コートロゼ

第42話 プロローグ(コートロゼ編)

荘厳な空間だ。


翼廊を歩きながら、王都北教区大主教ドミノ=ロエロ=デルファンタリオーレはクロッシングで立ち止まって辺りを見回した。


計算され尽くしたマニエリスムによる柱の配置、荘厳性や崇高性を感じさせるその複雑な装飾。

天には、シールス神様の思し召しが、あまねく地に降り注ぎ、天使が人間の繁栄を祝福しているフレスコが描かれている。


この場所はシールス様の息吹をより身近に感じられるように思えますね。もちろん、聖都にあるシルセール大聖堂はもっと素晴らしいのでしょうが……


「恐れながら」


彼の影から、唐突に一人の男が現れた。


「このような場所で」


王都で最も崇高な場所でするような話ではないと、ドミノは顔をしかめながら、足早に北側――翼廊は南北になるよう配置されている――に歩を進めた。


「申し訳ございません。一刻も早くお知らせしなければと」

「それでどうしたのです」


翼廊の北側から出てすぐの場所にある、小さな部屋の中で彼は聞いた。


「は。コートロゼの件、サンサで失敗したようです」

「失敗?」


失敗とはどういうことだ? あの欲深な盗賊が輸送隊を襲うのに失敗したのか? ダンフォースがなにかをしでかしたのか?


「報告によりますと、シャイアが輸送隊から例の物を奪ってサンサの南に逃げたところまでは計画通りだったようです。その際、教区の司祭が一人殺されています」


ああ、それは良い。あの男は王太子の思想にかぶれかけた馬鹿者でしたから。

鷹揚にうなずいて先を促す。


「どうやら、盗賊団が輸送隊を襲っていたところに、たまたま通りかかった者がいたようです」


なんと間の悪い。


「襲撃そのものは成功したようですが、その後、そのもの達にちょっかいをかけた盗賊団数人と、現場から助け出された助祭がサンサの街に渡されたことを確認しています」


あの馬鹿どもが! バウアルト侯爵令嬢を巻き込んだとき、あれほど言ったのにまたですか。しかし拙い、これは拙い。助祭の口から私のことが漏れることは無いでしょうが、盗賊団は教会の関与をしゃべるかも知れませんね。

額に僅かに汗をにじませながら、


「それでその者達は?」


と聞いた。


「助祭は行方不明。盗賊団の数名は、牢の中で殺されていたそうです」

「殺された?」

「はい。状況から言って、ダンフォース助祭が手を下したのではないかと」


なるほど。うまくやりましたね。しかし、吸魔の像とダンフォースはどうなったのでしょう。


「それで、結局スタンピードは起こらなかったのですが? あの欲深な盗賊団はどうしています?」

「いえ、計画通りサンサの南で大規模な魔物のスタンピードが発生し、盗賊団はそれに飲み込まれ全滅したようです」

「それではサンサも犠牲に? おお、恐ろしい。願わくば神のご加護を」


くっくっく。亜人どもなどと、まともにつきあっているからこういうことになるのですよ。

後は、教会の力でサンサの人間を援助する準備をしなければ――


「いえ、サンサは無事でした」

「……なに?」

「スタンピードが発生し、大量の魔物に襲われ、騎士団は全滅、後は街が飲み込まれるだけになっていたらしいのですが」


「それでなぜ無事なのです?」

「天使が降臨したそうです」


「なんですと?」


天使? 天使だと?! 何故そんな場所に天使が降臨する?


「いえ、流石に本物の天使だとは思えませんが、皆が口々にアンジュ・ノワールが降臨されてパーディションを行使され、街は守られたと、そんな話をしていまして」


パーディション? いと高きところから降臨される天使にふさわしくない闇魔法とはいえ、そんな高位な魔法を使いこなすものがいたとでも?


「それで、その真相は?」

「わかりません。確かなのは、何千もの魔物が押し寄せ、騎士団も全滅したサンサが、全く無事に存在しているということだけです」

「ふーむ。で、像はどうなりました?」

「それもわかりません。魔物の発生源になった盗賊団の野営地も調べられたようですが、めぼしいものは何も発見されなかったようです」


それは重畳。指示書などが残っていて、王太子やバウアルトあたりに流れれば、面倒なことになりかねませんからね。

あの欲深どもが、バウアルト侯爵令嬢を巻き込むなどと余計なことさえしなければ、こんな面倒な手を使って始末までしなくて良かったのですが。


吸魔の像は、教会がそれを回収して、魔物の被害を収めるつもりでしたが、失われてしまったのでは仕方がない。

いったい何処にいってしまったのか、気にはなるところですが……


「まずは、ダンフォースの行方を捜しなさい。そして、各教会に替え馬の準備を。その天使とやらの調査にベイルマンを派遣します」

「はっ」


男は音もなく部屋を出て行った。


ダンフォース助祭のことですから、大丈夫だとは思いますが、未だに戻っていないことも気になります。

なにしろあの男は、今回のカラクリを知る数少ない者の一人ですからね。場合によっては神の御許に送って差し上げねばなりません。


そういって、ドミノはまた聖堂へと戻っていく。

後には、使命感に満ちた笑顔の残滓が、毒のように漂っていた。



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マニエリスム

 ルネサンス後期の様式。まあ、そんな感じの建物だと思っていただければ。

翼廊(袖廊とも)

 教会建築における、十字架の短辺部分。

クロッシング

 教会建築における、十字架の交わるところ。

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