第55話「ネレディと、ナディ(1)」


 トヴェッテ冒険者ギルドを訪れた俺とテオは、ギルドマスターのネレディと、昼食を食べに行くことになった。するとネレディの娘であるナディが、入口扉から勢いよく駆け込んできた。


 ふわっとカールした茶色の髪の華やか系美人なネレディに、母親そっくりで整った顔立ちのナディが可愛らしく抱き着く。

 そんな微笑ましい光景に、俺もテオも周りの皆もほっこりするのだった。





 だが次の瞬間、俺は違和感を覚える。


 ネレディとナディは、ゲームのトヴェッテ王国にも登場し、好感度を上げると仲間にできるキャラだ。

 トヴェッテ冒険者ギルドに行きさえすれば、たまに仕事中のネレディの姿を見かけることだけはできるのだが、ナディの姿を見るためには“既定の手順”がある。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フルーユ湖を浄化

→浄化したことを、ギルド窓口に報告

→その詳細報告をするため、ネレディとの初会話イベント発生

→トヴェッテ城で開かれる浄化祝賀パーティーに参加

→パーティーの最中に、ネレディに挨拶

→ネレディが、ナディをプレイヤーへ紹介

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ここまでこなしてからやっと初めて『ナディとの初対面&初会話イベント』に漕ぎつけられるのがセオリーで、それ以外のルートは現状確認されていないのである。


 現在の俺達は、ゲームにおけるナディイベントのフラグをまだ一切回収していないはず。なのにどうして彼女の姿を見ることができているのだろう?



 悩み始める俺だったが、そもそも『本来ならばフルーユ湖を浄化後に発生するはずの、ネレディとの初会話イベント』が、ゲームとは異なる形とはいえ、既に起きているのに気付く。

 この時点でもうゲームと状況が全然違うため、あまり深く考えないことに決めた。



 


「……ところで、ナディはどうしてギルドに来たの?」


 腰を落とし、目線をナディと同じ位の高さにしたネレディがたずねる。


 ナディが「えっと……あのね」と一生懸命答えようとした瞬間、再びギルドの入口扉から賑やかな訪問者が現れた。



「ナディさまぁあぁぁッ!!!!!」



 叫びながら駆け込んできたのは、片眼鏡をかけ白い手袋をはめ執事服を着た老人。

 老人の後ろにはメイド服を着た2人の若い女性もいる。


 ナディの姿を見つけた彼らは、まるで糸でも切れたかのように膝から崩れ落ち、ゼイゼイと肩で息をしていた。



 老人の声を聞いた途端、ナディはネレディの後ろにサッと隠れる。

 そしてネレディのスカートを掴みつつ、警戒するように彼を見つめていた。




 立ち上がったネレディは、執事風の老人に話しかける。


「……ジェラルド、何があったのかしら?」

「そ、それが……ですね…………」


 ジェラルドと呼ばれた老人は答えようとするのだが、上がった息のせいですぐに言葉が出てこず。

 どうにか必死に呼吸を整えてから返事をする。


「……ナディ様が急に、ネレディ様にお会いしたいとおっしゃいまして……ネレディ様はお仕事中だからと申し上げたのですが、その……ナディ様が私共わたくしどもの静止を振り切り、お屋敷を飛び出してしまわれましてですね……誠に申し訳ありません」


 深々と頭を下げるジェラルドとメイド2人。



 柔らかい口調でネレディは言う。


「……頭を上げてちょうだい。ジェラルドも皆も本当に良くやってくれてるわ。ナディだって怪我ひとつしてないようだし、謝る必要はないのよ?」

「有難きお言葉、感謝いたします」


 1度頭を上げたものの、ジェラルド達は再び深々とこうべを垂れる。




「それよりも……」


 ネレディは、自分の後ろに黙って隠れているナディを見る。


「ナディ、じいや達を困らせちゃだめでしょ?」

「…………」


 ナディは黙ったまま、ふてくされたようにうつむいた。

 ネレディは言葉を続ける。


「お母様はお仕事中なの。夕方には帰るから、大人しくおうちで待っててちょうだいね」

「…………」


 ナディはネレディの長いスカートをギュッと掴み直し、ぶんぶんと首を横にふる。


「……困ったわねぇ……いつもなら、もっと素直なんだけど……」


 ネレディは深く溜息をつく。





 しばらく続く無言の空気。





 そんな重苦しい空気を破るように、見守り続けていたテオが口を開く。


「ナディ、ひさしぶりだねっ」


 ゆっくり顔を上げるナディ。

 声の主を見つけるなりパッと明るい表情に戻り、テオに飛びついた。


「テオ!」

「うん、テオだよー♪」

「テオはいつトヴェッテに来たの?」

「昨日だよ!」


 しばらく楽しそうに喋ってから、テオは少し真面目に話す。


「……あのさナディ。今から俺と俺の友達と、ナディのお母さんの3人で、お昼ご飯を食べに行くんだ」

「ナディも一緒に行く!」

「う~ん、お仕事のお話をするから、ナディは途中で飽きちゃうかもしれないぞ?」

「そんなことないもん!」

「そっか……ちょっと待っててね」

「はぁい!」




 ここでテオは、ナディに聞こえない様にしつつ、俺とネレディに小声で言う。


「……お昼なんだけど、ナディも一緒に連れてっていいかな?」

「私はいいけど、タクトは大丈夫?」

「えっと……大丈夫です」


 少し迷ったが、まぁ子供だしいいか、と思う事にした。


「ありがとう。それじゃあ私からナディに言うわね」




 コソコソ話を終えたところで、ネレディがナディにゆっくり言う。


「ナディ。一緒にお昼ご飯食べに行く?」

「行ってもいいの?」


 瞳をキラキラさせるナディ。


「ええ。ただし、お約束を守らなきゃだめよ。守れない子は連れていけないわ」

「お約束ってなぁに?」

「1つ目は、お話の間、お母様の言うことを聞いて、ちゃんと良い子にしてること」

「する!」

「2つ目は、連れて行くのは今日だけ。今日は特別だから、次に勝手にここに来ても、すぐにおうちに連れて帰ってもらうわ」

「えぇ~」


 ナディは不満そうに口をとがらせる。

 だがネレディが「守れないなら、今日もすぐにおうちに帰ってもらわなきゃいけないわよ?」と聞いたところ、渋々ながら2つ目の約束にも同意したのだった。

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