第96話 ほじほじほじほじとエルダーな本とカール成分

リヨン狩猟統制協会IRCCの方でも動きがあったようですよ」


カリフさんが、食料の納品と受注がてら報告に来ていて、俺はそれを屋敷の庭で受けていた。


インバーク村のジビエは、IRCCが供給量を完全に管理しているから、突然需要が跳ね上がった場合、各商会への割り当てになる場合がある。

先日それが発生したそうだ。


しかも現在流通しているジビエのうち、いわゆる引取先が決まっていない自由流通分の値段が、異常に跳ね上がっているという。


「先日捕まった密猟者の話に、ジビエなど無関係な商会が浮上しているという噂もあります」


ああ、もしかして、俺たちが邪魔したやつかな。

しかし、魚の次は、肉か。これはますますうさんくさいな。


「ご主人様、お皿ってどのくらいつくればいいの、です?」

「とりあえず、全部150くらいあればいいよ」

「了解なの、です」


リーナとノエリアが庭で次々と変わった形の皿を量産している。

今は、黒い平たいただの石のようにすら見えるものだ。


「あれはいったい何を?」


とカリフさんが不思議な顔をして聞いてきた。


「まあ、保険ですかね?」

「保険ですか。……しかし、あの皿?は、また変わった形ですが」

「ああ、ヴァランセの前菜用に作ってみたんですよ。格好いいドレッセには、なにかこう、格好いい皿も必要でしょう?」

「ふーむ。売りに――」

「出せるほどの、数は作れませんね、今のところ」


念のために言い添えた。売るほど作るのは大変だからね。


「なるほど。しかし凄い数に見えますが」

「ええ、まあ、きっと近々100セットくらいは必要になるんじゃないかと思いまして」

「はは、100セットですか?」

「100セットです。つきましては先ほどお渡しした素材類もいつもより120セット分くらい余計に仕入れておいていただければ」

「おまかせ下さい。ですが――」


無駄になることをお祈りしていますよ、といいながらカリフさんは帰っていった。


食器も用意したし、パンや生地類はトーストに発注してある。


後はマリー次第かな。


  ◇ ---------------- ◇


「だーれーかーたーすーけーてー」


その頃マリーは大量の食材の下ごしらえに追われていた。

今は小さな蟹を大量に茹でて、その足から身をほじほじほじほじ取り出しているところだった。


この蟹は今が旬で、とても味が良いのだが、どかっとした王国の上級料理に向かない。茹でたままさらに積み上げるわけにもいかず、せいぜいがそのまま横2つに割って汁物の具などにされるのが精一杯のしろものだ。

