第77話 コートロゼ農地開発プロジェクト

「では、これから、コートロゼ農地開発プロジェクトを始めたいと思います。はい、拍手ー」

「またそのパターンかよ」


あきれるハロルドさんを尻目に、リーナとノエリアとクロ(大サイズ)が、ぱちぱちぱちと手を叩く。


俺たちは今、カーテナ川底カーテナベッドトンネルバーロウに向かう、トンネル街道の入り口に来ていた。

農地予定地は、南北は長塁から数百m離れたこの辺りから街南端まで、東西はカーテナ川からコートロゼの外壁までの、大体 1000m x 1000m くらい? を予定している。


えーっと、確か米だと1たんで1こくの収量があって、1人を1年養えるとか日本史で習ったような気がするな。1反って、100m x 10mだっけ?

じゃあ、1ヘクタール(100m x 100m)あたり、10人ってことか。ってことは、100ヘクタールで……ええ? たった1000人分なの?!


「いいじゃねぇか、コートロゼってそのくらいしかいないだろ?」


え? そうなんだ。2000人くらいいるのかと思ってたよ。

しかもノーフォークをやると、耕地面積は1/4になるよな。下手すると250人分? 中世じゃ収量増加でまかなえたと聞いているけれど……


「それでも、今後の人口増加にですね」

「カリフが持ってくるだろ」

「いや、それはそうなんですが……食糧自給率というものがですね」

「コートロゼに自給率もクソもあるかい」


ま、まあ、今まではそうだったんですけどね。

たんで1こくは凄く昔の話だから、ここではもっと収量があるかも知れないし。どうせ街は南門の先に広げるつもりだったから、貯水池くらいまでなら場所はあるか。


じゃあ、とりあえず木を切りますかね。


「きらーん。おまかせなの、です」


うん、うん。きらーんはカタナが輝いた音だね。


木の高さはこないだカットしたときチェックしたら一番高いものでもせいぜい50mくらいだったから、リーナのアイテムボックスにも入るはず。

しばらくおきに、腕輪に移せば大丈夫だろう。


銀狼族は夜目が利くし、そのまま、ダダダダと切り倒しながら走っていった。


「あんまり遠くまでいくなよー」

「おまかせなの、ですー」


同じく夜目が利くクロは、周りをうろちょろしながら、時々矢を放っている。そのあとどさどさと音がするから、なにかいるんだろうな。


ノエリアは、灯籠ロンテーヌを作った後は、ハロルドさんと一緒に、俺の周りに控えていた。あとで土魔法を使って貰わないといけないから丁度良いか。


「ご主人様、私も木を切りましょうか?」


とノエリアが言ったが、ディメンションソードを使うつもりだろう。しかしあれは空間魔法だ。どこで命を削るかわからない。


「いや、ノエリアにはあとで開墾リクレイムをたっぷり使って貰うから、今は休んでて」

「はい。ではお茶にしましょう」

「そうだな」


「おい、ここは街の隣とはいえ、大魔の樹海の、しかも夜なんだぞ?」

「まあまあ、今のところ、そんなに危険はないですから」


とマップを見ながら答えた。あ、リーナはもう反対側まで到達してるぞ。遠くまで行くなって言ったのに。こないだの川までは冒険っぽく注意したり歩いたりしてたから時間がかかったのか。

リーナの近くの赤い点がさくさく消えていくのは、大木ごと切り倒しているに違いない。相変わらず凄いな、あのカタナ。


「暇ならハロルドさんも切ってみますか?」

「あ・ん・な・真・似・が、普通の人間にできるわけ無いだろ?!」


いや、できそうな気がするんだけどなぁ。とおだててみたけど、剣が折れたら嫌だから、嫌だと断られた。

それでも時々、剣を木にあてる角度なんかを試しているから、興味はあるんだな。


クロは相変わらずスタスタスタと歩いていっては、ばしばし矢を放ち、戻ってきてお菓子をかじっては、またスタスタスタと歩いていく。


リーナが1往復して戻ってくると、大体50m幅くらいの木が切られていた。

アイテムボックスの中の木を全部受け取って、ついにMP共有してやると、ひゃうんっとかいって尻尾の毛を逆立ててた。


「リーナ、今度から100メトルくらいで折り返して、カーテナの方に進んでくれるか? そしたら同時にいろいろできるから」

「いえっさー、なのです!」


リーナが走っていくとの空き地ができるのが大体同じスピードで、みてるとギャグ映画を見ているようなおかしさがある。

近くにいるときだけ、微かにシュン、シュンといった音が聞こえたけれど、あれが木を切る音なのか。


「木どころか岩まで切れてるぜ」


とハロルドさんがあきれて指さした先には、ちょっと大きめの岩が木と同じ高さでカットされていた。誰かが寝てたりしたら大変なことになりそうだな。まあ、大抵その人は最初から死んでるだろうけど。


