第75話 その頃、コートロゼの外では

「ランドニール殿製でないアイテムボックス? レリックのたぐいではなくてか?」

「そうです。先日エンポロス商会が腕輪型を10個売りに出しました」

「なんと、一度にか?」

「はい」


軍務長官ウィルヘルム=デーデキント侯爵は、部下の報告に絶句した。


アイテムボックスが売りに出されることは、なくはない。

商家が廃業して不要になったり、生活に困窮した貴族が手放したり、理由はさまざまだが、そのほぼ全てはランドニール殿が作られたものだ。

なにしろ空間魔法の使い手は、世界広しといえどもランドニール殿ただ一人。それがアル・デラミスへ攻め込んでくる国への大きな抑止力として働いて。今までは。


新たな使い手が現れたというなら、それはそれで喜ばしいことだ。ただしアル・デラミスに忠誠を誓える者ならば、だが。


「それで、それを作成したものはどこの誰なのだ?」

「腕輪自体は、バウンドのタルワース=サイクルが作ったものでした。したがって、レリックではあり得ません。そして、付与したものは……わかりません」

「わからん? 商会へ問い合わせればいいだろう」

「問い合わせましたが、なんといいますか……」

「さっさと事実のみを述べよ」


質実剛健を旨とするデーデキント家には、曖昧などと言う文字は存在しない。報告は常に事実を簡潔に、をよしとしていた。

しかしその報告はあまりにふざけていた。


『空間魔法の付与は、マスクをつけた魔法使いに行っていただきました。素顔や正体は不明でしたが、付与されたアイテムは本物だったためそのままお願いしました』だと?


マスクをつけた正体不明の魔法使い? 何かの物語か? エンポロス商会とは聞いたことがないが、そんな不確かな取引をする商会なのか?


「エンポロスの次期会頭と言われている次席のカリフ=エンポロスは、アイテム鑑定スキルの持ち主です。従って、アイテムが本物ならよしとしたのでしょう。アイテムボックスを手に入れるチャンスなど、まずありませんから」


それは確かにそうだが……


「カリフ=エンポロスは今回の売り上げの一部を星金貨で現金化しました」

「それがどうかしたのか?」

「それだけの金額、おそらく付与者への報酬ではないかと思われます。事実商会の活動は商業ギルドの口座を通して行っていますから」


なるほど、正体不明では口座に振り込むというわけにもいかんということか。しかし時間がたっているし、とっくに渡しおわっているだろう。


「今回販売された腕輪の内側には、もみの木のマークにGIFTという文字、それにIDだと思われる番号が入っていました」

「それで?」

「確認した限りでは、そのIDは、0020~0029 だと思われます」

「つまり、最低でも 0001~0019 が存在する可能性があるということか?」

「御意」


アイテムボックスは超高額になる。まとまった数が存在するなら、付与した者への支払を最初から買い取りで行うことは大手商会でも難しいだろう。

結局、売れた分を売り上げから支払う方式にならざるを得ないはずだ。


つまり、0001~0019が売りに出されることがあれば、エンポロスは支払いをするために、その付与者と再び接触をもたなければならないということだ。

さらに、それが売り出されるまでは、その者がバウンド周辺にいる可能性は高いはずだ。


「バウンドに何人か送り込め。次に腕輪が売りに出されたら、エンポロスにも張りつけろ。絶対に見つけ出すのだ」

「はっ」


  ◇ ---------------- ◇


「なんだと?」


王都北教区にあるノーザン・シュテファン大聖堂で、北教区大主教のドミノ=ロエロ=デルファンタリオーレが、届けられた教会特別便を手に思わず声を出していた。


教会には独自の連絡網が存在していて、みつに各地の教会を結び、手紙を配送するシステムもその一つだ。

特別便は、特に重要な手紙を対象に、早く確実に届けるためにコストを度外視してあらゆる方法が使われる、非常に高価な配達便で、大主教といえど年に何度も利用することは難しい。


