第127話 久々のバーナムと2億の噂と楽しいお祭り
「それじゃ、1台だけで構わないから、なんとか明日までに内装を仕上げてくれよ」
翌朝、結局全員バウンドのエンポロス商会に泊めてもらった俺たちは、充分日が高くなってから、マリウスさんを見送っていた。
「ああ。しかし、王都から試走するったって、馬はどうするんだ? ハーネスを用意する都合があるからな」
「今回だけクロ様にお願いした」
ハロルドさんの頭の上で、小サイズのクロがフンスーと胸を張っている。なんでも最上級のお肉で懐柔されたらしい。
まあ、少しの間だし、クロにリンクドアを持たせておけば、何かあっても大丈夫だろう。
「言っとくけど、空飛んじゃだめだからな。ちゃんと走るんだぞ」
とこっそりクロに耳打ちしたら、ガーンという効果音が出そうなくらい驚いた顔をした。お前、飛ぶつもりだったのかよ……
「それじゃ、これからすぐ王都に向かうんですか?」
とカリフさんに聞くと、先にタルワースさんのところによって、ケルティックシリーズの加工が可能かどうか聞きたいとのこと。
ノエリアが魔法を付与した石に穴を開けることが出来るのかって問題か。付与魔法って、構成する物体全体にかかっているものなのかな?
だとしたら穴なんか空けられないんじゃ。
「ま、その辺りは、専門家に聞くのが一番でしょう。ちょっとタルワースの店まで行って来ようと思うのですが、カール様はどうされます?」
本当なら付与したノエリアが付いていった方が確実だけれど、マスクマンの正体がばれそうな真似は極力避けたほうがいいしな。
マップを確認したら、カリフさんにはわらわらと枝が沢山ついていたし。デーデキント侯にマッキントール伯に、あーあ、トルゾー伯のところまでいるじゃん。
※※※※※※※※
※ウィルヘルム=デーデキント侯爵は、軍務長官。75話に登場。
※ジョシュア=マッキントール伯爵は、商務長官。99話に登場。
※ヒョードル=トルゾー伯爵は、サリナお祖母様と仲良しの財務長官。あちこちに登場。
※※※※※※※※
「カリフさん。どうもいろいろと枝が付いているようですが……」
「ああ、特に害はありませんので気にしなくても大丈夫ですよ」
彼らが探しているのは、バウンドで私が接触するはずの、大魔法使いにして謎のマスクマンですからな。とくすくす笑っていた。一応気がついてはいるんだ。
とはいえ、デーデキント侯のところなんて、露骨に店の前に陣取って威圧してるし、気がつかない方がどうかしてるか。
もっともさすがは軍部、あれは囮で本命はちゃんと隠れているんだけど、カリフさんがこんなに堂々としてちゃ作戦倒れになりかねないな。他国への牽制というか露払いくらいにはなるか。
「しかし、跡で情報を付き合わせられたときに、今バウンドにいて、午後には王都にいるなんてことがばれるんじゃないんですか?」
「それですが――」
なんと故意に影武者を雇用した話を流したとかなんとか。
つまり、各都市にいるカリフさんはどれも別人で、本物はバウンドにいるものだという『極秘』情報をさりげなくリークしているのだとか。マジデスカ。
「そんなので騙されちゃうんですか?!」
「いいですか、カール様。今はあらゆる商会が謎のマスクマンと渡りを付けるべく、私の周辺を大なり小なり調べているはずなのです。ですから、それを回避するために影武者を雇うことなど実に当たり前の話。リンクドアで何処にでも行けるなどという話よりも100倍は信憑性がございますとも」
なんて、真顔で返答された。
「しかも本物はバウンドにいるという極秘情報まで、わざわざ掴ませてあげているのですから、この周辺に集中的に人材を投入するしかないでしょうな」
「そんなにうまくいきますか?」
「ただでさえ稀少な、一流の人物鑑定使いが必要なわけですから。いかに軍部と言えども、あちこちに分散させる余裕はさすがにないでしょう」
と、にやりと笑った。むむむ。そう言われればそうかもしれないが……
「それにですな」
と顔を寄せてくる。
「ああいった人たちは、隠そうとすると余計意固地になって調べ尽くそうとしてくるので、ある程度リークしてコントロールした方が良いのです」
商人の世界は生き馬の目を抜く世界だとはよく言ったものだ。情報の取り扱いで彼らに対抗するのは難しそうだな。
「ですから、気にせず移動していただいて結構ですよ」
特に辺境のコートロゼへは、冒険者にでも擬装してこないと街の中で怪しい人になってしまうが、それだと大魔の樹海に冒険に行かなきゃいけなくなるためスパイのなり手がいないのだとか。
