第19話「初ダンジョン・小鬼の洞穴、1日目(2)」
その後しばらくは特にピンチな場面などはなく、探索と戦闘を繰り返す中で、2階層へ下りる階段を発見。
そのまま次の階層へと足を踏み入れ、さらに奥へと進んでいく。
探索を始めてから2時間後。
ふと腰に付けた懐中時計をのぞきこんだテオが気付く。
「もうこんな時間かぁ~……ねぇタクト、キリが良いところで晩ごはん食べない? 今夜の寝床も用意しなきゃだし」
「……そうだな」
度重なる戦闘で心身ともに疲れが溜まり切った俺に、反対する理由は無い。
冒険を再開する時はセーブした場所・状態からスタートとなる。
だが
ここは特に、平和なエイバスの街中ではなく、危険あふれる魔物の
**************************************
間もなくして俺達は、3階層へと続く階段を見つけた。
だけどあえて今日のところは2階層に留まり、階段を下りるのは翌日にする。
階段から程近くの比較的地面が平らで開けた場所に目星をつけ、周辺の
テオいわく「魔物が復活するまで1晩ぐらいかかるから、これでゆっくり眠れるはず!」とのこと。
何があるか分からないため、テオは念のためスキル【隠密LV1】――自分中心に半径3mの気配を消すことができるスキル――を発動し、そのスキルの効果範囲に十分入る大きさのドームテントを設営する。
「んー……うん、こんなもんかなっ♪」
「意外と簡単なんだ……」
予想外の事態に、ポカンとする。
初めての野営だからと張り切って準備に
しかも小さく折り畳まれた状態のテントを
「ちっちっち、普通はもっと大変なんだよっ」
拍子抜けしている俺に向け、テオが指をふる。
「そうなのか?」
「うん。だってまずそもそも、【
「あ……そっか」
そういえばエイバスのギルドマスター・ダガルガにも『【
もし【
食料、予備装備、薬、野営用品……必要なアイテムはたくさんだ。
しかも帰りには加えて、道中で入手したドロップ品も持つことになる。
荷物を運ぶだけでも十分大変だろう。
テオによれば、【
「それにさー、野営初めてなタクトは知らないと思うけど……このテントって、実はすっっっっっっごく貴重な魔導具なんだからね?」
「え?」
目の前のドームテントは、どう見ても多少お洒落な
「あっ! その反応、やっぱりただのテントだと思ってたなっ」
不満そうに口を尖らせるテオ。
「
「もちろん! 鑑定したら、このすごさがよ~っく分かるはずだよっ」
改めてテオのテントを眺めてみる。
テントの布地には控えめな刺繍や金具・布の切り替えなどが施されていて、決して派手すぎず、洗練された雰囲気を醸し出している。
言われてみると確かに凄く良いもののような気もしなくもないような……いや、やっぱり普通の布製ドームテントにしか見えないな。
まぁ見れば分かるだろ、とテントに向かって【鑑定】スキルを使い、開いたウィンドウをのぞき込む。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名前 ニルルクの
種別 魔導具
売却目安価格 258000
■説明■
ニルルク村の職人達が技術を結集し製作したテント
火・水・風・土の最高級魔石を使用した魔導具
【耐久加工LV5★】
【防汚加工LV5★】
【防水加工LV5★】
【防燃加工LV5★】
【防音加工LV5★】
【消臭加工LV5★】
■神の一言メモ■
よくもまぁこんなすごいもん作ったのう……ワシも泊まってみたいわい!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「!!!!!」
想像していたものを遥か飛び越えた、まさに究極というべき性能の魔導具。
あまりに驚きすぎてしまって何も言葉が出てこない。
素材に魔石――何らかの属性魔術の力を持つ石――を用いたアイテムは、一般道具と区別し、通称『魔導具』と呼ぶ。
魔導具の魔石部分へ魔力を
