第66話 公衆浴場計画と上水道とでたらめなシステム
「ふああぁぁ」
「どうしました? お珍しいですね?」
大あくびをしながら執務室を出たところで、スコヴィルがそう言った。
「いや、夕べ、リーナと遅くまで夜更かししてたから」
「まあ、リーナさんと……」
「あー、スコヴィル。誤解の無いように言っておくけれど……」
「大丈夫です。他言などいたしません」
何ていいながら口にチャックのポーズ……はとらないね。チャックなんてないもんね。両手の人差し指を口元に持って行ってバッテンのマークを作る。
「いや、だからそれが誤解……」
「ご主人様、夕べは楽しかったのです。また一緒に……なのです」
と、リーナが出てきて俺にぺったりくっつく。いや、その、今タイミングがね……
スコヴィルは笑いながら一礼して、台所の方へ歩いていった。あうう。ボク10歳だからね。
◇ ---------------- ◇
空飛ぶ馬車案件で頭を切り換えた俺は、先日手に入れた念願の機能を持ったアイテムのこともあって、いつもの朝食ミーティング中に、いつになく高いテンションで演説を
「諸君!」
「おいおい、カール様、
「うるさい、ハロルドさん」
俺は仕切り直した。
「こほん。我々は、長年の懸案を解決するべきアイテムを先日手に入れた!」
「カール様、コートロゼにいらしてから、まだ
「うるさい、ダルハーン」
俺は仕切り直した。
「私はここに宣言しよう! お風呂を作るしかないと!」
腕を振り上げながら力説すると、リーナとノエリアだけがぱちぱちと拍手してくれた。
こら、他の人。なんだって、そんなポカーンとしてるの。
「風呂というと、あのお湯に入る……あれですか?」
ダイバが尋ねてくる。
「そうだ」
「確かに風呂は気持ちよくていいものだが、別に今更、カール様には必要ないだろ?」
ああ、ハロルドさんはハイムのお風呂、すっかり気に入っちゃってますもんね。湯上がりの果実酒も気軽に飲んでるけど、あれ、ラ○ーシュだからね。
「いや、そういう我々のための設備じゃなくて、大衆のための施設ですよ。公衆浴場ってやつ?」
そういうとすかさずダルハーンが突っ込んでくる。
「しかし、それはいくらなんでも贅沢すぎませんか? しかも魔法で綺麗になるわけですから、大金を払ってまで入ろうとするものなど……」
「大丈夫、無料にするから」
「は?」
「だから入浴料は無料にするの。ロッカー使用料に銅貨1枚くらいとっても良いけどね」
ダルハーンの額に、徐々に汗がにじんでくる。
「こ、公衆浴場のような大規模な施設の場合、お湯を沸かすだけでもすごい薪代がかかると思いますが」
「そこでこれです。じゃじゃーん。炎の卵ー」
「おお?!」
あ、ダイバ達には見せてなかったっけ、冒険の後すぐにバウンドに出かけちゃったからな。
「カ、カール様、どちらでそれを?」
「先日の冒険の時、拾った」
「ひ、拾ったって……それをお売りになれば、コートロゼの財政が――」
「ヤダ」
これは究極のお風呂アイテムなんだからね。ボイラーとか火魔法とか、どうやって湯を沸かし続けようなんて、煩わしい思考から解放される上に、ちょっと調整するだけで永遠に
「ヤダと申されましても」
「財政再建のあてはあるから心配するな」
「あてですと? どこかから借りられるのですか?」
「いや、エンポロス商会と組んで、ちょっとな」
「ちょ、ちょっとと申しますと……?」
ダルハーンだけでなく、ダイバまで顔から血の気が引いてきた。
「まだ秘密だが、心配しなくても大丈夫だから。きっと何とかなるから」
というと、二人して頭を抱えて、また何か……なんて言ってやがる。ランドニール様を差し置いて、アイテムボックスを売りさばくとか、ここで言えるわけないでしょ。ぷんぷん。
まあそれはさておき、お風呂だ。
「炎の卵があるから、温める方は大丈夫なんだが、問題は――」
◇ ---------------- ◇
「お気をつけて」
今日の俺たちの仕事は南門の警備だ。
本来は衛兵の仕事だが、どうにも人手不足らしく、なんだか気軽に
今もその坊ちゃんが、部下と護衛を従えて、南門から出て行った。
「カンプさん。あの5人、また、大した装備、どころか普段着ですよね、あれ。で、街の外へほいほい出かけていっちゃいましたよ。ここは本当にコートロゼで、外は大魔の樹海なんですかね?」
タイラーのやつがあきれたように5人の後ろ姿を見送りながらそう話しかけてきた。
ああ、確かに。時々平和な街なんじゃないかと錯覚しそうになるな。
しかし、俺たちがあんなことを真似したら、おそらく1時間とたたずに、今まで行ったことがないほど遠くの空の上に行けることは間違いない。試したいとは思わないけどな。
「まあ、リーナ教官のご主人様ご一行だからな、なにをされても俺は驚かないね」
タイラーのやつがものすごくうなずきながら、
「リーナ教官と言えば、こないだの訓練、凄かったですね」
「お前、あれに出てたのか?」
「はい。丁度仕事の割り当てがなくて」
俺は仕事で参加しなかったが、話だけは聞いていた。地獄が生ぬるく感じたぜ、なんて言ってたがそれは大げさってものだろうと思っていた。
「やってる最中、初めはもう2度と受けたくないと思ってたんですが、そのうちだんだん気持ちよくなって来ちゃって」
いや、おまえ、それヤバくないか?
