第128話 エッセンスとメニューの試作と消える街灯

「へぇ、網ほおずきみたいですね」


カリフさんに新しいケルティックのデザインを聞きながら、そう答えた。


「アミホオズキですか?」

「ええ、ほおずきというのは、こう、実を袋状の葉っぱのような物で覆う植物なんですが、これを水につけておくと、まわりの葉っぱの部分が腐っておちて、葉脈――まあ葉っぱの骨みたいなものでしょうか――だけが網状に残り、実がそれにつつまれた状態になるんです」

「ははあ、石が実なわけですな」

「ですです」


現在俺たちは王都の道を、うちの馬車でゆっくりと移動していた。


「で、こっちでいいのか?」


御者席のハロルドさんが聞いてくる。


「ええ、そのまま東の繁華街へ向かって下さい。繁華街のど真ん中にあるベン=アダール広場の正面の角地です」

「なんだと? そんな場所が、よく空いてたな?」

「ええ、たまたま前のご主人が店をたたむとかで……いやあ、ラッキーでした」

「……嘘クセェ」


いや、そんなアコギなことはしていませんよ。と慌てるところがまた嘘くさい。

もっとも、基本が善人だから、人の道に外れるようなことはできないだろうけどさ。


その人の良さが、エンポロス商会が今ひとつ大きくなれなかった原因なんだろうけれど、なにしろ腕輪で大金を得ちゃったからな。

資金がスムーズにまわるようになりさえすれば、それまでの行いの良さがそのまま信用に繋がって、凄い勢いで伸びていく……というか、伸びている最中のようだ。


「それで、2号店ですが、なにか名前は考えられているのでしょうか」

「リーズナブルな方のお店は、いくつ作っても全部『エッセンス』にしようと思っています。ヴァランセの本質という意味ですね」

「ほう、エッセンス。ふむ、音もいいですな。ではそれで登録しておきましょう」


バウンドで結構長い時間遊んでいたこともあって、日はかなり傾き、建物の影が長く伸びていた。


  ◇ ---------------- ◇


2号店改めエッセンスは、広場に入る大きなみちの角に位置する一等地にあった。

広場に面した側のほぼ全てが広い入り口になっていて、その前にはテラス席のスペースも用意されている。


そこから、夕食をとろうとしている人々で、ごった返す広場の中を、ランプライターが街灯に魔力をチャージしてまわっているのが見えた。


「こんにちは、カール様」


入り口を入ったところで、厨房からデルフィーヌが出てきて挨拶をされた。

え? ヴァランセは大丈夫なわけ?


「料理の下ごしらえなんかは、カリフさんがあたらしく厨房の下働きの人を2名入れてくれまして、それで大分楽になったんですよ」

「人材の育成も兼ねて募集したのですが、2名の募集に100名以上の経験者の応募がありまして選び放題でしたよ」


もっとも、どこかのスパイっぽい人も多かったのですが、とカリフさんが苦笑いする。


「そういうわけで、こちらの立ち上げのお手伝いをお願いされたんですよ。向こうもシェフがいないと困るでしょうし、それに、こっちはコストも重要なんでしょう? マリーじゃ凝りすぎちゃうところがあるので」


