第129話 これでもう、王都を揺るがす大事件に発展しちゃうことは確実ね

その日、家まで馬車で送ってもらったデルフィーヌは、隣のマリーの部屋で、彼女に枕ではたかれていた。


「だ・れ・に・も! 言っちゃダメって言ったでしょ?!」

「いや、だって、カール様だし……」


他の人とは違うじゃない、なんてデルフィーヌがもごもご言っている。

はぁ、とため息をつきながらマリーはデルフィーヌの肩を両手で掴んで力説を始めた。


「いい? カール様は貴族だけど偉ぶらないし、気前は良いし、実力はあるし、能力は滅茶苦茶ありそうだし、子供だけど凄い大人びていて、ホントーにいい人なんだけど、ひとつだけ大きな欠点があるの!」

「え? なにか変な趣味があるとか?」

「それくらいなら、いいでしょ別に」

「いいんだ?!」

「変な趣味のひとつやふたつ、みんな持ってるじゃない。アンタだってこないだのお給料で買った、業物の料理用ナイフの刃をうっとりと眺めて、ニタニタしてるじゃない」

「ひどっ! ニタニタはしてないよ!」

「いや、してるから」

「ええー?」


「まあ、そんなことはどうでもいいの。いい? カール様の欠点はね、異常な大事件体質だってことなの!」

「大事件体質?」

「そう。どんな些細な事件でも、カール様が絡んだとたんに事態が急変して、突然手に負えなくなるの! そして、最後には必ず大変なことになるんだから!!」

「うーん」

「考えても見てよ、か弱い乙女に店を出させてあげようなんてささやかな話が、たった1ヶ月だよ? たった1ヶ月で、王太子主催の晩餐会で料理長をやらされたんだよ!? 何をどうやったらそんなことになるって言うの?!」

「そうね……あれは私も目が点になった。か弱い乙女はどうかと思うけど」

「もう、ソルドール様に会ったらどうしようって、気が気じゃなかったんだから!」


セルヴァル=ソルドールは王宮の押しも押されぬ大料理長だ。王宮の晩餐会で王宮料理人じゃない人間が料理を作ったと知られたら殺されかねない、とマリーは信じていた。


「それで、結局カール様もいらっしゃるって?」

「うん。本人は『恋愛は当事者同士の問題なんだからどうでもいいでしょう』なんて言ってたけど。カリフさんが『間違いがあってはいけませんので、是非お供に』って、無理矢理。でもあの歳で恋愛って、意味わかって言ってるのかな?」

「貴族様だからその辺の教育は早いんじゃないの? しかし、そうかー、いらっしゃるのかー」

「ウルグ様、怒るかな?」

「うーん……。たぶん、だけど、喜ぶんじゃないかな」

「へ?」


デートに他の男が付いていって喜ぶ男? やっぱ変な趣味なんじゃ……などと失礼なことを考えているデルフィーヌを尻目に、マリーは悩んでいた。


「ううう、単にランプライターの不備を確認するだけで良かったはずなのに……。これでもう、王都を揺るがす大事件に発展しちゃうことは確実ね」

「いや、それもどうかと思うよ?」


あまりの言いぐさに、素に戻ったデルフィーヌは思わず突っ込みを入れていた。


  ◇ ---------------- ◇


「じゃあ、明日は予定通り、カリフライナーの試走も兼ねて、ラバシュ――フィセルの次男坊、と共に王都からコートロゼに向かって出発しますから、マリーの件はくれぐれもお願いしますよ」


王都のエンポロス商会の建物で、カリフさんが実に心配そうに念を押していた。


「任せて下さい。ウルグ様の指一本、マリーには触れさせませんから」

「いや、そういうのとは、ちょっと違うのですが……」


カリフさんは眉を八の字にして心配している。なにしろ相手は未来の王様なのだ。


「大丈夫、大丈夫。それにそちらもクロがいれば問題はないでしょう。リンクドアも持たせておきますから。たのんだぞ、クロ」

「まかせて」


小サイズのクロは、やる気満々でコクコク頷いていた。

そうか、俺たちと離れて、一人で何かをするのは初めてなんだな。これはあれか、初めてのお使い的なイベントか。


俺はこそっと、クロに耳打ちした。


「くれぐれも空は飛ぶなよ」

「キンキュージタイのときは?」

「緊急事態? うーん、誰かの命に関わるような場合は飛んでもいい。なるべく人目は避けてな。一応ポーションも2本渡しておこう。死んだ瞬間くらいならそれで復活できるから、早まるなよ」

「わかった」


  ◇ ---------------- ◇


「パウリアのメモか……」


サンサ南の隠された塔の探検隊隊長だったティベリウス=アエミリアヌスは、与えられた個室で、疲れたようにため息をついて、目の下の大きなクマを右手の人差し指と親指でもみほぐした。


