第125話 おとぎの国の魔法使いとマリーへのお誘いとコートロゼ拡張プロジェクト

「うあー、疲れたぜ!」


ギルドに併設されている食堂にドカーっと座って、エレストラが大声で注文を出した。


「おい、こっちにエール!」

「3つな! あと、果実水をひとつ!」


すぐさまヴァルスが後を引き継いだ。果実水はリヴァルの注文だ。あのでかいガタイで、この男は下戸なのである。


同じように隣のテーブルでカリュアッドのパーティが酒を注文している。


依頼が終了したとき、今回はいろいろトラブルがあったと言うことで、ティベリウスが慰労会をして下さいと、ここの払いを持ってくれたのだが……


「学者先生がたは?」


彼らの姿がないことを不思議に思ったヴァルスが、首を回して隣のテーブルにいるカリュアッドに尋ねた。


「持って帰った資料が楽しみすぎて、酒や食事どころじゃないとよ。酒はみなさんでお楽しみ下さいときたもんだ。まるで放っておいたら資料から足が生えて、逃げ出しかねないって様子だったぜ?」

「はぁ。あんな目にあったのに、元気ですねぇ」


あきれたようにヴァルスが言うと


「あいつら、あのバケモノから逃げ出した先で、少し前のことなど何も覚えていないみたいに調べまくってたもんな」


まったくすげぇ、とダイノスが感心している。


「ま、生きて帰れて何よりだったね」


とエレストラ。それを聞いて冒険者仲間が近づいてきた。


「おお、エレストラじゃないか。ヴァルスが血相を変えてギルドに飛び込んできたって聞いたが、無事だったんだな」


全身を緑のローブに包んだこの男は、コートロゼでトップパーティの一角にいる、深緑のハイランダルと呼ばれる魔法使いだ。


「ギルドからの増援は出なかったんだろ?」

「ああ。ハナから期待していなかったとはいえ、おかげで危ないところだったんだけどね、代官の坊やに助けて貰ったのさ」

「代官? コートロゼの代官が、何故、カンザス領の話に首を突っ込む? お前、代官の愛人にでもなったのか?」


そう言った瞬間、飲みかけのエールのグラスがハイランダルに向かって飛んできた。

それがぶつかる瞬間、ぴたりと空中でグラスが止まり、飛び散った中身が空中で渦を巻いて、グラスの中へと戻っていった。


「はぁ。相変わらず見事なものですね」


カリュアッドのパーティの魔術師のラノールが感嘆するように声を漏らした。

ハイランダルは風の魔法が得意な魔術師で、今のもエアシールドと、風の操作の応用らしい。とても真似はできないが。


「ちっ、器用な男だね。愛人だ? そんなわけないだろ。……まあ、求められれば、やぶさかではないけどね」

「やぶさかじゃないのかよ!」


ハイランダルはあきれたようにそう言いながら、エレストラのテーブルに座り、さりげなく果実酒を注文した。


「果実酒とは、女みたいな男だね!」

「ほっとけよ。それで、愛人じゃないなら、なんで代官がお前を助けに行くんだ?」


興味津々で尋ねてくる。


「さあね。交渉に行ったのはヴァルスだから」


突然指名されたヴァルスは、エールを気管に入れて咳き込みながら、


「あ、げほっ、ごほっ……ううっ、なんか税金を払ってるか聞いてましたぜ?」

「税金だ?」

「へい。あねさんがコートロゼに住んでいて、コートロゼに税金を払っているかどうか聞かれましたね」

「なんだそりゃ?」

