第47話 コートロゼの状況とご飯を食べる場所と新しい魔法
コートロゼは、国内――どころかおそらく世界中をさがしても――唯一の大魔の樹海開発区域だ。
街が北から南に拡がった関係で、北部には主に冒険者関連の施設――ギルドや宿や歓楽街など――が発達していて、南に行くほど、新参者や、その日暮らしの家が増えていく。
今回魔物は南側から侵入してきたために、南部は壊滅状態らしい。
樹海開発区域だけに、主要産業は魔物狩り。人口の7割は魔物狩りに何らかの形で従事している。
食料、とくに穀物や野菜類の7割以上を輸入に頼っているせいで、物流が少し途絶えるだけで街の機能が麻痺しかねない歪な構造だ。サンサやバウンドまでの輸送路は、実際この領の生命線だな。
しかし、これ、ちょっと依存しすぎだよな。
こんなんじゃ街道沿いの貴族どもに命運を握られているのと同じだろ。気に入らないなんてバカみたいな理由で、ちょっと通行税を上げられるだけで、あっという間に苦境に立たされるぞ。
そして、現在のコートロゼの状況は――
街壁の応急処置は行った。
食料が絶対的に不足している。肉はともかく、穀物や野菜は高騰している。
南の街区は破壊されていて、住むところがない。今はテントや野宿で凌いでいる。
公衆衛生も悪化している。
そのせいで、病気の人が増えたり怪我の治りが遅くて動けない人が多くいたりするらしい。回復魔法はお金がなければ使って貰えないし、どういうわけかスタンピード以降教会が亜人に厳しいらしく、支援も人族の信者限定だそうだ。教会って、困ってる人を助けて信者を増やすものだろ。信者限定って、どこの会員制レストランだよ。
親の戦死によって発生した孤児たちも問題だ。
今までは近所の人たちの好意で支えられていたが、食料の高騰でそれも難しくなってきている。
さらには生活が破壊された人たちによる治安の悪化も看過できないレベルになってきているそうだ。
「よーするに、ボロボロってことですね」
最初は多少気張って、威厳のある領主風の言葉遣いを試してみたりもしたが、なにしろ10歳のボディにはちっとも似合わず、ただの痛い子供になっちゃいそうだったので、敬称以外は今まで通りに話すことにした。
敬称だけは、「使用人に様付けとか、お願いですからやめてください」と懇願されたのだ。
あとは、丁寧系領主風ってことで許して貰おう。
「面目ない」
と、ダイバがしょげる。
「やはりすぐ必要なのは食料ですか?」
ダルハーンに尋ねる。
「はい。スタンピード時に商人の行き来が激減し、そのまま回復していないため、食糧の備蓄がほぼ尽きようとしています。辺境伯家のストックを解放して凌いでいましたが、それももう……これがなくなれば、餓死者が出る可能性すらあります」
「これだと、領庫を開いて食料や住居の援助をするのが妥当だと思うのですが、現在使えるお金はどのくらいあるのですか?」
「……ありません」
「は?」
「全くカール様の仰るとおりなのですが、現在領庫には、カネも食料も、なにもないのです」
言いにくそうに、ダルハーンが答えた。
「あの、まだ夏になる前ですが……」
税金は主に穀物や現金で、春に収められるものなのだ。
「スタンピードの影響で、今年の税収はほぼゼロでした。それまでの備蓄はスタンピードと、それに関する後始末で全て放出してしまったのです」
将来よりも今の生活ってことか。
それは仕方がないと思うけれど、放出している間に、なんで衣食住が改善されてないの? と思って聞いたら、全力で壁の補修をしていたのだとか。
こんな場所にある街だから、それが重要なことは分かるけれど、その先の食料の手当を平行して行わないって、お前ら馬鹿か? 馬鹿なのか?
どうも魔物の肉は豊富にとれるため、食料をなんとかしようという意識が他よりも薄いんだとか……人は肉のみにて生くるにあらずだよ。
「じゃあ、何をするにしても、当面は借金ですか?」
「借り入れるアテがおありで?」
「いや、おありでって……ないの?」
額に手を当てて、目をつぶり首を振る。まて、ダルハーン。それはどう考えても、俺がとるべきポーズだろ。
「サリナ様のお輿入れ先はいかがですか?」
「私の家ですか……どうかな、私の赴任に護衛もつけなかったくらいだからな」
「サリナ様と、ヤイラード様の母君であるパメラ様とは、余り仲がよろしいとは言い難いようでして」
ダルハーンがあきらめたように言う。ううむ。
「そうでなくても、税収の見込みが立たない領地に、お金を貸し付けるものなどいませんな」
ごもっとも。
しかし、金も食料もない領地に身一つで送り込まれて、「はい、立て直してください」なんて言われてもな。一体どうしろってんだよ。
こうなったら、もう謎のマスクマンに登場して頂くしかないのか?