その際、使用する魔石が持つ魔術術式・道具への組み込み方・流し込む魔力量等により効果が決まる他、使用者自身が魔術スキルを持っていなくとも使用可能。
また説明についている【耐久加工LV5★】【防汚加工LV5★】【防水加工LV5★】【防燃加工LV5★】【防音加工LV5★】【消臭加工LV5★】は、ゲームにも存在した生産スキルで、生産時にアイテムへ特殊効果を付与できる『
加工時は加工対象アイテムと別に、『
スキルの詳細はこちら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
耐久加工:対象の耐久性を上昇、上昇値はスキルLV・使用素材に応じ変化
防汚加工:対象の防汚性を上昇、上昇値はスキルLV・使用素材に応じ変化
防水加工:対象の防水性を上昇、上昇値はスキルLV・使用素材に応じ変化
防燃加工:対象の防燃性を上昇、上昇値はスキルLV・使用素材に応じ変化
防音加工:対象の防音性を上昇、上昇値はスキルLV・使用素材に応じ変化
消臭加工:対象の消臭性を上昇、上昇値はスキルLV・使用素材に応じ変化
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゲーム『
だが今になって考えれば、ゲームにおいてはそもそも「壊れる」「汚れる」「臭い」「うるさい」等の概念が無かったため――神様がその概念を無くしていた――、その影響で使う意味が無くなってしまっていただけなのだろう。
ここは現実だ。
神様いわく「ちゃんと洗わないと服の汚れがとれない」世界。
それを踏まえれば、上記6スキルは非常に有用なんじゃないかと気付く。
同時に『世界屈指の達人性能』と言われる『LV5★』が6つもついてるって、どういうことだよ……と頭が痛くなってくるものの、ゲーム中で『ニルルク村』は、特に魔導具など道具生産技術の最高峰として知られる獣人職人達が暮らす村でもあるため、金と時間に糸目をつけなければ可能かと
ちなみに普通に街中で売られているテントの価格相場は、販売価格200
ゲームでは好きな見た目のテントのレシピを編み出して生産しても、せいぜい販売価格4000
売却目安価格258000
普通のテントなら5160個分の価格。
1
購入目安価格はその4倍ということで、約1億円。
「……余裕で都会に家が1軒建っちまう値段だぞ……」
金額の桁が違いすぎて、もはや意味が分からない。
「ま、このテントにはそれだけの価値があるってことさ!」
得意気に胸を張ったテオは、嬉しそうに説明を始める。
「そんで何が凄いかってことだけど、まず布部分の素材は全部『
「まじかよ……」
またもや目を見張る。
ゲームにおいても最高級の生産素材として知られている『
魔窟女王蜘蛛は、非常に良質な魔力が大量にあふれた特定エリアにのみ現れる。
生み出す糸にもその魔力が宿っており、美しさや耐久力など、どれをとっても最高品質の素材とされているのだ。
ただし魔窟女王蜘蛛は極レアモンスターで滅多に出会うことができない上、その糸を入手するにはすぐ倒さず、戦闘中に糸を吐き出し続けさせる必要がある。よって『魔窟女王蜘蛛の糸』は大変希少品として知られている。
しかも繊細な素材のため、扱いに相当技術を必要とし、最高レベルの生産系スキル持ちでないと安定して加工できないという
高級品の中でも至高というべき逸品を、惜しげもなくテント1つ分も使うなんて……常識を超えた贅沢っぷりに、俺は
**************************************
その後テオに案内されてテント内に入り設備について説明を受けた俺は、ただただ驚くことしかできなかった。
テントのメイン素材『魔窟女王蜘蛛の糸』を使った布はそれだけで耐久性に優れている上、【耐久加工LV5★】【防汚加工LV5★】【防水加工LV5★】【防燃加工LV5★】が施されているので、外部から攻撃を受けてもほぼ壊れることはない。
