第43話「レーボリッヒ村と、500年前の物語(2)」


 エイバスを出発し、次の目的地であるトヴェッテ王国へと向かう道中、テオの希望でレーボリッヒ村に立ち寄った俺とテオ。

 辺りがうっすらと茜色の夕日で染まりかける中、俺達は村の子供に囲まれていた。



 テオに懐く子供達は当初、初対面の俺を警戒していたようだった。

 そんな中、テオが「俺の友達だよ」と紹介したのをきっかけに、俺へともじゃれつくようになる。


 地球にいた頃も含め、大人になってからはあまり子供と接したことが無かった俺は、彼らとどう接していいのか戸惑っていたのだが……明るく物怖ものおじしない子供達の様子に、次第と打ち解けていったのだった。




 しばらく喋った後で、テオが子供達に優しく言う。


「俺達さ、まずは村長に挨拶しに行かなきゃなんないから、またあとでなっ」


 口々に「うん!」「あとでね!」などと言う子供達。

 女の子がたずねる。


「テオ兄ちゃん、いつまで村にいるの?」

「明日の朝までだよ」


 テオの答えを聞いて、子供達は「え~」「もうちょっといればいいのに」「前来た時は3日ぐらいいたじゃん」と不満をもらす。


 申し訳なさそうな顔のテオ。


「ごめんな。今回はどうしても行かなきゃいけない所があって、そのついでに寄っただけなんだよ」

「そっかぁ……」


 子供達は一様にしゅんとしてしまった。



 ここで1人の男の子が言う。


「……ねぇテオ、ひさしぶりに歌ってよ。村長の家に行ったあとでいいからさ!」


 その言葉を皮切りに「わたしも聴きたい!」「歌って!」などと再び賑やかになる子供達。

 テオが笑って「OK!」と答えると、子供達は歓声を上げた。






 またのちほど会う約束をしてから、いったん各々の家に帰るという子供達と別れ、俺とテオは雑談しつつ村長の家へと向かう。




「……そういえば俺、ちゃんとテオの歌を聞いたことない気がする」

「あれ、そうだっけ?」


 首をかしげるテオ。

 俺が「そうだよ」と答えると、テオは口元に手を当て考え出した。


「ん~……あ、確かにそうかも」

「だろ?」

「タクトと会ってからも、週3ぐらいのペースで広場や居酒屋なんかで演奏してたはずなんだけどなー」

「え?」



 言われて初めて、テオが時々ふらっと「ちょっと出かけてくる」等と別行動をしていたのを思い出した。

 毎回数時間程度で帰ってくるし、出かけている間にテオが何をしているかなんて別に詮索するつもりもなかったしということで、特に気にしていなかったのだ。



「……知らなかった」

「じゃあ後でタクトも聴きにきなよっ。今日は新作の歌をお披露目するからさ!」





**************************************





 ゲームのレーボリッヒ村は、元々大陸の西のほうにあった小さな村という設定だ。

 農耕や牧畜が盛んであり、そこまで裕福ではないものの、人々は衣食住に困ることなく平穏に日々を暮らしていた。


 しかし約3年前から突然、村周辺に強力な魔物が出現するようになった。

 直接的な被害はそこまで無かったため、村の大人達はその動向を見守りつつ、これまで通りの生活を続けていたのだが……半年前、それまで青かった空が急に真っ暗になったかと思うと。響き渡る魔王の声と轟音ごうおんと共に、村から目視できる場所へと魔王城が出現。


 そしてレーボリッヒ村には、家よりも大きな魔物が現れた。


 黒く濃い霧に包まれたようなその魔物は、鬼のような形相で叫びながら、建物だろうが木だろうが目に入った全てを、その長い爪で切り裂き破壊していく。

 その姿に恐れおののいた村の人々は、手近な物と家族の手だけを掴んで一目散に逃げ出したのだ。


 幸い魔物の攻撃リーチが短く動きが遅かったことや、村人達が下手に魔物を撃退しようとせず、とにかく命を守るべく逃走に徹したことから、全員が無事に近くの大きな街へと逃げ込むことができた。

