第26話 素敵馬車と軍事バランスと仮面の魔術師

翌日、出かけようとして1Fへ降りると、宿の食堂で朝食をとっていたハロルドさんを見かけて声をかけた。どうやら特製リンドブルム料理のようだ。朝から凄いなーと思ったが、さっさと食べないと傷んじゃうから仕方ないのかもしれない。


「おはようございます、ハロルドさん」

「おう。これからギルドか?」

「いえ、移動に馬車が欲しいんですが、お薦めの店ってあります?」

「馬車なんか買わないからわからんな。そういや、お前、エンポロスにコネがあるんじゃなかったっけ? 商会で聞いてみたらどーよ」


ああ、なるほど。それなりに大きな商会っぽかったから良い店をしってるかもな。どうせ鑑定の件でお邪魔しようと思ってたし。


「ありがとうございます。そうしてみます」


  ◇ ---------------- ◇


「こんにちはー」

「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか」

「えーっと、カリフさんはいらっしゃいますか?」

「若旦那? ええっと、どちらさまで?」

「カール=リフトハウスと申します」

「リフトハウス……おお、もしや伯爵家の?」

「ええ、まあ」

「これはこれは、少々お待ち下さい」


ノエリアとリーナは物珍しそうに、商品を眺めている。壊すなよ……


「お待たせしました、カール様。先日は、本当にありがとうございました。それで、本日はどのようなご用件で?」

「いや、馬車が1台欲しいのですが、どこで買えばいいのかよく分からなくて、出来れば紹介していただきたいなと思いまして」


「伯爵様でしたら御用商人の方がいらっしゃるのでは?」

「あー、いえ、家とは関係なく、私個人の馬車が欲しいのです」

「ふーむ。まあ細かいことをお聞きするのは失礼ですね。それで、どのようなものをご所望ですか?」

「そうですね、まずはとにかく乗り心地でしょうか。私は荷物も大して持ちませんし、3人程度で、早く快適に移動することに重点が置かれたものがありがたいですね」


「ふむ……では面白い男を紹介しましょう」


なにやら含むところありげな笑顔を浮かべながら、カリフさんがそう言った。


「馬車作りの名人です」


「ほう。しかしそういう人なら予約で一杯で割り込めないのでは?」

「いえ、おそらく予約はまったくないはずです」

「は?」

「それどころか、販売実績は、私が知る限りありませんね」


ちょっと待て。それのどこが名人なんだよ。


「私のリラトロップ王都時代の学友で、一種の天才なのですが、それ故と言いますか、なんと言いますか、若干変わったところがある男でして」

「変わったところ……」

「まあまあ、会ってみればすぐにご理解いただけますよ」


  ◇ ---------------- ◇


というわけで、カリフさんに連れてこられたのは、バウンドのはずれにある、空き地の側の大きな倉庫、というより、航空機の格納庫みたいな建物だ。


「おい、マリウス。いるか?」

「んぁ、カリフか? なんだい突然」


格納庫の横にある小さな家から、頭をぼりぼりかきながら、やせた男が出てきた。


「客を連れてきたんだ」

「きゃくう~?」

「こんにちは、カール=リフトハウスと申します。本日は馬車を拝見させていただきに伺いました」

「馬車ね……で、どんな馬車が欲しいんだ?」


マリウスさんは、馬車を買いに来た小さな子供に驚きもせず普通に接してきた。そういうの気にしないタイプなのか。


「そうですね、まずはとにかく乗り心地でしょうか。荷物は大して積めなくてもかまいません。3人程度が、迅速に快適に移動することに重点が置かれたものがありがたいですね」

「ほう。これを見てどう思う」


そこに置いてあった馬車は、普通の箱馬車……のように見えたが、突然前方の上半分が跳ね上がって回転し、カブリオレスタイルになった。


「うお、カブリオレに変形する箱馬車とか、カッケー」

「ほう、わかるか」

「変形はロマンですよ」

「だよなっ!」


「天井に荷物が積めないって、大不評だったんだろ、これ」

カリフさんが冷静に突っ込みを入れてくる。


「もしかして、変形して人型のゴーレムになる馬車とか、2台の馬車が合体して、人型のゴーレムになる馬車とか……」

「くっくっく、見たいか?」

「あるんですか?!」

「まだ作りかけなんだが、もはや車輪じゃなくて、ゴーレムの足で走らせた方が、ましな気がしてな」

「ふむ、しかし、それだと上下動が激しくて、乗り心地を著しく損なうんじゃないでしょうかね?」

「そうなんだよ」


「なんでわざわざ人型にならないといけないんですか……」

カリフさんがぶつぶつ言いながらあきれている。


「地面を走るから振動するんですから、いっそのことペガサスやロック鳥に引かせて、空を飛ぶ馬車とか」

「おお、それはいいアイデアだな」


「いや、それはもう、馬車ではないような……」


「まあ、空を飛ぶのは今のところ無理だから、コイツが最終兵器だ」


マリウスさんはつかつかと奧に歩いていくと、埃よけのカバーを一気にはずす。

そこには、装飾のない素朴な見た目の箱馬車が一台鎮座していた。


「これは? 一見普通の4輪馬車に見えますが」

「こいつのキモはここだ」


言われるままに車輪を裏から覗いてみると、個々の車輪の接続部分が、それぞれ独立して懸架されている構造になっている。それだけでも十分凄いが、ダンパーの部分に奇妙な魔道具が使われていた。