「インバークで、ウーダの名前が出てきたときは、あのウーダかどうか疑いも持てたが、今度はパウリアとはね」


あれから丸2日、隊員全員が寝食も忘れ、サヴィールの厚意で提供された、コートロゼの教会の一室で資料の保存と分類に没頭していた。

もっとも重要だと思われる発見は、現在でもよく知られているパウリアの紋章が刻まれた、封印された文箱程度の大きさの箱だった。隊員達は震える手でその封印を解き、箱を開けた。

中には十数枚の、きれいに揃えられた大きさの羊皮紙と、何枚かの不揃いの大きさの羊皮紙が入っていた。保存の魔法がかけられた封印の力か、それらは経過したであろう時間を考えると充分すぎるほどに良い状態といえた。

が……


「まるで読めん。これは一体何が書いてあるんだ?」


大きさの揃えられた羊皮紙には、おそらく文字であろうと思われる記号の羅列が書かれているが、ざっと見ただけでも100種類くらいの形がありそうに見える。

不揃いの方は、いわゆる古い文献に使われているのと同じ言語で綴られていて、一部にパウリアの署名が入っていることからも、本人の直筆に思えた。


「どうやら、この文字らしきものを解読しようとしていた……ように見えなくもないが」


問題は不揃いの方にある、文字解読の合間に書かれたであろう走り書きだ。それを見た瞬間、ティベリウスはすぐにそれをもって個室に籠もり、まだ誰にも見せてはいない。

断片的で、内容もよくわからない部分が多いが、それでもいくつかはそうであろうと想像できる部分があった。


「ウーダの手記は、まるで告解めいた内容で、罪悪感に塗りつぶされていたわけだが、これは……」


非常に混乱した内容だったが、見方によっては、災厄を封じたと読めないこともない。災厄?

しかし、本当に災厄を封じたのであれば、ウーダがあれほど罪悪感にさいなまれる理由はなんだ? 世界を救ったヒーローだろ?

しかもなぜ彼らはアンデッドになりながら塔の中にいたんだ? まるで、永遠の牢獄のような場所で、何かの罪をあがなわされているかのように。


「どうにもちぐはぐな感じだな……」


もし本当に災厄を封じているのだとすると、旧バウンドは250年前に、インバークとサンサ南はつい先日壊れた。これって、災厄の封印が解けるってことなんじゃ……


しかし、ウーダはともかくパウリアだと思われる人物は、その意志で魔法陣を壊させて南へ飛び去った。つまりは魔法陣は災厄とは無関係ということか?


「くそっ、うまく考えがまとまらん!」


少し寝るか、とのびをして首をゴキゴキとならす。

ドアをすかして覗いてみれば、隊の連中も半分は机の上で撃沈していた。


固いとはいえ、一応ベッドがある部屋に感謝をして横になると、彼の意識は即座に闇の中に溶けていった。


  ◇ ---------------- ◇


「え? 本当に来るって?」

「ああ。明日の朝迎えに来るそうだ。ラバシュのことは、くれぐれも頼んでおいたから」


爺ちゃんがそう言った。

いや、困ったな。これ以上俺がここにいると、アインバックにいとの間にフィセルの跡継ぎ問題が起こりそうだったから、どっかに奉公にでもいくかな、なんて気楽に爺ちゃんに漏らしただけなのに『お前にパン作り以外のことができるとは思えんから、今世間を賑わしている男の所へ行け』なんて真剣に言われちゃって。

ちょっと調べてみたら、王都の超一流がこぞって弟子入りを志願しているというじゃない。これなら間違ってもキャリアゼロの俺が選ばれるわけないから、気楽にOKしただけだったのに。

しかし、並みいる職人を押しのけちゃった以上、今更嫌だとは言えないし……


「わかったよ、爺ちゃん。ま、休みの日には帰ってくるから」

「いや、それはちょっと難しいんじゃないか?」


爺ちゃんは、何を言ってるんだ、お前、と言わんばかりにそう言った。


「へ? 凄い厳しい人で、休みなんかないとか?」

「いや、場所がな」


場所? 王都内じゃないのか? 日持ちのしそうにない柔らかいパンが王都で売られてるんだから、王都の近所には違いないはずだけど……


「コートロゼだからなぁ……」


コートロゼ?


「修業先ってコートロゼなの?」

「ああ、そう聞いている」


コートロゼ? 聞いたことがあるような、ないような。王都の近くにそんな街があったかな? ……って、コートロゼって一体どこなの???

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一度くらいは転生するのも悪くない @k-tsuranori

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