 だがほぼ身一つの状態の上、逃げ込んだ先の街も魔王城に近いため、いつまた襲われるか分からない。


 よって村人達が一念発起し、全員で大陸の東の方へ引っ越して作ったのが、この新たなレーボリッヒ村というわけだ。

 ゲーム開始時には既に引っ越しが終わっており、ちょうど現在の俺達が目にしているような光景を確認可能である。




 なおゲームにおいてはレーボリッヒ村で特にイベントがあるわけでも、凄いアイテムが手に入るわけでもないが、訪れて村人達に話しかけると、かつての村についてや逃げ出した時の様子を聞くことができる。


 そのためプレイヤー達の間では「開発者がこの村を設置したのは、あくまで魔王の恐ろしさを演出するためという意図ではないか」と言われていた。




 街道を歩いている最中に、俺がレーボリッヒ村についてテオに色々聞いたところ、新たな事実が判明した。

 それはレーボリッヒ村の村長から依頼クエストを受けて引っ越しを手伝った冒険者がテオだったということだ。


 1年半ほど前から、テオはその周辺の魔物を倒すべく結成された討伐隊へ参加していた。だが魔物達が徐々に強くなるにつれて、自分の実力不足が他の隊員の足を引っ張ってしまうことが何度かあった。そして半年前の魔王出現時、魔物達が急激に狂暴化したのをきっかけに、テオは討伐隊から脱退。


 そんな折に訪れた冒険者ギルドにて、レーボリッヒ村の村長が出した依頼クエストをたまたま見て、それを受けることに決めたのだという。





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 村長夫婦の家は、村の端のほうに建っていた。

 テオが挨拶がてら手土産を渡すと、村長夫婦は大変喜び、そのまま夕飯をご馳走になることに。


 食事中は主にテオと村長が喋り、俺と村長の妻の2人は聞き役に回っていた。



「いや~、あの時はテオ殿が依頼クエストを引き受けてくださって、本当に助かりましたわい。この村の大人共じゃ魔物とはそこそこ戦えても、村からほとんど出た事ないもんばかりでね……やはり旅慣れた冒険者のテオ殿がついてきてくださったおかげで、こうして何とか引っ越せたと思うわけですよ」


 そう言うのは、腰の曲がった細身の老人。

 年は取ってもまだまだ元気そうな彼が、このレーボリッヒ村の村長なのである。



「本当にそうですよ……ワシらの手持ちじゃ大した報酬は出せないというのに……」


 村長の言葉にうなずくのは、穏やかそうな彼の妻。




 テオは話を変えるように言う。


「いやいや、俺もたまたま大陸の東のほうに行く予定で、そのついでだったんだって! 全然気にしなくていいからね? それより村の周りの柵、完成したんだなっ」


 それを聞いて、嬉しそうに答える村長。


「そうなんですよ! 村の若いもんが頑張ってくれての……まずは急ごしらえだが、これから様子を見つつ、もっと丈夫になるよう作り変えてくれるとか」

「頼もしいねー。ここに来た時は何も無かったのに」

「最初はどうなることかと思ったんですが、ほんに皆のおかげです」

「畑の方は最近どう?」

「少しずつですが広げております。この辺りは元々土が豊かなようで、植えてみた野菜も上手く育っとるようですわい」

「なら良かった!」



 村長の話によると、村人は30名ほど。


 若い男性達が大工仕事や狩猟を担当。

 村長はじめ老人や女性や子供達が畑仕事や果物の採集を担当というように手分けをして、少しずつ村を整備したり、日々の食料を調達したりしているらしい。



 なお周辺の森では食べられる木の実や果物が豊富で、野生動物も獲れるため、今のところ選り好みさえしなければ、食料にはあまり困っていないのだそうだ。


 この日の食卓は、茹でた芋、野菜のスープ、それに挽肉をこねて焼いたハンバーグのようなもの。

 そのほとんどが森で手に入れた野生の食材なのだと言う。


 シンプルなメニューだが味は美味しく、また量はそれなりにあったので、俺もテオもしっかりとお腹一杯になった。




「今は生きていくだけで精一杯ではありますが……そのうち余裕ができたら、また昔みたいに牛や豚や羊なんかを飼って、色々作りたいもんですな!」

「えぇ……うちの村の名物の腸詰料理、いつかまた食べましょうね」


 そんなことを言いながら、老夫婦は笑い合うのだった。

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