「なんです、これ」

「これはな、中の油の圧力を上げたり下げたりすることで、車輪そのものを上げたり下げたりする魔道具だ。でな、こっちにあるのが、地面の凸凹を検出する魔道具だ。それで検出した内容を、先の魔道具にフィードバックさせて車輪を上げ下げすることで、凸凹道でも振動を極力押さえる構造になってるんだ」


「アクティブサスペンション?!」

「なんだそれ」

「いや、そういう機構のことを、アクティブサスペンションって言うんですよ」

「なにー? もう誰かが考案してたのか?」

「いや、ここではおそらくあなたが最初でしょう。もうブッチ切りで優れていますよ! なんでこれが売れないんですか?」

「使用する魔道具の出力の問題で、大型化が難しいんだ。それで商業用には向かなくなってしまう」


なるほどね。


「多少操作性が悪くなるでしょうが、車輪を増やせばいいのでは?」

「それは一応考えた」


マリウスさんは肩をすくめながら、話を続ける。


「しかし値段がな。そうとうに高価な馬車でも、特別な装飾を除けば、金貨50枚も出せば買えるが、こいつは車輪1個で金貨50枚は下らん。4輪で200枚ってところだ」


4輪でも2000万円。そりゃ引くな。それで車輪を増やせないのか。商用利用でも積荷に見合わないだろう。乗り味と速度は段違いだろうが、耐荷重も構造が単純なものよりも低めになりそうだし、軍用にもし辛い。大体素早く移動するだけなら騎乗すればいいしな。高額ニッチ商品ってことか。だが――


「売ってください」

「は?」

「いや、このシステムの馬車を。タフで足の速い馬をつけて貰って、金貨300枚でどうです? 心ゆくまで調整してくださいよ」

「い、いいのか? あと、そうとう魔力を喰うぞ? 1回チャージするのに、近衞魔術師級が3人分くらいは必要になると思うが……」

「ああ、そんなの全然気にしなくて大丈夫です。とことんやっちゃって下さい!」


がしっ、っと俺たちは握手した。


「そうそう、冒険者の馬車ですから華美な装飾は不要ですが、外からの攻撃にある程度は耐えられるよう、箱は頑丈にしておいてください。これ、使っても良いですよ」


リンドブルムの皮を半分出しておいた。


「こ、これは?!」

「出所はナイショでお願いします。こいつなら、剣も矢も、魔法すらも食い止めますから、外張りと内張のあいだに使えば、外部からの攻撃には、そうとう耐えられるようになるんじゃないかと思います」

「まかせておいてくれ! 受け渡しは……2日後でどうだ?」

「結構です。では、金貨300枚、置いていきますね」

「確かに受け取った。……これが受け取りだ」

「では、2日後に」

「ああ、楽しみにしていてくれ!」


  ◇ ---------------- ◇


「しかし、凄い買い物をなさいましたなぁ」


帰りの馬車に揺られながら、感心したようにカリフさんが言った。


「あの人は天才ですよ。あの足回りには、十分金貨200枚の価値があります」

「おわかりになりますか。ただ趣味に走りすぎて、今ひとつ買い手のことが分かっていないのが問題なのです」

「経験を積めば、おいおい分かってくると思いますよ。マリウスさんに必要なのは、乗って貰った人の意見に耳を傾けることで蓄積されるノウハウだけなのですから」


「それは、そうかもしれませんが……失礼ながら10歳の方の台詞とはとても思えませんな。青い血というやつですか」

「ははは。今日は本当にありがとうございました。ところで――」

「はい」


「カリフさんは、アイテム鑑定をお持ちだとか」

「よくご存じですね」

「ギルドの副長程ではないにしても、有名なお話だと伺いましたが」


適当な物言いで受け流してみる。


「ええ、まあ。そういうスキルを持っていると商人としては有利なこともあって、多少は知られているのかも知れませんが」

「それで、ちょっと鑑定してみていただきたいものがあるのです」


「……それは正式なご依頼ですか?」

「正式な依頼だと何が違うのです?」

「守秘義務が生じて、鑑定書が発行されて、5000セルスの料金がかかることでしょうか」

「正式な依頼です」


と、金貨を1枚取り出した。ちょっと緊迫感のある空気を素早く読み取ったカリフさんが、居住まいを正して厳かに告げた。


「……お引き受けしましょう」


「これなのですが……」


先日リーナにアイテムボックスを付与させてみた、見た目はしょぼい小物袋を取り出した。


「これは……ま、まさか」


そういって、カリフさんは、袋を色々調べてから、手元の羊皮紙に、さらさらと書き出した。


 --------

 小物袋(アイテムボックス)

