第3話 子供と犬耳と隷属契約
なんとか巨石イベントはクリアしたものの、半分埋まっていた体は、なかなか引き出せない。地面が柔らかいので、左手をついて引き抜こうとしても、逆に左手が沈んじゃうありさまだし、顔が水に浸かってガボガボ死にそうになったり、もうね。
地味にびちびち海老のような動きを繰り返して、やっと引き抜けた頃には疲労困憊で泥だらけだ。ああ、いい男(予想)が台無しだよ。
「あれ。俺、ちっちゃくね?」
泥で汚れた自分の体を見下ろしながら、ふとそうつぶやく。
ナニじゃありませんよ。手とかですよ。
自分の手をじっと見つめていると、ぴろっと、情報が表示された。
--------
カール=リフトハウス (10) lv.1 (人族)
HP:24/24
MP:46/46
一般常識(日本)
めっちゃ幸運
交換
認識 ■□□□□ □□□□□
祝福 ■□□□□ □□□□□
使徒(シールス神)
カール=リフトハウスの加護
--------
うわ。なんか表示された。
てか、これが俺? HP/MPはともかく10って年齢か?
うっそ、10歳だよ俺。リアル小学生だよ。
しかしこの名前って、偶然なのか? 上家だから、リフトハウス?
かおるとカールも似てるよな。腹巻きしているオジサンっぽくてあれだが。
一般常識(日本)とめっちゃ幸運は、上家の時に持っていたスキルだろう。めっちゃ幸運は不測の事態を招きそうだから、なんとか手放したいんだけど……
そういや、ふたつ固有スキルがあるって言ってたけど、交換ってのがそれか。……交換?
--------
交換
色々なものが交換できる。
--------
orz... ハイムと言い、この機能役に立たないですよ?
お金が無くても、このスキルで食料とか手に入れられる……のか? わらしべ長者的な? 大体どうやって使うのかもわからないけど……まあいいか。
認識ってのが、シールス様がくれたスキルかな。
--------
認識
鑑定の上位スキル。
各オブジェクトのステータスを確認するだけでなく、
まわりの状況等も確認することが出来る。
言葉もなんとかしてくれる。
--------
各オブジェクトのステータスってのは、今見ている情報のことか。これも認識先生のおかげなんだな。
まわりの状況ってのはどうやって確認すればいいんだろう? ま、おいおい分かるか。
あとは、祝福?
--------
祝福
特定の条件を満たした相手に、自分の加護を与えることが出来る。
lv.1 加護対象の成長速度が祝福レベルx10倍。
--------
……加護を与えるとか、10倍だとか……なんすか、この神様みたいなスキルは。
はっ、これか! 加護と間違えて与えたってやつは。加護を与えるスキルそのものを渡しちゃったってことか。いいのか、それ。
というか自分に自分の加護が付いてますけど……なに、このマッチポンプというか自転車操業というか、ああ、もうよくわからん。
一通り確認しおえたので、ため息をつきながらウィンドウを閉じ、改めて辺りを見回してみるが、まさに泥の沼。
上に向かって目をこらしてみたが、落ちてきた場所どころか、闇が拡がるばかりだった。
仮に見えていたとしても、あの高さじゃ登るのは無理だな。
一体、ここはどこなんだろう?
沼の所々に堅い足場が島のようにあって、そこにはほのかに光を発する花が咲いていた。その光でぼんやりと景色が見えている。
「何とも幻想的な空間ではあるけれど……」
危険はないのかな、と気にした瞬間、目の前に画像が表示された。
これは……この辺の地形か? 危険度分布?
--------
危険度分布凡例(輝点の色)
赤:敵
緑:仲間
オレンジ <- 白 -> 水色:敵意有り <- 中立 -> 好意有り
桃縁:祝福対象
黄縁:マーク対象
--------
認識にあった、まわりの状況の確認ってやつか。これはいいな。
スクロールさせていくと、領域の端が黒く塗りつぶされている。どうやら行ったことのない場所?は塗りつぶされているようだ。
あれ? これは?
マップの中に、6つの白い点が輝いている。
すぐそこにある、馬車の残骸のところにひとつと、少し離れた場所で5つの点が固まっている。もしかして、生存者?