「一流の人物鑑定持ちで、大魔の樹海に入れる冒険者など、まあいませんからな」
ごもっとも。
「じゃあ、バウンドも久々ですし、知り合いも少しはいますから、我々はあちこちブラブラしてみますよ」
「おいおい、ナルドールのいいカモになるんじゃねぇの?」
とハロルドさんが笑う。
うう。あの人は避けたいところだ……セルヴァさんにはお世話になったし、会ってみたいけどねぇ。
◇ ---------------- ◇
カリフさんと広場で別れた俺たちは、昼時の喧噪に一段落がついた街並みを眺めていた。
「1期も来ないと、すごく久しぶりに感じるな」
とハロルドさんも辺りを懐かしそうに見回している。
「ハロルドさんも、春宵の月陰亭へ挨拶に行ってみたらどうです? バウンドの街中じゃ護衛もいらないでしょうし」
「別に街中じゃなくたって、お前等がそろってりゃ、護衛なんかいらないだろ」
いやそれって、自分の立場を全否定してませんか? と聞いたら、俺の役割は、お前等に常識を教えることだからな、と澄ました顔で言われてしまった。ううう。
「じゃ、ちょっと顔を出して、リンドブルムの怨み節を唸ってくるぜ。この辺りにいるか、そっちが早けりゃ月影亭まで呼びに来てくれ」
「まだ覚えてたんですか……」
「あたりまえだ! ああ、まだ沢山残っていたのに……」
そう言いながら、月影亭の方へと足早に歩き出したハロルドさんを見送っていると、リーナに声をかける男がいた。
「お? 前によく来てくれた嬢ちゃんじゃねぇか?」
ああ、あのガタイの良かった、ええと、何て言ったかな……そうだ、バーナムさんだ。DHサーペントを焼いてくれた、リーナのお気に入り屋台の人だ。
「おしさ渋りなの、です!」
「いや、そこは、お久しぶり、だろ。まあいいや、ほれ、くえ」
と何本か串焼きを突き出してくる。
リーナがちらりとこちらを確認してくるから、頷くと、
「ありがとうございます、です」
と言って、それを受け取って食べ始めた。
俺がカネを払おうとしたら、久しぶりだから挨拶代わりの奢りだと、バーナムさん。ブラックウルフは安いしなとこっそり耳打ちされた。ああ、あのボクには無理な固いやつか。
「ブラックウルフは歯ごたえがいいの、です」
銀狼族にはあれがいいんだろう。
「じゃ、私もなにか買いますよ。あんまり固くないやつを」
「まいどあり。それじゃ、これだな」
とタイダルボアのやわらかなところを3本渡してくれた。3本? ノエリアと……あれ、クロが大サイズになって付いてきてら。ハロルドさんと一緒に行かなかったんだ。
「なんだよ坊主。美人が増えてるじゃねぇか。しかもなんか……」
まぶしいものを見るような目で、バーナムさんがクロを見つめる。大サイズのクロはボンキュッボンだからね。中身はクロだけど。
「こいつは隅に置けねぇな!」
なんだか誤解されたような気もするが、まあいいか。その後は適当に串焼きを囓りながら、最近のバウンドについて聞いてみた。
「そうだな。最近なんだか人が増えた気がするな」
特に裕福そうな商人とか、どこかの貴族様付きみたいなタイプが、と付け加えてくれた。
「へえ、じゃ前より儲かりますか?」
「まあな。とはいえ、裕福な奴らが何人増えたところで、屋台の売り上げがそれほど変わるわけじゃねぇけどな。こないだのDHサーペントみたいな特別な素材でもあれば、そういった連中も食べてみる気になるかもしれないけどよ。いや、やっぱならねぇか」
偉い方々の考えることなんて、わかんねーからな、なんていいながら、ガハハと笑った。DHサーペントか。
「実はDHサーペントの肉って、今も結構あるんですが、いりますか?」
「おお? んー、しかしな、まわりの営業妨害に……」
バーナムさんがそう言おうとすると、隣の屋台をやってた男が、聞き耳を立てていたのか即座に割り込んできた。
「ならねぇよ。昼のピークは過ぎたしな! というか、今度こそ俺にも食わせろよ!」
見ればみんならんらんと目を輝かせてDHサーペントに期待しているようだ。前回食べ損ねた人かな? みんな好きだね。
「なら、焼くか!」
とバーナムさんの宣言に応えるように、まわりから歓声が上がった。
◇ ---------------- ◇
「あら、なにかしら?」
細工職人のタルワースが顔を上げる。広場の方で歓声が上がったみたいだ。
「さあ。なにか楽しいことでもあったのでしょう。それより、いかがです?」
いかがですって言われても、この小石に穴を空けるのは簡単だけど。どうしてカリフさんはこんなに真剣そうなのかしら。
別に特別な石というわけでもなさそうだし、その変にいくらでもころがっているような……あら?