「そうだと言うと、『代官として領民は保護しなければなりません! 行きましょう! 領民を助けに!』なんて言ってました」

「くっ、そりゃあいい! 領民なら、誰でも無償で助けに来てくれるってわけか?」


あきれたようにハイランダルが揶揄を込めて言うと、


「いや、無償じゃなかったよ」


とエレストラが静かにそれを否定した。


「無償じゃない? じゃ、カネを請求されたのか」

「いいや」

「じゃ、体か?」

「残念ながら、違うね」

「じゃあ、なんだよ」

「これさ」


どさっと机の上に置かれた皮の袋の口から、大量の金貨がこぼれ落ちた。


「なんだこれは?」

「さっき、街に入ったところで、代官の坊やに貰ったのさ。討伐した魔物を売却した、その分け前だとさ」


「ええ? マジですか?!」とヴァルスが割り込んだ。

「さっき、代官と何か揉めてると思ったら、こんなものを貰ってたのか……しかし、これ、護衛料なんかより遥かに多いんじゃ……」

「一人当たり、60万セルスくらいはあるようだね」

「60万!」

いかにコートロゼのトップパーティといえど、一人当たり60万はかなりの収入だ。護衛料は一人当たりにすれば15万セルスといったところだろう。


「つまり無償で助けるどころか、ついでに倒してもらった魔物の代金まで貰ったってことか?」

ハイランダルが続けた。


「そういうこと」

「おいおい、どんな慈善家だよ」

「慈善家ねぇ……」


そういえば、最初にコートロゼに来たときも、南で死にかけてた連中に施しを与えていたっけ。

しかし私に言わせれば、あの坊やは――


「おとぎの国の魔法使いだね」


「? なんだ、突然?」

「子供の頃、おとぎ話を聞いて、なんでもできる魔法使いにワクワクしなかったかい?」

「そんな昔の話は覚えちゃいないが、ここの代官がそうだってのか?」

「無数の魔物達を、文字通り一撃の下に葬り去る天使を従えて、一夜にして大魔の樹海に広大な農場とたわわに実った麦の畑を現出させ――」

「――さらに一晩でカーテナの下に通路を掘ったかと思うと、滅びかかってたこの街を、たった一月で立て直し、廃墟だった南街区はあっという間に豊かな街並みに変化した。しかも各建物に水まで引かれているときたもんだ。どこをどう切り取っても、立派におとぎ話の出来事だろ」


「……あらためて言葉にされると、すげぇな」

「だからあの子は、おとぎの国の魔法使いなんだよ」

「何が恐ろしいって、少女みたいなことを言ってるエレストラが一番怖ぇえ」

「……どうやら、一度死にたいらしいね」


顔を赤くしながら、大剣を引き抜いたエレストラに、店内の全員が青い顔になった。


  ◇ ---------------- ◇


「さてと、こんなものかな」


ヴァランセの厨房では、マリーが今日の後片付けをすませて帰るところだった。

裏のドアを出て、施錠しようとしたとき、突然後ろから声を掛けられた。


「やっほーマリーちゃん」

「うわっ! ビックリした! 誰ですも」


その人を見た瞬間、あまりの驚きに『もう』と言おうとした言葉が尻切れに終わる。


「ウルグ様!?」


そこには、気楽な様子で王太子が立っていたのである。


「ノンノン。今のボクは、アルミス=ウグラデル。マリー風に言うなら、いわゆるひとつの、残念イケメンさ!」


げぇ、残念イケメンって、聞こえてたわけ?!