ノーフォークをやるかどうかは分からないけれど、一応 100m x 1000m を4つで一組にして開墾しておくか。

余ったところは俺の実験農場にすればいいしね。


「ノエリアは、試しに開墾リクレイムを使ってみてくれる? 切り株や、大きな石類を分解するような感じで」

「わかりました」


ノエリアが呪文を唱えると、1ヘクタール(100m x 100m)くらいの範囲が鈍く輝いて、そこにあった切り株や岩などが細かく崩れて土にとけ込んでいく。

全てが終わった後には、黒く良さそうな土だけになっていて、表面から湯気が立ちのぼっていた。


「カイはああいってましたが、やっぱり魔法の方が早いですよね」

「いや、それはたぶんお前らだけ」


ハロルドさん、最近、実も蓋も素っ気もないですね……


作業はスカスカすすんでいく。お互いが近づいたところで、MP共有が有効になって、ひゃうんっという声が聞こえるのが面白い。

大体1列100mが30分くらいで進んでいるから、全部だと、えーっと、5時間? なんとか朝になる前に帰れるかな。


  ◇ ---------------- ◇


「つーかーれーまーしーたー」


どさっと俺の頭の上にアゴを載せて、後ろからリーナがもたれかかってくる。


「おつかれー。一杯カタナを使ったから、後でダグさんのところへ持って行って様子を見て貰えよ」

「はいなのですー」


伐採し終わったリーナは、ノエリアが開墾と壁作成をやっている間に、ひたすら水路を張り巡らせていたのだ。


水路の終点を下水の始点に繋いだら、農業用に引っ張ってきていた上水道の2本のラインのうちの1本を水路の始点に繋いで、弁を開ける。

きれいな水が、勢いよく水路を流れ出し、薄明かりに時折表面が反射している。あー、なんか水田もいけそうな気がしてきたぞ。米はあるって言ってたしな。


「なあ、カール様よ」

「なんです?」

「これ、本当に大丈夫なのか?」


と、ハロルドさんが心配そうに言う。

そこには100m x 1000mの見事な畑が12本並んでいた。結局2本増しの12本になったのだ。うっすら明るくなってきた空の光が、それを微かに浮かび上がらせている。


「おつかれさまでした」


畑を囲む壁を作っていたノエリアが合流する。

これで、北側は、トンネル街道の向こう側に壁が作られ、南側は、畑の少し南にカーテナまでの壁が作られている。後は街壁と繋いで、街壁に通路用の穴を開ければ完成だ。


「大丈夫って、なにがですか?」

「いや、昨日まで大魔の樹海だったところがだぞ? 一夜にして肥沃な畑に変わっていたらヤバくないか?」


「俺は嬉しいですけど」

「そりゃ、嬉しいさ。だけどなぁ……カーテナ川のトンネルの時と違って、広くて目立ちすぎるだろ。いくら人目を忍んでも、これって意味無くないか?」


下水もすげぇ規模だったが、あれは普通目に見えないしな。なんて言われてしまった。


「まあまあ、コートロゼの人はもう慣れてますって。それに過程があんまりだから人目を忍んでいるわけで――」

「ああ、あんまりだって分かっちゃいるんだ」

「……そんなわけで、結果だけ目の前に突然現れても、凄いなーくらいで済んじゃいますって」

「そうかなぁ……俺は何かヤな予感がするん――」


「はああああ?!」


とハロルドさんがそう言いかけたとき、南門の方から大きな声が聞こえてきた。

あの制服はザンジバラードの……誰だっけ?


「タイラーなの、です」


それで、こちらに気がついたのか、タイラーが駆け寄ってきて敬礼した。


「サー、おはようございます、サー!」


とリーナに向かって言った。続いてたのかよ、これ。


「朝番です?」

「サー、イエス、サー!」


「おい、これは何の茶番だ?」


とハロルドさんが耳打ちしてくる。クロはちいサイズになって、ハロルドさんの肩車で後頭部にはりつき、すぴーすぴーと寝息を立てていた。


「どうも、リーナの訓練によってこうなったようです」

「何をどうやったらこうなるんだ?」

「さあ、一度参加してみては?」

「……いや、遠慮しておこう」

「賢明です」


「サー、これはどういう事でしょう。昨日は何もなかったはずですが……サー」

「さっき、ご主人様がお作りになられました!」


ふんすーと鼻の穴を広げながら、リーナが自慢げに言った。

あ、まておい。そんなごまかしようがないことを言うんじゃない!


「は? あ。サー、失礼しました、サー」

「さすがはご主人様なのです」


腕組みをして、うんうんとうなずきながら、そんなことを言っている。やーめーてー。


俺は慌てて、もう帰るよと割り込んだ。


「はいなのです。ではタイラー、またなの、です」

「サー、イエス、サー!」


そうして俺たちはその場を後にした。


「ありゃ、起きたら大騒ぎになってるな。間違いない」


とハロルドさんが不吉な予言をしていた。

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