが無理だろと俺は心の中でこっそりツッコむ。



「最近のこの辺りの様子はどう?」

「え、えっとですねぇ……」


 ネレディがたずねると、男性職員は時々言葉を詰まらせながら説明を始めた。




 2年前にフルーユ湖で異変が起きた直後、ほとんどの住民は他の街や国へと移住。

 街の領主ですら部下に領主代理を任せ、自らは家族と共に王都の屋敷へと生活拠点を移してしまった。


 現在フルーディアの街にいるのは、フルーユ湖に発生する魔物を倒して日銭を稼ぐ冒険者達や、冒険者相手に商売をする数名の商人、冒険者ギルド職員である彼――彼以外は全員辞めてしまったため、彼が唯一残るギルド職員であるとのこと――。あとは、街を愛し離れたくないと強く願う数少ない住民達のみなのだという。




「……特に残っている住民は、『今更この年になって、他の街になんか住めない』って言い張ってる爺さん婆さんばっかなんで心配で……たまに顔を見に行くんですが、みんな1歩も外に出ずにじっと家に引きこもってて……日に日に元気が無くなっていってる気がしてならないんですよ……」


 うつむきながらぽつぽつ語っていた男性職員だったが、そこまで喋ったところで黙り込んでしまった。



 空気を変えるように、ネレディがたずねる。


「……ところで、食料とか物資なんかの状況はどうかしら? ちゃんと必要な物は足りてるの?」

「そちらは……問題ないかと思います。今でも定期的に行商人や配達員達が寄ってくれますし、領主代理も色々と骨を砕いてくださってますんで」

「良かったわ。あなたもこの状況なのに、ギルドに残ってくれてありがとうね」


 にこっと笑顔になるネレディ。


「いえ、仕事ですから……それに、俺もこの街で生まれて、街の爺さん婆さん達に育ててもらったようなもんで……爺さん達を置いて逃げ出すなんてどうしてもできないって、うちのカミさんと話し合って決めたんです」


 男性職員は照れくさそうに言った。




 

 ひととおり男性職員に話を聞いたところで、俺達は冒険者ギルドを後にする。



 馬車を預け終わったジェラルドと合流し、戦闘準備を整え終わると、今度は魔物が巣食う『街の湖岸部方面』へと歩いていくのだった。

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