と笑いながら付け加えた。確かに。最初の屋台の料理、とても屋台で出すようなものじゃなかったもんなぁ。


「それで、どうです? 什器他、なにか気になるところはありましたか?」


とカリフさんがデルフィーヌに尋ねる。ああ、チェックをして貰ってたのか。


「いえ、とても凄い設備で。ヴァランセでも思ったんですが、こんなに設備を整えて大丈夫なんですか?」

「設備は重要ですよ。やりたいことがあるのにできないというのはストレスになりますからねぇ」


カリフさん。以前は相当苦労してたんだろうなぁ。トーストさんのところでも似たようなことを言ってたっけ。


「大丈夫ならいいんですけど。ただ、なんかここ数日、魔道具の調子が……」

「調子?」

「なんだか、魔石の切れるのが早いというか、チャージしてもすぐに使えなくなっちゃうんですよ。少し前はそんな感じじゃなかったんですけど」

「それはおかしいですね。信用のある商会から仕入れましたから、不良品ということはないと思うのですが……。わかりました、調べておきます」

「よろしくお願いします。普通の人でもチャージできるタイプの魔道具ですので、切れる度にチャージすればいいだけですから、今のところ大きく困ったりはしていません」


後でメニューの試食もして下さいね、と言って、デルフィーヌは厨房へ戻っていった。


日も完全に落ちて、外の街灯が灯り始める。広場を行き交う人の数は、相変わらずかなりの人数だ。立地は最高だな。

室内にも魔道具の灯りがいくつも灯り、明るい店内に、もう営業しているのかと、外を通る多くの人が入り口をのぞき込んでいた。


「しかし、なかなか立派な店だな」


ハロルドさんが店の中を見回しながら、そう言った。

確かに。オープンキッチンで、カウンターが10席以上あるよな。テーブルが……


「カウンターが16席で、店内に64席、あと、広い入り口前がテラス席になります。天気の良い日は+8テーブル32席ですな」


テラスまで入れれば100席以上の大箱なのか。確かに人通りは多いけれど、ちゃんとやっていけるかな。


「ヴァランセの経営と言うだけで、すでに注目の的でしたから、ちょっと張り込んでみたのです。フラッグシップを作ってブランド化、でしたか? それをするというのが如何に重要かよくわかりましたよ」


とカリフさんが、今ものぞき込んできた人に頭を下げながらそう言った。


「しかし、これだけの規模の食材を無駄なく提供するとなると、やはり腕輪が必要になるんじゃないかと思うんですが、責任者はどうするんです?」


マリーみたいな人材がいれば、腕輪を預けても全然心配ないけれど、適当なアルバイトじゃ不安があるしなぁ……


「ええ。最初はデルフィーヌにお願いしようと思ったのですが」


デルフィーヌ? それはどうだろう。

今は立ち上げと言うことで手伝ってくれているし、彼女は理性的でなんでもこなす器用さもあるけれど、自分のやりたい料理ということで言うなら、もっとアッパーサイドの料理を指向しているように見えるけどな。


「その通りです。よく見てらっしゃいますな。ですから、料理人や給仕以外にマネージャを置こうと思っています」

「マネージャ?」

「ええ。タリとマリムとトーリアは、コートロゼとも密接に関わっていますし、ヴァランセの仕入れもこなしていますから、このうちの誰かをマネージャとしてこちらの事業に割り振ろうと思いまして」


まだ少し若いんですが、すぐに、3号店や4号店も計画にありますからね。とカリフさんが笑う。

マジですか。


しかし、事業が急速に拡大すると、人が全然足りないな。

特にヴァランセを始めとする飲食事業の仕入れには、今のところどうしてもリンクドアの存在が不可欠だから、信用できる人間以外では回せないもんなぁ。


「後は、ザンジバラード警備保障の王都支店をつくらせて、ザンジバラードと契約を結びましたよ」

「はへ?」


なんか変な音が出た。

聞いてないよ! って、初期の投資を行っただけで、別に経営者でもなんでもないから聞いて無くても当たり前か。

しかし、ザルバルのところのベルランドサービスと、カルマリ商会は完全にバッティングするんじゃ?


「カルマリがサンサやコートロゼで店を出すときはベルランドサービスに任せることになっていますし、ベルランドは今のところバウンド以南のみの展開なので問題ありませんよ」


もう話がまとまってるのか。素早いな。しかし、サイラスやベルランドもすっかり商売人だ。


「そうそう、リーナ様にも、王都で訓練をつけて欲しいとか言っていましたな」


リーナがそれを聞いて、ちらちらと俺の顔をみてくる。まあ、いいけどさ。


「時間があるときなら構わないぞ」

「はいです! 王都では一層厳しくやるの、です!」


いや、あれ以上厳しくしたら死人が出るんじゃないの?