それとも、しばらく魔物を狩って狩って狩りまくってお金をつくるとかか?
ここまでの旅でエラい目にあい続けたおかげ?で、俺の個人資産は最低でも550万セルスくらいはある。結構な金額だが、一領地の予算としては雀の涙だろう。
大体なんで代官が個人資産を領地の運営に使わなきゃいけないのさ。謎だ。
ハイムから持ち出すか? いや、そんなことをしても問題を先送りにするだけで、何も解決できはしない。せいぜい、短期的な時間稼ぎが精一杯だ。
くそっ。
とりあえず、なにをやるにも金がいる。俺は当面の資金として、100万セルスをダルハーンに渡した。
「これは私の個人資産だけど、当面0では何も行えないので使って下さい」
「ありがとうございます」
「ダイバ」
「はっ」
「大体の所はわかりました。明日からちょっと領内を見回って、色々確認してくる。当面の政策は、その100万でやりくりしておいて下さい」
「わかりました」
とはいえどこから手をつけたら……なんてベッドの上で悩んでいるダイバを尻目に、彼の部屋を出る。頼んだよ。
◇ ---------------- ◇
「ご主人様」
ダイバの部屋を出て、ダイニングへ向かう途中で、ノエリアが話しかけてきた。
「どうした? クロは?」
「クロは部屋が決まるまで厩にいるそうです。それより大変です、ご主人様。このうちの食料庫には、ほとんど何もありません」
そこか……まあ、よく捉えれば、自分達の食べる分まで、すべてを領民に開放したって事だから、ほめられるべきことなんだろうけど、何も食べないんじゃ、良くなるはずのものも治らないよ。
当面の食料はハイムから持ち出すか。しかし何人分くらい必要なんだろう。ダルハーンとスコヴィル以外の使用人をみていないぞ?
「肉はたぶんスコヴィルさんが魔物を狩ってるんだろう。後は野菜と穀物か……当面の分はハイムから持ち出して食料庫に積んでおこう。案内してくれるか?」
「はい。こちらです」
食料庫に日○製粉の小麦粉――パンを焼くのに使うんだろうから強力粉だな。なんと1CW 100%だ――を200Kgほど積んで、野菜も今日明日の分くらいをそっと積んでおいた。とはいえ、白菜、人参、ジャガイモ、キャベツくらいしかないんだが、まあ仕方がない。
ダイニングに戻るとスコヴィルさんがいたの。ついでに使用人のことを聞いておくか。
「ねえ、スコヴィルさん」
「はい。カール様、使用人ですから、スコヴィルとおよび下さい」
「あ、ああ。わかりました。それで、スコヴィル」
「はい」
「屋敷の使用人の数は何人くらいなの?」
「現在このお屋敷には、カール様のご一行を除きますと、私とダルハーン様とあとはダイバ様しかいらっしゃいません」
「え、それで大丈夫なの?」
思わず聞いてしまったが、お世話をする方がダイバ一人しかいなかったので、全然問題がないそうだ。
「3人なら大丈夫か」
と食料庫の話をすると、ありがとうございますと、大変感謝された。
台所を預かっていたものとして、スコヴィルもかなり気にしていたようだ。
良かったら、朝夕の食事はノエリアにやらせようか?と聞くと、そうしていただけると大変助かります。台所の案内はしておきますといわれた。
「じゃ、ノエリア、スコヴィルの言うことを良く聞いて、よろしくね」
「お任せ下さい。スコヴィル様と手分けして、お屋敷の手入れなどもしておきます」
「頼むよ。それで、ボクの部屋はどこかな?」
と聞くと、代官のかなり広い執務室に案内して貰った。本来寝室は、今、ダイバが使っている場所らしいが、ダイバを動かすのは難しいし、あそこは彼に使って貰うことにした。
ちょうど、執務室には、小さな寝室がくっついていたから、ここでいいよとスコヴィルには言っておいた。
夕食が出来たらお呼びしますとノエリアが去っていったので、俺はクロを呼びに厩へと赴いた。
◇ ---------------- ◇
「ねぇ、みんなで一緒に食べようよ」
夕食を食べながらそう言ってみた。
だって、ダルハーンとスコヴィルは当然のように給仕で側に立ってるし、ノエリアとリーナは奴隷の身分で2人に給仕させるなんてあり得ないって顔で控えてるし、クロはおろおろしているし。食べてるの俺だけなんだもん、居心地悪いったら。
「ご主人様がお済みになってから、使用人の食事を頂きます」
うん。それが正しいのは分かるよ。でも6人しかいないんだしさ。
「正式な晩餐なら仕方ないけど、他人のいない日常の食事は一緒にしたいんだけど」
「しかし……」