 

 容量 4mx4mx4m。時間 1/60。

 

 制作者:ハムサード=ナーメース

 所有者:----

 --------


「所有者登録がされていないアイテムボックスですね。しかし、ランドニール=デルミカント様の紋章がどこにもありません。それに、こんな高度な魔法を付与するには、いささかみすぼらしい袋のようですが……一体、どういうことなのです?」


その質問には直接答えず、


「やはりアイテムボックスでしたか。しかし、何かを入れようとしても入りませんでしたが」

「それはまだ、所有者が登録されていないからでしょう。アイテムボックスは他人に利用されないように所有者を登録する必要があるのです。所有されていないものは魔力を流し込むことで、その人のものとして登録が行われます。その後は、所有者か、所有者が権限を与えた人にだけ利用出来るようになるのです」


なるほど、そういうことだったのか。


「で、こちらの、ハムサード=ナーメースという方に心当たりは?」

「バウンドの道具屋の主人で、革職人です。つまり、この袋は最近バウンドで買われて、その後アイテムボックスにされたってことです。ランドニール様の製品であれば、必ずシリアルとデルミカント家の紋章が何処かに入っていますから、お忍びでなければ、ランドニール様以外の誰かによって付与されたということですね」


「それは何かの法に触れますでしょうか?」

「いいえ。しかし、知られれば大騒ぎになるでしょうね」


「あー、このことは……」

「もちろん口外はいたしません。職業上の秘密というやつですな」


流石一流商人だ。聞きたいことはいろいろあるだろうが、それ以上何も突っ込んでこない。


「しかし、魔法付与の実行者というのは、アイテム鑑定で名前が表示されないんですね」

「ええ、あくまでもそのアイテムを制作した人の名前になります」


「それで、もしアイテムボックスを仕入れられるとしたら、お売りになりますか?」


突然そう切り出だすと、カリフさんは黙って考え込んでしまった。

何しろ今では、寡占どころか独占生産アイテムだ。しかも相手が、近衞魔術長絡み。

法には触れず、需要もまるで満たせてはいないとはいえ、冷静に考えれば、供給がなかった故に取り締まられていないだけの軍需産業にも等しい。利益にはなるだろうが、一介の商人に取り扱えるものかどうか、それは悩むだろう。


「制作者は……」

「できれば公表したくありません」

「でしょうな」


「アイテムボックスが生産できるということは、少なくとも空間魔法の使い手が一人はいるということです。それが世界の軍事バランスを覆しかねない事態なのはおわかりですか?」


「そんなに、ですか?」

「そんなに、なのです。数万の軍隊が、補給を一切無視して移動できることの利点ははかり知れません。それどころか、数万の軍隊そのものを一瞬で遠く離れた場所に送り込めたりしたら、それはもう戦争にすらなりません」


「しかし、それは、ランドニール様がいらっしゃれば同じ脅威なのではないですか?」

「そのとおりです。実際には、ランドニール様が空間魔法をどこまで使えるのかは国家機密で厳重に守られています。それが他国への圧力になっているのです」


なるほど。ランドニールがいる国に戦争を仕掛けたりすると、自国の首都に突然敵兵が現れるのかも知れないと思えば、そりゃ仕掛けづらいよな。


「しかし、もし、例えばドルトマリン帝国が、同じ空間魔法の使い手を手に入れて、それを公開したとすると、相手の力が分からないが故に、ランドニール様がどんなに大きな力を持っていたとしても、その力を封じることができるわけです」


相手の首都に数万の兵を出現させれば、こちらの首都にも数万の兵が出現させられるかも知れないというジレンマ。核による冷戦構造と同じか。


「アル・デラミスが管理していない空間魔法使いが、アル・デラミスにいる、なんて噂が出回ったとしたら……」

「各国のスパイが、その人を探しに大挙して押し寄せてくる?」

「でしょうな」


「正直に言えば、取り扱いたいです」


カリフさんが、まじめな顔でそう切り出した。


「しかし、制作者を最後まで隠しきれるかどうかは……」

「いっそのこと、軍需産業に転用されないように、容量を絞ったラインナップに限定して、付与する人は旅のマスクをつけた魔法使いで、時々やってきては小銭を稼いでいくが、どこの誰なのかは詳しく分からないとか、そんな話をでっちあげて……」

「! それだ!!」


え? え? なに、冗談ですよ? そんなのでいいんですか??


……あんた、やっぱり、マリウスさんの友達だよ。

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