急いで馬車の残骸に駆け寄ろうとしたが、ちょうど足場のない場所で、ずぼずぼと足を取られながら苦労して近くまで移動した。
10歳の俺って、歩幅小さいんだ。その分軽くて沈まないからいいけどさ。
近くによって、ひょいと除くと、なんともショッキングな光景が。うげ、あの御者?、頭がつぶれてるのか……うう、これはきついな。
できるだけ御者の死体を目の端に追いやり、見ないふりをしながら、おそるおそるひっくり返った荷台をのぞき込むと、滅茶苦茶になった荷台の中で微かに何かが動いて――尻尾だ、尻尾が動いてるぞ。
近寄ってみると、犬耳だ。今初めて異世界を実感したよ、俺。
--------
名前無しNo.3 (13) lv.2 (銀狼族)
HP:3/53
MP:42/46
--------
おいまて、死にそうじゃないか!
「おい、大丈夫か?」
「…………?」
「いいから、これを飲め。飲めるか?」
急いで、腕輪からポーションを取り出して犬耳に飲ませようとするが、掠れた声で何かをつぶやきながら、ふるふると頭を振って飲もうとしない。毒だとでも思ってるんだろうか。
もう面倒だ、患部に……って、患部ってどこだよ?
ええい、もう体中に掛けちゃえ。
犬耳の体中にポーションを振りかけると、体全体がぼうっと青白く光って、苦しげな呼吸が落ち着いたように思えた。
◇ ---------------- ◇
うっ……
体中が痛みにあげる悲鳴のせいで、意識が浮かび上がってきた。
そうだ、なんだか怖い人たちにおいかけられて、逃げようとしたけど捕まってしまったんだ。暴れたら、お腹を酷く殴られてしまって、痛い、痛い、もう辞めて、お願い辞めて……
「ちっ、暴れても無駄なんだから余計な手間をかけさせるなよ」
といいながら、怖い人は私に奴隷の首輪をはめました。
「これからお前はサンだ。3番目の獲物だからな」
そういわれて、馬車に放り込まれてから……もう半日くらいは経ったのかな。
バウンドとかいう街で売られるんだと、怖い人が楽しそうにしゃべっていたっけ。もうすぐ着くからなと言われて、ああ、もう後は生きていても酷い目に遭うだけなのかなって、ちょっと悲しい気持ちになった。
そしたら急に――
「うぉ、なんだ?」
と怖い人が叫んだ。
地面が激しく揺れてるようで、馬車も上下にはねている。
揺れがどんどん激しくなって、突然浮かび上がるような不安な感じになったと思ったら、酷く激しい勢いで馬車の床に打ち付けられて……そうして、気を失っていたみたい。
気がついたら、誰かが近づいてきている。死に神さんかな?
ああ、もう痛みも余り感じないや。これで、死んじゃうのかな。お父さんやお母さんと、また一緒に暮らせるといいな……
「おい、大丈夫か?」
「…………?」
死に神さん? が何か言ってる。
「いいから、これを飲め。飲めるか?」
え、あれはお薬? 死に神さんじゃないの? 私、もうこのままお母さん達のところへ行きたいんだけど……直してもらっても、お薬のお金なんか払えないし、また酷い目にあうのは嫌なの。
ふるふると頭を振って意志を伝えようとするけれど、何を思ったのか、その人は、お薬を体中に振りかけてきた。
その瞬間、体全体が青白い光りに包まれたかと思うと、痛みが薄れ、明瞭な感覚が戻ってきた。
◇ ---------------- ◇
「あ……あっ」
がっくりとうなだれる犬耳。
なんだ? どうしたんだ?
「どうした、大丈夫か?」
「……失礼しました。お助けいただいてありがとうなのです。……ですが、お薬に見合うようなものは……」
居住まいを正して地面にひれ伏しながら、そんなことを言いだした。
なんだ、そんなことを気にしていたのか。どうせ元はタダなんだから、別に気にしなくてもいいのに。
それにしても言葉が分かるぞ。認識の力か? でもしゃべる方まで認識ってのは、なんだか変だし、基本的なところは元の体の持ち主の知識が残ってるのかな?