「それで、翌日、妙に体が軽いんで、ギルドでレベルを確認して貰ったら、なんと2つもレベルが上がってたんですよ! たった1日の、しかも訓練でですよ?」
なんだ、それ。いくらなんでも異常すぎないか?
「いや、もう驚いちゃって。あの集中特訓、またやってくれないかなぁ」
うっとりと夢見るように言うタイラーを横目で見ながら、俺は、できるだけ仕事へ逃げだそうと心に誓っていた。
◇ ---------------- ◇
「問題は――水なんだよね」
俺たちは、いつもの5人でコートロゼの南東にある、コートロゼよりも高い丘に来ていた。
「まず、ここに貯水池を作ります。農業にも利用する予定だから、ちょっと余裕を持って作っておこうと思います」
周りではクロとリーナが、片っ端から魔物を退治している。
「では、ノエリア先生お願いします」
「はい」
MP共有して、ノエリアに
「しかし、下水の時も思ったが、何がどうなってるのか、さっぱりわかんねぇ魔法だよな」
と、作業中の護衛のために俺たちに張り付いているハロルドさんが言う。慣れてきたんじゃなかったの?
「結果には慣れても、非常識さそのものにはちょっとな。慣れるといろいろ積み上げてきたものが崩れそうな気がするし」
なんすかそれは。
貯水槽の先には、下水同様、
コートロゼの南門の内側に3本、外側の東側へ2本の出口を作って、それぞれの先に絞り弁をつけた。上水道と接続するまで水を止めておくためだ。
「これで終わりですか?」
「うん」
貯水池まで戻ると、ハロルドさんが、
「それで、これ、どうやって水を溜めるつもりなんだ?」
と聞いてきた。
「そう、それなんですよ」
初めはさ、水を綺麗にするのに浄化槽がどうのとか
でもここは魔法の世界なんだよな。元の世界の知識がものすごく役に立つことも多いけど、まるで意味のない場合もあるってことを、クロのシルフ発言で思い知ったわけ。あれを俺の知識で作ってたら、クロにぶら下がったゴンドラが精一杯だったはずだ。
「というわけで、これを作りました」
と、長さが10mくらいある大きな土管をどかーんと(スミマセン)登場させた。
「ななな、なんだこりゃ? ただのデカい管か?」
「ご明察。今は重力魔法で軽くなってるから、この管を支える管脚?を作りながら、カーテナ川まで繋いでいこう」
とリーナとノエリアにお願いしたら、俺が管を取り出して、ノエリアがそれを支えて、その間にリーナが脚を作って、管の接続部分を魔法で埋めるといった作業が繰り返され、あっという間に川までの400メトルちょっとをつなぐパイプラインが完成した。
まあ、強度さえあれば形のディテールはどうでもいい作業だもんな。
「いやいや、まてまて、パイプラインはいいけどな、ここまでどうやって水を運んでくるんだよ」
「心配しなくても、もうすぐ上がってきますよ」
「はぁ?」
土管の方からゴポン、ゴポンという音が断続的に聞こえてきたかと思うと、突然どばどばと清んだ水が貯水槽に落ちていく。
「なんだこりゃ? なんで水が……」
そう、元の世界では絶対に作れないこのシステム。実は管の先、水に浸かっている部分には、水の重さだけを空気より軽くする重力魔法が付与してあるのだ。もちろん、パイプラインは常に上り勾配になるように繋いである。
空気より軽くなった水は当然斜めになっている管の上部に張り付き、そのまま管を登ってくる。管の下部には、小さな穴が沢山開けられていて管内には真空ができないようになっている。で、後は、出口の部分で重力魔法の影響をなくしてやれば水は重力に従って、貯水地に落ちるというわけだ。
空気より重いものは登ってこれないって段階で、沈殿槽は不要。目に見えない物質は、貯水槽の先で魔法で浄化されるので濾過槽も不要。もう悩んでたのがばかばかしくなるような、
そうして、この日、ハロルドさんの外れそうなアゴと共に、コートロゼの上水道が稼働を開始したのであった。
◇ ---------------- ◇
「あんのクソ司祭が」
緊急に届けられた手紙を握りつぶして毒づいたのは、ヴィットリオ=サイデシア子爵。
バウンド-コートロゼを結ぶバウンド南街道で、北のリフトハウス伯爵家と南のカンザス子爵家に挟まれた、丁度真ん中を領地としている貴族で、街道沿いにダブリスの街を有している。
ただでさえバウンド南街道を行き来する商人の数が激減して、ダブリスが苦しい状態にあるというのに、この期に及んでダブリスの通行税をあげろだと?
それがどんな結果を生むのかすらわからんバカなのか、こいつは。
いくら、デルファント侯爵様から便宜を図ってやってくれと言われているとはいえ、限度というものがあるだろうよ。
「こんなデタラメな話に乗れるか!」
そういって、手紙を机の引き出しにたたきつけ、それを無かったことにした。
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