店内の掃除とカトラリーの手入れをおえた、サービスの3人までがかり出されて、ほじほじほじほじは続いている。


「あんた、それ、いつ出す分なの?」


デルフィーヌがそれを横目で見ながら、今日の営業ための仕込みをしている。


「えーっと、よくわかんない」

「は?」


「あー、もう、ほんと気が狂いそうになるわね、これ!」


クラドックが叫ぶ。


「でも、単純作業ですし、普通にサービスしているだけで月に金貨1枚とか、もらいすぎですし、このくらいは」


とドレーリ。


「そうそう、こないだもボーナス?とかでもらったしな。こんだけもらえる店なら、働きがいもあるってもんだ」


と紅一点、じゃなくて緑一点?のサルテッリが言った。


ふっ。あんたら絶対、契約書まともに読んでないでしょう。給料日は、えっと……王太子の晩餐会の前日じゃん! くっ嫌なこと思い出しちゃった。

まあいいか。給料日になったら驚くわよ、絶対。


暗い喜びを感じながらマリーがにやりと笑う。ああ、ほじほじほじほじ、ダークマリーになっちゃいそう。


しかし、どこで出すのかも分からない120人分の料理なんて、いったいカール様は私になにをさせようとしているのかしら……


ほじほじほじほじ……

ほじほじほじほじ……

ほじほじほじほじ……


地味な作業は延々と続いていくのであった。料理って本当に大変なのだ。


  ◇ ---------------- ◇


少し複雑な形状の皿もあるため、全ての作成にはまだ時間がかかりそうだ。


庭が屋敷の影に入り、少し暇ができた俺は、先日リーナが持ち帰った本の表紙を見ていた。

そこには『ウーダ』というサインが入っている。


ウーダ、ウーダねぇ。どこかで……


「あ!」


俺は思わず声を上げていた。


「カール様?」


ノエリアが気遣わしげにこちらを見る。


「あ、いや、なんでもない」


そういえば、エルダーリッチのステータスにも同じ文字があった。何かの見知らぬ称号かとも思ったが、思い出した。これは名前だ。


たしか以前サヴィールが、


『ライアルがサイオンを召喚した?』

『はい。空間魔法なのでしょうか、4人の優秀な魔法使い――パウリア、ロエロ、フィリパルエ、ウーダ――の力を借りて魔王討伐のために召喚したと言われています。その4人はその魔法で命を落とし、後の教会の4聖人となります』


と言っていたはずだ。


サイオン召喚で命を落としたとされている、教会4聖人の一人?

同一人物だとしたら、なんでそんな男がインバークの塔でエルダーリッチになっている? 他の3人もどこかの遺跡めいた場所でそういう末路をたどっているのだろうか。


もちろん同名の別人ってこともあるだろうけど。いや、むしろその方が確率としては高いか。もとの世界でも聖人の名前をつけるのは普通の行為だったしな。


まあ、中を読めば……


ペキっ


うわっ、端が欠けた!

何しろ古い。うまく開かないと簡単に折れたり崩れたりするのだ。むぅ……これは開くのが難しい。


「なあ、ノエリア」

「なんでしょう?」


複雑な形の皿を作りながらノエリアが返事をした。


「ちょっと、薄い板が欲しいんだけど。左側がものすごく薄くて、右側が0.01メトルくらいの板を作ってくれないかな。0.2メトルくらいの大きさで。表面はできるだけなめらかでお願い」

「いいですよ」


そういって、くさび形の薄い金属製の板を作ってくれた。うん、ありがとう。


それをページの間に差し込んで、ゆっくりと開いていく。それでもあちこち割れたり削れたり崩れたりしていくな。いったいどのくらい前のものだよ……


なんとか開いた最初のページには、ただ


『私は、恐*しい』


とだけあった。ええ?

次のページの1行目には、


『国*祖*る*イ**様*、このような*とをす*ことが、果た*て許**のだろう*? 許される*し*らそも*も誰に*される**うのか」


とある。なんだこれは、懺悔する日記かなにかなのか?


ざっと読み取れたことだけ要約すると、このウーダという男は、あの施設の管理者で、何かの大きなプロジェクトの一員だったようだ。

施設自体は、何か大がかりなことを行うためのものだったようだが、この男はずっと罪悪感に責められている。一体何をやったんだ?


「調べようにも、魔法陣とか跡形もなくなっちゃったしなぁ……」


ところどころに、バーディンだのサイオンだのと、聞いたことのある名前が読み取れるから、やはりその当時のものか?

そういえば、ダンフォースもずっと許しを請うていたな。どちらも非人道的な何かを強要されていたのかな……宗教ってやつは、これだからなぁ。


ふー、仕方ない。これ以上は、サヴィールに頼んで、例の地図の再現メモと一緒に、原典主義の研究者にでも渡して貰うしかないか。教会じゃないぞ。あくまでも研究者に、だ。

でも、渡したら怒られるだろうなぁ。何で壊しちゃったんですか! なんて、絶対言われそうな気がする。俺のせいじゃないと思うんだけどなぁ……


なんてグダグダしてたら、いつの間にかノエリアが側に来ていた。


「何かおわかりになりましたか?」

「いや、具体的なところはなにも。細かい復元と読み取りは、原典主義の研究者にまかせることにするよ」

「そうですか」


彼女はおれにぺたんとくっつきながら、なんだか遠くを見ているような気がする。

なんだろう、しばらく前からノエリアは言動が少し不可解だ。なにかあるんだろうか。


「どうしたの?」

「いえ、カール様成分を頂いているだけですよ?」


なんてお茶目にいいながら、首をかしげる。うーん、ごまかされているような気がする。


「ず・る・い・で・すーーーー!」


とリーナが飛びついてきて、椅子が倒れる。


「リーナも、リーナもー! カール様成分チャージですー!」


きみたち、また変なアニメでも見たね?


空には、ちちちちちっと鳴く鳥が数羽、戯れるように飛び、緩やかで平和な時間が流れていた。今はまだ。

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