第43話 コートロゼとバカ貴族とラプトルの襲撃

「そら、あの長塁を越えたら、コートロゼだ」

「越えたら? 越えたら大魔の樹海なんじゃないんですか?」


道すがら読んでいた資料に、大魔の樹海についての記述があった。

危険な魔物が大量に生息している場所だが、いつの頃からか存在する、今では長塁と呼ばれる境界で区切られている領域だそうだ。


長塁は、コートロゼから古森の南側を越え、サヴィネの森を横切って赤の峰の麓まで続く、国土の半分にも渡る長大な防塁――正しくは防塁の残骸だということだ。それが、大魔の樹海の進行を遮断する結界として未だに機能しているってのは、信じがたい話だな。


「そうだ。コートロゼは、長塁の向こう側にあるんだよ」

「ええ?! 危険なのでは?」

「そうだな。それでも、コートロゼを開拓し、今では一応街として存在させているってわけだから、ベンローズ辺境伯は有能な男だったのかもな」




「止まれ」


長塁を越えてしばらくいくと、3m程の防壁に守られたコートロゼに到着した。防壁に作られた入り口には重装備の歩兵が二人、街に入るものの検問を行っていた。

俺は、馬車を降り、歩兵に向かって着任証書を渡しながら挨拶した。


「ご苦労様です。私はカール=リフトハウス。コートロゼの代官着任および前任者の確認のために参りました」


着任証書を見た歩兵は、敬礼し、少々お待ち下さいと言い添えて、確認に戻っていった。御者席からひらりと降りてきたハロルドさんが、斜め後ろから、


「子供でも侮らず礼儀正しく職務を遂行する。さすが辺境、よく訓練されてらぁ」


と、言った。


よく晴れた気持ちの良い日だ。左に見える森はすでに大魔の樹海なんだろうけど、鳥の声が軽やかに響き、なんというか普通の森に見えるな。


「あんたが新しい代官様だと?」


突然聞こえた声に振り返ると、冒険者崩れみたいな風体の男が、二人の歩兵を従えて大股で近づいてきながら、横柄にそう言った。


「どうやら上官はそうでもないようだぜ?」


ハロルドさん、うるさい。


「ああん?」


ほらみろ。


「あんたの護衛かい? 躾がなってねぇな」

「これは失礼いたしました。隊長さんですか?」

「そうだ。ラリー=デルファントだ。」

「デルファントと申されますと、侯爵家の?」

「ああ、そうだ」


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 ラリー=デルファント (21) lv.19 (人族)

 HP:281/281

 MP:281/281

 

 デルファント侯爵家4男

 コートロゼ第3守備隊・隊長

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どうだ、って感じに胸を張られたけど、レベルはともかくまるで訓練されていない。まるっきり一般人だな。


資料によると、デルファント侯爵というのは、王都の北、ソリュース川――ドルトマリン帝国との境にある北連峰から流れる大河で、王都を横切り遥か南で海に注ぐ川――沿いを治める貴族のはずだ。

その息子が、何故こんなところで守備隊の部隊長をやってるのか。


「それで、通ってもよろしいですか?」

「ふうむ」


ふうむじゃねーよ。着任証書を確認しなかったのか? 俺は君の上司なんだけどな。


「あんたら一行は、怪しい」

「は?」

「こんなガキが代官だ? しかも代官になりに来るのに、馬車一台? 荷物も大してなさそうだ。ちょっと改めさせて貰うぞ」

「あ、ちょっと!」


俺の静止も聞かず、馬車に歩み寄ると、いきなり扉を開けはなつ。


「おう、ガキのくせに、いい女がふたりだけ? しかも片方は獣人だ。ますます怪しいな」


と、ノエリアの手首を掴んで引き寄せる。


「まあ、この子を譲ってくれたら、通っても良いぜ?」


は? こいつは一体何を言ってるんだ?


「いや、あのですね……」


俺が文句を言いかけたとき、森の中から、鳥のような声を立てながら、小さな何かが飛び出してきた。


「ラプトルの子供だ」


ハロルドさんが、声を上げて、俺との間に体を割り込ませる。


「なんだぁ? あんなチビスケが怖いのかよ」


とノエリアを掴んでいた手を放し、ラプトルに向かって剣を抜いて歩き出した。


「ばっ、おいやめろ!」


ハロルドさんが叫ぶが、ラリーは意に介せず、ラプトルを全力で斬りつけた。が、ラプトルは絶命せずに叫び声を上げる。

ラリーはニヤニヤしながら、それをいたぶっている。


「こんな程度の魔物が怖いヤツに、コートロゼの生活はムリだぜ。何しにきたか知らないが、さっさと尻尾を巻いて帰んな」


「カール。逃げるか戦う準備をしろ」


ハロルドさんが緊迫した様子でそう言った。その様子を見て、リーナも馬車の外に飛び出してきた。

周りの空気がおかしい。さっきまで長閑に鳴いていた鳥の声も聞こえなくなり、森が、不自然に静まりかえっている。


「なんだ? やるのか?」


こっちの不穏な空気をを感じたのか、ラリーが真顔になっている。

そのとき、森から甲高い声が一声響くと、草むらをかき分けて何かが森から近づいてくる音がした。


「来るぞ、ラプトルの団体さんだ」


マップを確認すると、20以上の赤い点が、森の中からこちらに向かってジグザグに進んでくる。森までわずか20m。飛び出してきたらあっという間だ。


「あ? あん?」


ラリーはまだこっちを見て牽制している。なにやってんだ、あのバカ。


ザザッ!!と大きな音を立てて、一斉にラプトルが飛び出してきた。

やっとそれに気がついたラリーが振り返るより早く、その巨大なかぎ爪は、彼を捉えて引き倒した。


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 メガラプトル(8) lv.28

 

 HP:9,938/9,938

 MP:2,081/2,081

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かなりの強敵だ。数もいるしな。


「リーナ・ノエリア。手加減なしだ」

「「了解です!」」


素早くこっちに向かってきたいくつかの個体を、ハロルドさんとリーナが足止めしている間に、ノエリアの周りに数え切れない数の漆黒の槍が浮かびあがる。

リーナが踏み込んできた2体目の首を落とすのと同時に、シャドウランスが一斉に放たれ、黒い嵐のごとく降り注いで、最前列のラプトルを文字通りなぎ倒した。それでも息のある奴には、リーナとハロルドさんがとどめを刺していく。


歩兵のふたりは、なんとか上司を助けようとしているが、いかんせん数が多すぎて近づけない。


ノエリアが数を減らして2射目を斉射する。1発目を見て、威力を調整したようだ。2列目以降にいるメガラプトルの眉間に、次々と穴が穿たれていく。


「はっ、おっそろしい嬢ちゃんだな」


それを横目に見ながら、ハロルドさんがそう言った。


その後、騒ぎに気がついた守備隊が、押っ取り刀で駆けつけてきたのは、メガラプトル31体がすべて息絶えた後だった。

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