一通り視察をすませ、入り口の柱にケモナーマークを据え付けて、一人悦に入っている間に厨房でデルフィーヌが試食の準備をすませてくれていた。


「目玉はこれですな」


そこに並んでいたのは、唐揚げだった。最初に出会ったとき食べた唐揚げの味が忘れられなかったので、それを中心にしてみたのですとのこと。


「ヴァランセでも時々マリーが作っていますが、油で煮るというのが凄いですね」


この世界、油を大量に使う料理は、ほとんどないもんな。だけど煮るんじゃないんだよなー。


「油で煮るのは別の料理で、コンフィっていうんだ。高温の油に落とす料理は、"揚げる"っていうんだよ」

「ああ、それでカラアゲなんですね」


とデルフィーヌが納得したように言う。でも"から"ってなんなのかしら?と首をひねってるから、何もつけずせいぜい粉だけで、ただ揚げるだけだから、"から"揚げなんだよと教えてあげた。


「じゃあ、なにを揚げてもカラアゲなんですか?」

「うん、そう」


へー、っと彼女が感心している間に、素揚げにされた、いろいろな食材を摘んでみた。

うん、美味しい。他のメニューも、どれも酒が進みそうなラインナップで、ほんと、デルフィーヌって何でもできるんだな。


「あとは、お酒なのですが」


と、カリフさんが切り出した。


酒好きの間で密かに話題になっているらしいヴァランセで出している酒は、実はハイム産だ。

平たい大きなガラスはなくても、吹きガラスはあるので、ボトルやグラスはぎりぎりOKらしい。

しかし、こんな大箱に提供するのは無理だ。今後の展開もあるし、なにしろケモナーマークの意義もある。

不本意ながら獣人はあまり裕福ではない人が多いのだ。


「こういうお店には、非常に安い物から、何かの記念に飲むようなものまで、幅広く取り扱うのがいいと思いますよ」

「ふむ」

「一応ヴァランセに置いてあるものも、少量は用意するつもりですが、主力は王国のエールや果実酒でしょう」

「そうですな。少しツテをたどって、よい醸造所を探してみましょう」


冷えたピルスナーがあればいいけど、無ければないで、酎ハイを作っちゃえばいいよな。


「王国では強いお酒って作られているんですか?」

「そうですなぁ。ドワーフ御用達の火酒というものがあるらしいですが、人にはあまり普及していませんな」


火酒? なにかこう焼酎的なものかな?


「それ、ちょっと手に入れてみてくれませんか?」

「お、何か思いつかれましたか?」


とカリフさんが嬉しそうに笑う。


「いえ、まだものを見てみないとなんとも」

「それはそうですな。では早速手配してみましょう」


カリフさんがそう言い終わるやいなや、外からざわめきが聞こえてきた。なんだ?

ハロルドさんが素早く入り口付近に移動して、柱の影から広場の方をうかがっている。


「どうやら街灯が消えちまったみたいだな」

「事件とか、なにかの陰謀とか、そういう感じじゃなさそうだ。ランプライターが魔力をケチったのかね」


確かに表は真っ暗で、広場に面した店々から漏れる光が、困りながらも普通に歩いている広場の人たちを僅かながらに浮かび上がらせていた。


「最近多いんですよ」


外を見に来たデルフィーヌが、眉をしかめてそう言った。


「へぇ、そうなんだ? でもそれじゃこの辺りのお店は困るんじゃないの?」

「ええ。結構苦情もでているとか。うちもここで店をやるなら、なんとかして欲しいところですよね」

「まあ、いざとなったら、自前で街灯を店の前に立てちゃえばいいさ。そしたら、温かい間は夜でもテラス席で……」

「そりゃ、気持ちよさそうだが、その前に虫対策が必要になりそうだな」


とハロルドさんにつっこまれる。ああ、真っ暗で1カ所だけ光源があれば、そりゃ、虫も寄ってくるか。


「ああ、そう言えば」


後ろにいたデルフィーヌが、思い出したように口を開いた。


「この件で、明日のお休みにマリーが王太子様とデートするって言ってましたよ」


「は?」

「デート?」

「王太子様と? 成人した?」


それぞれ、俺、ハロルドさん、カリフさんの声だ。

ウルグ様、マリーとデートって一体何を考えてるんだ。ホントにこの国は大丈夫なんだろうな……

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