そして『土の魔石』を利用した
入口を閉じておけば上記の耐久効果等と合わせ、基本は襲撃を一切気にしなくてよくなるため、通常の冒険パーティのように見張りを立てる必要もない。
テントを地面に固定させるために使用したのは、さらに別の『土の魔石』。
魔力を籠めると瞬時に、テント底に極薄く貼られたミスリルと、地面とが吸着された状態になる。この時、魔導具の効果で床の部分が安定するよう自動調整が入る設定になっており、テント独特の不安定さが気にならなくなるのだとか。
最初にテントを膨らませたのは『風の魔石』。
魔力を籠める事で、テント内に適温適湿な空気を発生させ、適宜循環させる効果がある。
これにより一瞬でテントを膨らませられるだけでなく、【防音加工LV5★】【消臭加工LV5★】と合わせ、自動で極上の快適空間を作り出すことが可能だ。
『火の魔石』は照明用。
壁に設置された魔石に魔力を籠めれば、天井部分に設置された透明なガラス球に明かりが灯る仕組みとなっている。
だがこれもただの明かりではない。一般的な安物の照明魔道具とは異なり、スイッチを切り替えたり、籠める魔力量を変えたりすることで、照明の色味や強さを好みに合わせて自由にカスタマイズできるのである。
最後に残った『水の魔石』。
これは、テオが一番こだわった部分らしい。
床部分に設置された魔石に魔力を籠めることで、普段は小さく
テオに言わせると「硬すぎず柔らかすぎず……体がすっぽりおさまって気持ちいい……っていう、理想の寝心地を実現したよっ」とのこと。
床についた水魔石5つそれぞれに収納式ベッドが1つずつ対応しており、最大5台、その中の必要数だけ配置することが可能だ。
なお掛布団や枕は備え付けられていないため、別途テオが
ひととおりテントの案内を終えたテオが言う。
「……とまぁこんな感じかな。タクト、どう?」
「もう……凄いとしか言いようが無いんだけど――」
「だよねっ♪ いや~、ほんと素材集めとか、お金稼ぎとか頑張ってよかった~」
満足そうに笑顔を浮かべるテオ。
ただ俺には1つ気になることがあった。
「そもそもなんでテオは、こんなにテント作りにこだわったんだ?」
「だって睡眠大事じゃん!」
「確かに大事ではあるけどさ……」
元の世界にいた頃は1人暮らしのサラリーマンだった俺は、寝具にそこまでこだわりがなく「ベッドや布団なんてどれでも一緒だろ!」と思っている。
使っていた寝具は某通販サイトで購入した最安値の物――すのこベッド(約1万5千円)と、布団3点セット(約5千円)――だったし、それで十分事足りていた。
まぁ「何にお金や時間をかけるか」は人それぞれ。
別にテオを否定するつもりはないけどな。
「……理由はそれだけ?」
「うん、そんだけっ!」
嬉しそうに説明をするテオ。
「俺の場合『旅の吟遊詩人』だから、どっかに家を建ててもほとんど帰れないんだよね。でもテントなら簡単に持ち運べて、旅の間いつでも使えるだろ? しかもこれだけ丈夫に作れば交代での寝ずの見張り番の必要性も減るし、パーティ全員でぐっすり寝れると思ってさっ!」
「なるほど……でも、それだけの資金力と技術力の当てがあるなら、なんで自分の戦闘力をアップするための魔導具を製作しなかったんだ?」
「え?」
目を丸くしたテオは、少し考えてから真顔で答える。
「……その発想は無かった」
「まじかよ……」
思わず頭を抱えるが……。
……ここは逆に『テオの戦力強化に伸びしろが見つかった』とプラスに考えることにしよう。人間、伸びしろは大事。
攻略サイトには戦闘用の魔導具の
**************************************
そして翌日の朝。
「……日本に帰ったら、俺……ベッド買い換えようかな」
あまりにも快適な寝心地に、俺はすっかり心を奪われたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます