第45話 ダイバの様子とポーション(天界)の謎と代代官
「ようこそおいで下さいました」
領主の館に入ると、執事のような男と、侍女風の女に出迎えられた。
執事にしては若いな。
「ありがとうございます。カール=リフトハウスです」
現れた新代官が、未成年の子供だったことに、一瞬驚いたかに見えたが、すぐに表情を戻して、
「私は、ダルハーン=アーカムと申します。前家令のタリム=アーカムの息子で、スタンピードの後家令を引き継ぎました。こちらの侍女はスコヴィルと申します」
「スコヴィルです」
燃えるような赤い髪が印象的な、背の高い美女だ。護衛もかねてるのかな。
「もしかして業炎のスコヴィルか? なんでこんなところで侍女なんかやってんだ?」
「お知り合いですか? ハロルドさん」
「有名な冒険者だよ」
「それは順番が違います。私は元々、サリナ様にお仕えしていた侍女なのです」
「じゃ、侍女がたまたま冒険者で名をなしたわけか」
「こんな土地柄ですから」
「……って、待て。サリナ様って、お前のバーちゃんじゃなかったか?」
ハロルドさんが驚いたように、俺に向かって聞いてくる。どしたの?
「そうですよ」
スコヴィルさんに向き直ると、驚いた顔のままこういった。
「……お前一体いくつよ?」
スコヴィルさんは笑顔のままで、女性に年齢を聞くなんてマナー違反ですよ、なんてはぐらかしていた。
というか、どう見ても二十歳くらいにしか見えないんだけど……
「それよりも、このような場所で剛勇のハロルド様に、お会いすることの方が驚きですわ」
「へー、ハロルドさんって、剛勇って呼ばれてるんだ」
「やかましい」
「公平で自由を愛し、誰にも仕えようとしなかったあなたが、どういう風の吹き回しなのです?」
「単に護衛の依頼を引き受けただけさ」
「……そのようには見えませんが」
なれなれしい口を利き合う俺たちを交互に見ながら、スコヴィルがそういった。
「早速ですが、こちらが代官としての着任証書になります。まずは現代官のダイバ様がどうなったのか教えていただきたい」
俺は着任証書を手渡しながら、そう尋ねた。
それを受け取ったダルハーンは、紋章を確認したあと証書を返してきながらこう言葉を濁した。
「重傷を負われたダイバ様は、なんとか生きておられますが、話すのが精一杯と言った有様で、代官としての仕事は……」
よし、生きてるんだな。それならなんとかなる。
「では、まずダイバ様のところに参りましょう」
「わかりました。ではどうぞこちらへ」
そういって、ダルハーンが先に立って歩き始めた。
それに着いていきながら、隣に並んできたハロルドさんがこういった。
「これで依頼は完了だな」
「ええ、助かりました。これは報酬の金貨5枚です」
「確かに。だが、ギルドを通せよ。ちょっとは評価が上がるんだからよ」
「では後で申請しておきます」
「頼むぜ」
「それで、これからのことですが――」
「いや、まずダグんとこへ寄ってくるよ」
「ああ、こないだ言っていた鍛冶師の」
「そうだ。剣も借りもんで、砕けたまんまだしな。で、その後なんだが……しばらくはカール様のお守りをしてりゃいいんだろ?」
急にそう言われて、ちょっと面食らったけれど、少し嬉しくなった。
ちぇ、格好つけて、ニヤニヤしやがって。憎たらしいおっさんだな。
「助かります」
「いいってことよ。カリフも言ってたが、なんだか面白そうだしな。……ってことは、しばらくはカール様の家来ってことか」
「家来って。軍事顧問とかやります?」
「おい、これから代官をやるんなら、部下に対して敬語は拙いな。偉そうにしてろ」
「なぜです?」
「使用人にはちゃんとけじめをつけてやらないと相手が混乱するだけだぞ。お前伯爵家のボンだろう。今までどうしてたんだ」
どうしてたと言われても、転生以前の記憶はないんですよ。
しかし、郷に入っては郷に従えと言うしな。偉そうねぇ……
「わかりました。いや、わかった。こんな感じか?」
「そうそう、そういう感じですよ、カール様」
「……うう、なんか痒い。やっぱ無理」
「無理ってなぁ……まあいいや、うまくやれ。じゃ、俺はダグのところへ行ってくるから」
「今夜は?」
「ダグの所に」
「じゃ、明日の昼前に、執務室で」
「了解」
ハロルドさんと別れてすぐ、ダルハーンがとある部屋の前で止まった。
「ダイバ様はこちらでお休みなられております」
◇ ---------------- ◇
むっ?
部屋にノックの音が響く。食事にしてはおかしな時間の気もするが。怪我を負って以来、全てに膜がかかったようで、どうにも心許ない。
「は、いれ」
ドアが静かに開くと、数人の男女が入ってきたようだ。
「だ、る、はんか?」
「は。ダイバ様。本日はリフトハウス本家より、カール様がいらっしゃいました」
カール様か。マレーナ様のお子様で、なかなか利発な方だったが、もう代官をまかされるようなお歳になられたか。
しかし、まだ上にパメラ様のお子様がいらっしゃったはずだが……
「ダイバ様、ご無事で何よりでした」
「か、る、さま?」
「はい。サリナお祖母様からダイバ様のご様子を伺ってくるように申し遣っております」
「さ、り、なさ、まが」
サリナ様。お美しい方。私のような者をお気にかけていただいて嬉しく思いますぞ。
しかし、この体では、もはやお仕えすることも難しいか……
「それでですね、早速ですが、これをお飲み下さい」
どこからか、美しい入れものに入った液体を取り出されて、そう言われた。
その液体は、透き通るような赤色で、揺れる度に白く輝くいて、虹色の影を残していた。
「それは?」
「特別製のポーションです」
ダルハーンの質問に、カール様がそう答える。特別製? まあいい、この体が治る可能性があるというのなら、どんなものにでも頼ろうではないか。
瓶を受けとったスコヴィルが、静かに私の口元にそれを運んでくる。
口に含んだ瞬間、体が白く輝き、まるで天上の音楽がのどを滑り落ちるようだった。こ、これは?
「さあ、これで……あれ?」
◇ ---------------- ◇
フルチャージの天界ポーションを取り出した俺は、それをスコヴィルさんに渡した。
これでもう治ったも同然だ。何しろ天界ポーションの効力は、俺やリーナやノエリアで証明済みだもんな。
ダイバ様の体が白く輝く。
「さあ、これで……あれ?」
なんか、ほとんど変わってないような……なぜ?
う、ダルハーンさんの視線が微妙だ。
「あ、昨日謝ってぶつけられた、右手の甲はきれいになっておられます!」
スコヴィルさん、余計痛いっす。しかし、どうして? ……まあ、詮索は後だ。
「ノエリア」
「はい」
「何か病気があるのかも知れない。キュアの後、全力でヒールしてみてくれる?」
「全力ですね? わかりました。キュア」
ダイバ様の体を微かな青い光が包む。
その光が収まるころ、目を閉じたノエリアの魔力が急速に高まり始めた。
「シールサメール・ソ・エレイソン 聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、
祈りの言葉が終わるとともに、目に見えるほど濃密な魔力がノエリアから流れ出し、ダイバ様の体を包み込んでいく。
「ヒール」
目がくらむほどの光りに包まれた後、それが静かに消えていくと、そこには左手を失いながらも、力強い生命力を感じさせる男がいた。
「お、おお……」
「ダイバ様? お加減は……?」
ダルハーンがおそるおそる尋ねる。
「ダルハーン。どうやら私はまだ働けそうだ」
「おお」
ダルハーンがひざまずいた。
◇ ---------------- ◇
「お元気になられたようですから、このままダイバ様が代官を続けるということでよろしいでしょうか?」
よし、さりげなく面倒を押しつけるぜ作戦は、完璧な自然さで遂行された!
「いえ、着任証書が出た以上、現在正式な代官はカール様です。私のことは、部下としてお扱い下さい」
う。一言で頓挫させやがった。
確かにその通りだが……部下?
大使なんかは任期が終わったら帰国するものだけど、代官は違うのか? まあ、右も左も分からないし、居てくれたほうがありがたいのは確かだけれど。
「……しかし、実際、コートロゼに詳しいダイバ様のほうが、適任では?」
「部下ですからな、様はおやめ下さい。もちろん力の及ぶ限り、補佐させていただきます」
いや、補佐とかじゃなくて全部やってほしいんですが……むう。こういうとき優秀な武官というやつは融通が利かないな。
しかし部下、部下ねぇ……そうだ!
「よし、わかった。では今からダイバを代代官に任命する!」
「は? なんですって?」
「代代官。代官の代理だ。当面は、自由にやってていいよ」
俺の中では、ダイバが代官をやるって事だけどな。なんてオッサンギャグかよ。
「そ、それでカール様は?」
「とりあえず状況を説明して貰ったら、街へ出て、できることを考える。そうだな、パパに街の不満を伝える子供みたいな役割?」
「は、はぁ……わかりました。このダイバ、身命を賭してやらせていただきます」
いや、身命とか賭けないで適当にやろうよ……なんて言ったらセッキョウされそうだから言わないけどさ。
「それで、至急なんとかしなきゃいけない問題って……」
とそのとき、表から、でででででーとなにかがかけてくる音がして、バーンとドアが開いたかと思うと、弾丸のように何かが部屋に飛び込んできた。
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