そんな手段でベイルマンから届けられた手紙には、信じがたい内容がかかれていた。


手紙の前半は、天使およびダンフォースの行方の調査の過程が簡潔にまとめられている報告書だ。もちろん、特別便を使って送るようなものではない。


ダンフォースの行方は、最後に目撃された牢のある衛兵詰め所の前からあとは全く分からない。

ただの助祭で、際だった能力もなかった男だし、教会以外につても無いはずだから、おそらくはサンサ周辺のどこかで、のたれ死んでいる可能性が高いとまとめられていた。

ただし、身元不明者の遺品には、それらしいものはなかったとある。


ダンフォース。

サンサの街で起こった魔物の暴走スタンピードの全貌を知る男、か。


それを話すような男ではなかったが、仮に口を割られていたとしても、証拠は何も残されていないはずだ。

ー助祭の言葉など、妄言と切って捨てるにやすい。それほど大きな問題になることもないだろう。


天使のほうは、多数の冒険者に目撃者がいた。

絶世の美女で、南部の強力な魔物数千体が、たった一発の魔法で一掃されたなどと、すでに神格化されかかっているようだ。

吟遊詩人の好きそうな題材ではあるし、いずれ各地にも広まっていくだろう。


仮に冒険者であるなら、討伐の数から該当者を割り出せるはずだが、サンサのギルド長であるメルクリオからは協力を得られなかったと書かれている。


ふむ。確か何年か前王都にいた、将来を嘱望されていた男だったか。融通の利かぬ性格で、誰かの怒りを買ってサンサに飛ばされたと言う噂を聞いたな。

そういった男なら仕方あるまい。裏から圧力をかけても、おそらく逆効果だ。


吸魔の像は、それが世にあれば必ず魔物が集うはずなので、この世に存在していないか、封印されているのだろうと推測されている。

仮に封印されているとすると、教会以外の何者にそれがなせるのかはわからないとのこと。


歴史上、吸魔の像が使われた記録は、250年前、旧バウンドで起こった事件のものしかないが、ことが終わった後、吸魔の像はどこからも発見できなかったという。

魔物を集めるだけ集めたら、消えてしまうものなのだろうか。試してみる気は起きないが。


記録されていない件については……まあいいだろう。


250年前は旧バウンドが壊滅して、黒の峡谷ができあがるほどの甚大な被害が出たと記録にあるが、おなじ像が消滅するまで使われたとすると、今回は被害の規模が圧倒的に小さい。

はてさて、これは一体どういうことなのか。本当に神の遣いが現れたのだとしたら、私も会ってみたいところではあるが。


問題は後半だ。


あのベイルマンがこれほど乱れた報告書をよこすなど、過去に一度も例がない。


ほとんど殴り書きされた後半には、コートロゼでおこった事件の顛末と、そこで出会った一人の女の容貌について書かれていた。


アプリコート司祭が馬鹿な食料買い占めを行い、商会の倉庫に破壊工作を仕掛けて失敗したというのはまあいいだろう。どうせさほど期待もしていなかったしな。

しかし、荒れ果てたコートロゼを、わずか半月で復興させた新しい代官というのには興味がある。


ベイルマンの報告では、この男こそがサンサの陰謀を阻止した張本人、というより背後にいる誰かが張本人ではないだろうかという結論だった。

失われたはずの結界石が再利用されていたことや、本人がまだ子供だと言うことがその根拠のようだ。


そしてその子供が従えている女が……


『あれは以前ドミノ様が大主教になられたとき、案内されたシルセール大聖堂の奧で見た、あの肖像画の女とそっくりでした』


……まさかな。しかし、ベイルマンがここまで断言するのだ。それに、他人のそら似というには、あの女の顔は整いすぎている。


当時、当代きっての写実画家と呼ばれたギュスターブ=クルーヴァの残した、仲むつまじそうな男女が描かれたその肖像画は、サイオンが契った女が人族だったというその決定的な証拠として、2000年前からシルセールの奥の部屋に保管され、今では大主教の就任式の際、一部の者の目に触れるだけとなっている。


サイオンとヴォルヴァに子供がいたなどと言うのは、歴史修正主義者どもの戯れ言だ。ラップランドの系譜が今に続いているはずが……


大主教は天井のフレスコ画を見上げながら、いつまでも何かを考え続けていた。

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