第44話 デーツ(コートロゼ第3守備隊・副長)
まーた始まったよ。
コートロゼ第3守備隊の副隊長、デーツは眉間にしわを寄せ、隊長・ラリーが代官の着任証書を持って訪れた子供に絡んでいるのを、苦々しげに見ていた。
隊長もなぁ、絡むなとは言わないが、もっと相手を見てからにして欲しいぜ。いくら子供だからって、代官の着任証書を持ってるってことは、俺等の上司だろ。
いくら侯爵家のボンとはいえ、デルファント領はほとんど国の反対側だぜ? ご威光がどこまで有効だかわかったもんじゃねぇし、首にでもなったらどうしてくれるんだよ。
あ、馬車の中から女を引きずり出しやがった。しかもこの女をよこせだと?
「デ、デーツ副長。あれ、いいんすか?」
いいわけないだろ。隣じゃホールのやつが青い顔をしているし、いい加減止めないと……
そのとき、森の中から、鳥のような声を立てながら、小さな何かが飛び出してきた。
迷い子でもなければ、子供が単体でいるなんてありえねぇ。近くに子供を孵したばかりの群れがいるな。
ラプトルの群れは、樹海の浅い部分におけるヒエラルキーのほとんど頂点だ。天敵もいないから、その子供は妙に好奇心が旺盛な行動を取る。
今も、こちらで騒いでいたのを聞いて、何かな?とのぞきに来たような顔をしてやがる。
あっちの護衛のやつも一気に引き締まりやがった。分かってるやつが向こうにいて助かったぜ。
焦って攻撃なんかして怪我でも負わせてみろ、何処かその辺にいる群れがまとめて襲って来るはずだ。
ここは刺激しないように、お帰り願うしか……
「なんだぁ? あんなチビスケが怖いのかよ」
そう言った隊長が剣を抜いてラプトルに近づいていく。バカ野郎! お前が死ぬのは勝手だが、俺たちを巻き込むんじゃねぇ!!
俺が止めるより早く、隊長が剣を振り上げた。
向こうの護衛がなにか叫んでいる。
ラプトルの叫び声が上がる。
「ヤバイ! ホール! 隊長を引きずって、街門内へ逃げるぞ!」
「は、はい!」
そうして、森の悪意が爆発した。
俺たちが行動を起こすよりも遥かに早く、飛び出してきたメガラプトルのかぎ爪が隊長をなぎ倒した。
たったひと薙ぎで、隊長の左腕は体からちぎれて飛んだ。人のものとは思えない悲鳴が、隊長ののどから絞り出される。
助けてくれって? 分かってるよ、そんなこと。しかし、あれに近づくのは……無理だ。
メガラプトルは隊長を、殺さずに嬲るように、踏んだりかじったりしている。
くそっ、代官が着任早々、街の入り口でメガラプトルに襲われて死亡とか、どんだけ大失態なんだよ。あの連中だけでも街門の中に!
そう思って、連中の方を見た俺は、そこで信じられないものを見た。
俺たちなら5人がかりでも危ないメガラプトル。いつもなら街門の中に逃げ込むのが精一杯ってところだ。
そんなバケモノを、あっちの護衛の男は一人で押さえ込んでいた。その中を目にもとまらぬ速度で獣人の女が走る抜ける度、次々と相手の首が落ちていきやがる。
一体どうなってんだ。
子供は子供で、美女のそばで恐れた様子もなく、ただ立っていやがる。
あまっさえ、あの美女が音楽でも奏でるように腕を上げただけで、細く黒い雨のようなものが降り注ぎ、前線が壊滅だと? 俺は夢を見てるのか?
まるで黒い嵐のようだ……
騒ぎを聞きつけた守備隊が救援に駆けつけるまで、俺は呆然とそれを見ているのが精一杯だった。
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