「一度に作った方が楽だし、合理的だろ?」
「合理性でルールをねじ曲げてはなりません」
さすが家令の一族。頭堅いぞ、ダルハーン。
「まあ、ボクはそうして欲しいんだよ。だから頼むよ」
すったもんだのやりとりがあったあげく、一緒に食べるということを納得させた。
ついでに6人で晩餐用のダイニングは広すぎるので、台所のそばの小さな(と言っても16畳はあるな)部屋にみんなで食べるようテーブルと椅子を用意させた。
ダイバの分はベッドまで運ばせようとしたら、一緒に食べますと、スコヴィルの介助をうけてやってきた。
「貴族の方と一緒に食事をするなんて、こんどは私たちの方が緊張してのどを通らないかも知れませんな」
なんてダルハーンが言ってたけれど、大丈夫、みんなで食べるご飯のほうが美味しいよ。
ノエリアが作った料理は、いつも通りとても美味しかった。
◇ ---------------- ◇
夕食が終わって執務室に戻ろうとすると、ダルハーンが使用人も一緒の部屋でお休みになるのですか? と聞いてきたので、ボクたちは家族みたいなものだから、と答えておいた。
後で聞いたら、そうしたことに驚いたのではなく、使用人の気が休まらないのではないかと案じたそうだ。そりゃそうか。
付属の小さな寝室に入ると、ハイムを取り出して、入り口からは見えない角度でめだたない場所に設置した。
念のためにベッドに上にはダミー君を寝かせて、あたかも布団をかぶっているように見せておいた。
「明日は街の様子を見に行くから、今日はお風呂に入って、もう寝ようか」
ノエリアの入れてくれたお茶を飲みながらそういうと、リーナが
「ご主人様、リーナも魔法が使えるようになったの、です!」
と言ってきた。
え? 馬車の中でずっと教習本を読んでたけど、もう? とステータスを確認してみた。
--------
ヴォルリーナ (13) lv.38 (銀狼族)
HP:100,458/100,458
MP: 3,908/3,908
所有者:カール=リフトハウス
SP:79 + 73(used)
体術 ■■■■■ ■■■■■
短剣術 ■■■■■ ■■■■■
刀剣術 ■■■■■ ■■■■■
魔力検知 ■■■■■ ■■■■■
気配検知 ■■■■■ ■■■■■
無詠唱 ■■■■■ ■□□□□
聖魔法 ■■■■■ □□□□□
火魔法 ■□□□□ □□□□□ new
土魔法 ■□□□□ □□□□□ new
カール=リフトハウスの加護
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本当だ。火魔法と土魔法が増えている。バウンドで買った初級魔法書は、火・水・土の3種類だったはずだから、もう2種類も覚えたのか。
「本当だ。火と土を覚えている。よく頑張ったね」
と頭をポンポンしてあげると、尻尾がブンブン揺れていた。
「水はノエリアさんが覚えました、です」
「え?」
--------
ノエリア (17) lv.39 (人族)
HP:10,750/10,750
MP:47,195/47,195
所有者:カール=リフトハウス
SP:51 + 105(used)
料理 ■■■■■ ■■■■■
無詠唱 ■■■■■ ■□□□□ 隠蔽
生活魔法 ■■■■■ ■■■■■
重力魔法 ■■■■■ ■■■■■
聖魔法 ■■■■■ ■■■■■
闇魔法 ■■■■■ ■■■■■
空間魔法 ■■■■■ ■■■■■ 隠蔽
魔法付与 ■■■■■ ■■■■■ 隠蔽
水魔法 ■□□□□ □□□□□ new
土魔法 ■□□□□ □□□□□ new
ノエリア=シエラ=ラップランド
カール=リフトハウスの加護
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本当だ。
「ふたりとも凄いな」
ふと見ると、クロがなにか言いたそうにこっちを見ている。
「どうした?」
「クロも、何か、したい」
何か、ね。
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クロ (4) lv.23 (バトルホース)
HP:5,281/5,281
MP:1,422/1,422
SP:73+19(used)
言語理解 ■■■■□ □□□□□
人化 ■■■■■ ■■■■■
カール=リフトハウスの加護
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お、言語理解のレベルが上がってる。大分流暢にしゃべれるようになってきたしな。