「も、申し訳ありませんでした!」

「ちょ、待って、待って、こんなところで女の子に土下座させるとか、人が見たら誤解するYO!」

「あ、あの、それで今日は……? カール様でしたらしばらく来られてませんけど」

「ああ、いや……そうだな。もう遅いし、ちょっとそこらでご飯でも食べながら話そうか」

「は?」


ご飯って……これって、まさかのデートの誘い?! ええー、でも相手は王太子様だし玉の輿以前に妻とか身分的に絶対に無理だし。愛人はどうかと思うんだよね……

ぼんやりとそんなことを考えていたら、いつの間にか近くの食堂に連れて行かれていたらしい。


「じゃあ、ボクは、このナゾ肉定食で。マリーちゃんはどうする?」

「え? ええ?! ここ、どこ?」

「ええ? どこって、食事処の……なんだっけ?」


と、注文をとりにきていたフロアの女性に聞くと


「黄金の羽根付き卵亭でございます」

「だってさ。凄い名前だね!」

「はあ。じゃあ、本日のお薦めを1つ」


注文をすませると、ウルグ様がこっちをじっと見てる。うーん、なんだか引き抜きっぽい感じでもないな。

もう、ストレートに聞いてみよう。


「それで、どういったご用件ですか?」


ウルグ様はちょっと考えていたようだけれど、突然、


「それなんだけどさ、マリーちゃんって休みいつ?」


と聞いてきた。


「は?」

「お店の休み」

「ええっと、今月から、1日と8日と15日ですけど……」

「んー、なんたる天の配剤か! ちょうど明明後日しあさってじゃないか」

「ええ、まあ……」

「じゃあ、その日、ちょっと付き合って欲しいんだ」

「つ、付き合う?!」


どぎまぎしながらウルグ様の話を聞くと、どうやら街の東の方で、街灯に奇妙な現象が起こっているらしい。

その調査に行きたいんだけど、ひとりじゃヤなんだそうだ。


「一人じゃヤって、子供ですか」

「こないだ成人したよ。キミも来てたじゃない」


少しも悪びれずに言うウルグ様。


「ええと、おつきの――」

「サイナスかい?」

「そうそう、あの家令っぽい人に付いてきて貰えれば――」

「だめだめ、サイナスはものすごく、忙Cいそがしーんだよ? 王家の管理が山とあるのさ」

「ウル……アルミス様は、お暇なんですか?」

「くーっ、相変わらずマリーちゃんは、きびC-ね! おっと、料理が来たようだ。冷めないうちに食べちゃおう」


んー、良い匂い。

そりゃあ、うちヴァランセで出すようなものとは違うけれど、手際よくつくられていて、地元に愛されているお店って感じ。

こういう料理も好きだな。ただ、お酒が進むように少し濃いめの味付けにしてあるから、喉が渇きそうだけれど。


ウルグ様は、お肉を頬張りながら、なにか考えているようだ。

しかし、毒味とかもしないで、ぱくぱく食べちゃって、大丈夫なんだろうか?


「それにしても、ナゾ肉って何の肉なんだろうね? 色々想像できて楽しいよね!」

「え? ナゾベームじゃないんですか?」

「ナゾベーム?」

「ええ、鼻で歩く変わった獣ですけど」

「なんだってー?! 謎の肉なんじゃないの?!」

「ええ、まあ」

「おーまいがー、ボクのワクワクを返して欲しいよ!」

「おーまいがーって何です?」

「なんでも酷く傷ついたり、うわーって頭を抱えたくなるときに言う言葉だって、古い文献に載ってたよ」

「へー。さすがウル、アルミス様。よくご存じですね」

「だてに、無駄に学ばされているわけじゃないさ」

「無駄って……」


この人、本当に王様になる気があるのかしら? とマリーは首をひねるのであった。


  ◇ ---------------- ◇


その夜、街も寝静まった頃、コートロゼの西の森では怪しげな5人の影が蠢いていた。


「というわけで、コートロゼ拡張プロジェクトを始めたいと思います。はい、拍手ー」

「お前等、元気だねぇ。俺はもう眠いよ……」


突っ込むのはあきらめたのか、ため息をつくハロルドさんを尻目に、リーナとノエリアとクロ(小サイズ)が、パチパチパチと手を叩く。


西側の木は、東側に比べると少し細くて小さいものが多い。とはいえ、充分巨大なサイズだから、販売も期待できるかな。

東側の木材はあっという間に完売しましたと、カリフさんがほくほくしてたし。


「じゃ行きます、です」

「うん。向こうの農地と同じくらいの広さでお願い」

「ふっふっふ。おまかせなの、です!」


リーナが西に向かって走り出すと、走る速度に合わせて木が無くなっていった。


「相変わらず、すっげぇな」


こっちは農地じゃないから耕す必要は無いし、リーナにスパスパして貰って、ある程度平地にしてから壁で囲ったら上下水道のインフラだけ準備して、あとはファルコ達に任せちゃおうと思う。

その方が自分達で作ったという愛着もわくだろうし、経済も活性化されそうだし。それに――


「やり過ぎると怒られちゃいますし」

「いや、カール様、あのな……」


これだけやってやり過ぎじゃないと思ってたのか、お前は、とグリグリされる。


「教育ですね」


と笑いながら、ノエリアがテーブルと椅子を取り出して、お茶を用意してくれた。

そして、頭上には灯籠ロンテーヌ


「しっかし、大魔の樹海の、しかも夜中に、のんきにお茶をしている集まりなんて、誰かに見られたら悪魔崇拝の魔女集会かなんかだと思われちゃうんじゃないの?」


とハロルドさん。


「悪魔崇拝とかあるんですか?」


赤い悪魔とかいたし、悪魔の概念はあるみたいだけれど、具体的にどんなのだろう?


「まあ、教会の連中が気に入らないヤツは、全部悪魔ってことなんじゃねーの?」


それかよ! まあ、教会があるんだもんな、神の敵という概念としての悪魔は存在するのか。


「何かこう、人にあだなす高知能な存在がいるのかと思いましたよ」

「魔族とかか?」

「え? 魔族はいるんですか?」


ふむ、とハロルドさんは少し考えて言った。


「今の教会にとっちゃ、亜人は全部そうなんじゃねぇの?」


それでいいの?!

まあ、巨人族みたいなのはガルドのダンジョンにもいたし、高知能な魔物扱いで魔族的なものは存在するのかもしれないな。

そんな話をしていたら、1往復したリーナが戻ってきた。


「ぜっこーちょーなの、です!」


といいながら、魔力をチャージしてすぐに駆けだしていった。

って、これは徹夜ハイってやつ? 今日は朝からずっと起きてるもんなぁ。


「じゃ、ボクたちも行きましょうか」


俺たちは木の根の処理と、壁の作成のために立ち上がった。

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