いずれにしても、シールス様GJ。
「……旦那さま?」
ぶっ。
「あ、いや、ボクはまだ子供だから、旦那様はちょっと……カールって言うんだ。君の名前は?」
「カール様。私には、まだご主人様がいらっしゃいませんので名前はありません、です」
「ご主人様?」
「私は、あの……奴隷ですので」
おそらくその証であろう首輪を、右手で触れて見せながら、哀しげな様子でそう言った。
奴隷って、やっぱりあるんだ、そういうの。
名前無しNo.3ってなんのことだか分からなかったが、そういうことだったのか。
「私は3番目の獲物だったので『サン』って呼ばれていました」
あんまりしゅんとしているので、詳しい話を聞いてみると、高価な薬を使って貰っても奴隷の身では対価を払うことが出来ない。奴隷商の店主はどうやら落ちたときに亡くなったようで(御者席でつぶれてた彼らしい)保証人のいなくなった奴隷は、最悪逃亡奴隷として酷い扱いを受けるから、もうここで死んだ方が……とのこと。
一度助けたものを見殺しになんかできないよな。ってそういうと、
「それなら、お助けいただいたカール様に、ご主人様になっていただいて、体でお返しするしかありません、です」
って、押しかけ奴隷かよ!
すがりつくような上目遣いでそう話す犬耳に、なんとかしてあげたいのはやまやまなんだけど……
転生したばかりで右も左も分からないのに、奴隷なんか手に入れてもなぁ。大体購入するの? お金無いよ? シールス様もけちけちしないで、金貨 x 9999 とか入れておいてくれればいいのに。
「きみの所有権がどうなるのかまだよくわからないけれど、できるだけのことはするよ」
出来ないことはしないってことなんだけど。大人って汚いんですよ。
10歳だけどな。
「よろしくお願いします、です」
「うん。とにかくまずはここを出よう。えーっと、名前がないのは不便だな。ぽち、じゃあんまりか。サンは銀狼だから、ヴォルリーナでいいか。リーナって呼ぼう」
「ヴォルリーナ……かっこいい、です」
ヴォルでもいいけれど、それじゃ男の子っぽいしね。どうせ、仮だからなんでもいいよな。
なんて思った瞬間に、ログが表示された。
(血の交換と共に、名付けの儀が為されたため、隷属契約が発生しました)
「は?」
俺はあわてて彼女のステータスを確認した。
--------
ヴォルリーナ (13) lv.2 (銀狼族)
HP:53/53
MP:46/46
所有者:カール=リフトハウス
--------
げっ、やっちまった。これ、後々問題になるんじゃ……
しかし血の交換って、あれか? 服に付いていた俺の血と彼女の流した血が触れ合ったとか、そういうこと? 交換様とかめっちゃなんとかさんの陰謀っすかー?!
……もし代金を請求されたら、俺も借金奴隷確定だな。
彼女には、そこらに散らばっていた荷物のなかから、着られそうな服と靴を取り出して着せ、短剣を持たせておいた。だってほとんど裸だったんだもん。意外と膨らんでいて、目のやり場に困るったら。何がとか聞かないように。
何か武器はと探してみたが、短剣がひとつ見つかっただけで、剣とか槍とか、それらしいものは見つからなかった。
荷物の徴用は緊急事態だから許してもらおう。もちろん、借りるんですよ、借りるだけなんですよ。リーナによると、所有者が死亡したアイテムは、基本拾った人の物になるようだが……奴隷契約も同じだといいな。
しかしさすがは獣人。所々に島状になっている固い地面を、軽やかな足取りで蹴って、易々と沼を渡っていく。こっちはちょっと遠いと届かずに、泥にめり込んで、ずぶずぶ歩く必要があるってのに。
「ご主人様。おぶって差し上げます、です?」
なんて言われたが、女の子に背負われるなんて断固として拒否。拒否なのだ。
こうして、5つの点が固まっている場所に近づくと、そこには立派な身なりをした小太りで中年の男と、その護衛らしいふたりと、足を折ったらしい冒険者のような男がいた。……あれ?後一人は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます