第60話 休日の大冒険(後編) -炎の卵-

「で、煙の出所はあの辺らしいが」


ハロルドさんが岸辺で、向こう岸の少し南にあたる場所を指さしている。たしかに微かに煙というか湯気?みたいなのが上がっているな。


「どうやって渡るつもりだ?」

「一応色々考えたんですが」


まずは、舟で渡って、シーサーペントが出たらブッ倒す。


「いや、お前それ何処に工夫があるんだよ」


まあまあ、それで次は、川ごと凍らせて渡る。途中シーサーペントが凍っていたらブッ倒す。


「お前等ホント、何て言ったっけ……ああ、そうだ。脳筋だな」


なんと。ハロルドさんに脳筋って言われる日が来るとは……ちょっとショックだ。


実際はノエリアにショートジャンプで向こうへ渡らせて、リンクドアを置くだけで、何も考えなくても川は渡れるんだけどね。


「ま、今回は、コートロゼのインフラ整備もかねて、冒険者のためにも向こうへ渡れる設備を作ろうと思います」

「ここに橋を架けるのか? 1日で?」

「それはちょっと無理ですし、橋だと件のシーサーペントに襲われちゃうかも知れないので、海底、じゃないか、川底トンネルを掘ります」

「下水道方式か! しかし川の底に穴なんか掘って大丈夫なのか? 水浸しになったりしないか?」

「普通にやったらなるんじゃないですかね。そこは、リーナ、頼んだよ」

「お任せなの、です!」


びしっと米軍海兵隊風の敬礼している。やっぱりおかしいよな。この世界にそんなのがあると思えないんだけど……


「じゃあクロ、なにか目印になる矢を、向こう岸と川中央辺りに射かけてくれないか?」

「ん」


クロがマーキングした鉄の鏃の矢を放つと、矢はほとんど放物線を描かずに向こう岸に向かって直線的に飛んでいった。すげぇ、250mくらいなら、簡単に殺傷圏内に収まってるな。

川中央のやつは、少し下流に流されたけれど、マップで深さは確認できた。


「じゃ、ノエリア、この辺からこの位の角度でまっすぐ10メトルくらい掘ってくれるかな。直径は2.5メトルくらいで。水がしみ出す前に、リーナ、よろしくね」

「わかりました」

「はい、です」


入り口付近は少し急な坂にして、足元は階段風に整形させてみた。

その後は中央の矢の下6メトルくらいを目指してトンネルを掘り、中央から向こう岸の目印に向かって穴を掘り進んでいく。

トンネル表面はリーナに水に溶けないものをイメージしてというと、なんだかチャートっぽい素材に変化していた。まあ、これなら大丈夫だろう。


映画ならこの辺で、頭の上から、シーサーペントがゴバーっと顔を出すところだが、流石に6mくらい下を掘ってるから大丈夫のはずだ。


「いやー、なんか俺、最近お前等の非常識に慣れて来ちゃったよ」


なんてハロルドさんが失礼なことを言っている。


「ところで、これ、入り口から魔物が入ってきて住み着きそうな穴なんだが……」

「一応結界石っていうんですか? それを向こう側の入り口には置いてきましたよ。効果があるのかどうかはわかりませんが」

「結界石? こんな急に良く手に入ったな」

「いやだなぁ、某盗賊団の遺品ですよ。はっはっは」

「ああ、あれかぁ、はっはっは」


共犯者特有の白々しい乾いた笑いをあげながら、さくさく歩く。

結局ウィスカーズのキャンプ地にあったものについては、誰にも報告していない。誰が当の大主教とやらに通じているのか分からなかったからだ。


もちろん討伐したものが総取りする慣例があるわけで、違法じゃないから、ハロルドさんも協力してくれている。決して金貨250枚で買収したワケじゃないよ。


ほどなく向こう岸まで開通したので、また周辺をリーナに伐採して貰って空間を広げておいた。

こちら側の広場にも結界石を配置して、後は雨が降り込まないように入り口に屋根と、水ガードっぽい段差を作っておいた。

川の増水は……両側とも立派な木が生えている領域だから、たぶん大丈夫だろう。


「じゃ行きますか」

「ご主人様、なんだか強いやつの気配がするの、です」


リーナが鼻をひくひくさせながら、そんな報告をしてくる。


「いまから、あっちへ向かうんだが、その方向か?」

「いいえ、あっちにはなんだかなにもいない感じ、です」


マップで確認しても、確かにその方向には何もいなかった。一体何があるんだろう。


しばらく煙の方向に歩いていくと、だんだんクロの様子がおかしくなってきた。


「クロ、どうかしたのか?」

「ん、凄い数の精霊。息苦しくなるくらい」


精霊? そういえばなんだか気温が上がっているような。


「これは、サラマンドラ。小さなトカゲのような火の精霊」


サラマンドラって、ドラゴンみたい大きな生物を想像してたよ。


「違う。精霊は大抵小さな生き物の形。それらを必要に応じて沢山集め、お願いを聞いて貰うのが精霊術」


そういや、クロは精霊術の使い手だ。

凄い数の精霊が集まっているのに、今のところ俺たちが平気なのは、クロが精霊にお願いして空間をあけて貰っているかららしい。

そう言えば、周辺のあちこちから、蒸気が立ち上っている。これが煙に見えたんだな。でも何故?


「ご主人様、あそこに何かあります、です」


リーナが指さす先に、なにか赤いものがあった。


「あそこ、精霊がダマになってて、真っ白で何も見えない」


クロは目をすがめながらそういう。いずれにしてもあれが中心なのか?


「ありゃ、炎の卵じゃねぇか?」


炎の卵?


「見たことはないんだが、そういう石があるってことは聞いたことがあるぜ」


そう聞いた瞬間、認識先生が教えてくれた。


 --------

 炎の卵(紅玉の一種)

 

 精霊を集める宝石の一種で、火の精霊を集めるために利用される稀少な石。

 魔素の多い場所から見つかることが多く、一説によると年を経たレッドドラゴンの結石とも排泄物とも言われている。

 どんなに精霊を集めても、石自体は熱くならない。

 --------


どこの龍涎香だよ……最もレッドドラゴンときたら、その名の通りって気もするが。


「なあ、クロ。あの石を回収したら、サラマンドラ達は怒るかな?」

「精霊にそんな複雑な意識はない。ただ好きなものがあったから集まっただけ」

「じゃあ、あの石を取り除けば?」

「また拡散して、普通の状態に戻る」


ふーむ。


「おいおい、またろくでもないことを考えてるんじゃないだろうな?」


と、ハロルドさん。


「あれって高価なんですかね?」

「じゃねえかな。あんまり市場にも出回らないし、水の卵や風の卵に比べて、炎の卵は今ひとつ使い道もないから、詳しいところはわからんが……」

「ボクが貰っても?」

「好きにしろよ。どうせ俺には使い道がないしな」

「ギルド的には?」

「単なる調査依頼だから、その過程で手に入れたものは、手に入れたやつのもんだな。売ってくれとは言われるかも知れんが、断れるよ」


よしよし、これで懸案がひとつ解決するぞ。いやー、いい冒険だった。

なんて考えながら、炎の卵を腕輪に収納したら、その瞬間からサラマンドラ達は拡散を始めたらしく、後には蒸気を上げているいくつもの水たまりが残されているだけになった。それらもいずれ落ち着くだろう。


「ただ、ですね」

「なんだよ」

「炎の卵って、年を経たレッドドラゴンの排泄物って言われているそうなんですが」

「ほんとかよ?!」

「ええ、まあ、ものの本によりますと、ですが。もし本当なら、あそこに高レベルのレッドドラゴンがいたことに……」

「あーあーあー、俺には何にも聞ーこーえーなーいー」


やめて下さいよ、それ。リーナが真似するんですよ。


「いや、ほら、こんな話をしていたら、必ず出会うってのがフラグって現象なんですが」

「なんだよ、そのフラグって。一月の間に2回も竜種に会うとか、どこの秘境だよ! リンドブルムでお腹いっぱいだよ!!」


「ご主人様! 何か来ます!!」


おいおいおいおい、まさか本当にフラグじゃないだろうな。


「大きいです、気をつけて――」


そのとき、右側の森から、木々をバキバキと折りながら、それがのっそりと顔を出した。


 --------

 ギガラプトル(6) lv.12

 

 HP:39,387/39,387

 MP: 8,813/ 8,813

 --------


「なんだ、ビックリしたけど、レッドドラゴンじゃなくて良かったですね」

「ああ、赤の峰あたりからエルダー・クリムゾンが飛んできてたりしてたらどうしようかと思ったが、ただのギガラプトルか、ほっと……するわけないだろ! あれだって立派にランクAだよ!」


ギガラプトルがこちらに襲いかかる前に、ハロルドさんが飛び出していき、クロの矢が3連射で放たれる。

鋭く剣尖が振られると、ラプトルの最大の武器であるその巨大な爪が、左腕ごと宙に舞った。


最近、ハロルドさんも充分に人の枠からはみ出しかけてる気がするけどなぁ……


クロの放った3本の矢が、右腕を貫き、左右の足を削って、ギガラプトルをつんのめらせた。


そのまま転びそうになって、頭が下がったギガラプトルに、リーナのカタナが一閃すると、頭をなくした胴体が、そのまま地響きを立て……るまえにリーナのアイテムボックスに仕舞われたようで消えて無くなった。最近職人芸になってきたな。

ノエリアは飛ばされた腕を回収している。頭は――


「あー!」


ゴロゴロと坂を転がって、川にドバーーンと音を立てておっこちた。牙とかいろいろ素材がありそうなのに。


「ちょっと拾ってきます、です」


と、リーナがかけだしていく。


「足元に気をつけろよ」


流れ自体はそれほど早くないし、手前は浅瀬みたいだからすぐに拾え……あれはなんだ?


川面がざわざわとざわめいたかと思うと、凄い勢いで、ギガラプトルの頭とリーナに向かって、水面が切り裂かれていく。

そこから持ち上がった巨大な頭が、3mはありそうな顎を開いて突撃してきた。


「あー!! それはリーナのご主人様のものなの、です!」


鋭くジャンプしたリーナが、ギガラプトルの頭を踏み台にして、巨大な顎に突撃する。踏んだ瞬間ギガラプトルの頭は回収されていた。


「あ、こら、バカ、リーナ!」


なんでわざわざ喰われに行くんだよ!


リーナと顎が交錯しようとする瞬間、ノエリアがシャドウランスを発動……しようとしたが、すぐに魔法を解除していた。


リーナが顎の中に飛び込みながら振った剣は、魔物の上顎を鼻先から縦に真っ二つに切り裂いて、頭どころか胴体の途中まで切り裂いた。

当の本人は、下顎の上で変なポーズをとりながら、


「てけてん。またつまらぬものを切ってしまった、なのです」


なんて、言っているのが聞こえてくる。気に入ったのかよ、それ。そもそも、てけてん、ってなんだよ、てけてんって。


「リーナお姉ちゃん、格好いい……」


とか、クロがつぶやいている。


「おい、あれ、まさか……」

「……ですかね」


どうみてもイーデジェスナー、かな?


「わざわざ迂回して穴掘ってきたのに、結局倒すのかよ! しかも扱いが雑魚っぽいとはどういうことだよ!」

「いや、ほら、ムラマサブレードが凄すぎるんですよ。ダグさん、ダグさんのせいだから!」

「そうかぁ?」


イーデジェスナーを回収した後、俺たちはトンネルを通ってコートロゼに帰還した。


  ◇ ---------------- ◇


その夜、俺は、簡単なアイテムボックスのテストをノエリアにお願いしていた。

バウンドから戻ったら、アイテムボックス作成の仕事ができるわけだけど、サイズをどうやってコントロールしていいかわからなかったからだ。


「じゃ、ノエリアよろしくね」

「はい。でもちょっと大きさの加減が難しいです。時間遅延の方は比較的コントロールできるようになったのですが……」


時間遅延の方はイメージしやすいけれど、サイズの方は確かになぁ。1mと2mの差は歴然でも、11mと12mの差なんか人間には認識しづらいもんなぁ。


じゃあ、ちょっとサイズの実験をしてみよう。


 --------

 ノエリア (17) lv.41 (人族)

 HP:11,484/11,484

 MP:58,127/58,127

 

 所有者:カール=リフトハウス

 

 SP:41 + 123(used)

 料理   ■■■■■ ■■■■■

 無詠唱  ■■■■■ ■□□□□ 隠蔽

 生活魔法 ■■■■■ ■■■■■

 水魔法  ■■■■■ ■■■■■

 土魔法  ■■■■■ ■■■■■

 重力魔法 ■■■■■ ■■■■■

 聖魔法  ■■■■■ ■■■■■

 闇魔法  ■■■■■ ■■■■■

 空間魔法 ■■■■■ ■■■■■ 隠蔽

 魔法付与 ■■■■■ ■■■■■ 隠蔽

 

 ノエリア=シエラ=ラップランド

 

 カール=リフトハウスの加護

 --------


たぶんMPを沢山使った方がサイズは大きくなるんだと思うんだけど、アイテム鑑定がないとすぐには鑑定できないから、なにかちょうどいいようなものは……


「これ、です」


とリーナが、きれいな色をしたティアドロップ形状の石を取り出した。

お、それは、土魔法の練習の時に作った、きれいな石シリーズ、ティアドロップタイプだね。


「これなら沢山あります、です」


とリーナがざらざらと取り出していく。ええ? そんなに作ったっけ。


そうだなー、じゃ、このへんのアメジストっぽい2cmくらいのティアドロップ群を、色の濃さの順に並べて、濃いのから順番に使ってみよう。時間遅延はなしで。


「はい、やってみます」


ノエリアが最初のストーンに使用したMPは6000程度だった、以下少しずつ1辺の大きさのイメージを減らして貰うと使用MPは大体、5000、4000、3000、2000、1000ときて、あとは細かく、900、800、700、600とその辺までの感覚を掴んで貰った。


「じゃ、あとはこの石をカリフさんに鑑定して貰って、丁度良いところを探ろう。お疲れ様」

「はい」


とちょっと疲れた感じで、座ったまま俺にもたれかかっているノエリアの頭をなでてねぎらった。

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