取得スキルをざっと見てみたけれど、魔法の類は全部下の方で、あまり得意ではないようだ。
しかしやはり飛翔は気になるよなぁ。ペガサス(じゃないけど)に引かれて空を飛ぶ馬車。うーんファンタジーだ。だけど馬車を軽くしたら、風に飛ばされちゃったしなぁ。軽くすりゃいいってもんじゃないだろうけど、ある程度の重さをつけたら、クロからぶら下がる形状になっちゃうし……馬車じゃなくて、クロ飛行船だよ。
……まてよ。飛ぶときは箱をぶら下げた飛行船みたいな形状になるよう、下部に移動するハーネスを作ったら、もしかして行けるんじゃ? 今度バウンドに行ったら、マリウスさんに相談してみよう。
「クロはみんなと戦いたいのかい?」
んーと考えた後、コックリとうなずく。
「馬型で?人型で?」
また、んーっと考えた後、
「人。馬の時は一所懸命走るだけだし」
人ね。でも魔法系ではないし、ちいさい方は辛いかな。
「じゃあちょっと、大きい方になってくれる?」
「ん」
「お待ち下さい」
ノエリアが割ってはいる。大きいほうになるのならこちらへ、って寝室へ連れて行ってしまった。ああそうか、ここで大きい方になったら服が……ざ、残念なんて思ってないからねっ!
ノエリアの服を着たクロが戻ってくる。
「ムネ、きつい」
とか言う度に、ノエリアの殺気が走るから、やめて。刺激しないで。
で、もう一度スキルを見てみると、何か取得できるスキルが変わっていた。やはり形態別に得意なものとかがあるわけか。
一番上は……
「弓術」
おおー、流石ダークエルフ(見た目)次が……
「精霊術」
なぬ? 精霊術?
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精霊術
精霊と仲良くなって、こき使うスキル。
相性の良い精霊となら、僅かな魔力で、色々な仕事をしてくれます。
ただし、攻撃、いわゆる相手を傷つけるような仕事をさせると
嫌われるかも知れません。
--------
はー、なるほど。これなら馬の時も使えて便利そうだな。
「クロは弓が旨く使えるようになるみたいだよ。それから精霊と話をして、なにかお願いできるようになるみたい」
「それでいい」
「弓は大きいモードの時しか使えないからね」
「ん、わかった」
--------
SP:35+57 (used)
言語理解 ■■■■□ □□□□□
人化 ■■■■■ ■■■■■
精霊術 ■■■■■ ■■■■■ New -> max
弓術 ■■■■■ ■■■■■ New -> max (人化時専用)
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「よし、これで両方使えるようになったよ。弓は明日一緒に買いに行くから大きい姿で付いてきてね。精霊術については……」
「大丈夫、分かる」
へー、野生の力なのかな。感覚で理解しているってことか。
ついでに、新しく取得されていたリーナとノエリアの魔法もマックスにあげちゃえ。
「よし、これでOKだ。明日はみんなで魔法屋にもよろうな」
「「はい(なのです)」」
「ん」
◇ ---------------- ◇
みんなでベッドに潜りながら、俺はちょっと前のことを考えていた。
「おっかしいよなぁ」
「眠れないの、です?」
耳元でリーナがささやく。
「ああ、リーナか。いや、さっきなんでダイバにはポーションの効果がなかったのかなと思って」
「あのお薬は、なんだか元に戻るような感じだったのです」
元に戻る? そうかリーナは経験者だし、感覚の鋭い銀狼族だもんな、ポーション使用時に何か感じたんだろうか。
「そりゃ、体を治すんだから……」
「そうではなくて、少し前の自分になるって感じなのです」
「少し前の自分?」
そういえば、あのときスコヴィルが何て言った?
『あ、昨日謝ってぶつけられた、右手の甲は治っています!』
って、まさか……
天界ポーションの効果は、体を治す事じゃなくて、対象の時間を1日くらい遡る事なのか?!
いや、しかしそれだと記憶が変わらないのはおかしな気がするが、日本の常識では計り知れないものがあるしなぁ……よし忘れずに成長の早いなにかで実験してみるか。
などと考えていると、ゆっくりと眠気が襲ってきた。
明日も良い天気だといいな……
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