「カリフさん、これ、なにか魔法陣が刻まれていますけれど」
「ええ、ちょっとした魔法が付与されている石なのですが、その効果を損なわないように加工できるものでしょうか」
「そうですね……」
「あ、魔力を通すのは止めて下さい。登録されてしまいますので」
「登録?」
改めてその魔法陣を眺めてみると、まるで蜘蛛の巣のような繊細さで、ものすごく細かい線が刻まれていた。
理論上はこの線に傷を付けなければ、加工は可能だ。
しかし、あまりに繊細で、どこまでラインが引かれているのかもはっきりしない。知っている術式なら、ラインが確認できなくても判断できるものだが、これはあまりにも見事で、そして見たことのない術式だった。
それに登録? それは魔力登録して持ち主しか使えない機能が付与されているってことだ。つまり、加工に魔法が使えない。
普通こういうものを作るときは、ベースのアイテムを加工してから付与を行うものだけれど……
そういえば、いつだったかハムサードが『おまえ、すげぇもん作ったな』なんて言ってきたけどなんのことだかわからなくて、詳しく聞いたところ、彼も詳しくは知らないけれど、あの腕輪が2億セルスで買われたとかなんとか……いくらなんでもそんなバカなと、あのときは一蹴したのだけれど。
最近のバウンド騒々しさや、断片的に聞こえてくる噂。……もしかして、これ。
「まさか、これ、アイテム……」
カリフさんが言葉を遮り、しーっと人差し指を唇によせた。
ええー?! 本当なの!?
「まあそう言うわけですから、あまり失敗したくはないんですよ」
それはそうだろう。この石ひとつで、うちの売り上げの何年分にもなるのだ。
「む、無理です! 加工なんてできませんって!」
「なんとか、なりませんかね?」
「なんとか、って言われても……」
本体に穴を空けたりするのは論外だ。それなら、紐付きの革袋にでも入れておけばいいと思うけれど、うちに持ってきたってことは、それじゃ見た目がちょっとよろしくないってことね。
「では、皮で……こう鞠のような形に編んでその中に入れられてはいかがでしょう?」
「ははあ、鳥籠方式ですな。一応それにつける革紐はこちらを使う予定なのですが」
そういって、カリフさんが何本かの紐状の皮と広げると1メトル四方くらいになりそうなまるめた皮をポーチの中からとりだした。
すると、それを横目で見ていたハムサードが、勢い込んでやってきて、いきなりその皮を奪うと、表にしたり裏にしたり、真剣になでたりして興奮している。
「あの、あれもなにか……」
「まあ、簡単に切れたりしてもよろしくありませんから……ここだけの話、とある竜種のものです」
「りゅっ……」
私が言葉につまっていると、ハムサードがその皮を大事そうに抱えてこちらにきて、
「こいつは俺に取り扱わせて貰えるんだろうな?」
と、いつになく真剣な眼差しで聞いてきた。カリフさんは苦笑いしながら、
「まあ、ひきうけていただけるのでしたら」
なんて言ってるけど、これはもうだめだわ。引き受けない未来がみえません。
その後、参考に置いていきましょうかと、件の石を渡されかけたが、何か事故があったら絶対に弁償できないから丁重にお断りして、寸法だけいただくことにした。
そしたら、似たような石が10個も出てきて……ええー、これ全部、アレ、なの?
他言は無用でお願いしますよ、なんて笑っている。そりゃそうだろう。こんなことが知れたら、今夜からエンポロス商会には泥棒が大挙して押し寄せることは確実だ。
ひとつひとつ細かく寸法をとっていると、そうそう、あの腕輪は大変好評ですよ、なんて言われた。
それって、機能さえあればデザインなんかどうでもいいんじゃ……とも思ったけれど、カリフさんに腕輪を渡してしばらくしてから、銀の腕輪の注文がすごく増えたのは確かだし、言葉通りに受け取っておくことにしよう。
◇ ---------------- ◇
バーナムさんがDHサーペントを焼き始めると、まわりの屋台からも続々と注文が入ってきた。広場をゆく人は次々と足を止め、焼いても焼いても全然間に合わない。
それじゃあと、まわりの串焼き屋台にも肉を提供して協力して貰い、その辺り一帯の串焼き屋でDHサーペントが焼かれる事態になっていた。
この独特の香りが酒を誘うらしく、広場のまわりにある、酒を出す店にもひっきりなしに人が出入りしていた。
クロとノエリアが、屋台のオッサン達が用意してくれたテーブルの椅子に座って、焼いてもらったお肉を楽しそうに食べている。
若い男達が、その様子をちらちらと横目に眺めている。うんうん、わかるよ。
リーナは、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、屋台ソムリエの本領を発揮しているようだ。
「はっはー、なんだか祭りみたいになっちまったな。日頃のストレスも吹っ飛ぶってなもんよ」
バーナムさんが一休みしながらそう言った。うん、たまにはこんな日があってもいいよね。それにしてもストレスって、
「なにかあったんですか?」
と聞くと、誰かが差し入れてくれたエールをぐっと
「人が増えたって言ったろ? おかげで変な客も多くてな。気前よく串焼きを買ってくれるのはいいんだが、そのたびに、マスクを付けた魔術師を知らないかって、嫌になっちまうくらい聞かれるんだ。ありゃいったいなんなんだ?」
ああ、なるほど。屋台での情報収集とか基本だもんな。
「噂ですけど、どうやら、何か立派な仕事をした大魔術師が、バウンド周辺に現れたらしくって、その人を捜していろんな人がやって来ているそうですよ」
「ふーん、そういうことかい。……ならそいつには、ぜひしばらくこの辺りに居続けて欲しいねぇ!」
ガハハと笑いながら、エールを呷り、DHサーペントの串焼きを囓っているバーナムさんは実に楽しそうだった。
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